54話 孤軍奮闘


 天使と囁かれているタロという女子。

 

 そいつは俺達と同じ15歳以下のプレイヤー。10歳かそこらの容姿でありながら、廃人臭ただよう傭兵団クラン『百鬼夜行』の団長といい勝負をしたそうだ。



 初め、その噂を聞いた時。

 団員たち含め、俺たちの期待はかなりふくらんだ。


 このクラン・クランは、その複雑さと難易度的に進行状況は子供と大人で差は一目瞭然だ。自由という謳い文句に便乗し、その力の差を行使して子供傭兵プレイヤーをいいように利用し、使い潰し、追い詰める奴らもいる。


 どこのオンラインゲームにも悪質なプレイヤーがいるように、ここにもロールプレイと評し、悪を気取る傭兵プレイヤ―はいた。

 ベータテスト初期は、十五歳以下の傭兵プレイヤ―に対する攻撃不可システムはなかった。

 VRによる戦闘は、とっさの判断力やアビリティを活かした戦略が必要とされる。そういった思考力は、たかだか十歳前後の傭兵プレイヤ―が大人たちに敵うはずもない。

 


 街中で、ダンジョンで、フィールドで。

 執拗に狙われ、狩られ、幾度となくキルされる。

 負ければ何かしら奪われるというシステム。

 

 神兵デウスなど各町の要所にしか配備されていない。

 そんな神兵デウスの影に隠れる日々に、安息の地などなかった。



 恐怖に怯え、大人達に奴隷のように付き従う子もいれば、嫌気がさしてプレイするのをやめる子もいた。


 ベータテスト中期になり、ようやく15歳以下の傭兵プレイヤーに対する攻撃は不可というシステムが導入された。子供こちらから攻撃しなければ、十五歳以上の傭兵プレイヤ―は攻撃できないという内容だ。この頃には、初期で知り合った同年代の傭兵プレイヤ―はヴァイキンしか残っておらず、子供たちはとっくにクラン・クランを辞めていた。

 

 なぜ、PvPが主体と豪語しておきながら、この辺の調整を怠ったのか。

 運営には不満が募るばかりではあったが、それでもリアルに息づくこの世界の魅力が色褪せることはなかった。



 それに俺達が残っていたのには理由がある。

 負けっぱなしは悔しいからだ。

 正直に言えば、このシステムもどうかと思う。だが、使えるモノは何でも使うという方針で俺達は大人達に対抗していった。妙な偽善にすがる余裕なんて俺達にはこれっぽちもなかった。



 ベータテスト中期以降、少しずつではあるが年少プレイヤーが復帰したり、増えていったりした。 

 だが、やはり大人達の中には直接的な攻撃はできなくても、絶対的な武力の優位さを背景に、至る所で子供おれたちを不当に扱う者もいた。



 経済的な交渉。いわばアイテムの交換や売買で無価値の品物を高額で売りつけるという詐欺。

 あとで文句を言っても、騙された方が悪い。

 挑発され、憤った子供たちはあっけなく返り討ち。


 狩り場の交渉。約束の時間になっても交代してくれず、こちらが不満をいえば攻撃してこいと嘲り、我慢できなかった子供たちがPvPを挑む。もちろん大人達は予測済みだったらしく、子供勢は全員キルされた。予測というよりは狩り場を交代する気など、初めからなかったのだろう。



 こんな事件、あげればきりがなかった。



 ベータテスト後期。

 傭兵団クラン制が実施され、俺達は大人に対抗すべく子供だけの傭兵団クランを設立した。



 そして現在。

 クラン・クランのサービスが開始されて一週間が経ったタイミングで。


 15歳以上おとなたちを手玉にとる、天使と目される少女が現れた。そいつは一体どんな修羅場をくぐりぬけてきたのか、と団員たちが興味を持つのも無理はない。更に天使とやらはいずれかの傭兵団クランに所属しているわけでもないのだ。もしかしたら、自分達の傭兵団クランに加わってくれるかもしれない。


 そんな空気が俺達の傭兵団クラン『一匹狼』の中を漂った。



 傭兵団クラン同士の諍いでPvPが発生した場合、必ず先制攻撃を取れるように、俺達は誰もがPTを組まずに戦いに挑む。


 15歳以下の傭兵プレイヤーに対する攻撃不可システムを最大限に利用するためだ。

 

 なぜ、PTを組まないのか。

 システム上、15歳以下の傭兵プレイヤーであっても、同じPTメンバーが攻撃行動をした場合、攻撃不可システムが解除されてしまうからだ。


 つまりPTさえ組まなければ、傭兵団クランの仲間が攻撃を仕掛けようとも、敵が自分を攻撃することができない。俺達は個々のタイミングでファーストアタックをかますことができる。

