58話 先陣を切る反逆者


「はぁ……、ぁ……ほぇ……」


 俺がついた小さな溜息。

 それは戦場にいる妙に浮ついた傭兵プレイヤーへの嘆息から、王への畏敬へと変貌した。




灰塵王はいじんおう カグヤ・モーフィアス』


 灰塵かいじんとは、跡形もなく砕け散ることであり、まさにこの瞬間をもって傭兵プレイヤーたちがそれを体現していた。


 儀礼剣を投擲してから、王が持つ武器はなくなったかと思われたが、それは大きな間違いだった。

 彼の右手に渦巻く、火の粒と灰が混じったようなちりは集束していき、一本の大剣を模ったのだ。一見して、何かのエネルギー体で生成されたようなこの剣。長さが不明・・なのだ。


 最初、遠目で確認した時は2メートルには届かないリーチの長さだと判断したのだが、今、王がふるった灰と炎の剣は7メートルの長さを優に超えていた。



 つまり、王は伸縮自在の両手剣で傭兵プレイヤー達を圧倒していた。



「やべえぞ!」

「一撃だ! 一撃でもくらえば即キルだ!」

「うおおおお!」


 王はその長大な剣をブンブンっと振りまわし、幾人もの傭兵たちを撫で払う・・・・ようにキルしていった。

 そう、普通はそんな大きな剣を振りまわせるはずがないのだ。

 なぜなら傭兵プレイヤーたちを切り裂くにしろ、必ず一人一人への衝撃が剣の動きを鈍らして行く。だが、そうはならない。


 灰塵王がその手に掴むは、無形の剣。

 揺らめく刃は、傭兵プレイヤーたちの身体を通りぬけるように、広い範囲に渡って一気にHPを削り取って行く。灰と火花を辺りに振りまいて。



「おい! 武器の耐久値が一瞬でゼロに!」

「盾が、俺の盾が破壊されたあああ」


「装備破壊だ!」

「いや、純粋に装備の耐久値が、奴の武器の性能に耐えきれないんだ!」

「壊されるぞおおおお!」



 武器や盾から王の攻撃を抜けさせた・・・・・傭兵プレイヤーは、わずかなHPを残す代償として、装備を壊されたらしい。


「避けるしか、ないのかっ」


 最も王に近い場所にいた前衛を担う十数人の傭兵プレイヤーたちは数秒のうちにして、キルされ尽くされた。




「まじかよ……」

「ははは……」


 隣にいる晃夜こうや夕輝ゆうきが乾いた笑みを浮かべている。


 傭兵たちがさっきまでいた所には、僅かな灰を残すだけ。

 灰塵はいじん……まさに、大剣をもって敵をチリのように粉砕していくは、灰塵王はいじんおうの名にふさわしい姿だった。


 今までそこにいたであろう傭兵たちがキルされ、消失したことにより王の周囲はぽっかりとした空間が空いた。



 次にその猛威が降りかかるのは自分達だ……と、息を飲んだ中衛に位置する傭兵たち、つまり俺達の前方にいる彼らが必死の形相で叫び出す。

 


「遠距離だ!」

「そうだ、魔法だ!」

「遠距離攻撃で一撃でも当てれば、クエストクリアだ!」


 その声はもちろん、王に届いていたはずだ。


 だが、ゆらめく大剣を右手に握りながらも悠々とした所作で、静かに近づいてくる王は別段焦った様子がない。

 それが逆に、傭兵プレイヤーたちの不安をよりいっそうに掻き立てる。



「『王の領域』……」


 そして王がそう呟いた瞬間、灰塵王を中心に周囲10メートル程の半円形の蒼いエリアが一瞬広がったようなエフェクトが発生した。


 その範囲はもう少しで俺達のいる位置に届くといったところだ。

 もちろん、そのエフェクト内にいた傭兵プレイヤーたちからは、王が突如として発動させた得体のしれないアビリティに対して恐怖の声がそこかしこから上がっている。


「ひ、ひぃっ」

「な、なんだ?」

「なんともないぞ?」


 浮き足だつ傭兵プレイヤーたちをねめつけるようにして、王が視線を巡らす。

 そしてポツリと独りごちた。



「おまえと、おまえと、おまえ、それとおまえもか……」


 愉悦ゆえつの含まれた王の声は、なぜか俺達にも届いた。


「名前を覚える道理はない。灰になればみなおなじ姿よ……」


 王はおもむろに右手をあげ、渦巻く灰から新たに片手剣を数本形成していった。

 そして腕を振り下ろしたと同時に、四本の剣が傭兵プレイヤーたちへと飛翔していく。



「うおっ」

「あっ」

「無垢なる風の踊り子よ、舞いてぇっとっつぁん!」

「悠久の狭みゃあぉぉっっ!」


 四名の悲鳴が戦場を走った。

 剣が突き刺さった傭兵プレイヤーたちは、誰もが遠距離攻撃を可能とする魔法使いだったのだ。何人かは詠唱に入っているところを王の剣で貫かれ、情けない声になっていたのには同情を禁じ得ない。



