67話 友達ブレイクダウン


 夕輝ゆうき晃夜こうやからのラインをじっくり見る事、20秒。

 

「どうしよう……」


 硬直しかけていた俺だが、肩幅がすっかり小さくなってしまったのが原因で、学校の指定ジャージのTシャツがずりさがった事で我に返る。

 

 と、とにかく。

 何か返信をしないと。


 焦燥感に駆られ、上手く動かない指先でスマホをタップしていく。



訊太郎『あぁ。たまたまだったけど、二人に会ったよ』


晃夜『一言、いってくれてもいいと思うんだが』


夕輝『そうだよ、訊太郎じんたろう。最近、ボクたちとリアルで会ってないのに、シズクやゆらちーとは会ってるなんてね』

 


 友人、二人の言葉が胸に突き刺さる。


 一言いう。少女化してしまったことを。

 親友の二人とは顔を合わせてないのに、ネトゲの知人とは会った。



 そうだ。

 俺のしている事は、二人にとっておもしろくないのも当然だ。


 偶然とはいえ、少女化について結果的に親友である晃夜こうや夕輝ゆうきには報告がネトゲ知り合いより遅くなってしまった事。しかも他人からの言葉で、俺が少女であると耳にしたのだから。


 二人の気持ちはわかる。

 大切な友人だから。


 でも、だからこそ。

 言いづらかった。


 

 中学から三人で事あるごとに一緒に行動してきた気心知れた奴らだからこそ、間違いなく現実こっちで一番同じ時間を共に過ごす奴らだからこそ、俺が少女化してしまった事でもし何かが変化してしまったら。



 こいつらの発言や行動が、最も俺のココロに大きく響く。



 でも、そんな俺の弱い部分のせいで、二人に隠し続けるなんて親友失格かもしれない。俺が晃夜こうや夕輝ゆうきの立場で、あいつらのどっちかが俺のような惨状になってしまったら、一早く知ってどうにかできないか一緒に考えたいとも思う。

 わかってはいるのだけど。


 二人が大事なほど、恐怖が膨らんでいくのだ。

 もし、カミングアウトした事で嫌な方向になってしまったら……と想像すると、怖くて仕方なかった。



 それでも、今。

 こうして、シズちゃんやゆらちーを通じて知られてしまったのなら、白状するしかないのだろう。



晃夜『ま、別にどうとも思ってないけどよ』


夕輝『なんていうか、あの二人がリアルじゃどんなだったのか知りたいって感じかな』



 ん?

 俺に対する言及はしない?



訊太郎『えと、俺の事じゃなくて?』


晃夜『お前の、何の事だよ』


夕輝『今更でしょー。訊太郎じんたろうの何をボクたちが聞きたくなるんだよ』


訊太郎『え、いや。その、可愛いとか綺麗とか……』


 ゆらちーとシズちゃんがそう騒いでたって、さっき言ったじゃないか。



晃夜『おい、心配すんな。親友のにご執心になる程、女には飢えてないぞ』


夕輝『シンさんはゲームのままの見た目らしいね。良く分からないけど、やっぱリアルモジュールだったねとか、可愛いとか美人! なんて連呼してたよ、あの二人』



 これは、もしかすると……。


晃夜『だが、俺達にとっては……早い話が、シンさんは怖い』


夕輝『ぶっちゃけたね晃夜こうや。でも、女子には可愛く映るものなのかもねー』


訊太郎『二人は、他に何か言ってなかった?』


 


夕輝『えーと、確かゴスロリだっけ? ほとんど服の話になってて何を言ってるかボクらには理解できなかったよ』


晃夜『フリルがなんとか言ってたな』


 

 やっぱり、この様子だと少女化した件はバレてない?

 俺はひとまずの安堵にホッと大きな息をつく。


夕輝『まぁ、そんなことよりも訊太郎じんたろうくん』


晃夜『そうだぞ、訊太郎じんたろう


夕輝『二人のリアルはどんな感じだったかな?』


晃夜『そうだ、早い話……』


夕輝『どちらの方が可愛かったかな?』


晃夜『どっちが可愛かった?』



 二人の質問に、思わずクスリと笑ってしまった。

 先ほどまでビクビクしていた事が嘘のようだ。

 

