69話 姫とお付きの三騎士
運営による緊急ログが流れてから、俺たち七人はゆらちーといち早く合流すべく『天球まかせな時計台』へと走った。
「おい、これって……」
ふと、もう少しでゆらちーとの待ち合わせ場所に着くという所で、
特徴的な時計台が中心に立つ大広間には、いつもよりも数十倍以上の
「なんの騒ぎだろうね?」
旧友のそんな謎動作の真意は、なぜか俺以外には伝わったようで夕輝が完全武装に切り替えると共に、みんなも臨戦態勢へと移行していた。しかも、どうしてか俺を囲む陣形で。
「あんまりぃン、いいオトコはいなそうねぇん」
ボソリと呟くオカマの瞳孔が獲物を見定める猛禽類のように細められているのは勘違いだろうか。まとうオーラがピンクや紫を通りこして、全てを吸い込むブラックホール並みに禍々しい。そんな屈強そうな色黒オカマが、俺の背後で、しかもピンクのレオタード姿で歩いているのだ。
気にならない方がおかしいだろう。
「天士さまは私から離れないでくださいね」
「はれはれ……いづこから、かような人々が沸き出たことやら」
俺の両側を固めるは右に神官童女のミナ。左に姫武者装備のアンノウンさんと、二人の存在が少しだけオカマに対する気がかりを和らげてくれる。
「えーっと、アールは適当に俺達の後をついてきてね」
「小官の名はRF4-youであります!」
「はいはい、今はそんな長ったらしい名前で呼んでる場合じゃねえんだよ」
前方はクラスメイトでもある、
「しっしかし!」
「悪いが……早い話、軍曹ごっこは控えてくれ」
「りょ、了解であります!」
しぶしぶといった様子でユウジことRF4-youは晃夜の言い分に従う。
「……『
晃夜に付いて行く姿勢を見せたRF4-youことアールくんは、不意に右手で顔を覆い、何事かをつぶやいた。
すると彼の姿が黒へと塗り潰されていくではないか。その範囲は顔など肌に該当する部分は変わらない。だが、髪色や服など頭から足下のつま先まで真っ黒に染まって行く。
「突貫準備、完了であります」
よくわからないスキルを発動したアール君を、
「じゃあみなさんPT申請を送りますね~」
「ユウジの奴、『偽装スキル』を取得したんだがよ。どうも、戦闘に入る前は全身を黒くしないと落ち着かないらしい」
偽装……全身を黒にする意味って自分の姿を見つけづらくするためなのかな。それにしたって……と、周囲を見回す。
「まわりが暗くもないのに、意味あるの?」
俺の冷静なツッコミに
『ステルスモード、異常なし』とか独り言をぶつぶつ呟いているユウジを見つめ、あれがRF4-youとしてのポリシーなのかと無理に納得しつつも、俺は先ほどの晃夜の台詞を思い返す。
つまり、PvPが勃発するかもしれないと?
俺は急いで、PT申請を受諾した直後に浮かびあがったPTメンバーの情報を確認しておく。
みんなのステータスは以前組んだときと、大きな変化はなかったので別段興味をそそられるものはないかに見えた。
だが、PTメンバー欄の一番下に表記されているステータスを見て驚きの気持ちが膨れ上がる。
RF4-you Lv3 HP65/65
なんと、ユウジのレベルが既に3へと達していた。しかも、Lv5である俺よりもHPが高い! レベル上昇が速すぎやしないかと動揺しそうになるが、そういえば俺もレベルが5に上がってからスキルポイントとステータスポイントを振り分けるのを忘れていた事に気付く。
「な、なぁ。
ステータスポイントをどう振り分けようかと思考しつつ、自然と夕輝に尋ねてしまう。なぜ直接、ユウジに聞かないかといえば、何となく昨日のコンビニでの遭遇の話を持ちだされそうで怖かったからだ。
「えーっと、アールは昨日の夜からだよ」
「こいつ、どハマりしやがってレベル上げに心血注いでやんの」
晃夜がくつくつと静かに笑う。
それにしても早すぎだからね?
