66話 太陽の秘密


「天使ッ、タロさんが! 俺達もあのサムライ野郎に仕掛けるべきか!?」


「でも、スライムたちがっっ」

「こんなときに、ちきしょう!」

「こう、数が多いと……」


 混戦状態の中、PvPを始めた俺達に気付いたみんなはどうするべきか判断しあぐねいているようだったが、まずは目の前のスライム達へ応戦するのを優先したようだ。


 俺はみんなのやり取りをしっかりと耳に入れつつ、ターゲットであるエセサムライへと接近を果たす。


「覚悟しろ!」


 エセ侍がアンノウンさんの振るう薙刀なぎなたを、直剣で上方へと弾いた瞬間を狙い、下段から俺の小太刀が彼のひざを襲う。



「あいや、待たれよぉお! 『すり足』!」


 奴の膝を俺の攻撃が捉えたと確信した瞬間、エセサムライの姿が陽炎かげろうのように揺らめいた。


「!」


 俺の小太刀は確かに、奴を捉えた。だが、奴の姿はぐにゃりと曲がり、かき消えてしまう。

 そして、エセ侍は先ほどいた位置よりも、いつの間にか後方へと移動していたのだ。小太刀が届いたのは奴の残像だったようだ。

 


「タロ氏! きゃつは『歩法』スキルを習得してるでありんす!」


 アンノウンさんがアドバイスを飛ばしてくれたが、一体なんのスキルだかよくわからない。だが、先ほどの感触だと攻撃を避けるのが得意なスキルだと見当を立てられる。

 ならば、下手に接近すると攻撃をかわされてカウンターを受ける可能性が出てくる。それならば、遠距離攻撃で牽制し奴の体勢を崩した隙に、決定打を打ち込むのが上策といえるな。


「フゥ! お願い!」


 右肩にひっついていた風妖精の『フゥ』に呼びかけ、ミケランジェロでの舞踏会でやったのと同じように、自分の考えを念じてみる。

 風の刃を起こしてほしいと。


「タロリン~! 了解っちゃ!」


 フゥはニカッと笑い、息を大きく吸い込んだ。

 そしてプクーっと小さなお腹と両頬をパンパンに膨らませて、勢い良く息を吐き出した。


 フゥの口からは一陣の風が発生し、その風圧がエセ侍を襲う。

 

 タロ MP20/50 → MP17/50と、MPが消費されたログを確認しつつ、奴に及ぼした影響がどのようなものか期待を込めて前方を確認する。



 フゥの起こした風の範囲はエセ侍が避けられる程に狭くはなく、ひとしきり吹いた風が奴のちょんまげを揺らす・・・に至った。



 …………。



「タロん~! できたっ!」


 満面の笑みを浮かべ、めてめて~とねだってくるようなフゥの赤ら顔に、俺はちょっとの苦笑いと万感の愛を込めてソレに応える。


「フゥ、いい子だね! よくできたぞ!」


 ……うちの方針は褒めて伸ばすタイプなんです。

 

 錬金術や俺と同じで、風妖精だって成長途上なんだ。

 まだまだ『風妖精の友訊ゆうじん』というスキルはLvを上げる必要があるなと、落胆しそうになる気持ちにはひとまずフタをしておき、今後の期待に胸を膨らませておく。


 さてさて、ひとしきり風妖精との絆を深めたところで敵に目を向け直してみると。



「むむむ……誤解を解く時間がないでござるよ……そろそろバイトに出陣せねば……」


 清涼感ある風に吹かれたエセ侍が、首を少し捻りつつも直剣を両手でしっかりと構え、油断なく辺りの様子を厳しい顔つきでうかがっていた。


「覚悟するでありんすよ!」


 そんな隙を見せないエセ侍にアンノウンさんが再び切り込んでいくが、案の定、薙刀の斬撃は上に下へと斬り伏せられてゆく。そこへ数瞬遅れで行われたミナのメイスによる打撃も、ついさっき俺がやられた残像を発生させて移動するスキルによって避けられてしまった。


「今のは……何でしょうか……」


 うちの神官少女は不気味に思ったのか、すぐに俺の方へと下がってくる。

 俺達は三人がかりでエセ侍に肉薄しているが、決定打に欠けているため、奴を攻めあぐねているのは事実。


 ミナが今、魔法攻撃を放てたら状況は違ったモノになったかもしれないが、アイテムが品薄の現在、MPの最大値を上昇させる『蒼き琥珀種ブルメラ・シード』もなければ、MPを回復する『森のおクスリ』も切らしている。