 俺はいったんスマホを置き、目尻をもみほぐす。

 そして、再度スマホの画面をのぞきこみ、震えの収まった指先でタップしていく。



訊太郎『どっちもなかなか、可愛かったと思うよ』


 無難ではあるが、本音を織り交ぜた解答をしておく。



夕輝『逃げたね訊太郎じんたろう~!』


晃夜『つまんねぇぞ!』


訊太郎『(笑)』


夕輝『訊太郎じんたろう的にはどっちが好みだったかな?』


晃夜『そうだ。この際おまえの好みも加味して答えてくれ』


訊太郎『ずいぶん、ご執心だな二人とも。なんでそんなに?』



夕輝『賭けをしてるからね。どちらが可愛いか』


晃夜『俺の5000エソがかかってるんだ。さぁ答えろ訊太郎じんたろう


訊太郎『お前ら、最低だな(笑)』


夕輝『訊太郎だって逆の立場だったら乗っかったでしょ?』


 否定はできない。確かにおもしろそう。



晃夜『で、結局どっちなんだ?』


訊太郎『自分の眼で確かめてみなよ(笑)』


夕輝『じんたろ~』


晃夜『おい~』


訊太郎『二人に言うつもりでしょ。俺がどっちかの方が好みだったって。そしたら、後が怖いからなー』



夕輝『さすが訊太郎、ご名答』


晃夜『バレたか』


訊太郎『おい(笑)』


 これが男子高校生ってものだ。

 俺はこの後しばらく、姉にかされるまで晃夜こうや夕輝ゆうきとのラインに没頭してしまった。


 ふと出発前、姿見に映った自分の容姿がチラっと目に入る。

 いつもはあまり見ないようにしてるけど、今日は普段より少しだけ長く自分を見つめた。


 相変わらず、幻想的なまでに美しく長い銀髪。

 小さく均整の取れた顔立ちは、誰が見てもハッと目が覚めるような愛くるしさを持っている。

 そして、幼く華奢きゃしゃな身体。


 

 いずれ。いや、近いうちに。

 二人にはしっかりと自分の口からこの事を伝えたいと、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。






「いらっしゃいませーでござる」


 妙な挨拶が響く中、俺はなるべくレジに視線を向けないように姉と二人でコンビニ店内に足を踏み入れた。



「太郎、ぱぱっと選び終えなさい」

「はいはい」


 さっそく俺と姉は、それぞれの商品を見るべく二手に分かれる。と言っても、互いの視界範囲には十分おさまっている位置だが。


 俺がお弁当コーナーで、姉がお惣菜コーナーへと陣取った。

 

 実は俺、コンビニ弁当がけっこう好きだったりする。というのも、梱包されているプラスチックの容器がスーパーのモノと比べて綺麗だし、それがより商品を美味しそうに魅せてくるからだ。


 

 うーん。

 牛丼にしようかなぁ。

 今夜はガッツリ食べたい。


 むむ、炭火焼ブタ肉弁当なんかもいい!


 俺はじっくりと陳列されたお弁当を眺めていく。


 今の身体になってから、以前より食べられる量が少なくはなっていたけど、食欲は旺盛であり、舌の好みが変わるという事はなかった。


 なので、やはりお肉を所望するのが高校生男児の心。


「うーん……」


 俺がお弁当へとねばっこい視線を飛ばしていると、隣にいた他のお客さんがこちらの方に身体を向け、ジッと様子を伺っているような気がした。まさか、俺と同じ弁当を狙っているがゆえに、牽制を仕掛けてきたのか? と警戒しつつ、ゆっくりとそちらに顔を向けてみる。



 そこには、弁当ではなく俺に、ねっとりと絡みつくような視線を送る少年がいた。彼の双眸に込もっているモノは、なんというか、寒い冬にぬめっとしたゼリーを肌に直接付けられたかのような不快な感じだった。



 彼は高校一年生・・・・・にはしては低めだろうという身長で、目算155cmあるかないかといった具合だ。それでも今の俺よりかは全然大きい。サラサラと艶やかに流れる黒髪は、短めに揃えられていて、特に襟足部分が非常に短く、お坊ちゃん然としたヘアースタイルだ。


 若干、小太り気味に見えなくもない体型の彼だが、それは違う。

 水泳によって鍛え抜かれた柔らかい筋肉が、身体に厚みを持たせているだけで決して脂肪からくる太さではないのだ。

 

 なぜ、こんなにも詳しく知っているかといえば。






 こいつは俺のクラスメイトだった……。



 

 名はユウジ。俺と同じ竹華たけはな高校に通う男子高校生であり、フルネームは的井まとい有事ゆうじといい、水泳部に所属している。ウン白を俺がかましてしまったあの日、水泳部がシャワー室を快く貸してくれたのは、ユウジのおかげでもある。



