57話 賢者の戯言


 辺り一帯の下等神兵フェミ・デウスを一瞬で消し飛ばした賢者。


 ミソラさんは、彼女自身がもたらした破壊の惨状には一切の興味を抱いてない。

 いつもと変わらぬ様子で、こちらに微笑みかけている。

 そして、いつもと変わらぬ陽気な声音で俺に語りかけてきたのだった。


「タロちゃん、大丈夫かしら? 大丈夫だよね?」



 その唐突な出現もそうだが、彼女が起こした絶対的なまでの破壊の威力に、夕輝ゆうきと俺は唖然としていた。


「タロ……キミ、なんだかとんでもない人と知り合いみたいだね?」


 俺よりも早く恐慌状態から脱した夕輝ゆうきがヒソヒソと声をかけてくる。



「……なんだったんだ、いまの」


 そんな夕輝の声に反応したのか、ノソリと晃夜こうやが立ちあがる。

 その隣では、ミナが土埃エフェクトを払うように膝をパタパタとはたき、すぐに俺の腕にしがみついてきた。そして、その顔を上げる。


 もちろんミナはすぐにミソラさんを発見し、ポソッと声に出してしまう。



「あ、賢者ミソラさんがいます」


「なんだって!?」

「なに!?」


 夕輝ゆうき晃夜こうやが驚きの声を上げると同時に、じっと俺を見つめてくる。


「賢者ミソラって……」

「ミソラの森にいるって噂されていた、賢者ミソラか?」


 そんな噂でしか存在を認知されていないNPCと、いつの間に知り合いになった?

 そう問い掛けてくる友人達の視線に、俺は口ごもってしまう。


「あ……それは」


 しかも、話題の中心であるミソラさんが、こっちに近づいて来ているのである。

 みんなへの説明とか、どうしてこうなったとか、何が起こっているのかとか、なんて言えばいいのかわからない。


 それに、辺りで身を伏せていた傭兵プレイヤーたちも、徐々にその身を起こしつつある。

 まだ状況を把握しきれてない傭兵プレイヤーたちも大勢いるようで、周囲をキョロキョロとしている者がほとんどだ。

 しかし、この状況は非常にマズイ。俺が賢者ミソラさんと繋がりがあるなんて知れたら質問攻めの嵐になってしまう。



「さってさてータロちゃん。この私が友達である・・・・・タロちゃんに会いにきたのよ? きたんだよ? 何かご挨拶はないのかな?」


「友達って……」

「NPCと友達?」


 晃夜や夕輝の疑問が飛び交うのも構わず、ミソラさんは固まる俺の頭へと、何のためらいもなく手を乗せてきた。


 そして、優しい手つきでぽんぽんしてくれる。


「タロちゃん?」



 緊張の連続、気の緩みを一切許されなかった激戦。友人たちが飛ばしてくる疑惑の視線、急に現れた賢者さんの容赦のないスキンシップ。


「あう……あぅぁ」


 色々なモノが負荷となって、自分の中で何かが決壊しそうになる。

 そして、ミソラさんの俺をなでる手つきが妙に気持ちよくて、一瞬、綺麗なお花畑が脳裏に浮かんできたほどだ。


 最近、頭をなでられたり、ぽんぽんされたりすることが多くなったもんだな。変な諦観が芽生えそうになるが、そんな悠長に構えている時でもない。

 リラックスしそうになる頭をふり、思考を放棄しそうになっていた俺はなんとか現実? に意識を戻って来させる。



「ちょ、ミソラさん。す、す、す、すごい雷でしたね!? び、ビックリしましたよ」


「あるれ、あれれ。タロちゃんもびっくりしちゃったのね。でも、タロちゃんも妖精たちも、元気そうでよかったわ。よかったよ」


 朗らかに笑う俺とミソラさん。

 それを何とも言えぬ表情で見つめる、うちのPTメンバーたち。

 ミソラさんについて、説明を求めているんだろうな……。


 はぁ、どうしよう。



「間違えて落としちゃったから、仕方ないわ、仕方ないね。でも、友人の次に挨拶をしなくちゃいけない面倒な相手もいるわね、いるんだよ」


 ミソラさんは、モノ言いたげな晃夜こうや夕輝ゆうきたちを見事にスルーして、とある方へと顔を向ける。


 とりあえず、俺達もそれにならって視線を巡らす。




 そこには護衛の神兵デウス達を一瞬で排除された灰王、カグヤ・モーフィアスがいた。

 

