64話 金麦畑と望遠鏡

 

 二日ぶりにクラン・クランへとインした俺は。

 ぽかぽかとした陽が降り注ぐ中、全身が弛緩しきっていた。


「ほわぁー……。何だか眠くなるな……」


 くあーっとあくびをかます。


「のどかですね……ふぅ」


 俺の眠気に賛同するかのように、ミナも小さなあくびをする。大口を開けた俺とは違い、ミナはソッと口に手を当てて、しおらしく睡魔を噛み殺していた。


「はれはれ。子供たちは床に着く時間でありんすか」


「「いえ!」」


 からかいの音が含まれたアンノウンさんの言葉に、俺とミナは同時に否定する。

 実年齢は俺とそう変わらない和装の美人さんは、フフフと俺達の様子を見て笑う。

 

 裁縫職人として邁進している彼女は、現実では女子高生と言っていたが、佇まいや言動からどうしてもけっこうな年上さんだと錯覚してしまう。キャラの外見からも、長い黒髪を落ち着いた雰囲気で垂らしているからだろうか。


しかれど、タロ氏やミナ氏の気持ちもわかりんす」


 彼女はそう言って、ゆっくりと目の前の景色に視線を移していく。

 俺達もそれに釣られるように、まったりとした田園風景を眺める。



 ここは、『コムギ村』と呼ばれる村の近隣地帯だ。

 牧歌的な雰囲気ただよう『コムギ村』は、数多くある小さな村のうちの一つで、名前の通り小麦を名産としている。


 そんな村の近くで何をしているかと言えば。


 小高くなった場所で、俺達三人はおだやかな風に吹かれながら、眼前いっぱいに広がる小麦畑を堪能していた。

 小麦は収穫間際の時期を迎えているのか、麦穂が金色の輝きを放っている。

 天に向かってすくすくとその身を伸ばす姿は、見ているコチラも元気を分けてもらっている気分になる。そんな小麦たちは太陽の光を浴びながら、風に揺らめいて、黄金のさざ波をいくつも発生させていた。


 波打つ金麦たちは、まるで金の大海原のようで――。


 俺たちは、しばらく見惚れていたのだ。



「いい景色だ……」

「ですねー」

「よきかな、よきかな」


 このまま、ぽけーっとお昼寝するのもまた一興ではあるけども、そこは錬金術士の端くれとして行動を起こさなければいけない。俺はパンッと両手で頬を叩き、自分のスリープモードを解除する。



「そろそろ、やりますね」


「はい」

「御意でありんす」


 俺の合図に二人は神妙に頷く。

 

 いよいよ、この時が来たか。

 高鳴る鼓動を理性で抑えつけ、冷静と情熱の狭間で眼前の黄金畑を見据える。


「ふっ」


 不敵な笑みとともに、俺は新しく購入した錬金キットをアイテムストレージから取りだす。



『ゾディアークの望遠鏡』


【使用すると、レンズ越しで遠方を見ることができる】

【倍率は9倍~20倍】

【様々な光を吸収する錬金キットでもあり、吸収した光を素材化できる。ただし、太陽や強過ぎる光源、星や月などの光を吸収することはできない】


【光の吸収率+12%】

【物質化成功率+5%】


 先日の『妖精の舞踏会』で発生した、臨時クエスト『賢者と王の妥協点』のクリア報酬で15万エソという大金を得た俺は早速、『ミケランジェロ』のNPC商人が売っていた高額な錬金キットを購入したのだ。イン初日の時は、こんな望遠鏡が商品ラインナップに載っていた覚えはなかった。だから、いつの間にか加わっていた事に、驚き半分興奮半分といったところで5万エソにもなる高級なキットに大枚を叩いてしまったのだ。

 