「しかし、妙でありんすね……」


 ミナに続いて、俺の傍を固めるように移動してきたアンノウンさんが呟く。

 というのも距離をおいたエセ侍は、圧倒的な余裕と強さを誇るはずなのに、どこかソワソワとしていて落ち着きがない。

 こちらに何かを訴えようとしている目つきで、オドオドとしているようにも見える。


「はれはれ……奴の目的が、よくわかりんせん」

「まさか、天士さまを狙う輩でしょうか!?」


「あはは……それはないでしょミナ」



 謎の対峙が数秒間流れている間にどう攻めるべきなのか、次の一手を思案する。

 アンノウンさん、俺、ミナの三方から最も効果の高い攻撃方法は……。


「タロさん、お待たせしましたー!」

「て、タロさん! 奴には俺たちからも攻撃させてもらうぜ!」


 そんな不思議な睨み合いに割り込むように二名の増援が来てくれる。

 タフ・スライムを相手取っていた陣営から、ユーナさんとトラジさんがこちらに駆けつけてくれたようだ。


「助かります!」


 これで、五対一となりエセサムライを詰む手段は増えたかのように思えた。

 そういった、こちらの一瞬の緩みを突くように、エセ侍が何かのスキル名を言い放った。


「『影走り』!」


 高レベル傭兵プレイヤーなだけはあって、見事に機先を制してきた。

 奴の足元にあった黒い影がまたたく間に、三つに分散し、ユーナさん、トラジさん、そしてアンノウンさんへと接近していく。

 麦畑に走る影は異様な恐怖と不吉さをこちらに連想させ、俺達は思わず身を固くしてしまう。


 ユーナさんが手に持つ槍で、トラジさんが棍棒で、アンノウンさんが薙刀でそれぞれ、近づいてくる影に攻撃を仕掛けていく。

 だが、やはり影は影。麦穂や地面のえぐれるエフェクトが出ただけで止まらない。


「これっ、マズイ感じがしますっ」

「どうすりゃいいんだ!?」

「いまいまし……」


 三者三様の反応を見せ、三人は影に追われるようにそこから飛び退く。

 俺達も影の動きを警戒して、ミナの手を引いて場所を移動しようとする。

 

「天士さまっ。敵が!」

 

 ミナの発言に、遅ればせながらエセ侍の脅威を思い出す。

 こちらが動揺しているチャンスを狙って奴が近接攻撃を仕掛けてくる可能性もある。三人が狙われている今、奴の動向に目を光らせ、対応するのは俺であるべきはずなのに……内心ではしまったと思いつつも、後悔をしている場合ではないと言い聞かせ、エセ侍から離してしまった目を急ぎ戻してみると……。

 


「ここはひとまず、撤退でござる! さらば、御免!」


 エセ侍は遥か後方で、こちらに背を向けながら逃亡していた。


「え……」


 あまりの予想外な出来事にほうけてしまう。

 

「おい、なんかこの影なんともないぞ」

「うーん、なんでしょうね」


「はらはら……してやられたでありんすね。気配や音などで相手を撹乱するスキルがあると耳にした事があるでありんすが、これはその類のモノでありんしょうか」



 続いて、緊張感のない仲間たちの会話が聞こえてきたので、そちらの様子をミナと一緒になって見てみる。

 先ほどの影は、三人がいる地面の周囲を怪しくうごめくだけで、特に何も変わった様子がない。



「これは……暗いフィールドなどで敵を動揺させるスキルってことか?」


 トラジさんがそう分析する。


「確かに、光が少ない所でありんしたら、十分な効果が望めるでありんすねぇ」

「暗い場所だと、何かがすっごい速いスピードで近づいてくるだけで怖いですもんね」


 女性陣の見解も大方一致しているようだ。



「まぁ、そこはわかったんだがぁよ」


 武骨な棍棒を肩に担ぎ直し、トラジさんは小さくなったエセ侍の背中をあきれ顔で見つめている。



「あいつは一体、何がしたかったんだ?」


 その感想はここにいる全員が共感できるモノだった。







 それからしばらく、タフ・スライムを狩った俺達は無事に突発クエスト【スライムの突然変異体】をクリアした。


 みんなでやいのやいのと『コムギ村』へと帰り、クエスト報酬である『コムギ村のNPC好感度が上がる』というものが、いかほどの効力があるのか試す事になった。


「ま、予想はしてたがこんなもんかね」


 トラジさんが、肩をすくめてちょっと残念そうにぼやく。

 というのも色々検証した結果、若干村人が俺達に対する口調が柔らかくなったとか、お礼を言われるようになったとか、微々たるものだった。


 その中でも一番、大きい変化があったのはアイテム屋だ。

 全商品が1割引きと、かなり太っ腹な対応に俺達は驚きはしたものの、売られているモノが大したことないため、微妙な反応をせざるをえなかったのだ。



「ちょっとートラジさんはすーぐそうやって、える事言うんだから!」


「そうだよそうだよ! せーっかくみんなで頑張ったんだし」

「Lvも上がった事だし、素直に喜ぶべきだわ」


 女性陣の辛口にたじろぐトラジさんに、他の男性傭兵プレイヤー達によるトラジいじりが始まり、今回のイベントは笑顔あふれる結果で終わった。

 そこから解散するという事になり、集まっていた傭兵プレイヤーたちは散り散りにそれぞれの冒険へと旅立って行った。


「じゃあタロさん、今度冒険しましょうね!」

「私もですよー」

「お願いですわよ」


 そろそろ私達もコムギ村を出るね、ということで女性傭兵プレイヤーたちからの別れの挨拶に、手を振って応える。



 結局、というか半ば予想はしていたけどトラジさんや他の男性傭兵プレイヤーとはフレンドにはなれなかった。

 なんというか、遠慮されているような空気があったのだ。今回は大したアイテムもなかったわけだし、コレといって錬金術スキルが活躍できた場面がほとんどなかった。やっぱり、錬金術スキルのイメージは未だ低いのだろう。