 武力の差に抵抗できる唯一の手段。 


 これが俺達『一匹狼』たる所以。



 だからといって名前通りに、俺達の結束力が低いわけではない。

 むしろその逆で、俺達の傭兵団クランは深い絆で結ばれている奴らが多い。


 なにせ、PvPにおいてPTが組めないと言う事は仲間のHPバーやMPバー、状況把握をしづらいからだ。よってそれらをカバーするには、PTを組んでないのにもかかわらず、連携をしていくために、仲間のことをより知っておく必要がある。



 どんなスキルが使えて、どれほどのMPを消費し、あと何回発動できるか、これら全てが戦闘中に次の行動を決める指針になる。



 もちろん団員の全員が大人たちとのPvPに積極的に参戦しているわけではない。大人と対等に一戦交える事ができるのなんてごく一部だ。

 そんな俺達の悪評が広まれば広まるほど、下手に子供達にちょっかいをかけてくる輩は少なくなっていく。

 もちろん、その逆で敵もできたりはしたが。

 威があれば牽制もできる。武力が全ての、このゲームにおいてそれは重要な事だ。


 また、新人ニュービーやレベル帯の低い者、精神的に幼い者はなるべく『戦争』から遠ざけて俺達の庇護のもと、安全にクラン・クランをプレイしていけるように配慮をしているつもりだ。


 中には幼い団員たちによる小さな喧嘩なども多発しているようだが、それもいい成長の糧だと思っている。



「ヴォルフ……大人と渡り合える傭兵プレイヤー、戦力を増強する必要があるぜぇ。また、アキトたちが酒場の大人たちに襲われたらしい」



 ミケランジェロの裏路地の一角、すこし開けたスペースにぼろ衣を天井とした隠れ家。いかにも孤児たちが根城にしそうなその場所には、何が収納されているかわからない用途不明の木箱がいくつかある。 

 その上に腰かけたヴァイキンが不機嫌そうに唸った。


「俺達みたいな傭兵ガキを守るために、それ相応の報復活動をされるような戦い方をやってきたのはわかってるが、あのクソ共は許せねえ」


 こいつは口は荒いが、情に厚い奴だ。

 俺の称号、『群れの長』を最大限に活かすため、あらゆるPvPの時において、黙って俺とPTを組んでくれることから、こいつの本質は見てとれる。



「フンッ。状態異常は攻撃行動のうちに入らない、か……まさか15歳以下の傭兵プレイヤ―にも状態異常アビリティの発動は有効だったとはな」


 通常、十五歳以下の傭兵に対して、俺達自身が仕掛けなければ相手は攻撃行動が取れない。しかし、状態異常アビリティに関しては別のようだ。大方アキトたちは状態異常を付与され、思わず反撃行動に出てしまったのだろう。

 


 そして全滅か。

 なかなか、俺達にとっては不利なシステムが発覚したようだ。



「きっと『首狩る酔狂共』がチクったにちげえねえ」


 ミソラの森で天使との接触を計った際に、突如として介入してきた現時点でPvP最強と目されている傭兵団クラン『首狩る酔狂共』。

 奴らによって、包囲陣を敷いていたうちの団員が数名、睡眠状態にさせられていたのは記憶に新しい。

 


 団長である、女性傭兵プレイヤーシンの詳細は知らない。

 だが、少し事を構えた時に感じた奴の雰囲気から判断するに……。


「……いや、あの女はそんなことはしないだろう。なにせ、俺達と同じ天使ガキをあそこまで庇っていたんだぞ」


 

 あの時、噂の天使がどれほどの戦力になるのか、敢えて挑発して出方を観察してみた。

 元、団員のミナが天使と一緒に行動を共にしていた事は前から把握していたし、あのような取引を求められたとき、どのような判断を下すかも見たかった。


 奴の心証が悪くなるのを承知で、俺達はあの場で奇襲を仕掛けた。

 その甲斐あって、奴は理性的な利を考える力が乏しく、交渉を円滑に進める能力がないことがわかった。いわば、見た目どおりの子供だ。

 


 いつ大人に騙され、利用される身に落ちていくかわからない。

 少し強引だが、こちらに引き寄せておきたいとも思った。

 

 と、同時にミナの事を思って怒る天使の姿勢は、仲間想いな奴なんだともわかった。



「フンッ……気になるのは、あいつの戦力と『首狩る酔狂共』との繋がりだな」



「それに、よく行動を一緒にしてるという『鉄血のジョージ』……最前線の傭兵団クランを支えている一級職人傭兵団クラン、『サディ☆スティック』の副団長もいるぜぇ」


 ヴァイキンは、どうしてあんな奴らと親しげにしているんだ。理解できねぇぜと呟き、唾を吐き捨てる素振りをした。



「ヴォルフ、やっぱり天使野郎を引き入れるつもりなのかぁ? おりゃあ正直、反対だぜぇ。あいつの周りは不安要素が多すぎる」


 『一匹狼』の副団長がしかめっ面で、俺に意見してくる。

 