「正確に魔法使いを見極めたのかな」

「装備や服装から判断したのか?」


 旧友二人の推測に、ジョージやグレン君がそれぞれの感想を出していく。


「相手を深く知ろうだなんて、いいオトコねぇん♪」

「分析系のアビリティか?」


 特に魔法がメイン武器であるグレン君は警戒の色が濃い。王が発動したアビリティの範囲内に入らないように、後ずさっている。

 それに反してミナは無言で俺を見つめていた。

 きっと最後の『蒼き琥珀種ブルメラシード』の使うタイミングを見計らって、俺の指示待ちなのだろう。



「ふう……」


 いつまでも悠長に王を観察している場合ではない。

 次々と王に屠られる犠牲者は増すばかりで、俺達の番もすぐやってくるだろう。ならば一か八かで、残る全員で総攻撃をかました方が、誰かの攻撃が偶然ヒットする可能性も高まるはずだ。



 そんな俺の考えと同じ意見に達したのか、姉達が近づいてきた。


「太郎、私達は行く」


 姉は覚悟の決まった清々しい笑みを携えていた。だが、その瞳には暗い炎の影がある。まるで、蝋燭ろうそくの火が消え入る間際、最後に激しく燃え立つときに見せるような雰囲気を感じさせた。


 そんな姉に、後ろから怪訝に問い掛けるトムとジェリーさん。



「姉さんよ、弱点は見えたのかい?」

「ありゃあ、睡眠・混乱・幻惑・麻痺、状態異常の耐性がかなり高いボスだぜぃ……今の俺達の状態異常攻撃やアビリティは通用しなそうですぜ」


「全くって、見えないな。アレに弱点はないようだ」


 姉が無形の大剣を振りかざす王を、厳しい顔で見つめながら泰然たいぜんと答える。



「じゃあ、姉さんの称号の恩恵は受けられないっと」

「倒せそうにねえかねぃ」


 一撃を与えるどころか倒そうとしている『首狩る酔狂共』の面々に内心では驚く。

 さすが、PvP最凶と言われているだけの傭兵団クランだ。

 そして、会話の流れ的に一つの疑問が浮かんだ。


「姉の称号?」


 思わず、口についてしまう。



「あ、あぁ。妹ちゃんになら言ってもかまわねいか」

「姉さんの称号は『弱者の戦略ランチェスター』って言ってなぁ」


 強者の姉には相応しくない名前の称号だな。


「モンスターや傭兵プレイヤーの弱点箇所が、見えるらしい」

「で、そこに攻撃すると100%、クリティカルダメージを与えることができるっていうチートもんよ」

「しかも、同じPTに所属してりゃあ、俺達にもその恩恵が回ってくるってわけよ」


 ニシシと悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ヒソヒソと姉や自分たちの戦法を明かしてくれるトムとジェリーさん。


「弱点部分は俺達には見えねえ。でも、そりゃあ姉さんから聞くとして」

「弱点部分に攻撃を加えると、30%の確率でクリティカルヒットってもんよ」


「姉さんよりはだいぶ劣るがぁ、かなり強くなれんぜ」

傭兵プレイヤーの弱点は首って奴がぁ、多いらしいぜ」


「だから、索敵や分析スキルに優れた俺っちで奇襲の準備を整えてぇっと」

「状態異常スキルに特化した俺っちが、敵を牽制しぃ」


「その後は一気に、首を狙って、こう、な?」


 親指で自分達の首をかき切る仕草をする二人を見て、思い出す。

 


 確かに『一匹狼』から助けてくれた際も、周囲を囲んでいた傭兵プレイヤーたちは瞬時に倒れていたが、あれは睡眠の状態異常だったのかもしれない。


 妖精の舞踏会では、ジョージたちを助ける時に傭兵たちの動きが一瞬おかしくなったのは、混乱か幻惑? とにかく状態異常からの、姉の称号による一撃必殺、もしくは大打撃を行うのが『首狩る酔狂共』の主武器なのかもしれない。



