68話 俺色シグナル



「ジョージ……これって……」


 かたわらで息を呑むオカマに、俺は思わず話しかけてしまう。


「天使ちゅわん……これは、とってもあちき好みの色だわぁん」


 そう言って、オカマは俺が作り出したアイテムをじっくりと観察する。

 


 俺達は今、ジョージの秘密工房の中にいる。

 スキルを内包する水晶群と、短剣が貯蔵されている隠し部屋、通称『宝剣の箱庭』。命名おれ。そんな密室内でオカマと二人きりでナニをしているかと言えば。先日、ミナやアンノウンさんと一緒に採取した色から新たなアイテムが作れないか試行錯誤していたのだ。結果、興味の惹かれるアイテムを生成するに至った次第である。


 

閃光せんこう石』

【太陽の恵みを閉じ込めた石。手に持つとぽかぽかと暖かい。硬質なモノに勢い良くこすりつけると目も眩むほどに激しく発光する。その光を見たものは三秒間、視界が真っ白に染まる】

【属性:黄】


 ごつごつと、少し黄色味の強い小さな石。


 実はこれ、だいぶ前にミケランジェロの石畳がめくれている部分を採取したら手に入った『硬石』と、コムギ村の小麦畑で採取できた『太陽にたなびく黄色サン・イエロー』を合成してできたモノだったりする。


 傍に堅い物質がなければ使用できないと表記されているが、武器や防具にこすりつけても発光するため、目くらましには随分役立ちそうなアイテムである。


「これで……前回、採取できた色を扱ってのアイテム作成は二つか……」


 他にも完成したアイテムを並べ、俺はまじまじと自分が生み出した錬金術の産物を観察していく。



溶ける水ウォタラード

【太陽の高熱と水、合わさる事のない両者が絡み合った特殊な液体。光熱を宿すこの水は、触れた者を溶かすと言われている】

【属性:青】


 黄色の瓶につまった液体。

 一見するとポーションに見えなくもないが、瓶の中では黄色い光が常に明滅していて、まるで生きている炭酸ジュースのような代物だ。

 これは、『水』を10本消費して上位変換に成功した『上質な水』と『陽光に踊る黄色ソレイユ・イエロー』を合成して、生まれたアイテムだ。


『打ち上げ花火(小)』に続き、二番目に作成できた攻撃アイテムになる。

 瓶を投げつけて、ダメージを与えてもいいし、直接ふりかけ回して相手を溶かしてあげるのもよい。使い勝手がよい半面、その有効範囲は液体の量に頼るため、広くはない。



 そして次に目に映るはタフ・スライムから抜き取った『悪食の黄色ベル・イエロ』。


 この『悪食の黄色ベル・イエロ』は『射ろ筆』を使って武器に塗布すると、その武器で攻撃したモンスターに『飢餓きが』という状態異常の数値を蓄積させることができるらしい。相手の耐性によるけど、バッドステータス『飢え』をモンスターに付与していい事などあるのだろうか。凶暴性が増して不利な状況に陥りそうで怖い。


 そんな『悪食の黄色ベル・イエロ』だが、相性が良好で合成が可能な素材は皆無だった。


 それに加え、今回モンスターから抜き取った色は『射ろ筆』で武器や防具に彩色すれば効果はあるものの、太陽光の絡んだ色には特別な効果を付与できるものはなかった。

 なかなか全ての素材を活かしきれないのが現状でもある。



「一番、レア度の高そうな『お日様と金麦色コルタナ』と相性の合う素材が見つけられなかったのは残念だけど、十分な成果かな……」


 吐いた台詞とは裏腹に、せっかく金色に準じる色を手に入れたのに、金すら操れると豪語していた錬金術士の名折れであると俺は思っていた。焦らず、一歩一歩進むべきなのだろうが、悔しいことに変わりはない。