「これが、我が錬金術の覇道……」


 青色鉱鉄ブルーメタル製の頑丈な三脚の上には、1メートル以上の長さを誇る立派な装飾の望遠鏡が鎮座していた。漆黒と薄青が混ざったその望遠鏡は、一目で高級品だとわかる造りをしている。さらに、長い鏡筒の周囲には、いくつもの幾何学模様の彫り込まれた銅製の円飾りが宙に浮いており、付かず離れずといった具合でぐるりと囲んでいる。それらは目の覗く部分、つまり接眼レンズに近づくにつれて輪の幅を縮めて小さくなっている。



「スキル『鑑定眼』」


 錬金術スキル『鑑定眼』を発動して、より『ゾディアークの望遠鏡』を調べる。



【夜空に生きる星々を愛した錬金術士ゾディアークが開発した望遠鏡。スキルに頼らず、遠くの状況を把握する事ができる望遠鏡の生みの親とも言われるゾディアーク。星達を生命体だと定義し、それらの実体を掴み取ろうと若かりし頃の彼が発明した最初のものが、この望遠鏡である。彼の作品を模倣して作られた市場に出回っているそこらの望遠鏡とは一味違う。当初、彼の意志が星に届く事はなかったが、多くの光を集め、遠くを見渡す事を可能とした偉業以外のなにものでもない。ただし、すでに人々の間では忘れ去られた過去でもある】


 ……なるほど。

 というか、ミケランジェロのNPC商人がこんなレアなキットを売っている事に不自然に思うけど、よくよく思い出してみれば、商品ラインナップの残数に『1』と表記されていた気がする。

 つまり、俺が購入したことで『0』になった時点で、この望遠鏡は一点物なのだろう。


 誰よりも早く買えたことに喜びを噛み締め、ほくそ笑む。


「これもまた、運命だ」


 俺なんかよりも、遥かな先達である偉大なる錬金術士ゾディアーク。

 彼の残してくれた痕跡が今俺の手に有り、継承されようとしているわけか。



 ゾディアークが生み出した遺産、そして彼の叡智に、最大限の敬服と感謝を込めて。


「貴方の意志は、我が歩む道と共に――」


 一通り、『ゾディアークの望遠鏡』に頬ずり、コホン。

 優しくなでりこしたところで、アンノウンさんの苦笑を押し殺したかのような視線が気になり、手を動かすのをやめた。しかし、ミナが瞳をキラキラと輝かせ、俺と同じ気持ちで望遠鏡を眺めているあたり、まだまだアンノウンさんには錬金術の素晴らしさが伝わっていないと判断する。



「よっと」


 ちなみに、普通の『望遠鏡』も購入してある。

 そちらも手元に出してみる。


『望遠鏡』


【使用すると、レンズ越しで遠方を見ることができる】

【倍率は3倍~9倍】

【光を吸収する錬金キットでもある。吸収可能な光の種類はごく限られている】


 こちらは手持ち仕様の望遠鏡となっており、鏡筒から接眼レンズまでの長さは30センチ程しかないコンパクトな造りになっている。

 価格は5000エソであり、割と高めだった。

 だがその分、お手軽に装備して遠くを見渡す事ができる。


『ゾディアークの望遠鏡』の最高倍率より遥かに劣り、三つまで光をストックできるのに比べ、こちらは一つまでしか光吸収を行うことができないけども、利便性は『望遠鏡』の方が断然高い。


 というのも倍率は高くなればなるほど、視野が狭くなり、明るさも暗くなるからだ。肉眼で確認できない何千メートル先の敵を、限られた視野で探すとなると砂の中から金を探すようなモノだ。


 100メートル先にいる敵傭兵プレイヤー、モンスターの動きを把握しながら、特徴を観察するのには『望遠鏡』の方が適していると言える。



 とにかく、俺が今からしようとしている事は『妖しい魔鏡』、『望遠鏡』、『ゾディアークの望遠鏡』の3種を使って、目の前の黄金こがねに煌めく麦畑の光を採取した際、どのような違いが生じるのかという実験だ。