 ちょっと残念な気持ちもあるが、収穫がゼロというわけでもない。


 その代わりと言ってはなんだが、なぜか女性傭兵プレイヤーの方々からはフレンドになろうとあちらから誘ってくれたので、今回はフレンドリストが三人も追加されたのだ。



 また、俺達の救援によって助かった初心者の青年PTにもかなりの感謝とお礼を言われ、アイテムまでくれるとの申し出もあったが、それは丁重にお断りさせていただいた。

 だって、楽しかったし。

 初心者青年さんの案内のおかげで、たくさんのタフ・スライムと戦うことができLvが5に上がったのだ。こちらこそ感謝したいぐらいだ。



「はれはれ、これからどうするでありんすか」


 アンノウンさんの問い掛けに、俺は唸る。


「うーん……今はジョージもインしてないみたいだし……ミケランジェロに行くのも危うい気がします」


「やはり、色の採取? とやらはジョージ氏が必要でありんすか?」


 光の届かない真っ暗な工房、ジョージの秘密の部屋。

 あそこでないと光の抽出には失敗する可能性もある。

 できればあそこでやりたいところだ。


「そうですね……ここは焦らずいきましょう」


 俺の出した意見にミナが嬉しそうに賛同してくる。


「ですね! なんていったって、巨人さんの国・・・・・・にいけるかもですからね!」


 そうなのだ。

 実は、小麦畑で光の色を採取していたのには訳があった。

 そして、アンノウンさんがいる理由にも。


「果報は寝て待て、でありんすかぁ」


 姫武者の台詞に、俺は初めてこの三人で冒険した時の事を思い出す。


 夕暮れ時から夜にかけてしか出現しないフィールド、『浅き夢見し墓場』。

 通常のスケルトンから、2メートルを超える巨体の骸骨がさまようダンジョン。そこの最奥で見た、巨人たちが作ったであろう大きな石碑。それは真っ二つに線が入っているものの、その間が開く様子は見られない。だが、その墓石に刻まれた文章が、どうしても何かの扉だと考えるには十分な内容だったのだ。


『我らが巨人族の栄光は不滅。大地を照らし出す・・・・・・・・大いなる光・・・・・をその意志に宿し者にのみ、巨人の道を示さん』


 この文に書かれている『大地を照らし出す、大いなる光』というのが、太陽の光なのではないだろうか、という予測を俺は立てたのだ。光を色として抽出することの錬金術を駆使し、生み出した色で何らかのアイテムを作成する。そして再びあの墓標の前で、太陽光の含んだ何かを示せば、巨人族への道が、扉をかたどる巨大な石碑が開かれるのではなかろうかと。


 そんな荒唐無稽こうとうむけいな話に、アンノウンさんは飛び付き、ミナも激しく同意してくれたため、こうやって三人で光採取の旅をしていたのだ。


 

『太郎、そろそろご飯にするわ。今夜は作るのが億劫おっくうだから、コンビニで済まそう』


 ふと、現実の方で姉が俺に語りかけてくる。

 いつの間にか俺の部屋に入ってきたようで、どうやら姉は一足先にクラン・クランをオチていたようだ。

 気付けば、窓の外はすっかり暗くなっており夕方はとっくに終わっていた。


『あぁ、うん。今、オチるよ。少し待ってて』


『一番、近くのコンビニでいいわよね。一緒にいこう』


『うん』


 そういえば、あのコンビニは変な口調の……そう、さっき遭遇したエセ侍のような喋り方の店員がいた気がする。まぁ今回は姉も同行しているし、前のような変な絡まれ方はしないだろう。

 そんな事を思いながら、俺はアンノウンさんとミナの二人にそろそろ夕飯だからと伝え、挨拶もそこそこにクラン・クランから手早くオチた。



「太郎、私は少し準備するから。太郎も外着の準備を軽くでいいからするのよ」


 ダイニングから響く姉の声に適当に返事をしながら、俺は着なれた学校のジャージを迷わずに選択する。

 緩くなった腰周りをギュッとしぼり、出かける準備をしているとベッドの上で振動したスマホに気付く。

 ゲーム中だったため、マナーモードにしていたスマホを俺は手に取り、液晶を確認してみる。


 

 晃夜こうや夕輝ゆうき、俺の三人が所属するグループラインの通知だった。




晃夜『そういえば、訊太郎じんたろう。お前、ゆらちーたちとリアルで会ったんだって?』


夕輝『同じ傭兵団クランに所属するボクたちよりも、早くオフ会するとか訊太郎じんたろうも隅におけないね~』


晃夜『可愛いとか綺麗だったって、大騒ぎだったんだが』


夕輝『あ、既読ついたね! さぁ、詳細をしっかりと答えてもらおうか訊太郎じんたろう




 ……。


 すっかり忘れていた。

 ゆらちーやシズちゃんに、俺と会った事は秘密にしてと伝えておくの。




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