56話 戦場に舞う天使


「緑の煙を切り裂く?」


 一通り作戦を言い終えた俺へ、姉が疑問符を浮かべる。


「そうだ、姉。俺がミナの魔法で、傭兵プレイヤー達の上空を飛び回って緑の煙を落とす。煙が十分に広がったら、4秒。4秒たったら、その煙を消し飛ばして欲しい。姉ならできる?」



 たしか、姉は緑魔法、いわゆる風魔法スキルと双剣を自在に使いこなす『風の狩人シン』と恐れられていたはず。

 煙を切り裂くことぐらい、朝飯前だろう。そんな期待を込めて、お願いをする。


「できないことはないけど……何回だ?」


 おそらく、MPの事を気にしているのだろうか。

 俺は無言で姉に『森のおクスリ』を5個ほど、渡しておく。


「これは……太郎、これはなんだ? なぜMP回復アイテムが存在する……しかも三回も使用できる?」


 漆黒のポニーテールが驚きによって揺れた。

 俺に渡されたアイテムをまじまじと眺め、姉は俺に詰め寄ってくる。


「ゴミスキルから生まれた、アイテムだよ」



 そんな姉に、得意げな笑みだけを返しておく。

 今は戦場だ。詳しく錬金術の事を語る時間はない。

 

「そ、そうか……しかし、太郎の考えた案でいくしかないのか……?」


 俺の態度で察したのだろうか。姉は軽くフゥと息を吐き、肩を降ろした。

 その目が、今は聞かないでおいてやる、と語っている。



「太郎、『妖精の舞踏会』の後に家に帰るとは言ったが。これは……聞くことが増えたようだな」


 そうだった。

『妖精の舞踏会』が終わったら、一度俺の住むマンションに姉が来てくれるんだった。


 錬金術の事を話すのは楽しいからいいけど、女体化の件を話すのは気が重い……。しかも、まんま少女姿で直接のご対面だしな。



「姉に……そんな余裕があったら、話してあげる」


 うん、どうせ錬金術の話なんて忘れてしまうだろう。


「言ってくれるな弟よ。余裕のなかった姉など今まであったか?」


 ピンと背筋を伸ばし、右手を腰に当てる姉はさまになっている。

 どこに出しても、恥ずかしくない女優。いや、キリリとした風情は物語の絵本から飛び出してきた姫を救う王子役そのもの。


 でも。

 俺が幼女になった姿を目にしたら、姉はきっと動揺するだろう……そして、態度が変わってしまうかもしれない。胸に差し込む不安を蹴散らすように、俺は姉へと正面から向き直る。



「トムとジェリーさんが敵と応戦し始めたら、心配そうな顔して余裕がなさそうだったよ。それと小5の時、バレンタインに作ったチョコが割れたときも余裕なんてなかったよね」


