55話 戦力差


「ユウ……コウ、ミナ。このまま乱戦が続いたら、俺達はどうなる?」


 傭兵プレイヤー達が入り乱れる戦場で、俺達四人は集まった。

 そして四方を警戒するように互いの背を合わせながら、周囲を見渡している。


「そうだね、いずれは全滅かな? ここにいる傭兵たち強い人ばかりだし」


「なぜか、ちょっかいを出してくる輩が少ないようだけどな」


 夕輝ゆうき晃夜こうやがチラリと俺に視線を配り、すぐに逸らした。

 微妙に気になる仕草ではあったが、ミナが腕にひっついてきたのでそちらにビクついてしまう。



「わたしは天士さまに、どこまでもついていきます」


 無邪気に微笑むミナは、すんごく可愛い。

 まさに戦場に咲く一輪の天使はミナに他ならないだろう。


「あ、ありがとうミナ」


 が、そんなほんわかしている場合でもない。

 旧友たちが、ぬるい目で見てくるのだ。

 こんな戦場で、クラスメイトにまさかロリコン疑惑がかけられる日がこようとは。


 俺はぶんぶんと頭を振り、再度この状況を考える。


「で、これからどうしようか? ボクとしてはこのまま力の限り戦死するのも楽しいとは思うんだよね」


 夕輝ゆうきが話を振ってくれたので、それに便乗しておく。



「……死闘もいいかもしれないな」


「早い話が、すでにソレを繰り広げてる奴らもいるしな」



 晃夜こうやがアゴをクイっとして、とある方向を示す。

 そこにはPTメンバーであるジョージとグレン君が、多数の傭兵プレイヤ―相手に攻防を繰り広げていた。


 ジョージが何やらヌンチャクのようなモノをブンブンと振りまわし、グレン君に近づく傭兵プレイヤ―を叩きつぶしていた。その隙にそっと下がったグレン君が、小規模の魔法を放ちとどめさしているようだ。


 見事な二人の連携に、周囲の傭兵プレイヤーたちは押され気味だった。



 グレン君は俺達と戦ったときよりも、だいぶ地味な魔法を使っているなと思ったが、ふと気付く。


 そういえば、魔法使いってMPに限りがあるから連戦は辛そうだ。MP回復アイテムは、未だに俺の作った『森のおクスリ』以外で発見されてないらしいし。


 MPは自然に回復する仕様とはいえ、すぐには回復しない。

 だいたい10秒で1回復する程度だ。

 