「ま、頼もしいってことだな」
「コウ殿、光栄であります!」
「それ、やめろよ(笑)」
晃夜とユウジが少しのじゃれ合いを見せるが、夕輝がそれを咎めるように鉄の盾をガチャリと鳴らす。
「みんな、そろそろ……」
「おう」
「いぇっさー!」
クラスメイト達が意気揚々と返事をする。
「はいっ天士さまは私がお守りします」
「かしこまでありんすよ」
「背後はまかせてぇぇンっ」
なぜか、フレンド達も殺気をみなぎらせる。
ピリピリと警戒度マックスなPTメンバーに囲まれて、『天球まかせな時計台』に集まる群衆の中を俺は進んでいった。
――――
――――
「さっきの緊急ログで、共同戦線を張ろうとしている
「ミケランジェロに迫ってきているモンスターへの対策ってやつか」
「それで、ゆらちーさんという方はどこにいるのでしょうか?」
「こう人が多いンとォン、見つけ出すのも難しいわねェン」
「はらはら、難儀なことでありんすね」
「小官では対象を視認する索敵範囲に限界があります。実行は困難かと具申致します……」
そんなこんなで、ぐんぐんとゆらちーを探し出すために群衆の中心へと俺達は突き進んでいく。こちらに、主に俺に奇異の目を向けてくる
「あ、トラジさんだ……」
たくさんの人がいる中で、知り合いの顔を見て思わず名前を出してしまう。
彼は最も人口が集中している場所にいた。正確にはトラジさんと複数の
「なにか、言い合っているようだな」
「対策を練っている中心メンバーかな?」
「小官の分析によりますと、作戦司令本部とお見受けいたします」
クラスメイト達が俺の声に反応し、同じようにトラジさんのいる場所を観察していた。
「で、どうするよ。天使さま?」
それに対して、俺はしかめっ面で応戦する。
「まず、その呼び方はやめてもらおうか」
「そうです。ロリゴンさんは言っちゃダメです。天士様と言っていいのは私だけですからね」
「とりあえず、タロの知り合い? も、いるみたいだし、ゆらちーがどこかにいないか聞いてみよう」
夕輝が会話をまとめ、それにミナの渋い顔から逃れるように晃夜がのっかる。
「ゆらのやつ、どこにいるんだ?」
「グレン君関係の事情があって……今、非表示でインしてるからフレンドメッセージが送れないのは面倒だよね……」
というのも、クラン・クランではフレンドリストでフレンドの居場所をある程度特定できる。そして、今回の俺達の冒険にゆらちーのリアル兄であるグレン君がなぜか同行したがったらしいが、ゆらちーがそれを断固拒否したという。俺的には晃夜たちと敵対しているとはいえ『妖精の舞踏会』で、既に共闘しているわけだし、戦力の増強って意味でも別に一緒に行っても構わないと思っている。でも、互いの
「とりあえず、あそこに顔を出してみて、少しだけ話でも聞いてみよっか」
っていうか、うげぇ。
ヴォルフもいるじゃないですか。
灰髪の少年を目にして思わず憮然とした顔になってしまう。
ミナや錬金術の事をバカにする『一匹狼』の団長ヴォルフ。先のイベントで真っ向からぶつかり、最後の最後で俺を
正直、関わりたくないというのが本音だ。
「あの、やっぱりあそこに行くのは――」
やめようと、みんなに進言すべく口を動かし続けようとしたが、俺の唇はそのまま停止した。
というのも、その対策を練っていそうなグループの中に俺達が探していた赤髪の少女が、ゆらちーの姿が突如として現れたのだ。
見知らぬ
何かを話し合い始めたようだが、ゆらちーの顔から機嫌の良さは伺えない。どちらかといったら、負の感情を持っているように見える。
これは急ぐべきだろう。PvPが日常茶飯事なクラン・クランでは、何が原因で戦闘が始まるかわかったものではない。
