62話 ロリィタとシスター


「太郎、知り合いか?」


 姉の質問に俺は、肯定だと頷いておく。

 そして二人に向き直るが……。


「えっと……クラン・クランでのフレンドさんっぽい」

「そうか」


 急なエンカウントにたじろいでしまった俺とは別に、シズクちゃんとゆらちーはテンションが上がっていた。


「タロちゃんの後ろにいるのってー」

「うわぁ! すっごい美人さん! 保護者の方なのかな!」


「でも、保護者にしてはなんだか若すぎるよー」

「お姉さんかな! でも、タロちゃんは外国人さんだし……」


「うーん? でも、なんだろう。どこかで見た事あるようなー」

「それねっ! なんかどこかで見覚えのあるような!」


 ふぅ。


 そんな彼女たちのペースに流され続ける程、ウン白の経験を経た俺は甘くはない。一瞬の驚きからすぐに立ち直り、迅速に尋ねるべき要点を押さえておく。


「シズちゃん、ゆらちー。現実こっちでは初めまして、だね」

「そうだね! はじめまして!」

「改めて、はじめましてだねー」


「オフ会って言ってたけど、ユウやコウは一緒?」


 これは絶対に聞いておかなければならない。

 もし、一緒なのであれば即座に退散しなくては……。


「あー、あいつらとはしないって! シズとは何回もしてるけどね!」

「まだ、なんとなく思い切りがつかないっていうか……」


 あっけらかんと否定するゆらちーに、どこかゴニョゴニョとした感じのシズちゃん。


「とか言ってさー、ホントはあいつらともしたいんだろ? あっ、シズの場合はあいつとだけか」

「もぉーやめてよー!」


 なんかよくわからないけど、二人でわいきゃいと盛り上がっている。


 そのすきに姉へと目配せをする。



「……言ってあるのか?」


 姉は口早に、俺が今はこんな異国の銀髪美少女な見た目だが、男子高校生である事実を、目の前の二人には言ったのかと問うてきた。


まだ・・、姉にしか」


「そうか……私が初めてなのか」


 カミングアウトの有無を確認した姉は、無造作に自分の髪をしきりになでながら、傍ではしゃぐゆらちーとシズクちゃんを見つめている。

 実はこれ、姉が上機嫌なときする癖でもあったりするが、今のやり取りで何故に気分を良くしたのかが分からない。



「そこのお嬢さんたち、私の名前は真世まよという」


 ニッコリと外用の笑顔を張り付け、姉は二人に語りかけた。


「太郎とは親類にあたる。太郎のお友達らしいね。いつも、この子と一緒に遊んでくれてありがとう」


「い、いえっ。こちらこそ、いつもタロちゃんに助けてもらってます」

「あれぇー? 最初はタロちゃんの事を邪険にしてたくせにー」


「こ、こらっシズ! 今はそんなこと言わないでよ!」

「ふふーさっきのお返しですー」


 いじり合う二人を見て、何だか本当にこの二人は仲良しなんだなぁと思った。






 流れというものがある。

 例えば、川を流れる清水。その川に生息する小魚は水の流れに逆らう事なく、逆に利用して流れに乗って泳ぎ、生きている。

 それが普通であり、生きる上で効率的なエネルギーの消費の仕方だということは一目瞭然だろう。


 だから、敢えて言おう。

 シズちゃんやゆらちーを対面に俺と姉、女子三人とテーブルを囲み、アイスを食しながら歓談するという流れに乗っかるしかなかったのは、当然の帰結である。


「タロちゃんってやっぱ小学生だよね!」


 ……。


「あー、そこらへんかな」


 高校生だけどね。

 小中高大も同じ学生だし、大きな枠組みの中ではそんなに差はないはずだ。そこらへんだろう!