 姉をからかい、イタズラに成功した悪ガキのような笑みを無理矢理にする。そんな俺の発言にいち早く反応した人達が、興味津々そうに身を寄せてくる。


「「その話、くわし、ごおしゃういっはっグハぁああっ」」


 俺の話に食いついてきたトムとジェリーさん。その二人は、姉によって殴り飛ばされてしまう。



 そんなやり取りに、思わずクスリと本物の笑みがこぼれてしまった。


「おい、太郎。覚えておくんだな……」



 と、般若はんにゃの声を意図的に無視し、俺はジョージ、ミナ、晃夜こうや夕輝ゆうき、グレン君へと振り返る。



覚悟はきまった。



「じゃあ、いってくる」


 作戦も決まった。

 あとは決行するだけだ。


「天使ちゅわあんっ地上は任せてぇン!」

「タロ、矢には気を配るんだよ。空中はやっぱり目立つからね」

「早い話しが、遠距離攻撃全てに注意しろ」


「天士さまとわたしなら……できます!」


「我が姫、どうかご無事で。何かあれば我が炎が貴女をお守りします。ご安心を」


 各々の返答に、俺は深く頷く。



「あはは。じゃあ姉の守りはお願いするよ、みんな」


 そして、ショールに捕まる風妖精たちに語りかける。



「風妖精さんたち、お願い」


 俺の意志にそって、風妖精の突風が背中を、身体を空へと押し上げる。

 風圧が顔や身体のあらゆる所にのしかかる中、MPが3消費されたことを念頭にいれておく。

 1回の突風ごとに、どれだけのMPが消費されているか把握しておくのは大事だ。



「太郎っ! わたしはまだその作戦に賛成した覚えはないぞ!」


 飛び上がった俺に気付き、姉が慌てた様子で下から叫ぶ。


 だが、今更ほかにいい作戦は思い浮かばないだろう。

 だから、俺はそのまま王に近い場所で戦っている傭兵プレイヤーたちの頭上めがけて軌道修正を計りながら、姉へと叫び返す。



「姉、頼りにしてるよ!」


「まっ!」


 抗議の声に被せるように、続けて声を張る。


「ミナ! 頼んだ!」


「はい、天使さま!」


 ミナがMPの最大値を上げる『蒼き琥珀種ブルメラシード』を飲むのを目にした俺は、進むべき先を見定める。

 それは舞踏会場の各場所に置かれていた、豪華な料理が乗った丸テーブルだ。

 その着地地点・・・・めがけてフワリと滑空する。


 思惑通り・・・・、その丸テーブルがサッと浮きあがったと思ったら上昇してくる。

 その高さ3メートル。


 高度もバッチリな事ながら、タイミングも絶妙だった。

 ナイスだミナ!


 内心で、このテーブルを浮かせてくれたであろう神官少女に感謝の言葉を叫び、俺はそのテーブルを足場にする。そのまま踏ん張り、さらに跳躍していく。



 そして、ミナが次に浮かせるだろうテーブルの真上目指して、その身を浮かせる。

 

 このテーブルが浮かぶ現象は、ミナが発動している魔法によるものだ。




 緑魔法スキルLv4で習得するアビリティ、『上昇気流ステップアップ』。


 対象が自分から半径8メートル以内にあるならば、その対象を2~4メートル浮かせることができる魔法だ。物体にしか効果のない魔法ではあるが、ダンジョン内での重い岩などをどかす作業に適した、地味に使える魔法でもある。1回につきMPを9消費するため、MPが15しかなかったミナは、これを1回でもつかってしまえば、『小さな灯ファイア』が1回しか使えなくなってしまう。そのため、今まで使用してこなかったようだ。だが、最大MPを一時的に増やせる『蒼き琥珀種ブルメラシード』を開発してからは、この魔法と俺が装備している『空踊る円舞曲ロンド』の相性が良いのではと気付いたのだ。重力六分の一の俺が、ミナが浮かせた物体の上を足場にして、次から次へと飛び移るといった練習をしてきたのだ。



 風妖精たちがついている今、彼らの突風という力に頼って移動するのも良いのだが、とっさの攻撃を空中で回避するには、風妖精たちの力が必ず必要なのだ。だからこそのMP節約。



 そうして戦場を飛び舞う俺が、ふと下を見れば。姉達が襲いかかってくる傭兵プレイヤーは蹴散らし、諦観する者はスルーといったスタンスで、一定の距離を俺から空けながら付いて来てくれている。



 ミナが浮かせてくれた4つ目のテーブルを力強く蹴り、風妖精たちにお願いする。

 ここで温存していたMPをまた使わせてもらう。


 さらに上空へとこの身を飛翔させる。

 そして、狙いを定める。王の周囲を警護する下等神兵フェミ・デウスと、傭兵プレイヤー達が小競り合う地点。言い方を変えれば、誰が王へと到達するか争いを続ける傭兵Pvs傭兵Pが最も激しい箇所へ、『フワモク玉』を三つ落とした。



 『ふんわり綿草色フラッフィ・リーフグリーン』と『ケムリ玉』が織り重なってできた、緑色の煙がまたたく間に激戦区へと充満する。



 その煙がもたらす効果、範囲内にいる存在の重さを軽くする他、傭兵プレイヤーのみかかる重力がニ分の一になるという、綿のようにフィールドをふわふわとうろつくモンスター、モフウサ疑似体験よろしくなアイテムが彼らに甚大な被害を及ぼす。