 まぁ魔法系統のアビリティをとっている人達は違うのかもしれないが、少なくとも俺はそんな感じだ。


 魔法使いって乱戦はけっこう辛いように思える。

 ユキオくんも既にキルされてるわけだし。



「あの二人って、けっこう敵が多そうだよね」


「早い話が、俺らも混ぜろってことでいいんだな?」


 夕輝は剣と盾を構え直し、晃夜は不敵な笑みと共に首をコキっと鳴らす。

 とりあえずは仲間を助ける方針でいいんですかね。


「PTメンバーだし、助太刀ってことでいっか」


 俺が呟いた後、四人がオカマとグレン君の方へと走り出す。


 だが、俺達の到着よりも早く、ジョージ達を手助け・・・した集団が現れた。

 いや、あれは蹂躙と言った方が正しいのかもしれない。



 ジョージ達へと群がる傭兵プレイヤ―たちの足取りが、頼りなくふらついたと思えば、またたく間に全員の首へと斬撃を示す緑のエフェクトが走ったのだ。



「わ、すごい……」


 唐突に、その殺戮は一瞬で行われた。

 先ほどまで剣撃や怒号で騒がしかったジョージの周りは、数瞬のうちにして静寂に包まれた。



「ひ、ひぃッッ」

「首狩りだ……」

「ここはやべえぞ!」


 近くで各々の傭兵てき相手に奮闘していた傭兵プレイヤーたちが、慌てて距離を置く。そして、わざわざ闘う場所を変えるにまで至っていた。


 そのあまりにも圧倒的な力を前に、妙な空間がポッカリと生まれたのだ。



 夕輝と晃夜、ミナが唖然とする中、ジョージたちのカバーをした集団の筆頭が俺へと顔を向ける。

 そして、安堵の笑みを浮かべてくる。


「わたしの太郎は……無事みたいね」


 姉とその傭兵団クラン『首狩る酔狂共』の仲間たちだ。

 先日、ミソラの森でお世話になったトムとジェリーさんもいた。


「ちょっとちょっとぉん、助けにくるのがぁん遅いんじゃなぁいん?」


 PvP最凶と恐れられるグループに、何の気負いもないようにオカマがクネクネとダメ出しをした。



「……」


 グレン君は対照的に、珍しく黙っている。

 だが、マントだけはファサッとたなびかせているところが、ブレてないというか、カッコぃ……よくない。中二くさいな、全く。



「別にキミ達を助けたわけではない。あくまで太郎の救援だ。さ、太郎、わたしの傍にいれば安心だ、おいで」


 姉が手をこまねいてくる。

 なので一応、PTの仲間には大丈夫と頷き、姉のもとへとみんなで集まった。



「姉、ありがと」


「礼には及ばないさ、わたしの太郎だもの。私といればもう安心だ」


 俺を安心させるように姉は頭をなでてくるが、友達の前でそれは勘弁してもらいたい。だが避けると怒りそうなので、ジョージたちを助けてくれたという恩があると自分に言い聞かし、黙っていい子いい子された。



あねさんよぉ……そうは言っても、安全とは言い切れないぜぇ。この状況はちょっとまずいんじゃねえかな」


 戦場であるにもかかわらず、悠長に姉弟のスキンシップなど取っていたからだろうか。

 姉の仲間である団員さんが不安気に呟いた。


「言ってみろ、トム」


「さっきも俺ぁ伝えたけどよぉ、俺の分析アナライズアビリティで『下等フェミ神兵デウス』の情報を引き出したろ?」


「それがどうした?」


「奴らのLvは20~24前後、しかも一部のステータスを分析した感じだと、俺達傭兵プレイヤーよりも100以上の差があった」


「つまり、傭兵プレイヤー相当の成長率で考えると……1Lvごとにステータスへ100ポイントふれると仮定し、奴らがその数値どおりの伸びだとしたら……」


「現時点で最高レベル、14Lvの傭兵プレイヤ―とのステータス差は全体で800以上にはなるってことだぁな」


「ダンジョンのちょっとした中ボスレベルたぁよ……」


 ジェリーさんが呻く。


「だが、ここにいる傭兵プレイヤ―たちの力量なら3人でかかれば勝てない相手ではないな」


「…あねさんよぉ」


 トムさんは肩をすくめ、まわりを見ろとでもいうように両手を広げた。

 俺はトムさんの言いたいことがわかった。



傭兵プレイヤーたちは協力しない。この状況が続けば全滅は必然」


あねさんの妹ちゃんの言う通りってわけだ」


 ジェリーさんが舞踏会場でなおも互いで戦い続ける傭兵プレイヤ―たちを眺めながら、締めくくる。

 妹ではないと突っ込みたいところであるが、今は異議を唱えている場合でもない。


 そこは姉も同意らしく、渋い顔をしながらこちらを見て頷いていた。



「タロたちのPTメンバーの中で、傭兵プレイヤ―や敵の数を把握するアビリティを持っている者はいるか?」


 ふと、姉が俺達を見て尋ねる。

 それに手をあげたのはジョージだ。


「あちきぐらいかしらねぇん」


「こちらは二人しかいない……足りないな」

 

 姉が神妙に俯く。一体、敵と傭兵の数を把握して何をしようというのだろうか。


「シズクがいればね……」


 夕輝が今、この場にいない『百騎夜行』の団員の名を呟く。

 晃夜も眉間にしわを寄せ「どうするか」と唸っていた。

 