夕輝がPTチャットで、PTメンバー全員にゆらちーがヴォルフやトラジさんのいる場所にいると説明し、気を引き締める必要があると注意を促した。
「雲行きがあやしぃわねぇん……」
不安を覚えてのジョージの呟きかと思えば、うちのオカマはひどくウキウキしている様子だった。顔が笑っている。そんなオカマの後押しがあってか、
「お話し中の割り込み、失礼します!」
人当たりの良いイケメンスマイルを放ち、俺の旧友はトラジさんやヴォルフ、魔法使い然とした老人、金髪ツインテ美少女に声をかけた。
「お話の腰を折ってしまってすみませんが、そこの赤髪の少女はボクたちの
夕輝の口調は丁寧ではある。
だが俺達は、完全武装をしている上に警戒態勢に入っているのが一目瞭然である。みんなの目つきが笑っていない。
そんな無色の威圧に、一瞬トラジさんがポカンとした顔をしたかと思えば、俺と目が合って破顔した。
「おお! 百騎夜行の方ですか! それに、た、タロさんも!」
なぜか俺達を迎え入れるように両手を広げ近づいてきた。
「ふぉっふぉっふぉ……ふぉおッッ!?」
老人は静かに微笑していたかと思えば、俺を見た途端むせていた。
「フンッ……」
ヴォルフは、まぁ。以前と同じように無愛想だ。
「…………」
金髪ちゃんは晃夜や夕輝に目を向けた時は、少しだけ頬がゆるんだような気がしたが、俺を視認すると綺麗な顔を微妙に崩した。
「あー……コウにユウ。その、ね? 何だか困ったことになってるみたいで……お話だけでも聞いてくれってさー?」
ちょっとだけバツが悪そうに苦笑するゆらちーは、とことこっとコウの隣へと移動してきながらそんな事を言い出したのだった。
――――
――――
先ほどの運営によるログ。
それに応じるために、ミケランジェロの都市を守るという名目で集まった
その中でもレベルが高いというだけで、リーダー役に抜擢されてしまった四人が、トラジさん、ヴォルフ、ウーガさん、リリィさんの四人だそうで。そして、たまたまレベルが9というゆらちーを発見した
ゆらちーの説明やトラジさんの発言をまとめると、だいたいこんな感じだった。
「できれば、タロさん御一行にも力になって欲しかったりするんだが……」
トラジさんが沈痛な面持ちで、俺達を勧誘してきた。コムギ村で一緒したときの彼は常に周りからいじられているイメージだったが、それは人望の表れでもあったのかもしれない。この中で唯一、レベルが一ケタでありながらヴォルフなどと渡り合いつつ、周囲の
「でも、天使ちゃんたちは予定があったのですわよね?」
険呑な口調で金髪ツインテちゃんことリリィさんが、トラジさんの横から俺達の事情を優先した方がいいと意見を述べてくれる。この金髪ちゃん、表情は悪いけど根はいい子なのかもしれない。というか、なんであんな露出度の高い装備をしているのだろうか。成長しきっていない身体を惜しげもなく、特に胸部や太もも、お尻の部分に関してはピッチピチで男たちの視線を否が応でも集めてしまいそうなコスチュームを身に着けている。正直、男として目のやり場に困る。しかも美少女だし、少しだけ緊張してしまう。
「フンッ。俺はどちらでも構わないが。どっちにせよ、ミケランジェロの税率が上がるのは、我が団員にとって辛いことにもなるからな。こいつらがいようが、いなかろうが全力を尽くすまでだ」
ヴォルフが心底興味のなさそうに呟くと、周囲にいた子供
「ふぉっふぉっふぉ……本人たちの意志、それが一番大事よのぉ。だが、わしとしては、天使ちゃん御一行と肩を並べて戦ってみたいものじゃ」
最後にウーガと呼ばれるおじいちゃんがゆったりと口を開き、リーダー格全員の意見は出され切った。