 


「三年生ぐらいなのかなー?」

 

 ……。


「もうちょっと上だよ」


 高校一年生です。


「そっか、そっか!」

「タロちゃんは小学四年生なんだねー」

「前にコウたちが同級生みたいな素振りで扱ってたりしてたからさ、ちょっとあいつらおかしいなってシズと言ってたんだっ」


 ゆらちーはパクリとピーチバナナミックス味のアイスを食べ、俺がドキっとするような話を投げてくる。


「っていうか、今タロちゃんが目の前にいるから、確認するまでもないけどさ」

「ユウとか『タロとは昔からの親友だよ』なんて言ってたしね」


 こうしてクスクスと笑い合う二人に、俺は当たり障りのない受け答えをしていくのだった。そして、次第に二人の会話の中心は、俺から姉へと焦点を移して行った。


「じゃあ、真世まよさんはタロちゃんのお姉さん同然なんですね!」

「間違ってはないな」


「じゃあじゃあーやっぱり、今日はお二人でお買い物に来たのですか?」

「そうだな」


 二人の質問攻めに姉はクールに応答しつつ、アイスをちょくちょくと口に放り込んでいる。

 俺はというと、絶賛ストロベリーチーズケーキを味わっている。



「タロちゃんのお洋服を見に来たのですか!」

「それも、あるな」


「わぁー! ぜひー私達もご迷惑でなければ、タロちゃんのお洋服選びにー」

「一緒したいです!」


「ぶふぉあっっ!?」


 シズちゃんの提案に、ゆらちーが全力で乗っかって来たのには驚き、あろうことかほうばっていたアイスの一部を口から出してしまった。


 それを姉がおしぼりで手早くふきとり、持参していたハンカチで口元をぬぐってくれる。

 か、過保護か! と内心でつっこみつつも、この二人を前に文句を言う事もできず「ありがと」とお礼を述べるだけに留めておく。

 そんな俺の様子を姉は、妙におもしろそうに眺め、シズちゃんたちへと向き直った。


「もちろん、喜んで」


 まさかの姉の同意を得た二人は、喜びを全身で現すようにお互いに両手を握り合い、ワーキャーと騒いでいた。


 勘弁してほしい……。




「タロちゃんってさ、どんな服を着ても似合うと思いますよね!」

「そうだな。今日はシンプルかつ可愛らしいものを買おうと思っていたわ」

「なるほどですー」



 二段目のアイス、オレンジサワー味を食べ終えた頃、女子達の興味は俺に着せる服装へと集中していた。女子と言うのはどうしてこうも、ずっと喋り続けられるのだろうかと、感心しながらも無心に近い心境でマイペースにアイスを堪能していた。


「ですが、おねえさん」

「なんだ?」


 いよいよ、締めの宇治抹茶ミルク味に俺がスプーンを伸ばしかけたその時。

 ゆらちーとシズちゃんの口からとんでもないワードが飛び出した。


「やはり、ここはタロちゃん程の逸材ですから!」

「ロリィタ服が良いかと思われますー」


 ふたりの発言に思わず、聞き返してしまう。


「ロリータ服ぅ!?」


 俺の叫びを聞くと、ゆらちーはなぜか少し顔をしかめた。

 そして、シズちゃんも少し慌てるように自分の唇に人差し指を当て、シーのポーズを取る。


 おっと、周りのお客様に迷惑だったか……でも、今回ばかりは俺だけに非があるとは思えない。男子高校生一年目にして、ロリータ服を着ちゃうヘンタイなんてそう滅多にはいないはずだ。

 普通が一番。普通さいこう。


「タロちゃん……ちょっといいかな?」

「すこしータロちゃんを教育してもいいですかぁー?」


 切なる願いを心の中で訴えかける俺に、ゆらちーの顔がちかづき、シズちゃんが姉に何かの許可をとっている。


 二人から伝わってくる気迫がなんかちょっと、言いようのない重みを帯びていたので、少しだけ身をひいてしまう。

 姉に視線を飛ばし、助けを請うが姉はうっすらと微笑むだけで、シズちゃんに鷹揚に頷いていた。



「じゃあ、タロちゃん。私達の言う事をよく聞いてね!」

「そうだよー聞かない子には鬼さんが来ますよー」


 鬼は、俺に近づく二人のような気がしてならなかった。






 ロリータではなく、ロリタ。

 

 そうでなくてはならないらしい。

 なにやらロリータと発音、もしくは表記すると、性的な嗜好しこうでの意味合いが過分に含まれているイメージがあるらしい。

 


