70話 女の戦い


今回はリリィ視点です


◇◇◇



 噂の天使。

 いい子の皮を被った女。

 それが彼女に対するわたくしの確固たる見解でしたのに。


 わたくし、リリアーナ・フォン・リコリスは不覚にも数秒間という僅かな時間とはいえ、唐突に現れた一人の少女に目を奪われてしまいましたわ。


 目が覚めるような白銀の長い髪。

 それだけでも人目を十分に引くというのに、天使と呼ばれた少女は青く散りばめられた宝石の粒をその髪にまとい、神もうらやむほどの美しさを誇っていましたわ。年端もゆかぬ穢れの知らない真っ白な肌に加え、愛くるしい顔立ちが一際彩を放ち、『魅了』という毒を周囲に散布しているとさえ錯覚してしまうほどに。

 彼女の前では、自分が持ちえて誇っていた容姿など数多の塵に等しいとも思えてしまう、天使という存在は圧倒的でしたの。そんな彼女が極々自然体で、なんの傲慢ごうまんさも感じられない態度でみなに接しているその様が。ひどく滑稽に、同じ女として不自然に思えてなりませんでした。

 ですが、これでは誰が見ても天使と呼ばざるを得ませんわね。


 私は思わず唇を強く噛んでいましたわ。

 それは悔しさからなのか、はたまた綺麗な所だけを周囲に見せようとする女の醜悪さに対する嫌悪からなのかはわかりません。


「数もどんなモンスターかもわからないのか」


 彼女のピンク色の果実、小さくふっくらとした可愛らしい唇が言葉を紡ぐと、周囲の男共は真剣な顔をして語り合い始めましたわ。


「対応策といっても、正面衝突しかないか……」

「フンッ。かなり数が多いということは密集している可能性があるな」

「で、あるならばじゃ、開幕に遠距離範囲攻撃を放つ有用性が期待できるのぉ」


「早い話が、先手は魔法による波状攻撃か」

「相手の出鼻を挫いてからの、近接攻撃による突撃だね」


 会議の内容なんて頭の中に入ってきませんわ。

 ただ、ただ、『天使』という、世界に、神にでも愛されていそうな容姿を勝ち誇る彼女の事が気になって仕方ありませんもの。

 その非の打ちどころが存在しない美しい御尊顔の裏には、どんな黒い感情を隠しているのかしら。どうやって、化けの皮を剥いでやろうかしら。


「じゃあ、も『打ち上げ花火(小)』ってアイテムを使って遠距離攻撃ができるから、先端を開くのはミナを中心とした魔法使い達と、ってことでいいのか?」


 自分の事を『俺』なんて呼称して、殿方にこびへつらうその姿に吐き気がしますわ。大方、「わたしはサバサバしてるレディよ」「男子と近い琴線美を持ちえているわ」とアピールしているに決まっていますわね。


「じゃあ、遠距離部隊はタロを中心に任せても良さそうだね」

「頼んだぜ、タロ」


 そんな狡猾な雌狐めぎつねの術中に、どっぷりとハマりこんでいるとも気付けない二人が不憫でならなかった。


 一人は温厚そうで、笑顔の眩しい殿方。

 もう片方は、顔にかけた眼鏡が良くお似合いの知的で冷静、かつ猛々しい殿方。


 そうですわ。

 何より気に喰わないのが、眉目秀麗そうな御仁を二人もはべらし、それがさも当たり前のように振舞っているのが何ともしゃくさわりますわね。



「リリィさんの方は、何か他に案があったりするか?」


 不意にトラジと呼ばれた中年男に名指なざしされ、わたくしは視線を天使から離してしまいました。

 下賤な一介の町人風情が、本来であるならばわたくしに声をかけるなどと無礼な事は許されるはずがありません。ですがここでは、このクラン・クランでは誰もが自由に接する機会を均等に与えられていますの。そう、身分の差や周囲の環境に囚われる事のない自由な行いが保証されていますの。