「な、なんだこりゃあ!」


「攻撃、できねえぞ!」


「ちぃっ、遠ざかるな!」


「お前が逃げるんじゃねえ!」



 そう、突如として己の身にかかる重力が軽くなれば。

 当然、その身体がふわりと浮いてしまう。


 それが武器と武器かぶつかり合う瞬間だったなら、その衝撃と反動を吸収するはずの足元は、容易に浮足立つ。

 

 連続する近接攻撃は不可能。

 魔法使いには全く意味のなさない現象だとしても、己の身が軽くなれば多少は動揺するもの。


 そして、視界を埋め尽くす緑の霧。

 動揺しないわけがない。



「この緑の煙のせいか!?」


「ふざけんな! 戦いづれえ!」


「またコレか! さっきも急に出てきたけど、なんだこれは!」



 動揺は一瞬。


 その緑の煙をニ刀両断する勢いで、かき消す人物が現れた。



 二本の双剣を×印に振り下ろしたかと思えば、その剣先から踊る豪風が、混乱を招いた煙を一瞬にして吹き飛ばしたのだ。

 

 姉だ。




「うお……なんだったんだ今の……」


「おい、あれ『首狩る酔狂共』じゃねえか?」


「また、最前線に戻って来やがったか……」


 一瞬の静寂から、チラホラとざわつきが戻り始めた刹那。

 俺は空気を目一杯肺へと吸い込み、そして吐き出した。



「戦ってください!」



 下にいる傭兵プレイヤーたちめがけて、大声をふりしぼったのだ。

 彼らの頭上から。



 妙にふわつく煙が蔓延し、戦いを一時中断させられたかと思いきや、一瞬でその緑の霧は消失。そして次に、空飛ぶ少女、俺の登場だ。



 誰が何と言おうと、この方法は目立つ。

 そして誰もが、何だ? と疑問に思うだろう。


 それが俺の狙いであり、情報を伝達する上で、最大の効果を発するデモンストレーションだ。



「な、なんだ!? あの子」


「空から舞い降りた、天使?」


「あ、天使ちゃんだ」


「たしか、『首狩る酔狂共』と一緒にいた女の子じゃないか?」


「え、じゃあ傭兵プレイヤー? でもなんか小人みたいのが、後ろで飛んでないか?」



 俺を見上げて口々に疑問の言葉を発する傭兵プレイヤーたち。



 だが、そこで神兵デウスと剣を交えていたであろう傭兵プレイヤーの絶叫が響き渡った。


「ぐおおおおお」

「たたかい、づれえ!」

「さっきの煙のせいで、前衛が何人かやられたぞ!」



 その声を無視して俺は再度、叫ぶ。



「戦ってください!」


 同じ言葉しか吐き出さない俺に、傭兵プレイヤーたちはどよめく。



「なんなんだ、あの天使は……」


「NPCなのか?」


「戦えって……言われなくとも、戦ってるよなぁ」


「そうだ、続きをやろうぜ。おれはてめえが許せねえ」


 またも、傭兵Pvs傭兵Pを始めようとする傭兵プレイヤーが動き出す前に、俺は口早で眼下の傭兵プレイヤーたちへと訴えかける。



神兵デウスと戦ってください!」



 煙を割って、少しずつ落ちていく俺を一同は唖然と見上げていた。

 何言ってるんだ、コイツは。そう言いたげな顔を、誰もが俺に向けていた。



神兵デウスに負けたら装備を一つ奪われます!」


 それなら、装備を切り替えればいい。取られても問題のない装備に。

 そう言いだす人達は必ずいる。だから、先制して立て続けに頭の中で考えておいた口上を述べていく。


「取られても問題のない装備をつけて、勝てる相手なのですか? みなさんの周りにいる傭兵プレイヤーは、それほど余裕を見せて戦える相手なのでしょうか! そもそも、そんな手抜き装備では、王どころか下等神兵フェミ・デウスにすら勝てません!」