金色ゴールドですものンッ。そう簡単に金を扱えちゃったら、拍子抜け過ぎてつまらないわよねンッ♪」


「そうだね、ジョージ……」


 錬金術の腕前不足な俺を、遠まわしに励ましてくれるオカマに心中で感謝を送る。

 第一に望遠鏡は非常に利便性の高い装備だということを証明できたのだ。今回はその結果を確認できただけでも良しとしようじゃないか。

 望遠鏡から採取した色を光カートリッジから抜き取るのは『妖しい魔鏡』や『古びたカメラ』と比べて非常に簡単な作業だった。というのもカートリッジをシャカシャカ振るだけで良いため、カメラのように写真とインクを合成するといった手間はかからないのだ。ただ、魔鏡のように金属製のインゴット素材を生成するには至らなかったのだが……。



「そう言えばぁン、天使ちゃんとの合作ぅン、ゆ・き・の・落とし子スキルうぅんんんんん……」


 どうしてもオチ気味な思考になってしまう俺に、ジョージもオチ気味な声音を発して来る。


「ぜんっぜん、『熟成』場所が見つからないわぁン!」


 スキルを習得するための輝剣アーツ、それを完成させるには、スキルに適した場所で放置するという『熟成』という行程が必要だったっけ。

 俺とジョージの両名が作り出したアイテムを互いに掛け合わせ、作成できた『雪の落とし子』スキルの『熟成』場所が見つからない、か。


 お互い、悩みや課題は尽きないらしい。

 自分だけが力不足を感じているのではないんだな。


「あはは。ジョージも俺も、一緒に頑張って行くしかないね」

「そうねぇンっ☆」


 なんとなく、気を使われたのかな? と思わなくもない展開だったため、目の前の色黒オカマはやっぱりいい奴なんだなと、つくづく感じてしまう。

 おっと。つくとか感じるとか、オカマの前で不謹慎な話か。



「それにしてもジョージ、今日は本当にいいの?」


「えぇん。もちのロンよぉん。そぉーんな楽しそうな、お・は・な・し、あたしを誘ってくれて、嬉しいわぁん」


 太陽光が元となるアイテムを生成できた時点で、俺はアンノウンさんとミナへフレンドチャットを飛ばしたのだ。なぜなら、謎に包まれた巨人の石碑の奥へ行けるかもしれないから。そして、冒険の出発が決まれば、更なる戦力を準備しておきたいがために、晃夜こうや夕輝ゆうき、シズちゃんやゆらちーなど百騎夜行の面々にも集合してもらうことになった。そして、この事をジョージに話してみたら、あちきもとノリノリのご様子というわけだ。


「でも、そろそろミケランジェロで『妖精の舞踏会』が始まるよね? 参加しなくて大丈夫?」


 ジョージはただのオカマではない。上級傭兵団クランを支える職人集団の傭兵団『サディ☆スティック』の副団長でもある。ミケランジェロの灰王に挑む、好戦的かつ情熱に燃えた一級傭兵プレイヤーたちと共に、『妖精の舞踏会』が勃発するたびにあの戦場に参加していると聞いている。



「いいのよぉん! どのみち今日はあんまり時間が取れないのよねぇン」


 ジョージは何かリアルで用事でもあるのか、一瞬だけ濃艶なダークシャドウマスカラに彩られた両目を宙空へとさまよわせた。


「じゃあ、なるべく早めに向かおうか」


 それならばと、各種錬金アイテム、ポーションや花火を手早くもりもり作っていき、冒険支度を整えていく。

 そして、俺はミケランジェロでも待ち合わせ場所として有名な『天球まかせな時計台』に集合場所を決定し、仲間たちへとフレンドチャットを送ったのだった。




――――

――――



 先駆都市ミケランジェロ。

 ここは、傭兵プレイヤーたちが旅立つ始まりの街であり、今まで発見された中で最大規模の大きさを誇る都市だ。

 