 トラジという路傍の石にも似た存在に話しかけられて、内心の苛立ちと相反する感情が沸き立っているのも自覚はしていますのよ。

 なので、わたくしは胸中で渦巻く複雑な気持ちを押し隠すように、蠱惑的こわくてきな笑みを意識的に作って返答しますわ。


「そうですわね。特に異論はございませんわ。ただ、一つだけ気になることを申し上げますと……」


 視線が私に集中していく。天使ではなく、このわたくしに。

 わたくしの言葉に傾聴する男たちの姿を見て、ほの暗い愉悦感がふつふつと生じているのをおくびにも出さず、淡々と思っている事を語っていきますわ。



「タロさん? でしたわよね? 貴方のようなレベル7以下の傭兵プレイヤーがこの場にいて、今後の作戦立案に携わるのは、果たしてふさわしい事なのでしょうか?」


 さてさて。天使と呼ばれた彼女が、私の刃にどう対応してくるのか見物ですわね。



「ふぉっふぉっふぉ、それを指摘するならRF4-you君も同じ7レベル以下じゃのぉ?」


「これは失礼いたしましたわ。黒いシミかと思って、傭兵プレイヤーだとは気付きませんでしたわ」


 ウーガのおじ様に思わぬ横槍を投げられ、少しだけ調子が崩れてしまうものの、先ほどの攻撃材料は即座に放棄。そして、わたくしは次なる抗戦材料を投げかける。


「タロさんは、錬金術スキルをお持ちだとか? そのような鑑賞用・・・のスキルがいかほどの役に立つというのでしょうか?」


 暗に貴方は見た目だけの鑑賞用にしか過ぎないと嫌味を放ってあげます。


「無用の長物と化したスキル保持者が、遠距離攻撃部隊の中心になるというのは、よろしいことではないように思えますの」


 さてさて、そのつぶらな瞳でこちらを見つめられても逃げられませんことよ? どう反抗し、どのように自分の力をアピールしてくるのかしら? ほくそ笑みそうになるのを必死でこらえながら、天使を凝視する。錬金術では有用性をアピールすることすら不可能と私が知りながら、貴方に攻撃を仕掛けているのよと、伝わる程には目尻に多少の力を込めて。


 大かた、貴方の出来ることと言えば、いつも通り見た目を武器に周囲を説得しようと無様な醜態をさらすだけでしょうね。今に限って、そんな甘えが許容できるわけないわ。予断が許されない状況下であるわけだし、お得意のぶりっこ作戦は使えませんのよ? さぁ、どうするのかしら?


「えっと、り、り、リリィさん?」


 あらあら。予想通りと言いましょうか。

 か細く震えた声は、わたくしに怯えを感じていると殿方に喧伝し、保護欲を掻き立てる作戦でしょうね。


 彼女はそれから薔薇色に紅潮させた頬を、一度パンッと両手で叩き、なぜか深呼吸をして私を改めて見据えてきましたわ。

 いいでしょう、受けて立ちますわ。

 そう気構えて、正面から天使の目と向き合うと、彼女はスッとすぐに視線を逸らしなぜか頬をさらに赤く染めていった。


「え、えとですね。俺は、中心にはなりませんよ。リリィさんがおっしゃる通りレベル的にふさわしくないですし。俺の隣にいるミナを中心にと、先ほど言ったつもりなのですが……ユウとコウが余計な事を言うから……ごにょ」


 なんと、あろうことかアッサリと引きましたわ、この女。しかも、どうやら私の早とちりな感じが否めません事。


「て、敵が何匹いるかわからない今、リリィさんの言う通り、錬金術はアイテムが枯渇してしまったら使い物にならないですしね……」


 その上、私の勘違いを追求してくるのではなく、私の言動を肯定してきてフォローまで入れてくるという寛容さを示してくるなんて。


 えぇ。えぇ。

 これが、あの女の策ですわね。どんなに多くの人間がその手に陥とされたかは知りませんが、私はだまされませんわ!

わたくしこそが、そう言った痴れ者を陥落させる側ですもの!