「タロ氏」


「ほい」


 アンノウンさんの呼び声に、俺は望遠鏡から目を離さずに返事をする。


「一つ質問がありんす。その錬金キットとやらは、どちらでまうけたのでありんすか?」


「えと、普通にミケランジェロにいるNPCの商人さんから買いました」


「……」


 押し黙ったアンノウンさんが少しだけ気がかりになり、チラッと視線を向けてみると、彼女は難しい顔をしていた。


「どうかしましたか?」


「はらはら……そのような錬金キットを、ミケランジェロにいるNPC商人が取り扱っているという情報はいずこからも耳に入ってないでありんす。しかも、彼方かなたを見まう事が叶うアイテムなどと、聞いた事もありんせん」


「ふぅむ……俺も最近になって売っている事に気付いたので、もしかしたら『妖精の舞踏会』後に販売が開始されたのかもしれませんね」


「……かもしりんすね」


 アンノウンさんが納得したところで、俺はさっそく『ゾディアークの望遠鏡』に取りかかった。


 この望遠鏡は、鏡筒、色カートリッジ、接眼レンズの三つのパーツからなっているようで、色カートリッジに関しては取り外しが可能らしい。これは光を採取する部品であり、付属の色カートリッジは他に2つある。つまり光の採取、保存は最大三つまで可能といったところだ。



:接眼レンズを覗く際の注意点。太陽や強い光源は絶対に見てはいけません。もし見てしまった場合、覗きこんだ目に『視力喪失』のバッドステータスが1時間付きます:


 そんなアシストログが流れ、現実で望遠鏡を見てしまった時の恐ろしさを考えれば、このペナルティは軽い方だなと思った。というか、状態異常の中に『視力喪失』とかいう強力なモノがある方に驚いたりする。


「ふぅ……光源は見ないッと」


 まずは接眼レンズ部分に目を当てて、中を覗き見るがどこに焦点があっているのかもわからず、ピントもぼやけている。


「あ、不用意だった」


 そのまま鏡筒を右手で持ち、望遠鏡の方向をおおまかに定める。その先にあるのは金の水面が揺れる麦穂畑だ。

 そう、これから採取しようとしているのは陽光を浴びて金色に揺らめく小麦たちなのだ。



「コツがいるなぁ」


 映したいモノを捉えるためにピントを最低倍率の9倍に下げて視野を限界まで広げる。



「ん、ふーん……今回は採取対象が広くて助かったかも」


 というのも9倍でもけっこうな至近距離での観察になると感じたからだ。つまり、もし対象が小さければ、視野が狭くて採取したい光を望遠鏡で捉える事が困難だと思ったのだ。


 レンズ越しで麦穂を捉えた俺はピントを合わせていき、活き活きとした麦穂たちをシッカリと視界に入れる事に成功する。

 するとアシストログがまた流れる。


:採取可能な光を発見しました:

:光を色カートリッジに採取しますか?:


「まずは倍率を9倍のままで、採取してみよう……」


 イエスをタップして、様子を見る。

 しかし、レンズ越しから小麦を観察している限り、特に変化は見られない。

 と、なると。『ゾディアークの望遠鏡』に変化があるかも?


「天士さまっ」

「タロ氏」


 ミナやアンノウンさんの声と、俺が結論に行きついたのは同時だった。

 接眼レンズから顔を離し、再度『ゾディアークの望遠鏡』をチェックする。すると先ほどとはハッキリとした変化が見られた。鏡筒の周囲にあるいくつもの銅製の輪が、光を帯びて回っていたのだ。複雑な模様が発光しながらゆっくりとクルクルしていくさまは、なんというか童心を激しくくすぐられる。


「平和の光を我が手に……」


:『太陽にたなびく黄色サン・イエロー』が『色カートリッジ』に溜まりました:

:光を物質化、色として抽出するときは、なるべく光の届かない暗い場所で行いましょう:



「とれた……『太陽にたなびく黄色サン・イエロー』です」


 俺は『色カートリッジ』を抜き出し、新しいカートリッジに付け替えながら二人へと見せる。カートリッジは透明なガラスのようなモノで、その中には濃い黄色の液体がチャプチャプとしていた。


「おめでとうございます!」

「太陽……で、ありんすか。錬金術とは、よにめざましとても素晴らしいものでありんすね」


「ふっふっふー。いとをかし!」


 仲間の受けた感銘に俺は得意げに頷いて、実験を続行していった。





 結果から言うと普通の『望遠鏡』での光吸収は、今回に関しては無理だった。

 麦穂の光を採取する事は『望遠鏡』では叶わないようだ。



 しかし『妖しい魔鏡』では光を吸収することに成功した。

 だが、不思議なことに『ゾディアークの望遠鏡』から取れた色とは少し異なる名称の色が採取できた。


『妖しい魔鏡』から取れたのは『食に煌めく黄色フークル・イエロー』というものだった。どうやら『陽の光』という部分まで拾わないあたり、『ゾディアークの望遠鏡』と比べたら、光を採取できる分類的な範囲が小さいのかもしれない。


 ちなみに『ゾディアークの望遠鏡』で残り二つの色カートリッジに、光を吸収する際、レンズの倍率を上げて更に細かく小麦を捉えてみると『太陽にたなびく黄色サン・イエロー』とは別の色がチャージされた。



 倍率を15倍にしての採取だと『陽光に踊る黄色ソレイユ・イエロー』。

 最大の20倍では『お日様と金麦色コルタナ』というものが取れた。


 特に20倍で手に入れた『お日様と金麦色コルタナ』に関しては、色カートリッジの中から見ても、大変美しい色になっていた。


「深みのあるコク、そしてキレのある金……まるで豊潤な麦の匂いと、太陽の旨みがギュッとつまったかのような色……すんばらすぃ」

「はわぁ……綺麗ですねー!」


「何かのお酒の宣伝文句のようでありんすね」



 ゾディアークの望遠鏡は倍率を上げると、光の種類がより細かく分類され、濃密な光色を採取できる事がわかった。だが、その分レンズの視野に入れる事が難しくなることが、今回の実験で分かった事だ。



「いい結果も出せましたし。そろそろ時間かな?」


 取れたての色々をひとしきり眺め終えた俺は、時刻を確認してみんなへと問い掛ける。


「では、コムギ村で開催される『妖精の舞踏会』に行きましょうか!」


 元気良くミナが音頭を取り、


「フフフ。ようやくタロ氏、ミナ氏と一緒に行ける日がこりんす」

 

 アンノウンさんは嬉しそうに首を縦に振った。




――――

――――



 『妖精の舞踏会』初日、会場入りする前に俺はショールを、ミナははかまをアンノウンさんからもらった。その時に、後日一緒に『妖精の舞踏会』に行こうと約束を交わしていた。


 そういう理由もあって、今日はミナに加えアンノウンさんもいたのだけど。実はアンノウンさんがいる理由はこれだけではなかったりもする。

 俺たちはある仮説を立て、こうして光の、太陽にまつわる・・・・・・・素材を採取していたのだが、それはまた別の話。



 新しい錬金キットを試し終えた俺達は、約束通り『コムギ村』で開催するという『妖精の舞踏会』に参加するべく、村の中へと足を踏み入れた。


「ここはゆっくりできそうだなぁ」

「ミケランジェロは疲れましたよね」


 コムギ村に入って、一言目の感想はソレだった。

 質素な村で木製の家々が立ち並ぶ景観は、石畳で舗装されたミケランジェロとは違い、ほっこりとさせてくれる。

 NPCの子供たちがキャッキャッと騒ぎ、木剣で遊ぶ姿は見ていて微笑ましくなる。平和そのものを体現したかのような、ゆったりとした村だ。


 実は俺、地味にミケランジェロ以外の街や村に入るのは初だったりする。



「ここなら静かに楽しめそうだ」


 正直、ミケランジェロでの『舞踏会』という名の激戦に、レベルの低い俺とミナはけっこうな消耗を余儀なくされた。アイテム的にも精神的にも。



 ミソラさんが提示した緊急クエストの一件以来、NPCにも好感度があることが判明し、その事実をもたらした妖精使いの天使ちゃん(俺、白目)の存在等、先駆都市の一部の傭兵プレイヤーたちの間では、その話題で持ちきりだったりする。