 彼はおもむろに椅子から立ち上がると、儀礼用の剣を掴む。

 そして、ゆっくりとした所作で一段高い壇上から、こちらへと歩み寄ってくる。


 もちろん隣で控えているテアリー公も追従してくる。



 先ほどまで、数十人の下等神兵フェミ・デウスによって守護されていた王は、今やたった一人の側近しか傍に侍らしていない。


 一気に力を削がれたかに見えた灰王だが、そのような空気は微塵も出さず、余裕たっぷりの威厳を全身から放っていた。



 そんな灰王の歩みを止めようとする者が突如として、湧き出した。



「チャンスだぞ!」

「かかれ!」

「ミケランジェロの支配権は俺達のものだ!」



 下等神兵フェミ・デウスがいないのを好機と見たのか、落雷のショックから立ち直りの早い傭兵プレイヤー数人が王目掛けて切り込んだのだ。


「陛下、ここは私が……」


 テアリー公があわや剣を抜いて前に出ようとするのを、灰王は掌を広げて制した。その代わりとでも言うように、己が握る儀礼用の大剣を一閃、ニ閃、三閃と素早く振り抜いてみせた。



「ッッッ」

「一撃!?」

「そ、そんなっっ」


 灰王の足は依然とまらず、ゆったりとしたペースで何事もなかったかのように歩み続けている。 

 あとに残るは無謀にも王へと、何の策略もなく挑んだ傭兵プレイヤーたちの悲鳴。


 飛びかかった三人の傭兵プレイヤーのうち、二人が王の一撃によってキルされた。

 たった一撃で、現時点で一級傭兵プレイヤーである二人がHP全損である。


 生き残った一人といえば、王の剣撃をすんでのところで、手に持つ武器で受けたようだ。だが、その威力は計り知れず、ボロ雑巾のように吹き飛ばされていた。

 


「言うも愚かなり、人の子よ……」


 灰王は苦々しげにそう呟くと、壇上から降りきった。

 その足を止め、傭兵おれたちを見回した。



「神の血すら流れていない諸兄ら、人間が……余に触れんとするその蛮勇、失笑に値する。褒めてつかわすぞ」


 もはや味方は数少ないにもかかわらず、その堂々たる佇まい。凄い上から目線の物言いに誰もがピクリと反応したものの、先ほど見せた王の強さに圧倒されそうになる。

 

 だが、ここにいるのは曲がりなりにも高額なエソを叩いて馬車を購入し、会場入りを果たした一級傭兵プレイヤーたちなのだ。威圧の効果は芳しくない。

 俺達が灰王カグヤ・モーフィアスに向ける視線は怯えでも、戸惑いでもない。ただ、純粋に楽しみの一言に尽きるのだ。



 いよいよ、ボスのお出ましだ。

 そう、高揚感に満ちていたのだ。


 灰王を見つめる視線の数々は、下手に仕掛ければ一撃でキルされかねない攻撃力を誇るボスだと語る。ただ、それだけでしかない。続いて持ち合わせる思考は、ならばどのように攻め込めば倒す事ができるのだろうか? どうすれば攻略できるのか。

 


 それが俺達、傭兵プレイヤーなのだ。



 姉やその仲間たちは、各々で目配せをしている。

 周りの傭兵プレイヤーたちも灰王の出方をうかがうように、武器や盾を持ちなおし、静かに立ち位置を変えたりしている。いわゆる、連携の取りやすいフォーメーションを組んでいるように見えた。

 好敵手を見つけた、その場の全員が闘志を巡らせていたのだ。



「あるれ、あれれ。神の血ってそんなにすごいモノだったかしら、だったの?」


 そんな張り詰めた空気をあっさりと裂くように、ミソラさんが灰王の前へフラリと出た。

 