 初期街ということで、ここを拠点として行動する多くの傭兵プレイヤーはレベルが低かったり、駆け出し傭兵プレイヤーといった者が大半だ。

 しかし、そんなこの都市も今や絶対不可侵と言われる強ボス『ミケランジェロの灰王』を攻略せんがために、強者たる傭兵プレイヤーが続々と王城内に集結しつつあった。熱気と緊張、そして今度こそはという喧騒と期待が膨らんでいる。最近では『妖精の舞踏会』が開催される定刻となると、こういった風景は別段珍しいものではなくなっていた。その分、『どうせ俺達には関係ない』とぼやく者もいる。それは同じミケランジェロ内にいるが、至上の戦いに参加できない初心者を中心とした傭兵プレイヤーたちだ。そんな彼らの間には、どこか腑抜ふぬけた空気が漂っているのが常だった。



「どうすればいいんだ……」


 しかし今日に限っては、間延びした平和な空気を一掃するかのように焦燥に駆られた表情を浮かべる傭兵プレイヤーがいた。否、待ち合わせ場所として名の知られた『天球まかせな時計台』に沈痛な面持ちで居並ぶ、傭兵プレイヤーたち・・がいた。

 その数はザッと見積もって数百は下らない。


「あんた達はどう思うんだ? 意見を聞かせてくれ」


 彼らの中心にいるのは、唯一この場でレベルが7以上の傭兵プレイヤーたちだ。低レベル傭兵プレイヤーで形成された群衆の中で、レベルが一つ抜きん出ていたがゆえに、なし崩し的にこの緊急事態に取り組むためのリーダー役を半ば強制的に押しつけられたメンバー。

 そんな四人の男女に、初心者傭兵プレイヤーの数百にも及ぶ視線が集中していた。


 彼らの疑問にリーダー役のうちの一人、トラジという男が答えた。


「……『コムギ村』と『イネ村』周辺に様子見として向かわせていた先遣隊からは、コムギ村は異常なしとの報告が入っている」


 この男、装備はただの村人のような服を着ているため、一見すると貧相だがレベルはそこそこ高い。しかも、彼が着ている擦り切れた麻布の服はとある限定クエストのクリア報酬でしか手に入れることができず、魔法防御がわりと高くて貴重な装備だったりする。


「しかし、イネ村の方は『遠目から村の建物が半壊していると、そして今までにない大規模なモンスターの数だ』というメッセージを最後に連絡が途絶えた」


 彼が発したのは質問に対する答えではなく、現状報告だった。


 そして、それを聞いた傭兵プレイヤーたちはどよめく。



「おいおい、ミケランジェロが陥落したら、どうするんだ」

「さっきのログだと、敗北した場合『競売と賞金首ウォンテッド』の税率が上がるんだろ?」


「都市の復興作業に割り当てるとか、初心者いじめかよ運営!」

「いや、これは初心者に対する救済措置でもあるだろ。この戦いで経験値を稼げってさ」


「先遣隊とやらは平均レベルが5だったんだろ?」

「俺らより強い奴らが全滅で、しかも大量に敵がいるって」

「いくら、経験値に対する救済措置って言っても、ハードル高すぎるでしょ」


「そうだ! 誰かフレンドに強い奴はいないのか? そいつらにフレンドチャットで助けを呼ぼうぜ」

「さっき、王城内で『舞踏会』に参加予定のフレンドにメッセージ送ったけど、ミケランジェロの税率がどうなろうが、知ったこっちゃないってさ」

「ま、上級傭兵プレイヤー様はあまりここの『競売と賞金首ウォンテッド』を使わないだろうしな……」


「あっちは灰王攻略のために準備を積んできたんだ。悪いが参戦できないとさ」

「強者は頼れないと……」


 どうして、平和で活気に溢れる先駆都市ミケランジェロに集う傭兵プレイヤーたちが、このように浮足立っているかと言えば。

 それは、つい先ほどミケランジェロ都市内部にいる全ての傭兵プレイヤー達に突如として流れたログ内容が原因だった。



:ミケランジェロから南西方面にモンスターが大量発生しました。人間を高い養分と認識し、近隣で人口密度の高い先駆都市ミケランジェロ目掛けて移動中です:



:なお、ミケランジェロ防衛に失敗した場合、ミケランジェロにおける『競売と賞金首ウォンテッド』の税率を5%から10%以上に引き上げる可能性があります。これらは街の修繕費にあてがわれます:



 一体、どんなモンスターが大量出現したのか。

 いつこちらに到着するのか。

 広大なミケランジェロを守備対象にして、どうやって防衛線を張れというのか。


 このログは頭をかしげざるを得ない内容ばかり。

 しかし、これを見た傭兵プレイヤーたちに疑問だけが残されたわけでもない。そう、確かな二つの共通認識をもたらしたのもまた事実なのだ。


 一つは、税率が上がったらアイテムや装備品、素材購入がかなり厳しくなるし、商品を出品する側としての旨みも当然減る。

 そして二つ目は、状況を打破するには都市内にいる傭兵プレイヤーたちと協力する必要があるということ。



 そして傭兵プレイヤー傭兵プレイヤーから、口々に集合場所が伝播していき、ミケランジェロ最大の待ち合わせ場所として有名な『天球まかせな時計台』へと決定し、現状は今に至る。


「というかよ、『妖精の舞踏会』に参加しようとしてた傭兵プレイヤーたち……ミケランジェロの王城内にいる傭兵プレイヤーにはこのログが流れてないらしいぜ」


「フレンドにメッセージで確認したけど、他の街やフィールドに出向いてる傭兵プレイヤーにも届いてないとさ」


「運営は完璧に、俺達だけで戦えって言ってるのか」


「もう俺、オチようかなー」

「負け戦になりそうだしね」

「また似たような突発イベント、どっかで発生してくれるだろうしよ」


「おいおい、ここで一人一人が踏ん張らないと、税率引き上げとか地味に厳しくなるだろ」

「経験値も稼げるんだ、がんばろうよ」

「勝てたら、の話だろ? モンスターキルによるデスぺナは経験値ロストがキツすぎるぜ」

「まぁまぁ、ゲームなんだし楽しくいこう?」

「こういうのはワクワクするじゃん」

「一致団結といこうよ」


「ミケランジェロの灰王戦で唯一の生還組だった、『銀の天使ちゃん』も癖の強い一級傭兵プレイヤー達をまとめ上げ、協力態勢を創り上げて抗戦したんだぞ!」


「銀の姫な~」

「天使? 姫?」

「そうそう、すごかったらしいぜ!」


 様々な意見が飛び交う中、この急造的な群衆のリーダー達はどうしたものかと考えあぐね、周囲の反応に対し無言を貫いていた。だが、そんなリーダー達の中に『天使ちゃん』という単語にピクリと反応をする者がいた。一人は先ほどの偵察報告をしたトラジという男。天使の名を聞いて、屈託のない笑みを浮かべている事から、噂の人物に対してはおおむね好意的なものを持っていると伺える。もう一人は、茶色のフードを目深にかぶり、長いローブをまとった老齢の魔法使い。『ふぉっふぉっふぉっ』と好々爺然とした優しい笑い声を上げている老人だが、その瞳に宿る意志は崇拝に近い念と、何かを渇望する怪しい光が静かに燃えていた。天使ちゃんなる者に対し、並々ならぬ感情を抱いているようでもある。そして残る二人は、その見た目からして若年層。だが、両者に流れる評判からは油断のならない人物でもある。15歳以下の傭兵プレイヤーたちを集め、叩き上げ、使える手段は何でも使う、傭兵団クラン『一匹狼』の団長でもある彼は、灰髪の下にある鋭い目が印象的な少年だ。彼は『天使ちゃん』という名前が出た瞬間、苦虫をかみつぶしたような表情をし、その後フンッと自嘲気味に笑った。そう、ヴォルフは何か、因縁めいたものを吐きだすように胸中に渦巻いている形容しがたい感情を吐き出していた。


 そして最後は、このメンツで唯一の女性、いや女性というには早すぎる。せいぜいが中学生前半と見える容姿を持つ傭兵プレイヤー。彼女は扇情的なレザー装備一式を身に付け、未成熟な身体を周囲の男共に見せつけるように佇む金髪碧眼の美少女である。