「トム、ジェリー。無駄口はそこまでだ……太郎たちは私達が突貫したあとに、一気に王を叩き伏せてくれ」


「待って、姉。姉たちの方が俺達と比べて連携も個々の力も強いんだ。俺達が先に行って少しでも王に対する壁になった方が、クエスト達成率は上がるんじゃないの?」



 俺のもっともな意見に、終始張り詰めた空気を醸す姉が不意にふわりと微笑む。

 その緩んだ表情は、まごうことなき姉の本心から来るものだと確信できるほどに温かい。


「可愛い弟を自分より先に死なせるなんて、姉の役回りじゃないわ」


 反論は許さない、と姉の気迫が言葉に乗って伝わってくる。



「ってなわけだぁな」

「そちらさんは、俺達の屍を越えて敵の大将に大打撃を与えてくれや」


 姉の一言にトムとジェリーさんの後押しも加わって、俺達は後続と決まってしまう。



 ならば、と。

 俺、晃夜こうや夕輝ゆうき、ジョージ、ミナ、グレン君の六人で顔を突き合わせ、すぐさま戦術を練った。

 短い時間でそれぞれの出来る事を言い合い、できる限り王へ一撃を浴びせる事に重点をおいた作戦を立案する。



「こっちわぁん、OKよぉん♪」



 ジョージの言葉に反応し、姉はゆっくりと腕を交差させた。

 その手が剣の柄を掴み、鞘から双剣を抜き放っていく。


「じゃあ、いくぞ。お前達」


 シャリンっと両手を広げるように、二つの剣を抜き放った姉は、不敵な笑みを浮かべる。


「あとはお前に任せたぞ、錬金術師な弟殿」


 漆黒のポニーテールをゆらめかせ、姉の背中は一瞬で遠のいた。


「任せて、姉……」


 姉の小さくなる背中に、追いすがるように俺も、俺達も駆け出した。






「読める、読めるぞ! 人間共の思考など、こんなものなのか!」



 必死に挑む傭兵たちに、王が嘲笑を浴びせている。


「悲しきかな……手に取るようにわかるその愚考の数々。なんと思慮の浅き事よ……恥と知れ」



 見事という他ない。

 先読みでもするかのように、王はことごとく傭兵プレイヤーが繰り出してくる攻撃を先手で潰し、トドメを易々と刺していく。


「下手な長考、休むに似たり。知恵を働かせたところで、それは思考していないという事実に等しい」


 朗々と灰王の独り言が、戦場をこだまする。


「余はそんな不純物を取り除いた、純粋な闘争に酔いたいのだ……」


 姉たちが『王の領域』内に侵入してすぐ、彼女たちは無様にも地に転がっていた。というのも、王はまるで『首狩る酔狂共』のメンバーの移動先が手に取るように把握しているのか、地面から灰と火で出来た剣を生やし、彼らの進行を阻んだからだ。


 一撃死にはならずとも、大きく体勢を崩した『首狩る酔狂共』の猛攻は止まってしまう。


 だが、その隙に走り出した夕輝ゆうき晃夜こうや、俺たち三人は王へとそれなりに距離を詰める事ができた。

 他のグループに所属する傭兵プレイヤーたちも灰塵王へと様々な攻撃を仕掛けているため、その対処に追われている王へと至る一手を目指す。



 ここにいる誰もが、同じ絶対強者に対して懸命に挑む戦友だった。



 傭兵プレイヤーたちが決死の激しい攻防を繰り広げるなか、群がる虫を一掃するかのような仕草で剣を縦横無尽に振るい続ける灰塵王。

 その鋭い視線が、一瞬だけこちらに向いた気がする。



「ユウ!」


 俺の警戒の声に反応して、夕輝が即座にアビリティを発動する。


「『巨人の盾エル・エクスード』!」


 夕輝の構える盾が三倍以上に膨れ上がる。その、大きくなった面積に比例して重さも急激に増えるアビリティ。

 その重量は夕輝をってしても、地面に置いて支えるのが限界だと言える。


 だが、俺は夕輝のアビリティ発動に呼応して『射ろ筆』に込めた色を、並走する夕輝ゆうきの盾に素早く『直塗り』を施す。


 塗りつけた色は、モフウサより採取できた『ふんわり綿草色フラッフィ・リーフグリーン』。


 その効能は装備に塗りつけることにより、重量をニ分の一に減らすという効果だ。


「す、すごい……持って走るのが精一杯だけど……」


 ニコリと額に汗を浮かばせながら夕輝が、息も絶え絶えに感想を漏らす。

 少し速度が鈍くなった騎士に対して、俺はコクリと頷く。


「守ってくれよな、ナイト様っと」


 口調は軽いが、表情は真剣そのもの晃夜こうやが夕輝の肩を叩く。



 晃夜と俺を隠すように、盾を前面にして夕輝は突撃を続ける。

 


 王が振るう貫通攻撃は横薙ぎ一閃の単調なものが多かった。ならば、身長の小さな俺は身を低くし、夕輝ゆうきの大きな盾に身を隠しながら近づけば、一撃ぐらいはかわせるのではないかとの推測で立てた接近作戦だ。