「これはこれは、大空の守護者にしてエルフと魔人の賢徒、ミソラ殿ではないか」


 そんな彼女に、灰王は無表情で対応する。



「やぁはぁ、灰王くん。いや、全てを灰と化し、知力と神力の栄華を極めた『銀常国家ルクセンハーデン』を廃れさせた、廃王くんと言ったほうがいいのかしら? いいよね?」


「古き日の話ではあるな……」


 ミソラさんの言葉に、灰王の目が僅かに細められた。



「キミには確かに神の血が流れているわ、流れているよ。でも、半分は人間の血だ」


 クラン・クランの舞台、『ツキノテア』。この世界の覇権は、竜族から神人と呼ばれる者たちへと移った。たしかゲームの設定はこんな感じだったと思う。灰王カグヤ・モーフィアスは、舞踏会の開始時に自分の事を神人と公言した。では、ミソラさんと灰王の会話の流れから察するに、神人というのは『神の血』とやらを半分受け継いだNPCのことなのかもしれない。


「つまり、キミたちにも侵略者の血が、人間の血が流れているのよね? いるんだろう?」


 一見、質問口調であるが、これは確認だ。

 賢者の問いに灰王は無言を貫き通している。

 だが、灰王の意志の強さがうかがい知れる、その太い眉の下に光る双眸は鋭さを増していった。


「思い上がっているね、いるのかな。半神デミ・ゴッドの身でありながら、本当に神にでもなったつもりなのかしら? やっぱりそうなんだ?」


半神デミ・ゴット……それを言うならば、其方も定められた神々の系譜に属し、その末端に連なる者だろう」


 わずかに反発心を見せた灰王に、賢者は鼻で笑った。


「あるれ、あれれ。そかそっか……キミの能力は、わたしの名が系譜にある以上、わたしの考えまでは読み取れないのね、そうだったよ」



 よく分からない事を灰王に言うミソラさん。

 


「貴君はともかく、人間・・風情の考え・・など容易く読み取れよう」


 灰王は賢者に続いて小さく嗤う。

 ただし、目だけは笑っていない。


 俺もそうだが、ミソラさんは一体何が言いたいのだろうか。そんな疑問と警戒が合わさったような、目の色を灰王は浮かべていた。



「それって私たち相手・・・・・じゃ、予期できないって言っているようなものかしら、そうだよね」


 なぜかミソラさんが、こちらに片目をつぶって小さく笑いかけてくれた。

 ジョージと違って、見事なまでに可愛らしいウィンクに惚れぼれしそうになる半面、二人の会話の意味が全く読みとれず困惑気味でもあった。



「何が言いたいのだ……貴君はよもや……」


「あるれ、あれれ。まさか、私がキミと戦うとでも思ったかしら、思ったの? そんなことはしないわ」


 険呑な雰囲気を纏い始める灰王に対して、ミソラさんはひどく楽しそうに喋る。



「ならば、なぜ我が下等神兵フェミ・デウスたちを……」


「あれは、ちょっとした手違いだわ、手違いだよ」


 あっけらかんと、言うミソラさん。



「キミ達の力は十分に見せてくれた。確固たる強さだよ。その強さがあれば、人間族に妖精を売り渡した過去の所業は、二度と繰り返される事もないわ、なさそうだよ」


「ならば」


 灰王がミソラさんに何かを言いかけたが、賢者は王の台詞を遮り、自分の言葉を優先させる。


「でも、それは武力面でならそう判断できたけど、精神面はどうだろうか?」


 微笑をたたえる賢者に王は、ここで初めて表情を大きく変化させた。

 神人にしてミケランジェロの王であるカグヤ・モーフィアスが何かを思案するように俯いたのだ。



「寛容さ、か……」


 灰王が導き出した答えに、ミソラさんは得心がいったように鷹揚に頷く。



「さて、ここでキミが大人しく私が示す条件を飲んでくれるのなら、私も大人しく引き下がるわ、引き下がるとしよう」


 カツンっとヒビ割れた灰石の床を杖先で叩いた賢者は、王へと交渉を持ちかけたのだ。


「聞いてくれるかしら? 聞いてくれるよね?」

 