 彼女が『天使ちゃん』という発言に対し、そのツインテールをわずかに揺らす。それが意味するは、美しく整った美貌が無意識のうちに歪められているところを推察するに、不機嫌をあらわに頭を軽く振ったのだろう。


 とにかく。つまるところは、リーダー格全員が『天使ちゃん』なる人物を既知していた。


 それぞれのリーダーが彼女に思いを馳せている間にも、たかがゲームだと言ってログアウトしていく者や、モンスターの大量発生なんて知らん、俺は好きな事してるわ~とそれぞれの自由を主張し、解散していく者がちらほらと見受けられていく。一度は危機意識から集まりかけていた傭兵プレイヤー達の結束力は付け焼き刃にしか過ぎず、ホロホロと崩れていく。



「んで、どうするよ。そろそろ方針を決めなきゃ、えれぇ事になりそうだ」

「そうじゃのぉ。何か若い衆から、良案はないかの?」


 リーダーとして矢面に立たされた一人、トラジが重い口を開け、それに最高齢の魔法使いが若年二人組に話のさじを投げていく。


「フンッ。こいつらの練度、連携など期待しても無意味。正面からの衝突しかないだろ」

「作戦とは言えない作戦ですわね! あ、でもわたくしからは特に案といったモノはないですのよ」


 だったら、俺の発言に文句を言うなと、怜悧な視線をヴォルフは隣にいる女子へとぶつける。それに対し、金髪の少女はせせら笑ってその睨みをいなしている。


「そうかい。こう言っちゃなんだが、俺もヴォルフ君の意見に賛成かな。ウーガのじい様は何か代案でもあるか?」


 険悪な雰囲気を放つ年少組を見て見ぬふりをするトラジ。そしてウーガと呼ばれた老人は、『ふぉっふぉ、若いとはいいもんじゃのぉ』と若者の反りを楽しんでいるようだ。


「どのみち、レベルが高いってだけで担ぎあげられた俺達だ。俺達の意見に真剣に耳を傾けてくれる連中なんて一握りだろうよ」


「フンッ。俺とお前が一緒のくくりとは、おもしろくないな」


 トラジの何気ない嘆息にヴォルフが過敏に反応する。

 確かにこのメンバーでLvが一番低いのは現在7Lvであるトラジだ。次に低いのが11Lvの金髪美少女リリィであり、二番目にレベルが高いのは13Lvであるヴォルフ。そして一番高位になるのが高齢のウーガであり、Lv14という現在クラン・クランにおいて最高峰の傭兵プレイヤーレベルを誇っている。

だからなのか、自然と決定権はウーガに任されている節があった。


「まぁ良いではないかのぉ。思う存分、この偶発的な出来事を楽しむ事が肝心なのじゃ。……とはいえ、ちとこの様子じゃと敵の数によるが、抗戦自体が難しいかもしれんのぅ」


 老人の発言にリーダー達は自然と周りに目を巡らす。彼らの周囲に身を寄せていた傭兵プレイヤーたちは、気付けば今や百人を切ろうとしている程にまで減っていた。

 人間の結束とは、諦めたり、興味を失っていけばかくも脆きものなのだ。


「そうですわね……ウーガおじ様の言う通り、みなとの協力は難しいかもしれませんわ。特に、ファーストアタックを悪用している傭兵団クランの団長さんがいたら、説得して回るのに困難ですこと」


 リリィが棘のある口調でヴォルフに嫌味を放つ。

 

「フンッ。窃盗と詐欺まがいの手管で男をもてあそび、貴重なアイテムや宝を発見したと見るや、PTを即切りして背後から襲うと定評のある賊魔リリィなんて傭兵プレイヤーがいたら、まとまる話もまとまらないしな?」


 するとヴォルフも涼しい顔で彼女に応戦していく。


 ヴォルフとリリィ。

 この二人においては悪評が広まってはいるが、その分、人を出し抜く上での戦力的な面、戦略的な面で評価されているがゆえに、こうやって有象無象の群のリーダーとして担ぎあげられているのだ。昨日の敵は今日の友とは良く言ったものである。