「あんなクソ兄の趣味と一緒にしないでほしいよね!」


 いわくゆらちー。

 グレン君はロリコンなのか。


「ロリィタはファッションなの。区別は大切ですよー」


 いわく、シズちゃん。


 ぶっちゃけ、ロリータとロリィタの違いがわかる男子高校生なんて滅多にいないし、どっちでも良いと思う。なんて、真剣に語る二人を前に、そんな失礼な本音発言ができるわけもなく。俺はコクコクと何度も頷くだけだった。


「タロちゃんが言うとなおさら危険って事もあるしっ」

「タロちゃん、可愛いからー男子たちが変な目で見ちゃうよ」


 二人は俺の全身をまとわりつくように眺め、数瞬後にそのねばっこい視線を切った。


「それにロリィタといっても、いくつも種類があって!」

「主軸となるのわぁークラロリ、ゴスロリ、甘ロリ、和ロリ、かなぁ」

「黒ロリとか、白ロリもあるしさ」

「華ロリもすてきだよねー」


 ロリロリ……。


「タロちゃんは全ロリ属性の持ち主だから! 羨ましいなぁ!」


 全ロリ属性って何だろう……ロリに関する無敵感がひしひしと伝わってくる属性認定されても、あまり嬉しくない。


「ぜっっったい、何着ても似合いそうー。わたし、今度タロちゃんのロリィタ服つくっちゃおっかなー」

「そうそう、シズは自分でロリィタ服を裁縫したりするんだよ!」


「まだまだ、自分の思い描いたように上手には作れないけどねー」

「ロリィタ系の服はすっごく高いから……」


「お年玉で一着、買うのがギリギリだよー」

「だから、あたしもシズに教えてもらいながら、ちょっとしたアイテムやレース部分を編んだりしてるんだっ」


「タロちゃんも一緒にどうかなー?」

「えっ! それいいね! どうかな、タロちゃん!」


 ……それは謹んで辞退したい。

 というか、この二人はロリー、ロリィタ服を着たりするのか。

 二人のそういった恰好にはすごく興味をそそられるが、俺自身が着るとなると話は変わってくる。


「ふむ、太郎に裁縫か。そしてロリィタ……いいかもしれない」


 顎に手を添え、微妙にニヤけて口元を歪める姉。


「え?」


 なぜ、姉はノリ気なのだろうか。


「おねえさん、わかってくださるのですね!」

「さすがタロちゃんのお姉さまですー」



 え、ちょ、冗談だよね。





 正直に言えば、俺の着る服なんて不自然じゃなければ何でも良かった。

 普通だったら、どれでも構わなかった。


「でも、ロリィタって普通のモールじゃ売ってないよね」

「うーん……わたしはよく横浜のビブレとかに行くかなぁー」


 シズは神奈川県民だもんね、とゆらちーが少しバツの悪そうな表情で呟く。それにシズちゃんは、でも今日はその分、ここはゆらがごちそうしてくれるんでしょ? 気にしないでーと謎の会話をしていた。


「この辺だったら、少し遠いけど原宿か新宿とか!」


 シズちゃんの言葉に顔を赤らめたゆらちーは、何やら元気が出たようで、両手をパンッと合わせて大都会の街名を宣言する。


「……ここのモール、アク○ーズファムは入っていたわよね?」


 そんな二人の先行しがちな勢いを留めたのは姉だった。姉がどこかのブランド名を口にすると、二人はあーとか、おぉとか勝手に納得し始めた。


「ア○シーズですか! 確かにあそこはロリィタ服ではありませんが」

「ちょっと近い匂いのするデザインはありますよねー!」


 そう、普通が一番だった。


 なのにだ。なのに。

 何故かゆらちーとシズクちゃん、姉の三人は意気投合し、俺を着せ替え人形の如く怒涛の試着地獄へと連行したのだ。





「やっぱりタロちゃんは何でも似合うね! あー悔しい! だけど可愛いから、もう! はい、次コレ!」


 鼻息荒く、ゆらちーがシズクちゃんに黒と赤を基調にしたホンワリした原宿系な服を手渡した。

 俗に言う、ゴスロリ服というやつだ。



「ひぃっ! ゴスロリ!?」


「違うよ、タロちゃん」


 ちっちっちとゆらちーが指を振る。


「ゴスロリ……ゴシックロリィタは確かに黒系統が多いけどね!」

「すこしトゲトゲしたデザインの、カッコイイ雰囲気もあればぁー」

「妖艶でダークな感じ! そして儚めで!」

「ミステリアスな空気を醸し出しちゃうのー」


 へぇ。


「これはどちらかと言ったら、クラロリ系統かなっ」

「クラシカルロリィタ……清純かつ知性に溢れたお嬢様のためにデザインされた一級品のファッションスタイルを、少し甘めにしたものなの。フリルやレースは控えめで、おしとやで洗練されたご令嬢気分を堪能できる、素晴らしいお洋服なの」


