76話 隠された都市ヨールン(1)


「暗いね……」


 闇が口をぽっかりと開け、俺達を呑みこもうと待ち構えているかのような、下へ下へとそのあぎとを伸ばす階段は、ひたすらに薄暗かった。



「こう視野が悪いと……対応に遅れかねないな」


 先頭をいく夕輝ゆうきの感想に、晃夜こうやが実直な戦闘面の意見を述べる。


「でも、対処できないという程でもないな」



 後ろを振り返れば、地上の星明りに照らされた地下階段の入り口からほんのわずかな光が漏れ出ている。

 出口が見えるという事は、そこまで深く階段を降りたわけではない。

 それでも、夕輝ゆうきが『暗い』と言ったのは、きっとみんなの気を引き締めるための言葉だったのだろう。


「あれ? でもなんだろ、何だか先が明るくなってきてない?」


 ゆらちーは前方を覗き見するように額へと片手を当て、目にした光景を口にする。

 深紅の両手剣を担ぎなおしたあたり、臨戦体勢に入ろうとしているのかもしれない。

 


「待ち伏せには、気を付けるでありんすよ」


 階段の横幅は決して狭いものではないが、天井が高い造りになっているわけでもない。小さなトンネルじみたこの階段を、現在、二列になって進んでいる俺達は突然広い場所に出てから、そこで待機していたモンスターたちに集中攻撃を前衛が浴びるという懸念を抱いていた。



 階段を下りる隊列は、最も守りの堅い夕輝ゆうきを最前列に置き、次に機動力の高い晃夜こうや、一撃の火力が高いゆらちー。そして、中衛が薙刀なぎなたのリーチを活かし、臨機応変に対応できるアンノウンさんと、良く分からないユウジ。後衛が遠距離魔法攻撃の得意なミナと、全体の援護がアイテムで可能な俺という構成になっている。



「準備万端であります」


『偽装』スキルで全身を黒く染め、周囲の色に溶け込んだRF4-youことユウジは短刀を隙なく構え、忍者のごとく中腰でソロリソロリとアンノウンさんの横を歩いている。


「もうすぐですね、天士さま……」


 階段の終わりが近づくにつれ、ゆらちーの言った通り、わずかに白んでいく。

 洞窟のような作りになっているため、階段の先はまだ見る事はできないが、少なくともここよりは広い空間になっていると予測できる。

 

 自然とみんなの進む速度も慎重になっていく。

 