 灰王はまたも沈黙した。

 そして、王自ら持つ儀礼用の剣を一瞥し、その後ゆっくりとミソラさんの杖へと視線を移しそこに留めた。

 それは自身がふるう剣技と、賢者の放つ魔法、双方がぶつかり合った時どのような結果をもたらすのか、その行く末を予想するかのような素振りにも見えた。



「よかろう……申されよ。貴君の願いを聞き届けるかは、その内容次第によるが……」


「一撃」


 王の認可が下りたと見るや、賢者はすぐさま人差し指を一本だしてそれだけを言う。



「この子達が、一撃をキミに与えることができれば。今回はこの人間達を帰してあげるのはどうかしら? そうすれば、私も手出しはしないわ、しないよ」


「では、僭越ながら陛下の右腕であるわたしも参戦するのが道理ですな、ミソラ様」


 今まで石か置物のように気配を殺し、主と賓客の会話に口を挟むことなく、微動だにしなかったテアリー公がここに来て一歩前へと踏み出す。



 そんなテアリー公に、ミソラさんは大きな溜息を吐き、肩をすくめる。

 話の腰を折ってほしくないな、とでも言うように少女は不機嫌な声を上げる。


「もちろん、キミだけが相手をしてあげて。廃王、カグヤ・モーフィアス。キミ以外が戦うことを禁ずるわ、そうするよ」


 主君の力になるのが従者の役目。ならばここは、灰王と共にくつわを並べるのが重臣の御役目。それが当たり前といった、テアリー公の申し出をスッパリと賢者は切り捨てたのだ。


「し、しかし」


 禁止とまで、不遜な言葉を並べたてるミソラさんにさすがのテアリー公も怪訝な顔つきになる。


「テアリーの小僧っこ。なんなら、私が貴方を消してあげてもいいわ? いいんだよ?」


 三度、ミソラさんの杖が会場の床を小さく叩く。

 その音は別段大きいわけでもなかった。だが、王と賢者の会話の成り行きを静かに見守る俺達の間に、妙に深く響き渡った。



「……よいだろう。余が行く」


「し、しかし陛下……その状態のままで良いのですか?」


 テアリー公が、灰王に意味深長な質問を送る。

 その状態のままって……この時だけは各人のしがらみを抜きにして、会場にいる傭兵プレイヤーたちすべての心が一つになったに違いない。

 そう一つの懸念を抱いた。


 ……まだ、何かあるのか、と。



「それも、そうだな。このままでも人間如きにおくれを取ることはないが、一矢ぐらいはこの身に届きうるかもしれぬ」


 主従の会話を短く終えた灰王は、右手で持っていた儀礼用の大剣をおもむろに左手へと持ち替えた。

 そして、王へと注目していた誰もが気付いた。

 王の頭の上に表示されている文字が変化したことに。


灰塵王はいじんおう、カグヤ・モーフィアス』



 外見的な変化は何も見当たらなかった。

 そう思った矢先、右腕から灰砂のようなモノが渦巻き始めた。


 彼は変化を見せた腕を垂らし、対象的に左手を高く据えた。その手に握る見事な装飾が施された美しい儀礼用の大剣、その切っ先をミソラさんへと向けたのだ。



「一つ、貴君に問いたい」


「なにかしら」


「大空と妖精を守護する賢者殿が、なぜ人間の……」


 一拍ためた後。

 灰塵王の鋭利な眼光が、俺に向けられたような気がした。



「なぜ、かようにも其処なる男児・・に対して肩入れをする」


 深く、深く、息を吸い、次に灰塵王は天を仰ぎ見た。



「我らが天より命じられたのは、この眼でしかと人類の推移を見守ることだけのはずであろう。共存と交配、可能性を吟味するに足るかどうか、その研究対象だぞ?」


「キミはそうでも、それは私が与えられた権限の範囲ではないわ、ないよ」



 権限?