 晃夜と夕輝は一撃までなら、盾越しでの攻撃をくらっても耐えられるだろう。

 つまり、歩くポーションヒーラーならぬ、走るポーション回復役である俺が二人の傍で支援できる限り、王の足元に辿りつけると踏んでの行動だ。ここで、残り数個のポーションを使い尽くす覚悟で、旧友と肩を並べているのだ。



「俺達で王にひと泡、ふかせてっっ」


 俺が微笑と共に、親友たちに意気込みを伝えようとした刹那。背中に強い衝撃が走ったかと思えば、夕輝の盾の庇護から外れるように、右斜め下前方へと吹き飛ばされた。

 

「なっ」


 目まぐるしく視界が変化し、驚愕の声を上げてしまう。

 それに答えたのは。



「タロ、危なかった」

「タロ~おっどろいた~?」

「タロりん、ごめんっ」


 俺に何の警告もなく飛ばしたのは、どうやら風妖精たちの仕業だったようだ。



 とっさに地面へと小太刀を突き立て、なんとか風力の勢いを殺し、何が起きたかを把握するように、辺りを懸命に見渡す。


 ふと、先ほどまで一緒に走っていた旧友たちが目に映る。 


 夕輝と晃夜はよろめき、動かし続けていた足に不協和音が生じていた。

 そして、二人のHPバーを確認すると。



 ユウ(夕輝)Lv9  HP260/450

 コウ(晃夜)Lv10  HP 10/270



 ソレが示す事、そして彼らの両脚付近・・・・に灰の残滓が漂っている理由は明白だった。

 


 灰塵王の剣撃を受けたのだ。

 そして、俺は風妖精たちによって助けられたのだろう。



 夕輝と晃夜は崩れかけた体勢を懸命に支え、踏み込んだ足でまた進み始める。

 直線ルートから外れた俺を再び夕輝たちが、盾の庇護下へと拾ってるヒマはなさそうだ。



 突き進む夕輝は厳しい表情で、俺へと頷いてくる。

 晃夜も一瞬だけ俺と目を合わせ、メガネをクイっと持ちあげて前だけを見据えた。



 無言のやり取りで伝わってくる仲間たちの想いが、俺を頂きへと一歩踏み出す行動へと促してくれる。



 即座に『翡翠エメラルドの涙』を使い、二人の体力を全快近くに引き上げ、続いて自身の周囲に『亡者の香り玉』を放つ。

 

 またたく間に周囲には半透明な灰色の煙が立ち込める。

 それに身を隠すようにアンノウンさんから譲り受けた『灰透明なショール』を広げ、全身を包むように巻きつける。


 これで俺の姿はほぼ視認できないはずだ。

 

 算段通りの手はず。

 あとは走り続ける二人に、間に合うべく俺は移動を開始するまでだ。

 


 灰塵王はいじんおうの攻撃はまるで感知できなかった。

 その攻撃は速すぎるのだ。ましてや、盾に隠れての前進では相手の動作を視認することは叶わない。

 だからこそ、とっさに妖精たちの横やりがなければ、俺はキルされていただろう。


 ただ、疑問に思うことが一つあった。

 


 それは盾によってこちらが相手の様子をうかがえないのは、灰塵王も盾の裏側を確認することはできないのと同じこと。にもかかわらず王による攻撃の残滓は、二人の足元に残っていた。


 つまり、大きな盾に隠れるように移動してきた俺、身長も低く身をかがめた俺ごと、まとめて晃夜と夕輝を斬り伏せようとしたのだ。



「ほう、おもしろい。だが、読めるぞ」


 低く、地の底から響く灰塵王はいじんおうの声が場を支配する。

 まるで、こちらの戦法を、位置を、ステータスやアビリティ。全てを把握しているかのような口ぶりに、思わず身震いをしてしまう。



「「命の象徴たる熱き焔たち、我が尖兵となりてはしれ」」


 そんな不気味な声は、遥か後方『王の領域』外から発せられた詠唱によってかき消される。ミナとグレン君、二人の詠唱が重なったのだ。



「「炎球のつぶてフラム・グラブル!」」


 ミナからは、サッカーボール程の大きさの火球が二つ。

 グレン君からは、それよりも大きな火球が四つ、灰塵王に向かって解き放たれた。


 少しでも被弾率を上げるため、数が多い魔法を発動したのだろう。一撃でも当たれと願いを込めて打ち出された二人の魔法は、紅い彗星のように王へと流れていく。


 だが、伸縮自在の剣が他の傭兵プレイヤーたちを切り刻むついでだ、と言わんばかりにその赤き流れ星が描く軌跡を途中で切り落としていった。剣と魔法が衝突した箇所では爆発が起こり、二人の攻撃はついぞ王には一歩及ばない。