 そんな子供の喧嘩にトラジは『やれやれ』と言って、溜息をこぼす。


「……こんな時に天使ちゃんがいてくれたらなぁ」


 偶然の出会いとはいえ、彼はコムギ村での彼女の活躍を思い出していた。自然と彼女のもとへ人々が集まり、協力していき、結果的に突発クエストクリア達成へとみんなを導いた銀髪の美少女。脳裏で彼女の事を思い浮かべてしまったからこその、つぶやき。

 しかし、その内容に過敏に反応したのはヴォルフではなく、今度はリリィの方だった。


「ちょっと、トラジさん、でしたわよね!? そんなに『天使』などと、もてはやされている少女がお気に入りなのかしら?」


 彼女の瞳は憎しみとはまた少し違うものを帯びてはいたが、『天使』と発音するときにはタップリと侮蔑の色が込められていた。それは、この場にいる誰もが察することができる程に濃厚だった。


「まぁなぁ。いい子だったし?」


 トラジはリリィの分かりやすいまでの態度をモノともせずに、自分の率直な意見を述べる。


「天使ちゃんなんて、いい子ちゃんの皮を被った女かしら。あぁーやだやだ! 錬金術なんて使えないスキルを取っておきながら、少し見た目がいいからってチヤホヤされちゃう勘違いちゃんっているのよね! ただの寄生虫だわ」



「おい、それをお前が言うのか? 自分の容姿を武器に、ヘンタイどもをひっかけているお前が」


 ヴォルフのツッコミに、リリィはそっぽを向く。

 彼女としては、やはり同じ性別じょしとして、やっかんでしまっている部分があることは認識しているのだろう。自分と同じように容姿が良く、歳も3~4歳しか変わらない『天使』が、自分とは真逆の噂をばらまいている事が酷く勘にさわるのだ。本当は、お前も馬鹿な男を食い物にしているだけの女なのだと。自分は正直に黒い部分をさらけだし、潔く認めているのに『天使』なる奴は素顔を隠して、いい子ぶっているのが気に入らない。

 暴論も甚だしいが、彼女は本気でそう思っていた。


「ふぉっふぉっふぉ……」


 女子の嫉妬は怖いモノだのぉと頭の中でぼやきつつ、温厚に唇を釣り上げるウーガのご老人だったが、リリィを見つめる目だけは笑っていなかった。




――――

――――



「おーっす」


『天球任せな時計台』に進む道すがら、俺はジョージと共に晃夜こうや夕輝ゆうき、ミナ、アンノウンさん、そして親友二人が引き連れてきた見知らぬ美少年・・・と集合していた。


「お、太郎、誘ってくれてありがとな」

「ありがとね、太郎」


 俺の掛け声に、メガネイケメンな晃夜と柔和イケメンの夕輝は、いつも通りの返答をしてくれる。


「巨人の謎を解くためだ」


 にまりと親友たちに向けて自信満々な笑みを送る。


「だけど、『浅き夢見し墓場』の奥に、更に何かがあるなんて聞いた事ないよね」

「でかい骨共がウロウロしているだけの墓場だと思っていたが」

「まー、タロのことだもんね?」

「早い話が、未知ってやつか」


 期待と不安に胸を膨らませながら、旧友たちへの挨拶もそこそこに、俺は手早くジョージやミナ、アンノウンさんを紹介していく。


「あっらぁ~ン! 舞踏会いらいだわねぇぇンっ♪ やっぱりぃン、いいオ・ト・コになりそうだわぁあンっ☆」


 ジョージはピタっと晃夜や夕輝に貼り付く。


「その節はどうもです。でも、ロリゴンにはあまり近づいて欲しくはありませんので……」


 対象的にミナは二人から離れる。


「はれはれ、よろしゅうございます」

 

 アンノウンさんは特に何も気にしていない様子だった。


 そんな俺のフレンドに対し、夕輝と晃夜はジョージだけから距離を置き、ちょっと顔面を引きつらせていた。だが、これから冒険を共にするメンバーであるため、営業スマイルを見事に作り出し、『よろしくお願いします!』と二人声をそろえてお辞儀をしてくれる。