 傭兵プレイヤーたちは手に握っていた武器を一旦おろし、付近の傭兵同士で顔を見合わせ始める。



「みなさんで、協力して下等神兵フェミ・デウスと戦ってください!」


 困ったような表情を浮かべた彼らに、俺は一気にたたみかけようと喋り続ける。



下等神兵フェミ・デウス傭兵プレイヤーのステータス差はかなりあります。神兵デウス一人を倒すのに傭兵プレイヤー3人が協力する必要があります!」



「中ボスクラスか……」

「だが、王付近を抑えてる奴らは割と余裕そうじゃねえか?」


 それは、剣を交えている王付近の下等神兵フェミ・デウスが、大盾を駆使した防戦主体の戦法だからだろう。


 だが、今はそこを細かく指摘している場合でもない。

 突如として空から出現した少女おれに、興味を失い始める傭兵プレイヤーが出てくるかもしれない。



 話を聞いてくれなくなったら終わりだ。

 そうなる前に要点だけでも伝えなくては。


下等神兵フェミ・デウスの数はおよそ80! 対する傭兵プレイヤーの数が200以下です! このままでは王に到達する前に全滅です!」


 明確な数字を出して、危機感を煽る。


「その数、本当にあってるのか?」

「信用していいのか?」

「あーでも、天使ちゃんは空から数えたのかもしれないな……」

「なるほど」


「じゃあ、傭兵同士なかよく神兵デウスと戦えってか?」


「おいおい、王を倒した傭兵団クランがミケランジェロの支配権を握れるんだろ?」


「今更、協力するっていったって報酬の配分はどうなるんだよ」



 俺の言葉を一応は耳に入れてくれた傭兵プレイヤーたち。しかし、この戦いの根底にあるものは報酬の争奪戦。だから、神兵デウスが迫っている状況下で傭兵PVS傭兵Pが勃発し続けている。

 


 傭兵同士が協力したとして、その先にある報酬はどうなる。

 どうする。


 都市の支配者となった傭兵団クランが現れたとして、その恩恵に他の傭兵団クランは関われるのか、協力の条件としてその旨みを共有するという約束を交わす事ができたとしても。こんな場面での口約束が守られる保証もない。そもそも、そんな約定を交わしている時間もない。



 支配のシステムにしたって、実際にどこかを統治している傭兵団クランが既にいるわけでもないから、どんなものなのか具体的にはわからない。


 

 まったくの未知なのだ。


 そう、今、この時点で彼らを説得できる程の材料を俺は持っていない。

 だけれど、このままでは俺たち傭兵プレイヤ―に残されているのは全滅の道のみ。

 


 わからない。わからないことだらけの、この世界で俺達は今、死闘を繰り広げている。そして、俺は最弱ステータスであるにも関わらず、自分のもてる全てをなげうって、こんなにも大勢の前で自分の考えや主張を無謀にも伝えようとしていた。

 

 それは何故か。



 疑念と困惑、非難の視線が無数に俺へと突き刺さる中。

 俺が持ち合わせていた感情は一つ。



 おもしろい、からだ。


 

 こんな経験は、クラン・クランをプレイしていなかったら一生訪れる事がなかったかもしれない。


 だから、報酬はどうなる? という疑問へ、俺は笑顔を浮かべながら本心で答える。



「報酬配分、報酬はわかりません!」


 あまりにも無責任かつ自由な返答に、またもや傭兵プレイヤー達はポカンと口を開ける。



「未知です!」


 おい、話にならねえじゃねえか。

 そこかしこで、ヒソヒソと呟き始める傭兵プレイヤーたちにめげずに、俺は妖精達にお願いする。


 妖精たちは俺の意を組んで、クルクルと回転するようにゆっくりと風を吹かせて上昇させてくれた。

 


「妖精たちとこんなに仲良く、空を飛べることも未知なるものでした!」


 この発言とヒラヒラと舞う俺の行為に、今更ながらハッとする人々。



「わかりきったものがそんなに楽しいのですか!? 約束された利益を保証されて、戦いを挑む。それが冒険なのですか!?」


 冒険の先が、誰かがまだ踏破していない未知の領域だから。まだ見ぬフィールドだから。まだ知らぬアイテムや武器が眠っているから、未だに相対した事のないモンスターがいるから。