 俺と、彼、クラスメイトでもあるユウジの目が互いを見つめ合う事、数秒。


「……」

「…………」

 


 ど、ど、ど、どうしよう。

 いや、何も焦る事はない。ゆうじは俺がゲーム内で、今の姿でプレイしていることを知らない。つまり、こいつと俺は他人。

 ここは、コンビニ店内でたまたま居合わせた、赤の他人というていでスルーすればいいだけだ。何事もなかったかのように視線をずらし、再びお弁当の事だけを考えれば特に何の問題もないはずだ。


 というか、なぜユウジはこちらをジッと見てくるんだ……いや、こいつの性格上なんとなくは予想できるが、なんだか嫌な予感しかしない。


 とにかく、俺を凝視してくるユウジから目線を切り、弁当を吟味ぎんみし直す。



「き、キミ」


 しかし、あろうことかユウジは俺に話しかけてきた。

 いや待て。

 ただの独り言って可能性があるかもしれないので、ここはひとまず無視だ。

 だってそうだろう。


 俺とユウジは、今は他人。

 ユウジが俺に声をかけてくる道理が見当たらない。



「ちょっと、そこのキミ」


 おいおいおいおいおいおいおいおい。

 ゆうじくんよぉ!

 コンビニでナンパですか!


 というか、話しかけてくるんじゃありません!

 こんのロリコンめ! 俺の見た目はせいぜい十歳そこらだよ! 自分でいうのも悲しいかな! でもガッチガチの小学生女子なんだよ!

 そんな少女にコンビニで話しかけるわけないよな?

 そうだよな?


 もし違ったらお前、それでも俺のクラスメイトか! クラスメイトにこんなヘンタイがいたとは驚きの黒さだよ! 混沌だよ!


 何やらユウジが近づいてくる気配があったので、ユウジとは逆方向に一歩動く。そして、堅くなっているであろう表情に無理矢理な笑みを浮かべ、首だけ動かすようにギギギッと緩慢な動作でユウジを見る。


「そこの、キミ。キミは竹華高校の関係者でありますか?」


 間違いなく、俺に放った言葉だった。


「……はい?」


 勘弁してください。

 ユウジは割とクラス内では無口な奴だと思われているが、実は違う。


 彼は自分の趣味が絡んでくると饒舌になるタイプの人間であり、普段はそういった一面を抑えるかのように寡黙な態度で生活しているのだ。


 というのも、ユウジはかなりの美少女好きであり、更に軍ヲタでもあった。

 彼の趣味に関する話には、ついていけない人の方が割合的に多いと彼自身が把握しているために、日頃から自制している節がある。だが、ゲームやアニメの好きなメガネイケメンである晃夜こうやとユウジとの間で、とあるアニメに出てくる美少女の話題で熱く議論を交わしているところを俺は何度か目撃している。なので、奴の正体を知っていた。


 と言っても、ウン白の一件で他の水泳部員を説得し、シャワー室を俺に貸してくれる程の度量を見せてくれる一面もあり、悪い奴ってわけでもない。むしろ俺の中ではかなりいい奴だと思っている。それに、ユウジは美少女好きといっても、それをリアルの美少女に出す事はなかった。


 だが、しかし。今の俺は自分で言うのもなんだが……アニメに出てきそうなほど、可愛らしい容姿をしていると言っても過言ではない。

 だから根はいいはずのユウジが、コンビニで小学生女子に声をかけるという狂行に至ってしまったのではないだろうか。

 


「キミの着用している服は、竹華高校で指定されているジャージであります。自分も竹華高校に通っている身でありますので、竹華高校に何らかの関連性を持っているであろうキミにお声掛けした次第でございます」

 

 ユウジは妙に背筋の良い姿勢でこちらを見据えてきた。その目には、ほんの少しだけねちょっとした雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか。

 

 

「えーっと……」


「自分の記憶によれば、我が校にキミのような美少女がいたという痕跡はありません。もしかすれば、転校生でありますでしょうか?」


 口調は至って紳士的だが、彼の目の奥には、希望に溢れた輝かしい光が見てとれた。


 ユウジ、まじかー。俺みたいな小学生が高校に転入とかアニメだけの話だろうがー。現実とアニメの区別ができなくなってきてるんじゃあるまいな。

 クラスメイト相手に、少しだけ萎えた。



「太郎、選べたか?」


 そんな引き気味の俺とユウジの間に入りこんできたのは姉だった。

 姉は怜悧な表情でユウジを一睨みし、俺の手を取る。


 ナイス姉! ナイス壁役(物理的に)! タンクの夕輝ゆうきも顔負けのタゲ取りだよ! だけど名前を呼ばないでくれ! 