「こ、これは……」


 階段の終着点に着き、盾を前面に構えながら次のエリアへと足を踏み込んだ夕輝ゆうきが、感嘆の吐息を漏らす。


「どうした?」


 すぐさま、晃夜こうやも続く。

 どうやら危険はなさそうだと判断したゆらちーも、両手剣の柄にかけていた右手を離し、後を追った。

 俺達は暗い穴倉から抜け出すように、階段のその先へと進む。



 そうして、俺の目に飛び込んできた景色は。


 地下にもう一つの大地があったと、錯覚してしまう程に大きな空間が広がっていた。そして、遥か下・・・に静かに佇む朽ちた都市。



「まるで地下帝国でありんすねぇ……」

「この高さから落ちたら、まずそうじゃない?」


 ゆらちーが下を覗き込みながらヒソヒソと囁く。


 俺達が出てきた入り口は、断崖絶壁の中腹あたり。

 そんな壁から突き出るように、俺達の進む階段は眼下へと続いている。

 標高200メートル以上もある高所から廃墟に向かって。



晃夜こうやが都市に視線を固定したまま、ゆらちーに答える。


「早い話が、落下判定ダメージで即死だな」



 暗がりに沈む都市ヨールン。

 猛威をふるっていた時代は竜によって奪われ、今では闇と共に地下へとその姿を消してしまった『奴隷人と巨人の王都』。



「綺麗だけど……」

「どこか不気味だな……」


 親友たちがそんな感想を漏らし。


「静かすぎますね」

「警戒厳令であります」


 ミナとユウジが態度を硬化させ。


「ここが巨人たちの住処でありんすか?」

「おそらく、間違いないかと」


 そして、俺とアンノウンさんで考察を始める。


「この様子だと滅んでそうな気配がぷんぷんするね」

「上がお墓っていうのもあるしさっ……アンデッド祭りとか……?」

「たしか、東の巨人王国ギガ・マキナヨールンだったか?」


「そうだよ」


 ついに姿を捉えた都市をつぶさに観察していたため、俺は百騎夜行のみんなへと簡素な返事をしてしまう。


「あの光は何だろう……」


 武骨に角ばった建物がいくつも立ち並び、その周囲にはひっそりと息をひそめるように小さな白光体が所々にゆらめいていた。

 ふわふわと彷徨うさま人魂ひとだまのようで、その頼りない光が空虚な建造群の一部を映し出していく。



 遠目から見ても分かる程に、照らされた家屋の一つ一つが大きい。

 巨人の居住区だったことは間違いない。



「あの奥にある、とっても大きな神殿のような建物もすごいですね」


 ミナが指摘する通り、都市の最深部にはこの地下空間の天井に届かんばかりの巨大な建造物がここからでも見える。

 


「ここはダンジョンでありんすか? どちらかといったら都、フィールドのような気がしりんす」


 アンノウンさんの意見には頷ける。

 だけど、普通のフィールドじゃないことは一目了然だった。

 やはり気になるのは、先程も観察していた人魂のような物体だが、それよりも目に付くものがある。


 それは、それら浮遊している人魂を周囲にまき散らしながら、都市の上部をふよふよと浮いている存在……光るクラゲだった。

 何かのモンスターなのだろうか。



「まるで、深海の廃墟でありんすねぇ」


 そして、そんな風変わりなクラゲの更に上空には、数匹の魚が空中を文字通り泳いでいた。


「あれはやばいよね」


 一匹が直径にして30メートル以上はあるだろうか?

 小学校のプールよりも大きいと思える巨体を、なんら不可思議なことはないとでも言うかのように、我がもの顔で都市の上をゆったりと泳ぐその生物はまさに化け物だった。


 ヒレを動かすたびに、丸く大きな身体が宙空を静かに移動していく。鱗のようなモノがおびただしく生えていて、その一枚一枚が水にゆらめくようにうごめくのは不気味だった。大きく窪んだ眼孔が二つある顔らしき部分の上、ひたいからは尻尾のようなものが生えていて、その先端にはクラゲや人魂よりも何倍もの光力を持った電球みたいなモノが付いていた。



「あんなにでっかいチョウチンアンコウ……初めて見た」

「いや、俺もだ……」

「しかも、空中に浮いてます」


 そいつが、何ともなしにクパーっと口を開けるのを見て、俺は思わずゾッとした。

 大きな暗闇がこちらを覗いているような気がしたのだ。



「あれには見つかりたくないね」

「おう、食べられたくないな」


「というか、このまま見通しの良い階段を進んでいく俺達って危険だよね?」


 こんなにも周囲から丸見えの階段を下って行くなど、あのチョウチンアンコウに食ってくれと言ってるようなもので、自殺行為の何ものでもない気がする。


「確かに、そうだね」

「かと言って身を隠す手段もないよねー」

「この規模のフィールドに、下で何も待ち構えてないって事もないだろうしな」


 晃夜こうやがさらに不吉な事を言う。

 だが、奴の口元がわずかに持ち上がっているのを見逃さない。



「下から一斉に狙撃でもされたら、たまったもんじゃないな」

「いい的になること間違いなし?」


 晃夜こうや夕輝ゆうきは、待ちうけるであろう危険性を楽しそうに語る。



「そもそも、あの光とか? ふわふわしてるクラゲも既に怪しいし」


 ゆらちーも若干、興奮気味に二人の調子に乗っている。



「で、どうするよ。錬金術士殿」


 そこで話を振ってくる晃夜に、俺は思わずニヤリと微笑む。

 選択肢がないから、引き返すなど錬金術士としてお話にならない。目の前にぶらさげられた未知があるのだ。

 前に進むのみだろう。



「行こう、このまま下っていこう」


 俺の決定に、みんなが頷いた。


 