 ワクワクするのだ。



「私達が求めてきた未知の冒険は……確かな結果や情報を元に、回収するだけの作業だったのですか!?」



 情報が流出し、わかりきった世界。

 作業ゲーになりがちなゲーム達。



 でもクラン・クランは未知との遭遇こそを主題とし、それを自由と謳い、全ての攻略サイトを閉鎖させるという力技を運営がわざわざ行使している。


 攻略サイト、攻略本付きの世界じゃ物足りないから、みんなクラン・クランに惹かれたんじゃないのか。


 何でもアリで、リアルに息づき、変化しうる世界だからこそ。



「もし、ここにいる傭兵団誰かがミケランジェロの支配権を獲ったのなら……」



 両手を広げ、朗らかに微笑む。



「奪えばいいのです!」



 支配権を奪えるシステムがあるかなんて知らないけどね!

 もう、わからないって前置きはしてるし、適当なことを言ってるのはわかってくれているだろう。



「このままでは……最後に残った者が、下等神兵フェミ・デウスたちに装備を剥奪されるだけの余興になります!」



「確かに、そうだな」

「ここは後先考えずに協力するか?」

「マジ後先考えず、ガチで今を楽しむ。マジでいいんじゃね?」


「支配権なんて後でぶんどり返せばいい。傭兵らしいじゃねえか」

「戦いが終わり、また次の戦いがくる。胸が躍るな」


「こんな老骨ですら、高揚感がおさまらんのじゃ。若い衆も気合いをいれるのじゃぞ」

「あんなちっちぇえ子が身体張ってるんだ。ここは同盟といこうか」


 

 口々に俺の意見に賛同してくれる声が、さざ波のように最前線へと広がって行く。



 そんな様子を見て、自然と挑発的な笑みが浮かんでしまう。



「敵は傭兵プレイヤーにあらず!」


 そして、場の空気が変わった事を確信した俺はしっかりとお願いを言葉にする。



「もう一度、言います。神兵デウスたちと戦ってください!」




「装備を奪われるためだけに、ここに来たわけじゃないしな」

「馬車とか、高かったもんな!」

「獲られるだけのイベントとか、最悪だぜ!」


「うおおおおおおお! 妖精を引き連れ、空から舞い降りた天使様!」

「天使ちゃんのお願い、聞き遂げるぜ!」

「天使さん、お名前はなんていうんでい!」


 鬨の声? が怒涛の勢いで戦場を揺るがす。

 その昂ぶる戦意を肌でひしひしと感じ、緊張しながら見守っていたであろう『首狩る酔狂共』の人達や、PTメンバー、特にミナへと頷く。



「戦場は広いです! 私はこの事を全ての傭兵プレイヤ―に伝えにいきますので! みなさんの健闘を祈ります! 私が王戦に間に合ったら、一緒に戦わせてください」


 俺が言い切ると、ミナが少し離れた丸テーブルへ魔法を発動しようと詠唱を口ずさむ体勢に入っていた。



「おう! 任せておけ!」

「がんばれよ! こっちはこっちで頑張るからよ!」

「待ってるよ、天使ちゃん!」


「天使ちゃんがくる前に、王のそっ首、切り落とさないように気をつけなくちゃいけねえなぁ」


「やっちゃってもいいんじゃね?」



 頼もしい傭兵プレイヤーたちの言葉を背中に受け、俺はミナの浮かせてくれたテーブルへと舞い上がる。

 次なる場所せんじょうへ、荒くれ者の傭兵たちに協力を求めて。





「天使ちゃんの言う通りだ!」

「三対一なら下等神兵フェミ・デウスにも渡り合えるぜ!」

「同盟だ! 今はとにかく生き残るために力を合わせるしかないんだ!」


 下等神兵フェミ・デウスによる包囲の輪を徐々に縮められ、止まらない傭兵v傭兵で苦戦を強いられていた舞踏会場、外周部の傭兵プレイヤーたちは割と簡単に俺の声を聞いてくれた。