 イベント名が『妖精の舞踏会』という事で、『妖精』の出現には全傭兵プレイヤーが期待を持っていた部分もあったようで、『妖精』に関する情報も求められている。

 舞踏会が開かれた都市、街、村はたくさんあったけど、妖精が姿を現したのは『先駆都市ミケランジェロ』と『鉱山街グレルディ』のみとの報告が上がっている。ご存知ミケランジェロでは、俺と一緒にいた風妖精。グレルディでは土妖精がいたようだ。



「当分はミケランジェロにはいけないよなぁ」

「ですね……」


 というのも現在、ミケランジェロはかなり血気盛んな雰囲気に包まれている。かの都市の現支配者NPC『灰王カグヤ・モーフィアス』が、玉座に引っ込んでしまう前に、つまりイベント期間内になんとか彼を攻略できないかと徒党を組んで集団戦を試みる上級傭兵プレイヤーが、ミケランジェロに集結しているせいだ。これは現実リアルの隣室でインしている姉からも聞いていた。


 そして困った事に、あの灰王戦に俺がいた事を知っている傭兵プレイヤーたちもいるようで、彼らは俺を見るや否や、戦線に加わってくれないかと何度か泣き付いてきたりもした。そんな時は、手持ちのアイテムがもうない事や、姉の名前を出してやんわりと断る。すると相手はガックリと肩を落として引き下がるのだった。

 


「灰王、すごい強かったですよね」

「なんていうか……不気味なところもあったしな……」


 ぶっちゃけ、あの得体の知れない王様と再戦するとか、御免こうむりたい。

 姉いわく、あの一戦以来、傭兵プレイヤー側は初めから全員で協力体制を敷き、躍起になって戦いに挑んでいるらしい。だが、未だに王へと攻撃を当てることすら叶っていないらしく、まるで傭兵プレイヤー全員の考えを読みとっているかのような動きをするらしい。絶妙なタイミングでかわし、無効化し、相殺してくるそうだ。


 俺が奴と直接対峙したとき耳にした、灰王の『読めるぞ、人間共の思考など』という発言から、少し不可解とも思える台詞を思い出し、自然と身ぶるいしてしまう。スキル名は『心眼』とか言っていたような気もするが……まさか、ゲームシステム上、脳とリンクしているオンラインゲームを利用して……システムの一部であるNPCの灰王が、人間の脳内を本当に読み込んで反応しているわけないよな。などと、馬鹿げた妄想をしてしまう程にあの王は危うい存在に思えた。



「怖かったです」

「正直、役に立てた気がしなかったな」


 そんな大敵に憶する事なく、挑戦し続ける上級傭兵プレイヤーたちの期待に応えられない事に、何だか居心地の悪さを感じ、当分はミケランジェロにいたくないと思っている。



「はらはら。伝え聞く限り、両名とも大活躍だったと耳にしておりんすよ?」

「「いえいえ!」」


 アンノウンさんの美辞麗句に俺とミナの声が重なる。

 なんだか最近、ミナとのシンクロ率が上がっているような気がする。


「アレはみんなのおかげです「天士さまのおかげです!」


 しかし、まだまだシンクロ率は甘かったようだ。

 なぜかアンノウンさんは俺達の、合わないハモりを聞いてクスクスとご満悦そうに笑っている。



「ともあれ、今日は三人で楽しむでありんすよ」


 今日の会場は規模の小さな村ということで、俺とミナの服装は前回のように着飾っている風体ではない。

 どちらかと言えば動きやすさ重視のチョイスになっていて、いつも通りの装備になっている。



「なんだか、すみません。こんなに上品なモノを頂いたのに」


 アンノウンさんからもらった『灰透明なショール』。

 ショールというより、薄生地のマフラーを無造作に首に巻き付ける着こなし方をしている俺は、何となく申し訳なくなって謝ってしまう。

 