 なんの話をしているのだろうか。


 もしかしたら、クラン・クランでは各NPCに設けられた権限があり、その範囲が灰王よりも賢者さんの方が勝っている? もしくは広いってことが言いたかったのか?



「なるほど、そういう分岐ルートもあったな」


 得心がいったとばかりに、豪快な笑みを浮かべた灰塵王。

 その笑みが合図だったかのように、不意にログが流れた。




:限定クエスト発生:



:【クエスト名】賢者と灰王の妥協点:


:【クエスト達成条件】灰王カグヤ・モーフィアスに攻撃を一撃でもヒットさせる:

:【クエスト失敗条件】傭兵側の全滅:


:【クエスト報酬】生死問わず、クエストを受注した各傭兵プレイヤー、一人ずつに15万エソ:



:【ボーナス報酬】王に攻撃を当てた者にのみ、『先塵せんじんを切る反逆者』が与えられる:



:【クエスト発生条件】賢者ミソラの好感度が60以上の傭兵プレイヤーが灰王と相対し、敗色が濃いと判断された場合。一度だけ発生する:




「す、すげえぞ。この場にいる全員に15万エソとか、運営も太っ腹じゃねえか!」

「そうか? 馬車購入で俺達の懐が冷え込めば、市場にだって影響するだろ。現に武器や防具をしばらくは買う気が起きなかったしな。それの対応措置でもあるんじゃないのか」


「まぁまぁ、金が入るのなら純粋に喜んでおこうぜ?」

「金もそうだが、やっぱ目玉は称号『先陣を切る反逆者』だな」

「王に盾突くからに、反逆者ってか?」

「きっと特別な効果のある称号に違いないぜ」



 限定クエストに歓喜の声が上がる半面、クエストの発生条件に頭を巡らす傭兵たちのどよめきも広がっている。



「おいおい、この中に賢者ミソラと仲良しの傭兵プレイヤーがいるってことか?」

「NPCと親睦を深めるとか、そんなイベント聞いた事ないぜ」

「そもそも賢者ミソラってどこで会えるんだよ」

「NPCにも好感度って設定されてるんだな……」


 

 そんな群衆の声をかち割るように、少女の声が凛と鳴る。


「力を欲する人間たちよ、聞いてほしいわ! 聞いてくれるよね!」


 ミソラさんはそう叫び、彼女はいつの間に呼び出したのか宙に浮かぶ小さな雲に飛び乗った。

 そして空へと浮上していきながら、語りかける。



「私の事が知りたいのであれば、自らの力と機転で辿り着いてみることよ! 私の友人には、私の事を秘匿するように制限をかけてあるから。その約束が破られた場合、私は姿を消し、貴方達の探求は困難の極みに見舞われるわ! そうなるでしょう!」


 その発言に辺りは再び、シンっと静まりかえる。

 だが、すぐに傭兵たちは各々の見解を述べ始める。


「なるほどね……自力で発見しないと有効判定にならない類のモノなのかな」

「早い話が、他人の口から情報を仕入れても何らかの方法で感知するってか」

「クラン・クラン……厳しいです」


 うちのPTメンバーの三者も、納得顔をしながら俺の方へと向く。



「じゃあ、私の友人や妖精・・たちの事は頼んだわ、頼んだよ」


 最後に爆弾発言を落としていった賢者ミソラさんは、ピューンっと風のように大空へとその身を飛ばして去っていく。


 その小さくなる姿を眺めながら思う。


 俺に集中した視線への対応はどうしよう、と。

 正確には俺のショールを掴みながら、ちょろちょろと跳ねまわる小人たちをみんなが凝視しているのだ。


 周囲の傭兵たちが、何か俺へと言いかける雰囲気が膨れ上がって行くのを感じる。

 重圧にも似た無言の好奇心が、爆発寸前の風船が迫っているような感覚に陥りそうになった刹那。そんな懸念に囚われているのを、許される状況でもないこと傭兵プレイヤーたちはすぐに悟った。



