65話 突然変異な野武士


 NPCの村人が奏でるアップテンポな曲調が流れ出し、『コムギ村』の舞踏会が始まって十分かそこらが経った今。



「タロさんの銀髪はすごく綺麗ですね」


 簡素な皮鎧を着た女性のソロ傭兵プレイヤー、ユーナさんに俺は褒められていた。彼女は二十代半ば程のキャラクリをしており、実年齢もだいたい同じぐらいらしい。


「はらはら、私も常から思っておりんす。その青い燐光もいとをかし」


 そんなユーナさんに賛同の言葉を重ねるアンノウンさん。二人は俺を挟んで・・・、髪や頭をソッと触ってきたりするので、俺はキョドキョドしてしまう。


 思えば、この姿になってから妙に女性たちに絡まれるようになった。

 男子高校生としては嬉しい半面、刺激が強すぎたりもして、どうしてもビクついてしまう事も多々ある。


「あ、あ、ありがとうございます」


 あれから意気込んで傭兵プレイヤーたちの間に入った俺達だったが、何を話していいのかわからず、ミナと一緒になって口をもにゅもごさせてしまった。そんな俺達を見て、このユーナさんという人が話しかけてくれたのだ。

 話しかけてくれたはいいものの、上手く喋れなかった俺達をアンノウンさんがさりげなくフォローに入ってくれ、そこから自然と、なぜか俺達を中心に人々が集まってきてガヤガヤと歓談するに至った。



「しっかしタロさんは可愛いよなぁ」

「この調子じゃあ、言い寄ってくる男共もいるんじゃないのか?」


「えと……それは、どうでしょう」


 若干、距離が近いように思える男性傭兵プレイヤーたちに曖昧な返事をし、手近にあった野菜料理をつまむ。さっぱりとした野菜の食感を味わいつつ、初対面同士の傭兵プレイヤーさん達と話すのは新鮮な面もあるけど、けっこう緊張してしまうものなのだと改めて思っていた。


「ミナヅキちゃんも、可愛いねぇ」

「ロリゴンは近づかないでください」


 そこらの村人と変わらないすすけた服を着た青年は、俺の横にピットリとくっついているミナにジト目を送られて、胸を手でおさえていた。



「ロ、ロリゴン!?」


 彼の胸に何かが突き刺さったようだ。


「あははっ。トラジさんは目つきが怪しいから仕方ないね」


「ぜんぜん、怪しくなかったろぉぉお!?」


「じゃあ口調が怪しかったな」

「いやいや、卑しいの間違いだろ?」


「おまえらあああ」


 トラジさんをいじる周りには、穏やかな笑い声が流れる。

 ここにいる傭兵プレイヤーたちは、どうやら初心者組らしく最近クラン・クランを始めたばかりらしい。と言っても、俺もクラン・クランを始めたのは13日程前だし、それほど彼らとの差はないと思っている。