「発言をよろしいでしょうか?」


 方針が決まるや否や、RF4-youこと黒いユウジが挙手をする。


「よいぞ、軍曹」


 そこで晃夜こうやがノリで許可を出す。


「ハッ。では、これから敢行するヨールン上陸作戦について、自分から一つご提案があります」


「言ってみろ」


「ハッ。まずは自分が先行するというのはどうでしょうか? 自分は見た通り、黒ずくめです。この暗がりでは、敵の索敵範囲内に踏み入ったとしても、捕捉ほそくされにくいかと」


「……そして貴様が、状況をこちらにPTチャットで報告すると?」



 つまりは、一番最初に標的になりやすい役割をユウジがするという事だ。

 俺達は実験的にユウジを先に行かせ、これから起こるであろう相手の出方をうかがうという作戦。


「その通りであります」


 言い切るユウジに、夕輝や晃夜は黙った。

 他のみんなも、どうしたものかと悩んでいる。

 

 一番の危険を買って出てくれたユウジだが、序盤でパーティメンバー1人を失ってしまう可能性も十分にある。

 だが、一人の犠牲で済み、他のメンバーが応戦できる体勢を整える時間を稼ぐという観点からすると、十二分な成果の出る作戦だ。ユウジの申し出は、現時点で俺達がうてる最も有効なフォーメーションでもあるのは事実。



「RF4-youはそれでいいの?」


 俺はユウジに確認をする。

 ユウジは、一瞬だけニチャつき、アンノウンさんやミナ、ゆらちー、そして俺を見た。


「美少女たちのお役に立てるのでしたら、喜んで任務を遂行いたします」


 そして神妙な顔つきになり敬礼をする。




「それに……今の自分にできるのは、これぐらいの事しかないので」



 何となく、このメンバーの中で一番Lvの低いユウジの気持ちは分かる気がする。

 クラン・クランを始めて間もなかった俺も、夕輝ゆうき晃夜こうやの少しでも役に立ちたくて、ミソラの森で奔走したものだ。



「RF4-you、助かるよ」


 俺はクラスメイトにそう告げ、前に行ってもらうことにした。



――――

――――




「なんかすんなりだったな」

「アンコウって目が悪いって聞いてたけど、クラン・クランでも同じなのかもね」


 ユウジの先導により、俺達は難なく長い階段を下りきって街の中へと入りこむことができた。予想とちがって、下から攻撃を受けることもなければ、クラゲやチョウチンアンコウに気付かれる事もなかった。



「お家が、おっきいですね」


 やっぱり巨人用の家だったのか、建物はみんな二階建てのアパートより小さいものはない。

 石を積み上げてできた家々は、巨人が造ったとは思えない程に文明の匂いを漂わせていた。立方体の体裁を保っており、割と均一感あふれる街並みだ。もしかしたら、奴隷人が協力して建てられたのかもしれない。


 これ幸いということで、建物と建物の間の影に隠れるように、俺達は身をひそめている。



「天士さま、さっき言った事は本当ですか?」

「あぁ、確かにこの眼で見た」


 ミナの確認に答える。

 俺は階段を下る途中で、望遠鏡を片手に街の様子を観察していたのだが、建物の合間を徘徊する巨人らしき生物を目視していた。暗くてその全容は窺い知れなかったけど、アレは上の墓地にいるような骨だらけの生物ではなかった。厚み的に、しっかりと肉のついた存在だ。