 俺は説明を求めるように姉を仰ぎ見る。


「敵と味方の数を把握する必要がある。傭兵プレイヤー三人で下等神兵フェミ・デウスを倒せるのなら、傭兵プレイヤーの数は神兵デウスの純粋に三倍は必要になるだろう……」



 何かを考えながら、姉は顎に手を添えた。

 それに応じてトムとジェリーさんの、見た目おっさん傭兵プレイヤ―が姉の双翼を担う。


「って言ってもよぉ、今からこの戦場を駆けずり回って、探知アビリティを各所で発動していくのも現実的じゃねえよな」


「数はよぉ、どんどん変動しているだろうしな」


「作戦立案の指針になるにしてもよ、そこまで労力をかけて手に入れたい情報でもないしなぁ」


「だからといって、なんの数値も提示しなきゃあ、周りの傭兵プレイヤ―を説得して回るなんて無理だぜぇ。説得力に欠けるし、協力態勢を敷くにゃあ……ちと厳しいな」


「根拠なしじゃ、簡単には納得してくれねえなぁ」


「危機感も煽れないしな」


「そもそも、俺達の言う事を信じてくれやしねえだろうしな」


「ちげえねぇ」


 乾いた笑い声を上げるトムとジェリーさん。

 その失笑が、実質的に傭兵プレイヤー同士が協力するのは無理。

 そう宣言されたようだった。



「生き残れるだけ、あがいてみるしかないか……」



 そんな暗めの俺達に場違いな程、明るい声が唐突に投げかけられた。


「あら! タロちゃんじゃないの! なにか困ってるのー?」


 その声の主は、女性傭兵プレイヤ―だった。


 ピチっとしたレザーアーマーを着込み、右手に短剣と左手に小盾を持っている。

 そのヒトはどこかで見覚えのあるような顔をしていたが、誰だか思い出せない。


盗人ぬすっとが……わたしの太郎に関わるなと先日言ったばかりだろうに。その首、狩られたいのか?」


 姉は高圧的にその女性へと対応する。

 どうやら、姉の知り合い?


「シンさん、俺達は別にかまってるわけじゃないよ。貴女達が話しているのを聞いて、何か協力できることはないかなと思って名乗りをあげたのさ」


 これまたどこかで見た事のあるエセイケメン風の男が、盗人女の背中からヒョッコリと出現した。


「一週間ぶりかな?」


 と愛想のいい笑みまで俺に飛ばしてくる。

 ナンパか。

 戦場で、ナンパなのか?


『ボクたちどこかで会った事ある?』的な使い古されたナンパなのか?



「相変わらず、盗み聞き上手いことだ」


 姉の皮肉に両名は嬉々として答えた。


「盗みは専売特許なんでね」

「話だけでなく、妹さんの心も盗んでみましょうかね」


 ビキッと姉の額に筋が入った。



「うっわ、ベータテスト時に姉さんとやりあった盗賊カップル・・・じゃん」


「やり合ったというか……一方的に、姉さんが傭兵団クランを殲滅した光景しか覚えてないのだが」


 トムとジェリーさんが、辟易した態度でヒソヒソと喋り合っている。


「エリナとヨシオ。おまえらがどの顔さげて協力なんて言うんだ?」



 あ。

 姉の口から出た名前で、ようやく俺も思い出した。


 初めて、クラン・クランにインしたときに、姉との待ち合わせ場所まで案内してくれた、バカップル、えったんとよしきゅんじゃないか。

 

 ネト充の事なんかスッカリ忘れていた。

 別にうらやんでいたから、あえて記憶から除外していたなんてことはない。



「でも、シンさん。私達なら敵の数も傭兵プレイヤーの数も、把握しているわよー?」


 エリナさんが、妙に強気で姉に宣言する。

 

「ここまで来るのに、探知アビリティがんがん使ってきたんですよ。多少の誤差はあるとは思いますが」



「おまえらの言葉を誰が信用するか」


 冷たく切り捨てる姉に、エリナさんは、んーと唸りながら俺を見る。


「タロちゃんに対する気持ちだけは信じてほしいかなぁ~。タロちゃんってすっごくかわゆいんだもんっ」


「大方、太郎の可愛さを利用して盗賊稼業を繁盛させる気だろうが。太郎の魅力に寄りついたウジ虫から、モノをかすめとる良い算段でも思いついたのか」


 ヨシオさんが慌てた様子で、姉の言を遮る。


「シンさん、ボクたちは貴女と今は・・対立したくないんだ……この会場での味方はもう残ってない……正直にいえば、ここまで生き延びるのもやっとだったんですよ」


「だからそう、協力する代わりに、一時的に協力しましょう?」


 腹のうちを明かしたヨシオさんに続き、エリナさんが姉に改めて交渉を持ちかけた。



「つまり、私達が身体を張っておまえら盗人を守れと? 大して重要でもない情報を提供する代わりに?」


「そうじゃないわん。一緒にタロちゃんを守りましょってこと」


「モノは言いようだな。大前提として、お前らは信用できない」


 姉とエリナさんが無言で向かい合う。

 片方は今すぐにも腰に帯びた双剣を抜き放ちそうな剣幕で睨んでいる。

 片や、ニコニコと微笑んでいるが目は笑ってない。

 

 そんな平行線をたどる俺達に。



「おらああああ! 今日こそは俺達がナンバーワンだ!」

「PvPで最強の傭兵団は俺達だ!」

「今度こそ、その首、狩り返してやるぜええ!」


 姉たちへの恐怖心から距離を置いていた傭兵たちの中から、突如として俺達へと襲いかかる集団が現れた。


「ちっ」


 姉の舌打ちとともに、背後で控えていたトムとジェリーさん、その他4人の姉と同じ団員たちがそれらに応戦を開始した。


 姉はどうしようか迷っているようだ。

 ヨシオとエリナさんがいることで、こちらを放置しても良いのか判断しあぐねているのかもしれない。

 