 うぉ。シズちゃんの早口が少し怖かった。

 というか、この二人。

 ロリー……ロリィタ服がすごく好きなんだな……。



「でも、小悪魔的なオーラのタロちゃんも良さそう!」

「女の子成分たっぷりな、甘ロリも着せてみたいなぁー」

「とにかく! きっと暗色系統は、タロちゃんの明るい銀髪がすごくえると思うよ」


 喜色満面で俺にハンガ-ごと差し出してくるゆらちー。

 それを俺の背後・・から掴み、それはもう近年稀に見る上機嫌な姉が『うん、こういう系統もいいかもしれないな。次はこれを着るぞ』などと、勝手に決めて試着室のカーテンを締めた。

 

「太郎、ささっと脱げ。その服も捨てがたいが、こちらもいい」


 一緒に試着室に入っていることが、さも当然という毅然きぜんとした態度でゆらちーチョイスの服を真剣に吟味してくる姉。


「姉……さっきから言ってるけど、一人で着れるから。出て行ってよ」


 おれの正当な懇願に対し、姉は小馬鹿にするように軽く鼻を鳴らす。


「お前はその身体に慣れていないのだろう。こういった服は……ただでさえ私達が着る服は、細部が繊細なんだぞ。着方を誤ったり、脱ぎ方を粗雑に行ったら損傷ものだ」


 そう言って、慣れた手つきで俺の着ている服に手をかけ、脱ぐのを手伝い始める姉。

 まぁ、確かに、背中にボタンがあるやつとか、紐で腰の部分を結ぶタイプとかいろいろと着づらいもの、脱ぎにくい服があるのは確かだけど。

 姉の前で下着をさらすとか、羞恥の極みであることに気付いてほしかった。



「フフ……」


 俺のTシャツ&トランクス姿を、緩い笑みで見つめる姉を見て疑念に思う。

 こちらの反応を眺めて、何でそんなに嬉しそうなんだよ!







「へぇーここが、タロちゃんが通ってる教会なんだ」

「通ってるって言っても先週からだけどね」


 今日は木曜日ということで、ミシェルが足蹴く通っていた教会に俺も足を運ぶことになったと姉に伝えたら、さっそくみんなで行ってみようということになった。


 クラロリ……クラシカルロリィタ服っぽい恰好で。

 結局、青色のジャンパースカートと白のブラウスをメインとした、爽やかなデザインの服になった。


 正直、スカートでいきなり歩きまわるとか羞恥心が半端なかった。

 だけど、三人が真剣に一生懸命選んでくれたモノを、無下に扱うことができるわけもなく。さらに満場一致の、さっそく着てほしいという願いを断り切れなかったっていうのもある。


 ただ、やはり歩きづらい。

 それでも本来、ロリィタ服はスカート部分をふんわりと仕上げるために、パニエというものを履き、その下にドロワーズというものを着るらしいから、今の状態はマシな方なのだろう。