 もちろん、『フワモク玉』で緑煙を発生させ、一時強制的に戦闘を終了させるという段取りを省く事はできなかったけれども。


 最前線以外は、本気でミケランジェロの支配を目論む傭兵プレイヤ―は少なく、むしろ下等神兵フェミ・デウスや他の傭兵プレイヤーにキルされないように立ちまわっていた傭兵たちが多かったようだ。



「天使さまが見てる前で、不甲斐ない姿を見せられるかよ!」

「俺達に続けえええ!」

「魔法や遠距離攻撃は、近接で戦ってる奴らに当てないように気を付けるんだ!」


「やべえ! 突破された!」

「フォローいく!」

「天使さまに下等神兵フェミ・デウスを近づけるなよ!」


 いつの間にか、外周部の傭兵プレイヤー達にとって俺は旗頭にされているらしく、多くの視線が上空を無防備に漂う俺に集まっていた。


 下等神兵フェミ・デウスはそんな俺に狙いを定める暇もなく、一致団結して抗戦をし始めた傭兵プレイヤーたちとの戦闘に追われていた。



 もともと外周部を囲んでいた下等神兵フェミ・デウスは、広範囲に配置されていたため、王付近で戦闘を広げている下等神兵フェミ・デウスのような密集隊形ではない。

 つまり、その包囲網は一人の神兵デウスを倒せば、容易に突破することは可能だったのだ。



「みなさん、がんばってください!」



 俺の声援に、野太い野郎共の声が応える。


「「「うおおおおおおお!」」」


 ぶっちゃけて言えば、ほわーんとみんなの上を適当に浮かんでエールを送るだけの俺は困惑していた。



 俺だって地上へと降りて参戦するか、もしくは上空から何か援護らしきものをしたい。だが、唯一の遠距離攻撃アイテム『打ち上げ花火(小)』は残り三本しかないので、ここぞという時のために取っておいてある。


 まさか、効果的にも邪魔にしかならないケムリ玉各種を、地上へとポイするわけにもいかない。



 つまり、空からみんなの死闘を眺めるだけの役立たずである。



 が、なぜか下等神兵フェミ・デウスと激闘を繰り広げる傭兵たちの士気に大きく関わっているような気がしてならないので、声を枯らさんばかりに応援を送る。



「がんばってください! あ! あそこから下等神兵フェミ・デウスが一人、来ています!」


 俺が指さし、下等神兵フェミ・デウスが数人の傭兵プレイヤーを吹き飛ばした箇所を素早く示す。上空からの状況把握、これが俺の役割ロール。そう言い聞かせて、みんなに危機を知らせる。



「おおう! ベンテンスの野郎たち、やられやがったな! おれたちで押し返すぞ!」



 こうして、下等神兵フェミ・デウスVS傭兵プレイヤーの図式が、激戦と共に幕を開けていった。





「ダ、ダメだ……これ以上は押し込めねえぞ!」


 外周部の神兵デウス掃討は順調かに思えたが、奴らの強さは桁違いだった。

 

 あらん限りの抵抗をして、下等神兵フェミ・デウスを何人も倒していった。

 それでも、それ以上の被害を傭兵プレイヤー側は被る他なかった。



「ぐっ、かわせねえっ」

「マジでマジのやばいっしょ! マジヘルプ!」

「若いくせに、すぐ根をあげるでない。情けないのぅ」


 

「よしきゅん! 外周部の下等神兵フェミ・デウスは21人よ!」

「えったん! こちらは60人、いないふぉぉおおおうう」


 エリナさんとヨシオさんの叫び声が戦場にこだます。

 ヨシオさんがお尻のあたりを下等神兵フェミ・デウスにチクリとされて、キルされたようだ。

 

 その必死な形相を目撃して、ネト充ざまぁ、とか純粋に喜んでいられる場合でもなかった。



 あんなに多くの人々がいた会場も、傭兵プレイヤー側はすでに60人未満にまで数を減らしていた。

 対して、王がいる側へとこちらを攻め立てる下等神兵フェミ・デウスは20人前後は残っている。


 これだけを見れば、こちらの数は3倍いるので、勝ち目はあるかもしれないと希望を抱けたかもしれない。

 