「それにしても、その妖精・・さんも可愛いわねー」

「羽からこぼれる鱗粉りんぷん? それもキラキラしてて、なんだか綺麗だわぁ」

「クラン・クランって細かいよね!」


 女性陣がはしゃぐなか、俺も『うんうん』と同意しておく。


 実は今、俺の傍では一匹の風妖精が盆に乗せられた木の実を口いっぱいに頬張ほおばっていたりする。


「タロん~~~おいちぃ!」


『風』妖精だから『フゥ』と安易に名付けたこの妖精。そのプニプニとした小さな頬を指で軽くつついてやる。


「ほら、フゥ。口元に食べカスが着いてるぞ。それに食べ過ぎて、お腹を壊すなよ~」


 フゥは気持ち良さそうに俺の指に頬ずりをし、俺がした注意は完全にスルーといったスタンスで、またムシャムシャと他の野菜を手に取っては口へと運んでいた。


 賢者ミソラさんから受けた秘匿クエスト【風妖精のおり】をクリアした報酬として、スキル『風妖精の友訊ゆうじん』を習得した俺だが。

 実はこれ、風妖精を召喚できちゃう、すんばらしいスキルだった。

 まだスキルLvは1だけど、『風の友を呼ぶ』というスキルで、風妖精を一匹だけ召喚できるのだ。


 召喚する際にMPを30も消費するので、全MP50の俺にはちょっとキツかったりもする。



「これぞ妖精の舞踏会ってやつか」

「誰も踊ってないけどね」

「音楽と食事、傭兵プレイヤー、それに一匹だけでも妖精が揃えば、楽しいもんさ」


「そうだなぁ。明日からまた仕事が始まる憂鬱も薄れるし」

「連休明けって、げんなりくるよなぁ」

「仕事の話はやめてくれー」


「はははっ。まぁ、まだこの世界を楽しむ時間は残ってるさ」

「クラン・クランって色んな隠し要素っていうか、たくさんのコンテンツや発見があって飽きないよな」

「買ったばかりで飽きるのも困り物だろ」

「妖精たんかぁー俺も欲しいなぁ」

「私も欲しい! 早く強くなりたいわ」


 妖精を眺めながら、妖精を話しのさかなにしている傭兵プレイヤーたち。

 そんな彼ら、彼女らはミケランジェロの会場にいたような最前線傭兵プレイヤーたちとは違い、ギラギラした感じはなく、ほんわかした空気を持っていた。

 だからこそ「『妖精』の舞踏会ってわりには妖精なんかとお目にかかった事なんてないよなぁ」と残念そうにぼやく彼らを見かねて、この人達ならそんなに騒ぎはしないだろうと判断し、ついスキル『風妖精の友訊』で、『フゥ』を呼んでみたのだ。



:風妖精が『野菜スティック・くりぃむチーズ味噌』に満足しました:

:スキル『風妖精の友訊』がLv1 → Lv2にアップしました:


 お。

 もしかして、このスキルってフゥに色々な経験をさせるとレベルアップしていくものなのか?

 そんな感じで、アシストログによる新しい発見になんとなく思考を持って行かれていた俺だが、聞き捨てならない会話が耳に飛び込んできたので意識をみんなに集中させる。



「今日、やっとLv4になったの……大変だったわ」


 !?

 その発言は、ここで最初に話しかけてくれたユーナさんのものだ。


 俺も4Lvなのだけどな……。

 ユーナさんの嘆息に目ざとく反応してしまう。なぜなら、彼女からさっき聞いた話によれば、ユーナさんはクラン・クランを始めてまだ四日目らしい。十日以上プレイしているのに同じレベルの俺って、もしかしてけっこう亀進行だったりするのだろうか……。