 後方の二人は、すぐに俺が渡しておいた『森のおクスリ』でMPを回復し、次の魔法に備え始める。MP回復アイテムは全てあの二人に託してある。

 連続で魔法を放ち続けさせる他ないのだ。

 


 そんな二人の隣では、直立不動の姿勢で両手を脇にピタっと付け、親指と人差し指でわっかを作りながら、戦場をつぶさに観察しているオカマアフロ野郎がいた。


 一見、御釈迦様のような悟りを開いているような立ち姿だが、アレがジョージの本気スタイルらしい。

 



 俺は後衛陣の様子を確認し、さらに前方へと『亡者の香り玉』を投げつける。

 透明化のまま先を進むには、進行方向周辺に灰色の煙を拡散していく必要がある。


 王へと向かう中。姉が、トムとジェリーさんが、灰塵王はいじんおうの剣の餌食となり、キルエフェクトを爆散させ、虚空へと消失していくのが目に入った。



「あッ……」


 焦燥と怒りが俺の脳内を揺さぶるが、押し寄せる感情の渦をグッとこらえて、静かに移動を続ける。



 まだ、夕輝と晃夜が灰塵王と切り結ぶ傭兵達の間を走り抜けているのだ。

 まだ、ミナとグレン君が詠唱を発し続けているのだ。

 まだ、ジョージが突っ立っているのだ。

 あきらめないぞ。



「『炎球のつぶてフラム・グラブル』!」


 再度、ミナの魔法が発動する。

 それに少し遅れたタイミングでグレン君も叫ぶ。


「『大空を堕ちる豪炎フォールン・フレア』」


 点での攻撃を迎撃されるのならば、面での魔法攻撃ならどうだ。

 そんな狙いのこもった、グレン君の強力な炎が王めがけて迫る。

 

 赤く揺らめく炎は急激に膨れ上がり、空から落ちた炎柱の如く王の頭上へと降り注ごうとする。


 そして、この決定的瞬間に最後の『狙い打ち花火(小)』を俺は使用する。



 ミナと俺が横合いから、グレン君が上から。

 遠距離による一斉攻撃だ。

 

 閃光とともに紅蓮の花が咲き、グレンくんの灼熱が花弁となって吹き荒れる。


 

 その光景は今までに見た事のない、炎の規模。

 その迫力に俺は少しだけ息を飲む。



 これが俺たちの、力。

 使えないと捨てられたミナは、今や立派に魔法を連発している。


 ゴミと言われた俺の錬金術は、眠らずの魔導師と言われた傭兵プレイヤーの魔法と協力し合っている。



 さらに、ズシンっと大地の揺れを感じた。ハッとなり、地へと目線を降ろす。

 これは、ジョージが動き出した証。

 そう確信し、俺達が作りだした魔法攻撃へと再び視線を戻すと――。



「読めていると、申しておろうが」



 灰と火でできた砂塵、先ほどまで王がその手に握り剣として機能していたソレらは……いつの間にか直径8メートルに及ぶ巨大な盾となって、全ての攻撃を無効化していた。



「そんな防ぎ方があるのか……」



 更に、その盾から剣が次々と生えていき、猛進している傭兵プレイヤー達に突き刺さっていく。

 さながら、つるぎの雨とでも言えばいいのだろうか。


 夕輝ゆうきがそんな中、必死に盾を持ちあげて晃夜こうやを庇い、数本の剣によってその身を貫かれ、緑の煌めくエフェクトと共に霧散していくのが見えた。



 俺は奥歯を噛み締め、さらに王へと接近するために『亡者の香り玉』を進路に転がしていく。

 そして素早く『翡翠の涙ポーション』を晃夜こうやに――。

 晃夜こうやは飛んでいた。おそらく『飛翔脚』というアビリティを使ったのだろう。夕輝との行軍のおかげで、その羽ばたきは一気に王との距離をゼロにできるかに思えた。必殺の一撃を敢行した友の末路は、王の一振りですでに散った友と同じ運命を辿った。