 


 すこし悲しそうな笑みを浮かべて、こちらを見つめる天使は、なんだか心が抉られる思いをこちらに引き起こさせましたわ。ですが、彼女の言動すべてが、罠! 甘い言葉を吐き、こちらの心にスルリと同情という念を埋め込む、なんて卑劣な行為なのかしら。

 


「おいおい、タロの錬金術が使い物にならないって?」

天使ちゃん・・・・・、それはないよねー?」


 しかも、天使の取り巻きであるイケメン二人がすかさず、彼女を守るかのように失笑交りで援護射撃を放って来ましたわ。


 ……きましたわね。

 これで場の空気が、天使色に染まってしまうでしょう。

 

 彼女は取り巻き二人の応酬に乗っかり、「そんなことないですわ」なんて謙遜な態度を貫き、あたかも清純そうな淑女の振舞いをするのでしょう。そして、下等な男共の相好が崩れるのを見て、内心では場を支配したとほくそ笑むのですね。



「マジで……天使ちゃんって言うのはやめてくれ」


 しかし、彼女はこれでもかというぐらいに、面妖な顔つき……一遍の偽りもなさそうな本心からのしかめっ面で、美しい顔を醜悪な形へと変えたのです。殿方に気に入られようとするものとは真逆の表情を、取り巻き二人に叩きつけたのです。

 ま、またもや私の予想外の反応を繰り出してきましたわね……。


 男にびを売るどころか、突き離すなんて。



「まぁー? 何にしてもさぁ、『賊魔リリィ』なんて呼ばれてるアンタにタロちゃんが、何かを言われる筋合いはないわよねー?」


 天使の思わぬ態度に困惑していると、今度は赤髪の女、ゆらちーとか言ったかしら。こちらに交戦をしかけてきましたわね。


 わたくしとした事が、天使だけに集中していたツケが出てしまったようです。そもそも、天使の味方はこの場において多いのは自明の理。ならば、このようなケースも予測しておくべきでしたわね。

 ただし、慌てる必要は微塵もないでしょうけれど。


「あら? そういう貴方は、この危機的環境下において、戦力として十分に期待できるわたくしの意見をないがしろにし、その結果、役立たずな存在を重視してこの場にいるみなさんの足を引っ張るという行為に責任を取れるということかしら?」


 完璧に論破したであろう私の言い分に、なおも抗議の姿勢を崩さないゆらちーとか言った女は凄むようにわたくしを睨みつけてきましたわ。



「タロちゃんの錬金術は強いわよ」


 見た目が私より年上だからと言って、こちらを軽んじてもらっては困りますわね。錬金術が使えないスキルだということは周知の事実。悪あがきもいいところですわ。


「子供の嘘も大概にしてくださらないかしら? あら失礼、おばさんだったかしらね!」


「こんのっっ」


 怒髪天をついた赤髪短気女が自壊する様を、侮蔑の笑みを込めて見送ってあげましょう。

 ここで、このゆらちーとか言ったおばさんが暴発してくれれば、周りは止めざるを得ませんもの。淑女たるもの、話し合いの場で暴力に事を及んではどんな説得力も無に帰してしまうという事を、眼の前の雌牛は知らないようですわね。

 これで、この場の男達はわたくし側に立たざるを得なくなりますわ。



「ゆらちー、『賊魔リリィ』ってなに?」


 赤髪女が爆発する数瞬前、あわや間一髪というところで、とぼけた口調で天使が質問をしましたわ。その天使の一言によって赤髪は冷静さを取り戻したのか、背中の大剣に伸ばしかけていた右手を収めました。

 こ、このタイミングで静止をかけるとは見事ですわね、天使。

 私の目論見を看破するとは、なるほど。できる女というわけですわね。



「っタロちゃん。この『賊魔リリィ』って子はね、適当な男共をだまくらかして背後から一突き、アイテムや宝箱を奪う卑怯で悪評のある傭兵プレイヤーなのよ。だからね、可憐な少女の皮を被った盗賊と悪魔の混血種、『賊魔リリィ』なんて呼ばれてるのよ」



 赤髪の説明を耳にして、なるほど。天使には感服せざるを得ないと私は敵ながら称賛を送りたくなりましたわ。もちろん憎しみを込めて。

 天使がもし、この展開を初めから予測し、調整してチャンスをうかがっていたのであれば、私はまんまと彼女の罠にハマってしまいましたわ。


 これで、私の悪印象を材料に天使が取り巻きたちと、金髪の神官少女や赤髪女、姫武者然とした平安調の女性と囁き合えば、こちらの分が悪くなる一方。むしろ、その流れに当てられて男性陣も不用意に、戦力として十分な基準を満たす私をかばい立てすることもできなくなってしまいますわね。なぜなら、それは少なくとも、ここで三人の戦力になりそうな女性傭兵プレイヤーの不興を買い、失うことになるかもしれない危険をはらんでいるからですわ。