「モンスターのポップ率がなぁ……ここらのフィールドじゃあ、モンスターの奪い合いだもんな」

「下手にちょっかいだすと、すぐにPvPになりかねないし」

「クラン・クランって魅力的な世界だけど、そこが何とも難しいよね」

「正直、怖い思いも何度かしたわ……」


 初心者傭兵プレイヤーさんたちの間に、暗い沈黙がのしかかった。


「タロん~! これもおいちぃ!」


 元気に飛び回るフゥと、村人NPCが奏でる明るい音色のBGMだけが、やけに大きく聞こえる。

 そんな、なんとも言えない空気を払拭するかのように、トラジさんと呼ばれた一人の傭兵プレイヤーがその場の人々を元気づけるように、呼びかけた。


「良かったらいい狩り場を知ってるけど、フレになって今度一緒に行ってみるか!?」


「行ってみたいです!!!!」


 思わず、俺は食い気味にその話に割って入ってしまう。


「お、おう……天、じゃなかった。タ、タロさんだっけか? でも、タロさんにはほら、強そうな友達が……いるし」


 チラリとミナやアンノウンさんをうかがうトラジさん。


「俺らなんかじゃ、その、力不足じゃないか?」


 何かを遠慮するというか、恐れ多いといった姿勢でギョッとしたトラジさんは、周りに同意を求めるようにキョロキョロとし出す。

 そんな彼の周辺にいた数人の傭兵プレイヤーたちも、なぜか「そうだな」と頷いている。



「そんなことないですよ……俺もLv4ですし……」


 遠まわしに拒否られた事に、少しショックを受ける。

 マジかー……。

 いい雰囲気だった分、他人でも断わられるってけっこう心に来るんだなぁー。



「あの天使ちゃんがLv4だって?」

「っちょ、お前、今その呼び名は伏せろって」


「絶対、お忍びだろ。察しろよ」

「じゃなきゃ、こんな質素な所で『妖精の舞踏会』に参加するかよ」

「都会の喧騒になんとやら、だよ」


「でもLv4って俺達と変わらなくないか?」

「どっちにしろ、噂の妖精使いの姫さんだろアリャ」



 周りが何かにどよめいたようだけど、俺はトラジさんにお断りをされた事が思った以上に心に来ていて、みんなの声を聞き逃してしまう。


「天使ちゃんって何?」


 ユーナさんの質問がようやく耳に入る頃には、俺の豆腐メンタルは何とか回復し、会話を聞く余裕も生まれた。


「いや、いやいや、何にも俺達は知らないよ?」

「そこのミナヅキさんが、タロさんの事を『てんしさま』って呼ぶから、俺らもついな、な?」

「そそそそうだよ。ま、まぁ天使さまって言いたくなる気持ちもわかるけどな?」



 どこか慌てた様子の男性陣たちに、ちょっとだけ疑問を覚えたものの、俺は無邪気に野菜料理をパクパクと食べるフゥをぼんやりと見ながら考える。

 トラジさんに断わられたのは、やはり主武器が小太刀という貧弱なものだったり、俺が『錬金術スキル』を習得しているからだろう。



 実はこの会場にいる傭兵プレイヤーたちは俺が錬金術スキルを習得している事を知っている。というのも傭兵プレイヤー達が集まれば、やっぱり最初は『どのスキルが~』とか『俺はこのスキルが~』という話になっていたので、初めに伝えておいたのだ。



 くぅ……まさか、ソレがこんなところであだになるとは……。

 でも、俺は錬金術に誇りを持っているし、ここにいるみんなをあざむいてまで、レべリングについていって迷惑をかけたいわけでもない。


 ここは大人しく諦めるか……。



「天士さま? 大丈夫ですか?」


 俺のナーバスな気分に一早く気付いたミナが、そっと肩に手を置いてくる。

 あぁ、ありがとうミナ。

 キミの手は温かいよ。


「タロ氏。そんなにレべリングしたいのでありんしたら、わたくし達といきんす」

 

 アンノウンさんも逆の肩に、ポンっと手を置いてくれる。

 うん、俺にはこんなに優しいフレンドがいるんだ。


 あの場はソロ色の濃い、ユーナさんやその他の傭兵プレイヤーさん達に譲るが当然だね……。


 トラジさんには、この件に関しては不干渉を貫くという意思表示も踏まえて曖昧な笑顔を送り、ミナたちにコクンと頷いておく。と、気を利かせたつもりが、周囲の女性陣傭兵プレイヤーたちの視線がなぜか俺達に集まった。


「えっ! タロさん達がいくなら私も参加してみたいなー」


 そんなふうに先陣を切ったのはユーナさん。


「タロさん達と一緒にレベルアップしたいかも」

「それ、あたしも思った!」

「じゃあ、うちもー」

「トラジさん、なんかむっさいし」

「一緒に行くなら、極上にかっわゆい天使ちゃんよね!」

「タロちゃんにあーんな悲しい顔させてねー? 男なんて放っておきましょー」


 あれれ……。

 どうしてか、俺に群がる女性たち。


「か、こ、コレは、どうして?」


 押し寄せてくる女性たちの勢いに、彼女いない歴=年齢の俺はどう対処していいのかわからず、ちょっとパニックになってしまう。


「あ、あ、あのっ」


 実を言えば、さっきからアンノウンさんの胸が、ユーナさんの二の腕が、両肩を刺激し続けているのだ。そこに近寄ってきたお姉さんたちの、顔や髪、吐息が、ががッ、ふああああああああああああ!


 いや、わかっている。ここは仮想空間の中で、造られたキャラクターアバターが、情報キャラが俺に触れているだけなのだと。それでもリアルな感触が装備越しに伝わってくるのだ。

 


 緊張と興奮が最高潮に達した時、人は混乱するのだと悟った瞬間だった。


「きゃぁ! タロさんが照れてる!」

「かわいいわぁ」

「ミナちゃんとセットだと、ますますお人形さんみたいよね!」


 思ったよりも、ハーレムというものは居心地の悪いものなんだ……。




 女性傭兵プレイヤーに囲まれた俺は、もはやされるがままだった。

 いや、特に激しいスキンシップをされたわけではない。

 だが、さりげなく身体に、ごく自然に触れてくるのだ。俺の童貞心という名のHPを、少しずつ、だが着実に削って行く。

 