 全てが一瞬だった。



 だが、まだだ。

 まだ、手はあるんだ。


 足元がどんどん揺れるのを感じ、俺の士気は決して削り取られたりはしない。



「圧倒的なまでのぉぉぉぉおんっ♪ その雄々しさ。イ・イ・オ・ト・コ・ねぇんッッ☆」


 オカマの歓喜に打ち震えた嬌声が響き、ズシンと大地が鼓動する。

 いや、その揺れは断続的に、すぐさま間隔は早くなっていく。


 ドシン、ドシンッと地震さながらの現象をスルーし、俺は透明化のショールや妖精と共に王の元へと駆け続ける。



「さぁてん! ア・チ・キをぉんッ、オ・ン・ナ・にしてくれるかしらぁん?」


 ジョージが。

 オカマである、俺達の最大火力が王へと迫った。

 そして渾身の力を込めて、ヌンチャクによる攻撃をしかけたのだ。



 そう、ジョージは俺達や他の傭兵たちの猛攻に王が対処している隙に、一気に肉薄することに成功していたのだ。

 最も、王へと攻撃が集中する瞬間を狙って。



 たった、5歩・・のダッシュで――王手をかけた。


 それは5メートルを優に超える巨人オカマだった。


 鍛え抜かれ引き締まった色黒ボディが軋みを上げ――。パンチパーマアフロがブルンっと震え――。ショッキングピンクのアイシャドウがチャームポイントな巨人化したオカマ。



 ジョージが、王へと巨大な攻撃を、会心の一撃を放ったのだ。



 悪夢に出てきそうな光景を実現する。

 そう、これが俺達の狙いだった。



 アンノウンさんと冒険した巨人の墓地で、手に入れた『巨骨(火耐性)』と『巨人族章』を合成して作り出していた、アイテム。


巨人と歩みし結液ギガント・エキス』をジョージには渡していたのだ。

 素材の希少性から、たった一つしかなかった俺の切り札をオカマに託したのだ。それは俺達のPTで間違いなく一番の強者がジョージであり、信頼できる仲間でもあるから。


 アイテムの効果上、身体の大きさが2~3倍になり、HP、力、防御も3倍になるという優れモノ。

 

 ただ、効果時間はわずか30秒。

 しかも、その代償として素早さが3分の2に下がる。

 

 つまりジョージが接近するまでに俺達が気を惹く必要があった。しかも、効果が切れれば30秒間全く身動きがとれなくなるコレは。


 まさに最後の一撃に相応しい。



 だが、灰王はジョージの重い一撃すらも灰塵の剣で受けきった。

 それどころか、お返しとばかりに剣を閃かせてジョージに浴びせようとする。

 


「フォォォアチャァアアアアッ!」


 それを巨体のオカマは奇声を発し、アフロを激しくゆらしながらバク転で回避する。その際にヌンチャクが王の剣に引っ掛かり、どこかへと吹き飛んでいく。


 巨人オカマは再び攻勢にでようと、変則的なうごき……両手を地面について王の二閃目をしゃがんでかわしたと思ったら、逆立ちをするように足を回転させて蹴りをブォンっと放った。


「キィィィイフェイッッ!」



 ムエタイの選手かよ。

 いやカポエラ、テコンドーなのか?


 よく分からないが、大迫力なのは間違いない。

 あと悪いのだが、声がキモい。


「ホワッツ!? コレをよけるとわぁあああんッッ! あなた、本物の漢ねぇぇえええん!?」


 ジョージの奇抜なカウンターも王はヒラリと横飛びしながら見事に避けきった。

 そして三閃目、身体をグルンっと捻って縦へと長大な剣を、8メートルに及ぶリーチを振り下ろした。



「アフンッッ、さすがねぇん王様ん♪」


 巨人の色黒オカマは、尻から頭へと一刀両断され、身をクネらせながらキルエフェクトと共に散って行った。



「人間にしては、なかなかの動きだった。褒めて遣わそう」


 ジョージをほふり、スタッと着地した王は剣先を遠くにいるグレンくんとミナに向けた。もはや、この戦場で生き残っているのは、自分とあの二人だけだった。

 