 だが、しかし。


 灰王カグヤ・モーフィアスが座す場所、奴の警護をする下等神兵フェミ・デウスは鉄壁の守りを誇り、ほとんど数を減らしていなかったのだ。


 つまり、下等神兵フェミ・デウス約50人に対し、傭兵側も60人前後というわけだ。

 三倍の数をこちらは必要とするのに、この状況は絶望的だった。


 傭兵プレイヤー達が協力するといっても、それは即席の連携での応戦。

 これが当然の結果と言えば当然かもしれない。



「魔法スキル持ってるやつ、あのクソッタレな神兵デウスの集団に一発でかいのぶっかましてくれ!」


「生き残った魔法使いが少なすぎる! いてもMP切れだ!」


 既に俺は空中にいるのを辞め、戦場を自分の足で駆けずり回っていた。MP回復アイテムを色々な傭兵プレイヤーへと使うために。

 空からの戦況報告を通達する必要性がなくなるほど、地上にいても傭兵プレイヤー全体が見渡せる。つまり俺達はそれほどまでに数を減らしていた。



「MP回復まで持ちこたえてくれ!」


「これ、のんでください!」


 前衛へと嘆願する見知らぬ魔法使いの傭兵プレイヤーに、手早く『森のおクスリ』を手渡す。


「な、なんだこりゃあ……ありがてえ」


 俺が空中にいられるのは、風妖精たちがとばしてくれるからであって、それにはMPを消費する。自分がMPを使うより、他の強い傭兵にMPを回したい想いで必死に走る。

 それが今、俺にできること。

 


「ぐっ、回復をだれか頼む!」


 HPがレッドゾーンに入った傭兵プレイヤーは、後方で控えていた傭兵プレイヤーと入れ替わるようにこちらへと下がってくる。このようにスイッチをし、これ以上俺達の数を減らさないように精一杯の努力はしている。


 だが、下等神兵フェミ・デウス傭兵プレイヤーが協力体勢を取った当初は個々で戦っていたのに、いつの間にか神兵デウス同士で固まるようになり、傭兵プレイヤーたちを圧倒してきたのだ。



 俺は『翡翠エメラルドの涙ポーション』をどばどばと、言葉もかわしたこともない傭兵プレイヤーにかけまくる。



「天使ちゃん、さんきゅ! っしゃあ、行ってくるわ!」


「がんばってください!」



 額にこぼれ落ちる汗をぬぐい、俺は死地へと赴く傭兵プレイヤーを笑顔で送り出す。

 もう何度、こんなやり取りをしたかはわからない。おかげで、複数人を一気に回復できる『結晶ポーション』は底を尽きている。みんなも戦闘による緊張と疲労がたまってきているのか、動きが心なしか鈍い。


 だが、決して誰も『もうダメだ』と言い出さない。


 

 なんとか、ギリギリの状態で戦線を維持していると言ってもいい状態なのにだ。


 みんなが踏ん張っているのだから、言い出しっぺの俺が挫けるなんて許されない。俺は元気よく笑顔をふりまいて、周囲を鼓舞し続ける。


「まだ、俺達は戦えます! HPやMPが少なくなった方は、俺の方に来てください! 回復します!」



 それでもジワリジワリと追い詰められていってるのを実感せざるを得ない。

 俺の手持ちのアイテムも残り少なくなってきているのだ。


 そんな焦りに身を焦がしていると、不意に晃夜こうやが俺の肩を叩いてきた。


「おつかれさん、錬金術師殿」


「おう、そっちこそ良く踏ん張ってるな」


「はん、レベル4のお前が必死になってるんだぜ、当たり前だろうが」


「ははは、レベルの事を言われると痛いな」


 乾いた笑い声をあげる俺に、晃夜こうやはメガネをクイッと持ちあげる。

 親友の眉間には小さな皺が寄っていた。

 