「はらはら、よかれでありんすよ。むしろ、げに喜ばしき事かな。常日頃から、身につけてくれる事こそ、職人としてのほまれというモノでありんす」


 アンノウンさんの発言に、ミナが隣でハッとするの感じた。


「あっあっ、私もき、き、着ます」


 自分も作ってもらったはかまに装備を切り替えようとするミナ。

 しかし、それを和装の平安人がスッと遮った。


「ミナ氏、お心遣いは嬉しいでありんすが、ミナ氏の最上を引き出すのがその服装でありんすよね?」


「は、はい」


「なら遠慮は無用でありんす。次に贈る服にミナ氏の最上を引き出すモノを、私が生み出せるかどうか、でありんす」


 実はミナも俺も、アンノウンさんも、いつでも戦闘に対応できるようにガッチガチの装備をしていたりする。村で行われる舞踏会の景観を損なうレベルではないけども。

 これは前回に参加した舞踏会での教訓から来ている警戒だ。たとえ舞踏会であっても戦闘に繋がる可能性はゼロではない。ならば、それに備えることが必須である。



「何かあれば、わたくしが守りんす」


 今日のアンノウンさんは姫武者のような恰好こそしていないが、一番防御力の高い和服を着ているらしく、不意を突かれても一撃は耐えられると豪語していた。


「俺も賢者ミソラさんからもらったドレスを着てないしね」


「天士さまは、どうして着ないのですか?」


「ステータス的にはすごい強力な補正がかかるんだけど、その、ね……」


 どうもスカートというものに、やっぱり抵抗がある。しかも、あれを着ると装備の特性でふわふわと浮いてしまうから、常日頃から身につける代物でもない。


「はれはれ。タロ氏はあんなレアモノ、常時身に付けてなってはありんせんよ。万一まんいち、PvPに発展してドロップした日には……」


 はらり、と言った擬音がでてきそうな仕草で、口元と目を長い袖で隠し、涙に濡れるといった動きをしてみせるアンノウンさん。

 

 あぁ、そういう見方もあったな。


 

 というか、俺って今装備してる大半のモノが人から譲り受けたモノばかりだったりする。


 メイン武器として腰にさげている小太刀は姉から。

 防具として身に付けている旅人シリーズは、夕輝ゆうき晃夜こうやから。

 ショールはアンノウンさんから。

 

 自分でそろえたモノといえば、錬金術関連の装備のみ。


 うーん。もしかして貢がれてる?

 いや、そんな事はないはずだ。


 姉は家族だからいいとして……それ以外の人たちとは等価交換で成り立っている、対等な取引きの結果だと自負している。

 それに何だか、友達からもらったモノを使用するというのは、NPCから購入した装備よりも格段と愛着が湧きやすいし、ずっと付けていたい気分になるのだ。


 そんな事を考えながら歩いていると、舞踏会場である村の中央広場らしき場所についた。



「ここですね!」

「そうでありんすねぇ」


 そこには高さの低い木製のテーブルを囲むように、丸太の椅子がちらほらとあった。テーブルの上にある木皿に盛られた実や果物、野菜各種が食欲をそそる。杯も木を削ったものなのか、武骨な形をしているがどこか丸みを帯びていて優しさを感じる。