「それで、コウ……」


 俺は先ほどから非常に気になることに答えて欲しいと、視線で晃夜こうやに訴える。


 実は、二人が連れてきた謎の美少年がジッと俺に熱い視線を注いでいたのだ。チラチラとミナやアンノウンさんにも粘着性の高い双眸をズラしはするのだけど、圧倒的に俺を眺める時間が長い。


 彼はサラッとした青髪を韓流イケメン風に短く切りそろえた髪型にしている。ちょっとおぼっちゃんヘアーとも取れなくもない領域ではあるが、いかんせん顔が可愛いのだ。しかも身長が晃夜こうや夕輝ゆうきと比べて小さいため、端的に言うと似合っていたし、一見して人畜無害そうな美少年であった。

 だが、彼の粘着質の高い見つめ方が全てを台無しにしている。



「あー、こいつか」


 晃夜こうやのやけに親しげな声質に、俺は首をかしげる。


「今回はシズがリアルの都合でインできないわけだが」


 そして代わりと言っては何だが、と前置きをした晃夜はサッと謎の美少年に手を向ける。


「こちらにおわすが、我らが友人」


 あらたまった声で夕輝が、彼を紹介してくる。


「RF4-youくんだ」



「え、なんて?」



 聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまう俺に、アールなんちゃらユー君が背筋をピンっと伸ばし踵を綺麗にそろえた。そして、敬礼のポーズを取り大声で自己紹介を始めた。


「小官の名はRF4-youであります! 以後、貴官らと共に戦場にて轡を並べる所存ではございますが、いかんせん若輩者でありますゆえ、教鞭の程、よろしくお願いいたします!」


 なんだろう……。

 この既視感は。


「えと、あーる、えふ、ふぉーゆー、さん?」


「はっ!」


 RF4-youくんは、俺の問い掛けに真剣な、しかし戸惑いのはらんだ目でこちらを見返してくる。


「もしかして……」


 俺は晃夜こうやの耳元に口を寄せ、ごにょっと半ば答えを確信している質問をする。



「もしかして、あれ、ユウジ?」


 なんとなく口調から察せられる、軍オタの雰囲気。そして、無類の美少女アニメ好きのクラスメイト、ユウジ。


「あぁ、そうだ」


 『くっくっく、あいつのキャラクリ傑作だろ。なんであんな美少年にしたんだか』と晃夜こうやの笑う声が右耳から左耳へと通り抜けていくのを感じつつ、俺は全身から汗が滝のように流れていく錯覚に陥る。

 



 まずい。

 ユウジとは現実で、昨日コンビニで、この姿で、この銀髪美少女タロの姿で遭遇している。


 なんて言い訳をしたら良いんだ。

 そんな俺の内心の焦りを夕輝が気付くわけもなく、みんなを先導するかのように進行役を買って出る。



「みなさん。今回の冒険にはもう一人参加予定のメンバーがいます。ゆらちーという者で、ボクたちと同じ傭兵団クランに所属しています。彼女は予定通り『天球任せな時計台』に向かっているので、そちらに一旦移動しましょう」


 なおもジーッと見つめるユウジことRF4-youくんから俺は逃れるように、ミナの後ろにソッと隠れる。


 今はネット上の友達が周りにいるから、ユウジもさすがに現実での事を、俺を晃夜や夕輝からクラスメイトの訊太郎と事前に紹介されていたとしても……言及してくることはマナー上できないはず。

 だが、しかし。

 早めに何か対策を練らなければ、どんな大惨事に発展するかわかったものじゃない。

 


 どうにかしなければ、と悶々とする気持ちを落ちつけようと努めながら、ゆらちーが待つ天球任せな時計台に向かう道程。



:ミケランジェロから南西方面にモンスターが大量発生しました。人間を高い養分と認識し、近隣で人口密度の高い先駆都市ミケランジェロ目掛けて移動中です:


 緊急を告げるログが流れたのだった。



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