 どうして、初対面でありながら、こうもスキンシップが多いものなのか。


「みなさん、そろそろ……」


 俺の脳内容量が限界を突破しそうになったその時。




「誰かいないか! お願いだ、助けてくれ!」


 それは焦燥に満ちた叫びだった。

 俺の周囲にばらまかれた甘っとろい空気を壊すに、十分な声量が『コムギ村』の舞踏会場に響き渡る。


 声の発生源へと目を向ければ、そこには質の悪そうな木製の片手剣を握りしめ、粗野な布切れを身にまとった青年傭兵プレイヤーが一人いた。

 見るからに、初心者だった。


「なにかあったのか?」


 そんな闖入者にトラジさんが、近寄って声をかける。


「よかった……傭兵プレイヤーがいて……仲間が、仲間が大変なんだ!」


 どうやら、その初心者傭兵プレイヤーは相当焦っているのか、トラジさんに対して脈絡のない返答をしている。


「落ち着けって。何があったんだ?」


 動揺する彼へトラジさんに続き、談笑をいったんとめた他の男性傭兵プレイヤーも集まって行く。自分の言葉に耳を傾けてくれている傭兵プレイヤーがいると、遅まきながら気付いた初心者さんは自分を落ち着かせるように、スゥーっと深く息を吸った。


「スライムがッ。麦畑にいたスライムに、俺達は襲われてッッ! このままじゃ持たないってなって……誰か助けてくれないか!?」


 必死に懇願する初心者さんに、周囲の傭兵プレイヤーたちはいぶかしむ。


「スライム?」

「そんなに強敵か?」


 敵がスライムだと知り、やれやれといった空気が舞踏会にいた傭兵プレイヤーたちの間で浸透していく。初心者さんの話を聞く体勢だったトラジさん達も、興味を失ったようで解散していく。


「初心者を使う、新手のPKプレイヤー・キル手法か?」

「ありえなくないな……傭兵プレイヤーが待ち伏せしてるかもな」



 だが、そんな冷たい態度の彼らとは違って、俺にはわかる。

 スライムは強敵だ。俺も、姉に連れられて初めてスライムと戦ったあの日、全く手も足もでなくて、ただただ地面に叩き伏せられた記憶は新しい。


 俺は女性陣を振り切り、真っすぐ初心者の青年だけを見つめて歩きだす。

 彼は助けが見込めないとわかると、悲壮な顔をして崩れ落ちるように地面に手をついた。



「あいつら、俺が一番レベルが低いから気を使いやがって……なぁ、あんた達も分かるだろ!? モンスターによるデスペナルティ、経験値ロストを気にして……俺がどこかに助けを呼ぶのが、俺達の助けにもなるとか言いやがって……クソッ、俺にできることはなんだ……どうすりゃあいい」


 わかる、彼の気持ちが痛い程わかるぞ。

 俺も最初、晃夜こうや夕輝ゆうきにおんぶにだっこの存在になるのが嫌で……錬金術スキルを取ってしまったからという偏見で親友たちに後れを取る事が許せなくて……対等な仲間として一緒にこの世界を楽しみたくて、俺の戦闘力不足を補う意味で『翡翠エメラルポーション』を渡した、最初の冒険。