 目の前のユウジがふつ訊太郎じんたろうと、今の俺を結びつける可能性は低いかもしれないけど、何となくユウジには聞いて欲しくなかった。



「これは失礼しました……何か困ったことがあれば、自分に何でも相談してください。近所に住んでいますので、力になれるかと思います」


 姉の睨みにすくんだのか、ユウジは一礼をしてそそくさと漫画コーナーへと足を運んで行った。姉はそんなユウジの事を訝しんだのか、完全に無視を決め込みスーッと俺の手を引いてレジまで商品をカゴごと持っていく。

 去り際に、俺は素早く炭火焼ブタ肉弁当をなんとか掴み、その後学友へと再び目を向けることはなかった。



 前だけを見て進もう。

 今はそれが大事な事だと思えた。


 姉が店員さんにカゴを渡すと同時に、俺もお弁当を置く。

 


「ろ、620円が一点~、に、280円が二点~、ひゃ、ひゃ、120円が二点~」


 コンビニ店員さんが姉の出した商品の値段を読み上げていく。

 あれ、サラダが二つとジュースが二つある。もしかして俺の分も取っておいてくれたのかな。


「ご、ご、590円が一点~、ご、合計2010円でござる~」


 最後に俺の炭火焼ブタ肉弁当をスキャンした店員さんは、合計金額を弾きだした。


「あたためはいかがするでござるますか?」


 そこで俺は改めて店員さんと目を合わせた。

 前回の変な絡みを俺相手にした事を覚えているのだろうか、少しビクビクと怯えた様子だった。

 姉の事もチラチラと伺っているようで、相変わらず挙動不審だ。


 だけど、先ほどのユウジの様子と比べたら、この店員さんは少し変わってるだけに思えた。


 

「あっため、おねがいします」


 なので、前のように避けるのではなく、普通に返答してみた。


「かしこましたでござる~!」

 

 なぜか、歓喜に満ち溢れた笑顔を爆発させるコンビニ店員さん。

 

「では、わたしも」


 ござる店員さんは姉の一言にはビクリと肩を震わし、一拍おいてから『はひっ』と小さな悲鳴にも似た返事をしたのだった。




 それから無事に買い物を済ませたところで、何となく鼻がむずむずとしたので、ポケットティッシュでチーンをし、コンビニの出口に備え付けられたゴミ箱にポイしておいた。



「あっ」


 コンビニから出て少し経って俺は気付く。大好物であるカップ麺を買い忘れた事に。



「どうした?」


 姉の問いかけに、俺はカップ麺を買いたいと主張する。


「まったく。待っててやるから、買って来い」


俺は姉からもらった250円を握りしめて、再びコンビニへ勇み足で戻ろうとした。

だが、その脚はクルリと方向転換をし、姉の方へと急旋回。



なぜなら、店の出口にあるゴミ箱を漁るユウジの姿が見えたからだ。あんなところで、何をしてるのかはわからないが、今は顔を合わせたくないのは事実。ラーメンは泣く泣く諦めることにしたのだった。







晃夜『そうだ、訊太郎じんたろう。お前に報告することがあったわ』


夕輝『そうそう、言い忘れてたね~』



 コンビニから帰宅し、買ったばかりの炭火焼ブタ肉弁当を堪能していた俺に親友達からのライン通知が届く。


 ぷるんとした歯ごたえと旨みのあるブタ肉を十分に咀嚼しながら、俺はスマホを片手にゆっくりと返事を打っていく。


訊太郎『どしたー?』


晃夜『喜べ、訊太郎じんたろう。仲間が増えるぞ』

夕輝『なかなか期待できる人物だよ』


訊太郎『仲間って、百騎夜行に新メンバーでも加わるの?』


夕輝『そういうわけじゃないよ』




晃夜『早い話が、ユウジもクラン・クランをやり始めるぞ』




「けほっっっごほっ!」


 思わず、口に入れていたご飯を吹きだしてしまう。



「太郎、汚いわよ」


 姉の不機嫌な声が、俺へと突き刺さる。

 だが、親友がもたらした情報の方が遥かに俺の心に突き刺さったのだった。






◇◇◇

あとがき



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◇◇◇

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