 ここで俺達がいがみ合っていても、何も変わらない。

 あの卑劣な戦法で有名なヴォルフが、身を呈して俺をかばった瞬間。

 

 確かなモノを感じさせてくれた。



 協力すれば生き残れるかもしれない。



 自分にやれるだけの事は、諦めずにやりたい。

 妖精たちも死なせたくないし、仲間も、姉も、全員でこの場を生き残りたい。

 だから、俺は口を開いた。


「あーー! もう姉! ここはエリナさんたちと敵対してる場合じゃないよ! 一時的でも協力しよう?」


「さっすがタロちゃん、話がわかるう」


 エリナさんの歓喜に、姉は渋面をつくる。


「姉……おねがいだ。このままじゃ、みんなで全滅だよ」


 姉の袖を引っ張り、なんとか力を合わせてほんの少しでいいから、エリナさん達を信用してほしいと願う。

 どんな打算があったにせよ、クラン・クランにインした当初の俺は右も左もわからなかった。そんな俺に色々とレクチャーをして姉のいる教会まで届けてくれた、この二人を。



「……さっさと、数を教えろ」


 姉は低い声で、俺の願いを聞き届けてくれた。



「よしきた! えったん!」

「よしきたね! よしきゅぅん!」


 エリナさんとヨシオさんは、すぐさま互いに右手を上に掲げた。

 そして二人同時にかけ声を出す。



「「『伝地てんち共鳴!』」」


 二人は天へと上げた手を地へと着けた。

 そして数秒、目をつむっている。


 どうやら、索敵系のアビリティっぽい。

 こうやって敵の位置やターゲットを把握するのか。いかにも盗賊らしいアビリティだ。


「この足音の数……」


「やっぱり王城付近は神兵デウスがまとまっているね……」



 その無防備な状態の二人を、俺達や姉が囲んで守るようにする。


「まだか?」


 れた姉が二人に睨みを利かすと、二人はふぃーっと息を吐いた。



「実は最前線で、アビリティを使う暇がなくって。みんな強いしぃ」

「今ので、この舞踏会場全体をようやく把握しきったってところです」



「わかっている……そんな一度で広範囲を探知できるアビリティなどないからな。で、結果は?」


「会場を包囲するように迫ってきている神兵デウスの数は50人前後、王付近は28人かなー?」


傭兵プレイヤ―の数は、ボクが把握している数字よりは減っているでしょうね。およそ200人前後です……」


 神兵の数が約80人。だとしたら、対抗するとして最低でも三倍の240人の傭兵プレイヤーの数が必要なのに、200人以下かもしれない。



「思ったより、傭兵プレイヤーの数が少ないな……」



 しかも、敵は下等神兵フェミ・デウスだけではない。


 その背後には、灰王カグヤ・モーフィアスが控えているのだ。

 正直、戦況は望みが薄い。



「最初は500人近くいたのにねー? 誰かさんがー? たくさんキルしちゃったせいかしらっ」


「えったん、シンさんに絡むのはやめなさい。後が怖いです」


「はーいっっよしきゅぅんっ」


 ピクっと姉の手がヒクついたが、どうやら癇に障るバカップルのやり取りをあえてスル―したようだ。



「まあいい。あとは私達が戦場を駆けまわり、この情報を伝えていくしかないか」


「あっしらもいきやすよ」

「ちげえねえ」


 トムとジェリーさんたちもいつの間にか、襲いかかって来た傭兵たちをキルしたのか、会話に参加してきた。姉の傭兵団メンバーは全員無事のようで、それぞれの武器を構え、いつでも行けると覇気に満ちている。



「次の戦いは?」

「まだまだ行けますよ俺ら」

「逝かせます、の間違いだろ?」

「ちげえねえ」


 そんな団員たちの軽口に、姉は微笑む。


「生けますだ。死ぬなよ、お前ら」


「ハハッ。ちげえねえぜぇ」


 この人達、どんだけ連戦しているのだろうか。

 それでこの戦意、気概を保てるなんてすごいと思った。

 さすがはPvPという血と戦いを好む、狂気に塗り尽くされた傭兵団、『首狩る酔狂共』。



「それにしても早かったな、おまえたち」


「あんなの、朝飯前っす」

「さーってと、俺達で触れまわりますかねぇ! このままじゃ傭兵プレイヤ―は全滅だって!」


「どうせ、ここにいる奴らの大半が聞く耳もたねえだろうけんども!」

 

 ゲハハと、この状況を楽しむ彼らに俺は一歩踏み出す。



「姉、それなんだけどさ。俺にいい案がある」



「ん?」


 歴戦の猛者である姉たちに、この中で最弱ステータスの俺が言い放った。




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