「俺が行きます! 場所はどこ!?」


 四つん這いでブツブツとつぶやく彼に大声をかける。

 すると、彼は今にも涙を浮かべそうな顔をして、俺を仰ぎ見た。


「た、助かる!」


 そして何故か一瞬、呆けた初心者さん。

 俺はそんな彼の様子にもどかしさを覚える。


「た、助かります……女神、さま?」


 今は時間が惜しいのではないのか、急がないと彼の仲間が危ないのではないのか。そんな考えで頭がいっぱいになり、俺はミナやアンノウンさんに目で合図を送る。


「天士さまについていくです!」

「はれはれ、スライムじゃレベルアップの足しになりんせんが、タロ氏が行くというのなら」


 二人は即座に了承してくれ、メイスと薙刀なぎなたのメイン武器を取り出す。


「じゃあ、私達もいってみる?」

「それ、さんせー!」

「そうね、いってみましょうか」


 それにユーナさんや、女性陣も続いて参加を表明する。


「じゃ、じゃあ、俺達もいってみるか?」

「ま、まぁ、スライムぐらい時間もかからないしな」

「いくとするか!」

「「「「おおお!」」」」


 なぜか男性陣もついてくるという流れになり、結局この場にいる全員が初心者の彼に導かれて、仲間が襲われているという麦畑に急行することになった。

 もちろん、風妖精のフゥも連れて行くことを忘れてはいない。






 向かった先には、三人の傭兵プレイヤーがスライムっぽい・・・モンスターと麦畑を荒らすように激しい攻防戦を繰り広げていた。


「あれ、スライムか?」


 トラジさんが呟く。


 初心者さんの仲間を襲っているというモンスターは、確かに形状も丸くて、質感もプルプルとしておりスライムと同じように見える。

 だが、通常のスライムよりも大きさが二倍程もあり、色も青ではなくだいだいだ。


「救援にきたぞ!」


 正直、初心者さんの仲間達はかなり分が悪そうで、すぐにでも飛び込んでスライム達の注意をこちらに分散しないと、全滅は必須だった。


 というのも、橙色のスライム達は麦穂の隙間から次々と出現しており、彼らを包囲する程に大量出現していたのだ。そのため、俺は即座に戦場へと飛び込んだ。



:突発クエストが発生しました:

:【クエスト名】スライムの突然変異体:

:【クエスト達成条件】スライムを全滅させる:

:【クエスト失敗条件】特になし:

:【クエスト報酬】『コムギ村』のNPCの好感度が上がる:



 なんと、こんなログが流れた。


「突発クエスト!?」

「スライムの突然変異体って……」


 一緒について来てくれた傭兵プレイヤーさんたちは、そのログに浮き足だつ。だが、スライム達のターゲットはすでにこちらに向いているので、油断は許されない。


「まかしんす!」


 俺達の中でもレベルの高い姫武者姿のアンノウンさんが前衛に立ち、即座に薙刀なぎなたを構える。そして俺の横では詠唱に入るミナの動きを見て、周囲の傭兵プレイヤーさんたちも改めて戦闘態勢に入っていく。



 俺はといえば————

 素早くアイテムストレージから『古びたカメラ』を取り出し、写真を撮り始める。

 アンノウンさんが先頭のスライムと刃を交える中、急にカメラで写真を撮り出す俺を見て、後続のトラジさんなどは「こんな時に、何をしているんだ?」とでも言いたげにギョッとした形相でこちらを見てくるが、気にせずにだいだい色のスライムを捉える。



『タフ・スライム』【写真】

【栄養満点な小麦を食べ続けた結果、通常のスライムよりも強靭な肉体と繁殖力を備えたスライム。苦手な属性は元来の青。このスライムによって小麦畑が全滅することもあり、小さな村にとっては死活問題に発展することもある】


:タフ・スライムの魂が抜き取れました:

:撮ったタフ・スライムを討伐すれば『悪食の黄色ベル・イエロ』が写真に宿ります:


 情報収集を終えた俺は、みんなに敵の特徴を伝達するべく、大声を張り上げる。


「このモンスターはタフ・スライムだそうです! 弱点は青属性です!」


 そして俺も、ミナに急接近してきたタフ・スライムめがけて小太刀をふるう。



「おお、青属性か」

「この数じゃ、魔法がないとキツイぞ!」

「誰か、青属性の魔法をうてる子はいない?」


 誰かの質問に、俺の隣にいるミナが元気良く応える。


「天士さまっ! お任せくださいっ!」


 こうして、ミナの発動した青属性魔法『茨の水脈ロズウォール』がタフ・スライムの集団をひるませ、俺達低レベル傭兵プレイヤーたちの戦いが幕を開けた。


 



「いいぞ! 押し込め!」

「そんなに強くないけどもっ」

「数が多いのには注意だな!」

「囲まれないようにねー」


 最初こそ動揺が走ったものの、タフ・スライムがそれほど強敵でないと知ると、戦いは安定していった。それどころか、経験値がなかなか手に入れる事のできなかった俺達にとっては、この突発クエストは天の恵みにも似ていた。


「これはいい経験値になるなぁ!」

「やった! レべリング達成!」

「この調子でがんがん狩るぞ!」

「天使さま万歳!」


 みんなの士気も上々だった。



「あんた達、助けてくれてありがとう!」

「恩に着るよ!」

「本当にありがとうござます!」

「よかった……間に合って良かった……ありがとうございます、女神さまとその仲間たち!」


 ピンチだった初心者さんの仲間たちも、こちらにお礼を言えるぐらいには余裕が見え始めていた。そんな戦場をゆっくりと姫武者アンノウンさんは見渡し、少しだけ後ろに下がっていく。

 