四人の視線はなぜか俺へと注がれているが、PTの意向を決める権利が俺にあるわけではない。
正直、ここ最近はミケランジェロに居心地の悪さを感じていたので、拠点とする都市を『百騎夜行』のみんなが集まる『鉱山街グレルディ』に移動しようと思っていたのだ。だから俺は今回の戦いに無関心だったりする。それよりも早く、巨人墓地に行きたいという渇望の方が断然大きい。だけど、ミケランジェロにはジョージの店がある。彼は自分の店を所持しているから、『
「どうしようか……」
「ユウの意志はわかりきっているがな」
それは俺も把握していることで、夕輝が困っている人を見捨てられない特性の持ち主だと長い付き合いから容易に察することができていた。
「わたしは天士さまが参加するというのであれば、どこへでも行きます」
「わたしもタロ氏が参戦するというのならば」
「あちきも今日は天使ちゅわんの付き添いだしねぇん」
ミナ、アンノウンさん、ジョージのそれぞれが俺に決定を委ねると意志表明をする。
「出撃命令が下れば、小官はどこの戦場でも出撃する次第であります!」
ユウジこと、漆黒のRF4-youくんは不動の姿勢で敬礼ポーズを取る。
ぶっちゃけ軍服でもない黒い村人服で、仕草だけ軍人ぶっているところに激しい違和感を抱いてしまい、痛い奴だと言わざるを得ないがやる気だけは伝わってくる。
そんな感じでみんなの気持ちを聞けたのであれば、俺は親友の意見を尊重したいと思った。
「じゃあ、戦おっか?」
みんなも呼応して頷いてくれる。
結果的に俺の意見でみんなが動いたように見えなくもないが、この際細かいことは気にしないでおく。ただ、リリィさんが眉根を釣り上げ、ずっと俺を見ていたのだけは少しだけ気になった。俺には常日頃からミナという少女が傍にいるわけだが、ミナは可愛らしい容姿をしてはいるが、やはりまだまだ子供だからいつも微笑ましい気持ちで見ている。ゆえに俺は女性に耐性があるわけではないのだ。ミナとは違いリリィさんは中学生ぐらいだと思う。ともなれば俺と年が近い分、男として少しは意識してしまうというもの。しかも、少しきつめの顔つきだが、かなりの美少女だし。
なんというか、やはり彼女のような異性に見つめられて緊張しない男はいないと思う。彼女と話す機会があるのならば、内心の動揺を知られたくないので照れが顔に出ないように努めよう。俺が戒めを胸にリリィさんに接する態度を確定していると、
「じゃあ、ボクたちもこの緊急案件に参加しよう!」
そのイケメンスマイルで中学時代に何人ものクラスメイトを手玉にとった夕輝は、俺や
「おい、俺の意見は――」
聞かないのか? という
「付いて来てくれるでしょ?」
顔だけ振り返った夕輝に対し、「伊達に団長を務めてないな、人助けが好きなウチの団長様よぉ」とぼやきつつも、晃夜は力強く頭を下に振った。
「ったくよ」
不満そうな口調だが、実はこのクールメガネ。夕輝の人助けとやらに巻き込まれるのが嫌いではないことを俺は知っている。
だからこそ、ここが好機とばかりに晃夜のメガネをクイッとかけ直す仕草をマネして、俺はいじり文句を吐く。
「早い話が、いいなりだな」
フッと、クールな笑みを口元に張り付けておく事も忘れない。
「おい、タロッ! てめぇ!」
「おかえしだ」
「ぶっ! あはははっ! 二人とも、みんなもありがとね」
夕輝の朗らかな笑い声が響き、こうして俺達はミケランジェロに接近してくる大量のモンスターに応戦すべく、作戦会議に参加したのだった。
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