 それらを晃夜こうや達に説明したのだが、ミナは少し不安に感じたようだ。



「闇に潜む巨人か……」


 ときおり、ズシンズシンと足音が聞こえるのは、彼らの存在を証明していることに間違いないだろう。



「いよいよ、ダンジョン探索だね」

「広いとこじゃ見つかるだろうし、とりあえずは建物の中に入ってみるか?」

「でも、こう暗いのに……何がいるかわからない建物内に行くのって危険じゃない?」


 晃夜こうやの提案に夕輝ゆうきが難色を示した瞬間、すぐ傍の通りから青白い光が近づいてきた。

 すぐに夕輝ゆうきが口元に人差し指を当て、その場の全員が押し黙る。



 そうして、少しずつ道を明るくしていった正体を見極めるべく、光源が目の前の曲がり角を通りすぎるのをじっと待つ。


「あれって……階段から見れた人魂ひとだまだね」

「あの光は一体なんでありんすか」

「モンスターでしょうか?」


 俺達の疑問に答えることはなく、人魂は俺達の頭上あたりをゆらゆらとうろつき始めた。



「何もしてこないね」

「おう」


 一同が人魂を見上げ、ぼんやりとした光を凝視する。


「敵なのか、あれ」

「わからない。何かわかるかタロ?」


「わからないけど、何だろう……何か、こう……」


 光の中に何かが見えた気がした俺は、もっと細部を見るべく、望遠鏡に手をかけ悩む。あれぐらいの弱々しい光なら、望遠鏡で覗いても目が見えなくなるという状態異常を被る確率は低そうだけど、この未知の領域で視覚を失うというペナルティを賭けるにはあまりにもリスクが多すぎる。しかし、取れる情報は引き出しておきたい。

 そう取れるのなら――そこで俺は『古びたカメラ』を構え、人魂めがけてシャッターを切った。

 写真を撮ったのだ。



月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス』【写真】

【〈滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンド〉によって造られた、人造生命体ホムンクルス。彼は〈闇月の契約〉を転用し、フラスコの中でしか生存できない人造生命体ホムンクルスを夜空に解き放つ事に成功した。青白い光に隠れて確認しづらいが、人造生命体ホムンクルスは小人のような愛くるしい子供の姿をしている。しかし、自らが放つ月光に酷似した光は、その実、アンデッドの制約に作用する成分が含まれている】



月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルスの魂が抜き取れました:

:撮った月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルスを討伐すれば『独白ソロ・ホワイト』が写真に宿ります:



 人造生命体ホムンクルスだって!?

 大錬金術の一つ、生命の創造。古くは人間の精液やら血やらを何カ月も加えつつ、フラスコ内で保存し続けると人間の子供が作り出せるという記録があったけど……。


 まさか、ここまで偉大な錬金術の痕跡がこんなところで発見できるとは。


 ミソラさんから聞いた、〈創世の錬金術士ノア・ワールド〉。

 そして幽霊が苦言した〈神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマン〉。

 さらに、あの疑似生命体ホムンクルスを作り出したという、〈滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンド〉。


 先達が残していった、数々の偉業を。

 目の当たりにするたび、興奮と感動が胸の内で沸き踊ってしまう。



「もしかしたら、錬金術士がいるかもしれない」


 俺は『月に焦がれた偽魂ルナ・ホムンクルス』を見つめ、高鳴る鼓動を抑えるようにソッと呟く。今は、パーティメンバーが7人もいるのだ。自分が判断を鈍らし、仲間を危険にさらすわけにはいかない。



「なに? 他にも傭兵プレイヤーが?」


 晃夜こうやが即座に尋ねてくるが、俺は首を横に振る。


「いや、明らかに俺達とは次元の違う錬金術を扱う存在だ……たぶん賢者ミソラさんと同じタイプの、強大なNPCだと思う」



 そう、冷静に考察を述べる。



 錬金術士と滅びた巨人の都市。


 この二つが結びつくとは夢にも思っていなかった。





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