 この辺の思考を抱いてるあたり、なんだかいい具合に二人にロリィタ調教をされた気がしてならない。



「タロちゃん、シスターやってるの?」

「シスターっていう程のモノじゃないよ。本場の修道女さんが、傍に付きながら告解を聞くだけなんだ」


 ゆらちーやシズクちゃんが俺に質問攻めをする中、姉は神妙な面持ちで教会の外観を観察していた。


「この構造……みんなはどこかで見覚えがないか?」


 顎に指をあて、何か考え込むような仕草をしながら、俺達にそう質問をふってきた。



「んん、あたしはあまり宗教とかには詳しくなくて」

「よく見かける一般的な教会のデザインかと思います」


 ゆらちーとシズちゃんは互いに正反対の返答をする。

 そんな二人に姉は、おれにしか気付けない程度に眉をしかめた。


「ここは『虹色の女神』さまを信仰しているらしい」


「そうなのですか。あたし、そんな宗教知らなかったです」

「私は知ってたよー。確か、クラン・クランでも採用されてますよね? 実在している宗教団体もモチーフにしちゃうとか、すごいです」


「ふーん。それって大丈夫なの? けっこうおっきな宗教なの?」


 ゆらちーの疑問に姉は、少し強めの口調で答える。



「わたしの記憶が正しければ、大規模な宗教団体の中で、このような宗派はなかった」


「え、そうなのですか? けっこう有名な宗教かと思ってましたー」


 シズちゃんの放つ言葉に、姉の表情にわずかな陰りがさす。

 姉の神妙な態度は少し気がかりだったが、俺達はさっそく四人でシスター・レアンに挨拶をした。



「……あら、お嬢ちゃん。一週間ぶりね」


 母性を全開に出した、前と一切変わらない朗らかな笑みを携えて、シスターは俺達を出迎えてくれた。


「これも虹色の女神の思し召し。どうか、貴方達との出会いに、感謝の祈りを捧げさせてください」


 例の、右手で胸の前に円を描き、両目を瞑ってシスター・レアンは祈った。

 俺もこれから懺悔室に行く事になっていたので、一応はそれにならい、女神さまとやらに祈りを捧げておく。


 祈り終わって、横にいる姉をチラリとうかがえば、微妙な顔をしていた。



「では、お嬢ちゃん。今日も懺悔ざんげ室で迷える子羊たちのお話を聞いてくれるのかしら?」


「はい」


 というのも、シスターの真似ごとみたいな事をしたとみんなに言ったら、ぜひ、私達にもやってほしいなどと、ゆらちーとシズちゃんの二人が言いだしたのでココに来るという流れになったのだ。


 俺はみんなに待ってもらって、シスターの指示に従い修道服へと着替え、さっそく告解室にてみんなを待った。

 一体、どんな話を聞かされるのやら。

 お互いに顔が見えない構造になっているとはいえ、やっぱり緊張ものである。



 だけど、この緊張は服を着替えると別のモノに変わって行った。神聖にして静かな教会の雰囲気が、初めてここを訪れたときの事を思い出させてくれる。あの時は、ウン告白の事や少女化に酷く悩み、明日をも知れない不安定な足取りだった。そんな俺をシスター・レアンのくれた言葉は救ってくれた。また、ここに来て自身の悩みを打ち明けた見知らぬ少年の存在もそうだった。彼は今日、きてくれるのだろうかと、チラリと期待が頭を上げる。


「ふぅ……」



 一週間前の経験が、これから女神さまの名のもとにみんなの話を聞くという立場にあるという気構えを備えさせてくれる。


 懺悔ざんげ室の椅子に腰を落ち着ける頃には、すっかり俺は心の中は真っ白になっていた。






「迷える子羊よ。虹色の女神の名のもとに私が貴方あなたの告解をこの場にて聞き遂げます」


「えと、あたしにはバカな兄貴がいまして……」



 どうやら、ゆらちーはしょっちゅうお兄さん、グレンくんと喧嘩をしているらしく、時にきつく当たりすぎてしまうことがあるらしい。

 そこらへんを気にしているようだった。


 ゆらちーの話を聞き、俺も昔は姉とたまにだが、喧嘩をしていた事を思い出す。仲直りの時は、いつもどちらかがハッキリと謝っていた気がする。人間、素直に謝られると、こちらも歩み寄りたくなるという不思議。


「貴方のお兄さんを思う気持ちを、素直に言葉にすれば良いかと思います」


「で、でも……そんなのはしたくない、です」


「でしたら、言いすぎてしまった時だけ、謝ってみてはいかがでしょうか?」


「それが、できたら……」


 苦労はしないか。

 でも、ゆらちーは。錬金術をバカにした後、謝ってくれたじゃないか。


「貴方は自分が卑下したものに対し、謝罪ができる心の清らかな持ち主です。貴方の行いに私は大きな喜びを感じました。貴方が私にしてくれたように、お兄さんにも、極稀に気持ちが向いた時にでもしてみてはいかがでしょうか?」