 おそらく、俺の様子から手持ちの回復アイテムが枯渇しそうになっている事に感づいたのだろう。



「切迫した状況で、更に不安を煽るような事を言いたくはないんだがな……」


 晃夜は不意に視線を切り、上空へとその目を向けた。


「タロ……あんなに大きくてドス黒い雲なんて、あったか?」


 晃夜こうやに続いて俺も空を眺める。

 隣で、夕輝ゆうきとミナも顔を上げたようだ。



 晃夜こうやに言われて、空を仰いだ俺の目に映ったモノは、ありえない程に真っ黒な雲だった。それは、相当高い位置に存在するにも関わらず、みるみると膨れ上がっていき、数瞬のうちに俺達の視界を閉ざすように、空を覆い尽くす程の大きさになっていた。



「え、何アレ……なんか、やばそうなんだけど」


 その漆黒の塊が一瞬、白い光を帯びたと思った瞬間。


 鼓膜が破裂するかと思うほどの大音が、脳を揺さぶった。

 ついで、眩い光があたりを支配し、見えるモノは全て白一色になった。同時にドンッドンッと連続音が鳴り響き、それに呼応するように地面が揺れた。



 思わず、恐怖と驚愕で目を瞑ってしまう。


 キーンっと耳鳴りが響き、しばらくすると辺りは異様な静寂に包まれた。



 空が黒くなったと思ったら光が走り、爆音と地面の揺れ。

 まさに天変地異でも起こったと錯覚するほどの迫力があったのは間違いない。


 俺はおそるおそる、何が起きたのかを確認するために、ゆっくりと閉じた目を開けていく。

 


 すると最初に目に入ったのは、傭兵プレイヤーたちが呻きながら倒れている光景。

 だが、その身体には傷一つない。


 俺と同じで、先ほどの現象に驚いて身を伏せたのだろう。



 そして、こんな無防備な傭兵おれたちを襲ってこないなんて、下等神兵フェミ・デウスは何をしているのかと疑問を抱く。しかし、その答えはすぐに見つかった。正確には見つけられなかった、と言った方が正しい。なぜなら、さっきまで下等神兵フェミ・デウスたちが確かにいたはずなのに、彼らは消えていたのだから。下等神兵フェミ・デウスが立っていたであろう地面は深くえぐられており、黒い炭のようなモノだけが残っている。傭兵プレイヤーたちを見事に避けるように、まるで下等神兵たちだけを狙ったみたいな痕跡。そこまで視認して、どこか焦げ臭い匂いが漂っていることに気付く。



「うぅ……なんだったんだ、今のは……」


 ガチャリと音を立て、尻もちをついていた体勢から、夕輝ゆうきが剣を地面に突き立てる。自らの剣にすがるように中腰になって、俺と同じように周囲を伺う。



「落雷……雷が落ちた? す、すごい数だよね……」


 しわがれた声で、夕輝ゆうきが推測をこぼす。


 

「そうか、雷だったのか……」



 俺は無意識のうちに、戦場の上を席巻する暗雲へと視線を向ける。

 きっと、こんな大それた魔法を使えて、下等神兵フェミ・デウスを一掃することができる人物なんて、俺が知ってる限り一人しかいない。



 大空の蒼さをその綺麗な髪色に宿した、とんがり帽子をかぶった魔法少女。



「あるれ、あれれ? 間違えて・・・・雷蒼の逆鱗トールン』、落しちゃったみたいだわ、みたいだね」



 俺の予想に反して、彼女は空から派手な登場をすることはなかった。


 すでに地へと足を付け、目の前を悠長に歩いていたのだから。

 その足取りは軽く、ちょっと散歩しに来ましたと言ったていだ。


 そして、すぐそばに転がっていた小さな石ころを楽しそうに蹴飛ばし、俺へと微笑んでくれる。



「タロちゃん、大丈夫かしら? 大丈夫だよね?」



傭兵200人おれたちが必死になって交戦していた下等神兵フェミ・デウスを、一瞬にして消し炭に変えた魔女。



 賢者ミソラが、杖を片手に現れた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る