 俺のちょい手前で、背を向けた状態の王はそう思っているに違いない。

『亡者の香り玉』が発生した灰透明なケムリの中、王は俺の存在に気付かずに堂々と立っていたのだ。 



「『炎球のつぶてフラム・グラブル』!」


 ミナは懸命に最期の魔法名を言い放ち、王へと攻勢を仕掛ける。二つの火球がミナから放たれると同時に、グレン君も自らの杖を構えて走り出した。


 グレン君が駆けた理由は二つ。

 一つ目は、俺の姿が透明化しているのに、今いる場所から王に動かれては困るから。


 そして二つ目は、MP切れだと見せかけたブラフによる奇襲。



「ほう……魔法使いであるのに、接近戦を挑むか。魔力が尽きた……わけではないようだな」


 二つ目の理由は何故か容易く看破された。

 だが、グレン君の足は止まらない。


 そして俺も、ゆっくりと静かに王の背中へと忍び寄る。



 王は勝者の余裕からなのか、幸いにもそこから動くことはなかった。グレン君が何をしでかすのかを、心待ちにしている様子で、悠然と構えている。


 当然のことながら、ミナが発動させた火球はまたたく間に長い剣によって打ち倒される。

 そのタイミングと同時に、グレンくんは軽く跳躍して両手を広げ、身体を大の字にして叫んだ。


魔門破棄スペルチャージ解放リリース!」


 彼の杖に一瞬の間、幾何学模様の光の筋が走る。


咎人とがびとに処すは業火の焼印。熱に悶えよ、汝の罪には苦しみをってあがなえ」


 詠唱から問題を解く素振りを一切見せずに杖の先端を王へと向けた、眠らずの魔導師。



「『獄徒の道フレイム・ロード』!」


 渦巻く火炎が、一直線に王へと走る。

 同時に俺も王の背中へと走った。


 これが、本命。

 これが俺達の本当の攻撃。


 俺が『亡者の香り玉』で辺りに灰色の煙をばらまき、ショールの効果で透明化して接近する。様々な攻撃をブラフとして、俺の一撃をヒットさせることが俺達の真の狙い。



 あともう一歩で俺のふりかざす小太刀が王の背中に当たる。

 王はグレン君の魔法を鼻であざ笑うかのように、灰塵で例の盾を形成し防いでいた。



 そして俺の接近に気付いた様子は全くなかった、かに思えた。


 王は何の前触れもなく、唐突にくるりと振り向き、俺を見た・・


 

 いや、見えるはずが、ない。

 なのに、しっかりと王は俺を捉えている。


「貴君ら人間の思考など、読みとれると何度も申したろうが」



 本当にこちらの考えが、読めているようなその動きに強い恐怖感が湧きおこる。王の拳が、俺の攻撃よりも数倍早い俊敏な鉄拳が俺の頭へと吸い込まれていくのを、ただ唖然と見送るほかない。



 もはや、回避は不可能。

 俺の攻撃があたるより、早く俺のHPは全損するだろう。

 自身のステータスを遥かに凌駕した王の攻撃を避ける術はないのだ。



「たろりん、えいっ!」


 しかし、風妖精が何かを呟くと小さな風が足元に突如として発生したのだ。そのおかげで、足はもつれ、前のめりに身体を倒してしまった。


 俺も予期してない。頭になく、考えていなかった事象。





 転ばされた。





 そして王の拳は振り抜かれた・・・・・

 

 代わりに、プスッと小太刀を握る俺の手から確かな手ごたえが伝わってくる。




「あ、れ?」



 転んだ勢いで、王のつま先に小太刀が突き立てられていた。


 おや。




:クエスト達成:

:傭兵タロには『先陣を切る反逆者』を与えられました:

:クエスト受注者、全員に15万エソが報酬として贈られました:



 

 おやおや?


 呆けて地面に転がる俺に、そんなログが流れた。

 

 キツネにつままれたとは、まさにこの事だ。

 最後の最後で、自分の全く予期しないことが起こり、その恩恵でクエスト達成。いうなれば、棚からぼた餅。


 なんとも言えない心情で、恐る恐る小太刀を突き刺した足の持ち主、灰王へと顔を上げてみると。

 

 灰王もまた、奥歯にモノが挟まったような曖昧な表情をしていた。



「……なるほど。ミソラ殿手出しはしないと申してはいたが、妖精たちはその範囲ではないと。そこまでは我の『心眼』を以ってしても読めぬ、か……」


 ぶつくさと独り言を呟き、太い眉をへの字に曲げた王は一度も俺を見ようとはせずに後ろへときびすを返した。

 傍で待機していたテアリー公へサッと手を上げ、静かに王城の扉へとその姿を消していった。




「クエスト、クリア……」


 ミケランジェロの支配者たちが去っていき、緊張の糸がようやくここで切れ、全身に入っていた力を抜く。


「我が姫! あぁ! 愛しの姫君よ! その身が無事で何よりだ!」


 ぺたんと座りこむ俺に、少し騒々しいグレン君の声が後ろから投げかけられる。振り返れば、彼は満面の笑顔で両手を広げ、いつもの大仰な素振りで歩んできている。



「今回の戦を無事にボクと貴方、そう! 運命の二人が切り抜けた証として、どうか姫とフレンドの絆をわしたく――」


 グレン君が何かを俺に言いかけるが、彼の後ろから一生懸命に駆けてくる無垢な少女にドンッとぶつかってしまい、その台詞は途中で中断させられた。


「おふあっっ「天士さまぁ! やりましたね! さすが天士さまです!」


 喜色満面でミナは俺へと抱きついてきた。



「わっ、ちょっとミナ」


「これでもう、天士さまの錬金術をバカにする人はいなくなりますね! クエストクリアも、ぜぇーんぶっ! 天士さまのおかげなのです!」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべ、まるで夢物語をそらんじる子供のようにはしゃいでいる。