「くるぞ! は、灰塵王はいじんおうの攻撃が!」


 誰かの叫びが、俺へと注いでいた視線を王へと移らせた。

 もちろん、俺も王へと急いで目を走らせる。


 彼は大きく左手に持った儀礼用の剣を振りかぶっていた。

 単純に、大剣を投げつけてきたのだ。


 だが、その投擲力は尋常でない程のパワーを誇っている事は明白だった。



 まず、灰塵王の前面に展開していた一人の傭兵プレイヤーがその凶刃の餌食となった。

 胸からもろに剣は突き刺さり、背中へと易々やすやす貫通した。そして、その剣の勢いはとどまらず、幾人もの傭兵を串刺しにしていく。


 5・6人が大剣に貫かれたまま剣が疾走しているのは串団子ならぬ、人間串焼きを連想させた。


 しかも最悪なことに、その恐るべき光の矢はこちらへと一直線に飛んできている。

 つまり、俺達目掛けて王の第一手が肉壁を蹴散らして迫ってきているのだ。



「まずいよ!」

「やばいな!」


 そんな緊急事態に気付いた夕輝ゆうきが叫び、盾を前面に構えた。

晃夜こうやは有無を言わさぬ動作で、俺を担ぎあげようとする。


「ちょっ、コウ!」

「間にあわないか!」


 そんな慌てふためく俺達の前に、赤髪の少年が不意に夕輝ゆうきの前へと踊り出た。



魔門破棄スペルチャージ解放リリース!」


 彼はファサッとマントを翻すと声高らかに、何かのアビリティ名を発する。



「聖火を灯せし射手しゃしゅよ、ともえなりとて討ち燃ゆれ!」


 続いて流暢に紡がれる詠唱。

 そこから問題文を解くのに必要とされる時間を、ノータイムで魔法発動へと漕ぎつけた人物は杖を両手に前へと構える。



豪炎弓・三つ巴イグニ・キュラス


 彼の杖から飛び出したのは、三本の煉獄をまとった1メートル大の弓矢だった。

 紅い爆炎をまとった矢達は、錐揉み回転をするように王の大剣へと真っ向から打ち放たれたのだ。


 王の剣と魔法の弓が、衝突するのにそれほどの時間は要しなかった。

 数瞬後、双方が見事にブチ当たり、小さな爆炎を発生させた。


 矢の威力が王の大剣の進行方向を大きく逸らした。だが、勢いはしばらくとどまることを知らず、数人の傭兵へと突き刺さり、ようやく石畳の上で激しい音を響かせながら動きを止めた。

 


 彼の発した魔法のおかげで、俺達は守られたと言っても過言ではない。

 


「なんか、詠唱から魔法発生までの速度が物凄く早くなかった?」

「あのスピードに合わせて、魔法の照準ターゲットポイントを調整できただと?」

「タイミングを把握し、魔法の特性を十分に理解して、さらに完璧な軌道予測ができなければ実現不可能な芸当だぞ」

「あいつ、何者だよ」



 灰塵王はいじんおうの初手を見事に叩き落とした傭兵プレイヤー、眠らずの魔導師グレン君は振り返った。そして、堂々とした佇まいで俺を庇おうとしていた晃夜こうやを押しのける。



 彼は笑顔を携えて、俺の正面に立った。



「うるわしの我が姫君、どうかこの戦いを無事に終えることができたなら、クラン・クランでもフレンドになっていただけないだろうか?」


 決戦を前に、すごくフレンドになれなそうなフラグをたてた台詞を、芝居がかった口調で語りかけてくる。

 そしてグレン君は、貴公子を真似まねたかのような動きでひざまずいた。



「どうか、御手おてを……」


 おもむろに右手をこちらに伸ばしてくるグレン君。


 ん、戦闘前に有用なアイテムでもくれるのかな。

 それとも素材か?