「はれはれ、これで一件落着でありんすねぇ」


 この集団の中で唯一高レベルのアンノウンさんは、攻撃を控えながら俺の傍に付かず離れずといった具合で戦闘に参加する姿勢を見せる。



 きっと、自分の火力ではタフ・スライムをがんがん減らしてしまい、周りにいる俺達を含めた低レベル傭兵プレイヤーの経験値を無用に奪わないようにと、遠慮してくれているのだろう。

 それでも、ミナや俺が危ない状況になるとスッと薙刀でタフ・スライムを屠ってくれるので、この人は本当に面倒見のいい人なんだなぁと思う。


 経験値もうまうまの状況で、戦いに余裕が出てきた事もあり、俺はタフ・スライムの魂色を抜き取るべく『古びたカメラ』で敵の姿をパシャリと改めて撮る。


 よし、『悪食の黄色ベル・イエロ』とやらは一体、どんな効力なのか。

 写真で撮ったタフ・スライムに狙いを定めて攻撃を仕掛けようとする。




「助太刀いたすでござるよおおお!」



 しかし、突如として誰かの横からの一刀、いや一撃で『タフ・スライム』を撃破されてしまった。


「あ……俺の経験値と色が……」


 その傭兵プレイヤーは、ちょんまげという一風変わった髪型をしており、流浪人の如くシンプルな着物を着流している。一見、侍のように見えなくもないが、手に握っているのは立派な西洋直剣。刀ではない。


 なんというか、ちょっとアンバランスな気がするその傭兵プレイヤーは。


「お任せあれでござる!」


 ニヒルな笑みを俺に向け、タフ・スライムの群れに突っ込んでいった。


 その動きは力強く、剣の一振りで何体ものスライムを撃破していく事から、見るからに高レベル傭兵プレイヤーだと判断できた。



「ちょっとあんた……」

「うぉっ、誰だ?」

「あぁ……俺の経験値が」


 突然の乱入者にみんなから動揺と、若干の不満声が上がっていく。



「成敗いたすでござる~~!」


 そんな空気なんかこれっぽちも気にせず、そのエセざむらいはタフ・スライムを物凄いスピードで処理していく。

 高レベル傭兵プレイヤーからしたら、スライムなんて経験値の足しにもならないはずなのに……。



「はれはれ、無粋でありんすよ?」


 そんなタフ・スライムを虐殺しようとするエセ侍の振り回す長剣を、アンノウンさんの薙刀なぎなたが止めた。


 そのまま二人はつばぜり合いをし、互いに一瞬だけ静寂が訪れる。

 姫武者とエセ侍の視線が、確かに交錯したように見えた。


「むむ……それがしの生き様を邪魔立てすると申すならば、この戦、受けて立つでござる」


 なんと、このエセサムライ。自分にとって大した経験値にもならないのに、俺達下位傭兵プレイヤーの経験値になりそうなモンスターをわざわざ目の前でほふり、少しの経験値すらも己のモノにしようとする貪欲な行いを、生き様と言い切った。



 ……なるほど、こういうプレイスタイルの傭兵プレイヤーもいるのか。


 だが、ハイソウデスカと、ここで黙って引き下がるのがクラン・クランではない。


 その想いはアンノウンさんも同じだったらしく、再び薙刀なぎなたをエセ侍に閃かせた。しかし、その刃は侍の長剣が見事に受けきった。


「ほほう、戦でござるな? いざ、尋常に参るでござる!」



 ここに野武士VS姫武者のPvPが発生したのだった。

 


「フゥ!」


 その戦いに俺も参戦すべく、近くの空を自由に飛び回っていた風妖精の『フゥ』を呼び戻す。


『はい~~ッ! タロん~!』


 元気な返事をして、ピョコッと俺の右肩に着地するフゥを見て、俺は自身の戦力を頭に浮かべる。


「天士さまっ。わたしもっ!」


 ミナも俺の意志を悟ったのか、メイスをエセ侍へと向けた。

 

 手持ちのアイテムは品薄だ。

 でも、ミナとフゥ、アンノウンさんの力を合わせればきっと勝てるはず。



「こちらも参るよ! エセざむらい!」


 俺は小太刀を下段に構え、体勢を極力低くして駆け出した。

 宣戦布告だ。


「ござる!?」


 こちらの突貫に気付いたエセ侍は、世界の終わりを見たかのような形相に変わった。

 なぜか、悲観に暮れた絶望色にその顔を染めていくのだった。







◇◇◇

あとがき



新作、始めました!


『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』


お読みいただけたら光栄です。

◇◇◇




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