 正直に言えば、俺もミナのように喜びたい。


 だが、気分はなんとも複雑なものを帯びていた。


 いや、わかってはいる。

 ここまでの結果を残せたのは、紛れもなく俺達が奮闘した功績だ。



「べ、べつに俺だけのおかげじゃないよ。ミナもすごく頑張ってくれたし、ここにいた傭兵プレイヤーさんたちも、力を合わせてくれたから」



 だが、一番肝心な部分で……。

 俺は、ニコニコと邪気の感じられない微笑みをこちらに向ける妖精たちに、表現しがたい心情で笑みを返す。


「天士さまは謙虚なのです! でも、そんな天士さまに褒められて嬉しいのです!」


 ミナはなおも俺の首にその手を巻きつけ、キャッキャッと喜んでいる。


「私なんかが、おこがましいかもしれませんが。私にとって天士さまは一番のフレンド・・・・です」


「あ、あぁ……俺にとってもそうだよ」


 女子のフレンドの中じゃ、ミナが一番だろうな。

 一緒に行動してきた時間も、女子フレンドで一番長いし。


「嬉しいのです……ですが、天士さま」


 頬を紅潮させ、うるうると滲むミナの両目が至近距離で俺の眼をジッと覗いてくる。


「天士さまの一番のフレンドである、私が思うのですが」


 なぜか、一番のフレンドという部分を妙に強調しながら、ミナはチラッとグレン君の方を一瞥したような気がする。



「今回の件で、妖精さんのことやミソラさんのこと、それに手に入った称号のこと? などで、天士さまに近付いてくる、不敬な輩が出てくるかもしれません」


 なんとなく、わざわざ今する話なのか? とも思わなくもない話題に曖昧に頷いていく。


「誰かとフレンドになる際には慎重になっておかねばなりませんね。その辺、今後の事も含めて、おねーさまと相談しましょうね?」


 ミナの言う事はもっともだ。

 姉と相談はしておいた方がいいのかもしれない。

 警戒するにこしたことない世界、それがクラン・クランなのだから。



ミナがそう言うなら・・・・・・・・・、そうしよう」


 視界の隅で、グレンくんが少し離れた場所で棒立ちになりながら、しきりにマントを右手でバサバサとはためかせいたのが微妙に気になったが、俺はミナにしっかりと返事をしておく。




 こうして俺達の『妖精の舞踏会』は幕を閉じたのだった。




 なんだか、本当にいろんな事があったけど、なかなか楽しかったな。

 錬金術で作り出したアイテムはほぼ使い切ってしまい、姉や夕輝ゆうき晃夜こうやたち、それにジョージまでキルされてしまった。

 けれど、それに見合う以上の報酬が手に入ったんだ。妖精さんの力があってこその結果だったけれど、次は自分たちだけの力であの灰王を攻略してみたいと、ぼんやりとした願望が生まれた。



 そんな事を、ニマーっととろけるような笑みを張り付けたミナに、ギュッとされながら考えていたら、不意に姉からのフレンドメッセージが届いた。



『太郎、よくやったな。クエストクリアのログがこちらにも流れてきたぞ。確認したところ、あの場にいた傭兵プレイヤーには全員報酬が配布されているようだ』


『それは良かったよ。姉やみんなのおかげで、なんとか灰王に一撃をおみまいすることができた』



『さすがは私の弟だ。じゃあ、私はこれから大学のレポートを片づけるから、一旦オチる。明日、家に帰るから・・・・・・、そのときにでも灰王との詳しい戦闘の話を聞かせてもらおうかしら』



 そうでした……。




 一戦去って、また一戦。


 姉との遭遇戦が幕を開けようとしていた……。



 俺はミナに抱きしめられながら、新しく手に入った称号『先陣を切る反逆者』の説明文を現実逃避さながら読んでいたのだった。





『先陣を切る反逆者』


【絶対的支配者に反旗を翻す者。強大な力の差が存在する相手に対し、一歩も引かずに反撃を浴びせた傭兵にふさわしい称号。一度その身に着いた勇壮の化身は、一撃をもって世の基盤を揺るがす程の力を与えてくれるだろう】



 取得条件:クエスト『賢者と王の妥協点』の特別報酬。


 効力:戦闘開始時、最初の攻撃がヒットした場合50%の確率でクリティカルダメージを与える。また、レベルが自分より上の相手に対する全てのダメージ総数が20%増加する。



◇◇◇

あとがき


ミナ『天士さまに近づかないでくださいね、怪獣ロリゴンさん』


グレン『我が姫の一番のフレンド……下手に刺激できない……彼女の機嫌を損ねれば、姫の心象が悪くなるのは自明の理……くぅうう』


水面下で二人の戦争は勃発しています(笑)


◇◇◇

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