 サッと差し出されたその手を、まじまじと見つめるが何もない。

 


「……我が姫君よ。ボクの手を取り、フレンドの約束を」



 微妙に赤面しつつも早口で、よくわからない事を言ってくるグレン君。







 そんな彼の手を、急にミナがぺシっと叩き落した。






「キモいです」




 金髪少女がグレン君に向ける視線はひどく冷たい。

 

 やべーわ。

 ミナさんにこんな顔された日には、俺、死んじゃうかも。

 


 神官幼女のちっちゃな手によって弾かれたグレン君といえば、時がとまったかのようにポカーンと自身の手を凝視していた。



 そして、明後日の方向を見て、フラフラと立ち上がる。



「まぁまぁ、グレン君。そう落ち込まない」

「早い話が、チャンスはまだある」


 そんな彼に夕輝ゆうき晃夜こうやがなぐさめを入れている。

 だが、グレンくんは「そんな事を言えるのは、既にキミ達が姫君とフレンドだからこその余裕だろうがぁああああぁぁあああ」とむせび嘆いていた。



 そ、そっか。

 すばらしい中二病の才能がある……いや、痛々しい中二病を患っているグレン君は、俺とフレンドになりたかったのか。


 うんうん、別に俺は中二病ぐらい気にしないよ。



「え、えっと……その、フレンドぐらい別に……」



 俺がテンションガタ落ちのグレン君に、遅ればせながらフォローの言葉を入れようとした直後。



「天使さん、ボクもフレンドいいですか!」

「天使さま、俺もいいでしょうか!」

「あっしもフレンドなりてえぜ!」

「嬢ちゃんとフレになっておけば、色々楽しそうだしな!」

「俺もだ! キミ、ミソラさんの友達なんだって!?」

「ばか! それは言えねえ約束だろう!?」

「攻略サイトぶっ潰す運営だぞ! 天使ちゃんが誰かに言ったのを目ざとく調査するかもしれねえ!」

「それで賢者ミソラと会えなくなったら、てめえの責任だかんな!」

「と、とにかくボクともフレンドに!」


「マジでガチで俺とフレンドしくよろ!」

「あ! 抜け駆けは許さねえぞ! 天使ちゃん、俺ともフレンドに!」

「ふぉっふぉっ。若者たちよ、まずは老人を敬い優先するのが上策ではなかろうか?」


 

 幾人もの傭兵プレイヤーたちがドッと押しかけてきた。

 ミソラさん効果、恐るべし。


 さすがのミナもこの勢いには驚いたのか、俺の腕にキュッとしがみついてくる。


 

「わっ、ちょ、えと……」


 しかし、背後にいる姉がコホンと咳払いをすると、サっと人垣が一歩引いた。ふりかえれば、目をこれでもかというぐらい細くして、周りを静かに威嚇していた。



「ふあおおぉおおおおん!」


 グレンくんの悲しみ帯びた遠吠えが響く。

 それに続き、王との戦端をとっくに開いていた前方の傭兵プレイヤーが苦戦を示した。


灰塵王はいじんおうくそつえええ!」

「うぉおぉおお! やべえぞおお!」

「誰か、助けっ」

 

 戦うべき相手の事を一瞬でも忘れていた、周囲の傭兵プレイヤーたちがその悲鳴にハッとなる。




 大丈夫なのかな、傭兵プレイヤー側がこんな状態で。

  


 灰塵王を忘却の彼方へと飛ばし、俺へと集った傭兵プレイヤーたちには少し呆れてしまう。それほどまでに賢者ミソラさん効果が凄いとは。


 ……ほんとに賢者ミソラさん効果だよな?



 じゃなかったら、ロリコ……。


 いや、そんなはずはないだろう。

 そしてこれ以上は考えてはならない領域だ。


 歴戦の傭兵プレイヤーたちを前にかぶりを振る。




 最終決戦を前に、なんとなく俺は大きな溜息をついてしまったのだった。








◇◇◇

あとがき


新作始めました!

読者さま参加型の選択肢によって物語の進行が変化します!


『異世界YouTuberは【アンチ殺し】で無双する~俺が配信すると現実がファンタジー化するとか聞いてない~』


もし気になりましたら――

お読みいただけたら光栄です。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る