「た、タロちゃん……あ、ありがと」


 がんばってみる! とゆらちーは意気込み、お礼を言って懺悔室を出て行った。





「え、えっと……私にはす、す、好きな人がいまして……」


 どうやら、シズクちゃんは好きな人がいるらしく、そのヒトに片想いをしているようだった。相手は朴念仁で、人助けが趣味のような素晴らしい人格者だそうだ。常日頃からシズクちゃんに対して優しくしてくれる半面、それは数多くいる人のうちの一人に接するようなものと同等、と感じているようだ。


 なんだか、シズクちゃんの想い人は夕輝ゆうきとすこし共通点がある。あーいうお人よしには、下手に遠慮するより、がっつり頼った方がいい。そして、奴が困ったら全身全霊を持って力になればいいだけなんだよな。



「その身を預けなさい」


「え?」


「その身をかの御仁に捧げるのです」


「えっと、なにを……」


「深く信頼し、身を委ねるのです。そして、彼の庇護の下に浸かるのではなく、共にあなた達の庇護を形成していくのです」



「えっと、つまりー……甘えて、落とす? そして、二人の世界を作る?」


 合ってるような、合ってないような……。

 なにやら、ブツクサと呟くシズちゃんだったが、何かに納得したのか「長い付き合いのタロちゃんが言うんだから、間違いないね」と、よく分からない事を言い出し、一方的にお礼を言ってシズちゃんは懺悔室から立ち去っていった。





「最近、自分で見たものや記憶に自信がなくなるときがある」


 どうやら姉は、やはり大学での建造物がいつの間にか変わっていた事に気がかりを覚えているらしい。友人であるトムとジェリーさんの話と、自分の記憶していたモノとの違いに戸惑いが隠せず、どうしても納得できないようだ。



「貴方には家族がいます」


 家族にすら幼女化を秘密にしてた、俺が言う。

 だけど、姉はこんな俺を受け入れてくれ、今日も親身になって幼女化に対応できるようにと、色々工面してくれている。

 だから、もし姉が悩み、苦しむのであれば。家族である、このおれが力になると暗に伝えておく。


「それをお前が言うのか」


 苦笑気味な姉の声が響く。


「わたしもつい先日、大事な家族からそれを学びましたので」


 俺の言葉に、姉はしばらく黙りこみ。





「言うようになったな、弟殿」


 晴れやかな声が、懺悔室にこだました。





 一通り、みんなの話を聞き終わった俺は礼拝堂へと出向いた。

 そこでは姉とシズちゃんの二人が待ってくれていた。


「あれ? ゆらちーは?」

「ゆらちーは先に帰っちゃったよー」


 俺の疑問にシズちゃんが、曖昧な表情で答える。


 え、なんで?

 まさか俺の告解の返答が気に入らなくて!?


「なんかねー、ゆらちーのお兄さんがここの教会にいてさ。それを発見したゆらちーがすごい剣幕でさぁ。とにかく帰らせるために、一緒に引きずって行ったみたい」


 グレンくんがここに来たのか。


「へぇ、そうなんだ。グレンくんもここの教会に来たりするんだ」


 なんとなく思ったままの事を口にすると、シズちゃんはハハハッと苦笑いを浮かべた。

 なぜかわからないけど、グレン君にドン引きしているようだった。


「その様子だと、ゆらちーの懸念は当たったみたいね」



 よくわからないけど、とにかくこうして俺達の買い物は終わった。

 よくよく思えば、これは人生初の女子と休日を過ごした日だった。同年代の女子二人と買い物を一緒にしたり教会に行ったりと、姉の同伴とは言え、彼女いない歴=年齢の俺からしたら、すごい快挙だったように思える。




 そして後日。


 クラン・クランにインしている俺に、ゆらちーからフレンドチャットが飛んできた。


『タロちゃんって、うちのバカ兄と友達だったりする?』


『ん? グレン君と? フレンドじゃないよ』


『やっぱり……あのバカ兄がタロちゃんと友達だなんてほざいてて……うちのストーカーバカ兄がごめんね……私が絶対なんとかするから!』


 などと、妙に気合いの入ったフレンドチャットがきたのは、また別の話だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る