 手作り感がそこかしこから漂う会場に、俺達はほっくりと微笑み合った。



 そんな俺達のご到着に、視線が一瞬集中したのを感じるがすぐに霧散する。


 視線を向けてきた正体は、先客として先に会場入りをした、手持無沙汰にしている傭兵プレイヤーたちだ。

 彼ら彼女らは、お互いをうかがうようにチラッと見ては、すぐに目線を逸らすといった事を繰り返している。どこか、おっかなびっくりとした様子だ。

 よくよく観察すれば、この会場にいる誰もがパーティーを組んでいる気配はなくソロで参加しているようだ。そんな中、3人も固まって仲睦ましげにワイワイとした俺達が現れれば、それはもう嫌でも目で追ってしまうだろう。



 ミケランジェロとは違った緊張が広がっているようだった。


「これって……」


 傭兵団クラン『一匹狼』に所属している間、浮いている存在でもあったミナは周囲の様子に対し鋭敏に察したようで、思った事を全て言葉にする前に口を閉ざした。

 

 まごつくミナの頭を年上らしくポンポンとなでりこしておき、俺はフゥーっと息を吐く。




 クラン・クランは一人でも十分楽しめるゲームだと心の底から思う。


 でも、今。

 隣にミナとアンノウンさんがいて。

 ジョージと出会って錬金術の道が開け。

 夕輝ゆうき晃夜こうやと共に戦場を駆け抜けて。

 シズちゃんやゆらちーとお話をして。

 姉とリアルで向き合うきっかけができて。



 一人より二人、二人より三人。

 三人より、もっと。

 みんなと何かを共感する楽しさを知ってしまった今。

 もっと一緒に遊べる仲間を増やしていきたいとも思う。 



 きっと彼ら、彼女らも一緒に冒険できる仲間を探しに来たのかもしれない。


 ならば取るべき手段は一つのみ。

 

「行こう、ミナ!」


 俺はミナの手を取り、自らの足を一歩、会場へと踏み出した。


「は、はいっ」


 金髪の神官少女は極上の笑みを見せ、俺の後に続いた。


 同時に『妖精の舞踏会』の開始を知らせる、陽気な音楽が鳴り響き始めたのだった。







――――

――――



タロ レベル4


HP60 MP40(+10)  

力1 魔力14 防御2 魔防8 素早さ140 知力155


残りスキルポイント17


スキル【錬金術Lv30】【風妖精の友訊ゆうじんLv1】



装備中の称号【老練たる魔女】

・レベルアップ時に取得スキルポイント3倍。

・魔力による青い粒子が髪の毛に発生する。



ストック称号【先陣を切る反逆者】

 ・初撃が50%でクリティカルヒット。

 ・レベルが自身より上の相手に対し、全ダメージ総数が20%上昇。



 装備品

頭:蝶の髪飾り  (防御+1 魔防+5)

胴:旅人のコート (防御+7 魔防+2)

腕:旅人の手袋  (防御+2 魔防+1)

足:旅人のズボン (防御+4 魔防+2)



右手:『【小太刀】いさめのよい

・攻撃力+22(+13)技量補正G


左手:『ふで(小)』

・直塗り【F】 飛び塗り【G】(射程範囲3メートル)



アクセサリ:『灰透明なショール』

・魔防+20 MP+10

・特殊効果 灰色のフィールドで、その身を同色化する事ができる。簡易的な透明化に近い。



◇◇◇

あとがき


お読みいただき、ありがとうございます。



ステータスの知力に関する捕捉です。

知力はNPCとの交渉力にも補正がかかっていたりします。NPC商人の商品ラインナップの充実は、タロの知力が高いためです。

スキルの中には『交渉術』というモノもあり、商人から値段を割り引いたり、店頭に並ぶ商品の種類を増やす事ができるなど、NPCから積極的に利益を引き出せるスキルもありますが、知力は全体的に働きかけるステータスのため、実はまだまだ隠し要素があったりします。


現時点で公開できる一例として、賢者ミソラの好感度が初めからやや高かったのも、賢者というNPC特性から知力の高いプレイヤーを好む仕様になっているためだったりします。

◇◇◇

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