「フンッ。卑怯だとさ」


 同じ穴のムジナであるヴォルフが先ほどの小競り合いを根に持っていたのか、ここで私を嘲笑し追い打ちを仕掛けてきましたわ……。

 どうやら初めから勝算は薄かったようですわね。天使はこの場の全員の心をしっかりと買収していたようですわ。

 救いのない状況に諦観の念を抱きつつも、私は天使に仕掛けたのをほんの少しばかり、本当にわずかですが後悔をしてしまいます。



「ヴォルフって、相変わらず嫌味ったらしいね」


 しかし、その暗い気持ちを切り裂くのはまたしても、想像の範疇を越えた天使の一言。彼女は赤髪女が言いだした私の悪評を利用し、こちらを攻め立てるかと思いきや、その矛先をまさかのヴォルフに向けたではありませんか。


「フンッ。そんな俺に負い目があるのは、さぞかし辛いだろうな?」


 なんの事を話しているか私には理解致しかねません。ですが、二人の間には、天使の方がヴォルフに対し何かしら貸しのようなものを背負っている雰囲気が漂っていました。そんな不利な相手に対しこびを売るのではなく、わざわざわたくしを庇うような言動をしてくれるなんて……。


 いえ! これも天使が私を籠絡ろうらくさせる手管の一つに過ぎませんわ!


「べつに辛くはない……それよりリリィさんがどうやって、背後から一突きなんて芸当を実現できたのかが気になる」


 ヴォルフの牽制を軽々と一蹴し、天使は話題を再び私の方へと戻しましたわ。

 

 なんて、なんて末恐ろしい子!

 

 一瞬でもこちらを期待させ、心を緩ませたところで、配下の手の者に私の悪罪を事細かに発表させ、トドメをさしにくるなんて。ただでさえ、こちらは精神的に沈み浮きの激しい気分を味わっているこの瞬間をピンポイントで狙ってくる狡猾さは、私でも舌を巻くほどですわ。



「たしかぁ、隠密系統のスキルを使って? PT中のメンバーが油断しきった時を狙って、PTを即時解散からの奇襲戦法がメインって聞いたかなー。けっこう鬼畜よね」


 天使の顔して、平然と奈落へと落す彼女の所業が鬼畜ですわ。

 ええ。これから私は完膚なきまでに尊厳を奪われ、叩きつぶされるのでしょう。天使の仮面をかぶった悪魔に。



 逃げ場のなくなった私は、天使をただただ見つめる。

 怨嗟のこもった眼差しで。

 せめて、彼女の心に少しでも私の恨みがましい目の色を残しておきたくて。これぐらいの抵抗しかできない自分に激しい憤りを感じつつも、断罪の言葉を待ちますわ。


 しかし、天使はサッと私から目線を逸らし、両頬に朱を灯らせました。

 そして、照れくさそうに柔らかく微笑み。


「リリィさんって、すごいんですね」


 と、褒めてくれましたわ。



 きっと、私の心が逃げ場のない闇に囚われていたからなのでしょう。

 そんな彼女の姿が、私の瞳には惚れ惚れしてしまう程に美しく可憐に映ったのでした。


陽の光が細やかな銀髪に降り注ぎ、それらを反射させながら煌めかせ、はにかむ少女。



 優れた容姿を持っているにも関わらず、それを武器にして殿方に媚びることすらせず、ただ真っすぐにある姿は。まさに天使というに相応しい子女に見えましたわ。

 

 きっと、それは一時の錯覚が生じさせた幻の気持ちでしょう。



「……ありがとう、ございますね」


 自分の口走った言葉が自分のモノではないかのような違和感。それほどまでに、わたくしは動揺しているに違いありません。しかし、彼女のことを私がひどく眩しいと感じているのも、また事実ですわ。



「まさに……天使さま、ですわね」


 そして、誰にも聞き取れない小さな声でそう呟いてしまいました。思わず、自分の舌がこのような単語を彼女に向けて吐き出してしまった事に驚愕してしまう。

 


「で、で、ですが、あなたが天使だなんて。わたくしは決して認めませんわ!」


 えぇ。

 認めてやったりするものですか。

 先ほどのうわ言は何かの間違いに決まっていますわ。




 このように胸の奥がポカポカするなんて初めてのことですもの。


 わたくしがおかしな言動をとっても仕方ありませんわね。





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