 俺は一度、目をつむり熟考する。

 何が俺達にとって一番得をもたらすのか。



「フンッ。鉄血のジョージと狩人のシンか。どちらも大人勢を筆頭とする、盛況を誇る傭兵団クランの要人だな」 


「あいつを俺達の団に入れることに成功したとして、あいつの存在が他の団員を危険にさらすような原因になったりするんじゃねえのか?」



「だが、このままではジリ貧になるのも確かだ。大人勢が徒党を組んで俺達を攻め立ててみろ。今の戦闘要員だけじゃ圧倒的に数不足になる。ここらで大人勢とのパイプが欲しい」



 そうだ。

 この世界を生き残る術は協力。


 今日、『一匹狼』と関わると面倒事が増えると言って、大人達が団員こどもたちに余計なちょっかいを出す奴らが減るようになったのも、俺達が一致団結し徹底的に噛みついてきたからだ。


 俺達、子供たちは身をもって生き残る術きょうりょくを学んできた。

 



「まさか、おまえ。大人たちと、組むつもりじゃねえだろうな。まだ……まだ、この傭兵団クランを作る前、大人達が俺達にした仕打ちを忘れたわけじゃあるめぇ」


 ヴァイキンが冷え切った声を出し始めるが、俺は構わず自分の思っている事を伝える。



「信用はしない。利用させてもらうだけだ。それが、団員を守る手助けとなるなら……小を切り、大を得る、だろ?」


「俺達が受けた屈辱の日々を忘れろと?」


 ジロリと俺をねめつけるヴァイキンの両目は憎しみと怒りに満ち満ちていた。そんな薄暗い瞳を、俺は正面から見つめ返す。

 

 お前の気持ちはわかる、と。

 


「フンッ。大人たちから受けた非道は何があっても忘れるな。お前が切り捨てるべきは、大人全員・・に対する憎悪と、仲間よりも優先する意地だ」

 

「ちぃッ……」



 しばらくヴァイキンと互いを見つめ合っていたが、奴は観念したように肩をすくめてうなだれた。そんな副団長に、俺は諭すように語りかける。


「フンッ。俺も、お前も、来年には15歳だ。俺達の代で、この傭兵団クランをガキ共が楽しく遊べ、どこの大人にも侮られることない存在に鍛え上げるんだろ?」


「クソが……わかってる、わかってるぜぇ。それには時間がないってこともなぁ」


 今のままでは、大人達に対抗できず喰われるだけだと理解しているから。

 最初はどんな小さな犠牲も出したくなくて、無理をしていた。

 

 そんなスタイルだったからなのか、『戦争』では負けが続いたり、取りこぼしてしまうモノも少なくはなかった。

 次第に、周りの団員たちもこのままじゃダメだと悟り、小さな犠牲で大を獲得できるのならば、迷わず犠牲を払う。そういった方針に傭兵団を変更しようという声が上がったのだ。絶対的な優先順位をあらかじめ定め、事に当たる。そのため、犠牲は付き物。



「フンッ。天使たちに抱かれる感情すらも犠牲のうちか……」


 一時的に、ミナヅキ、タロ、『首狩る酔狂共』のシンに悪感情を持たれても構わない。無関心より、まずは関心を持たれることが肝心だ。



 ここぞという場面で相手の懐に入り、団員に引き入れる。まだ、どこかで交渉する余地は残っているはずだ。そこまで労力をかけるに値する利益が、天使からは見込める。あの様子だと、天使さえ手に入れれば、おのずと『首狩る酔狂共』と『サディ☆スティック』の両傭兵団クランとは良好な関係が築けていけるだろう。



「それにヴァイキン。お前も気付いてるだろ?」


「っち。わぁーったよ。舞踏会、舞踏会にいきゃあいいんだろ?」


 ふてくされて、プイっと顔をそむける副団長。

 ヴァイキンの横顔を見て、思わず笑ってしまう。



「フンッ。天使あいつは一度として俺達の事を蔑みの眼で見なかった」

 

「……」


 俺達は憎むべき大人たちと同じで、天使という存在を利用しようとしている。

 団員こどもたちの安全のためとはいえ、自分の行いに失笑するしかない。そして、この胸にうずまく罪悪感はぬぐえない。

 

 だからこそ、せめて『一匹狼』に入団させた暁には。

 使えないと言われる錬金術スキルを持っていようが、決して無下むげな扱いはしない。

 大切な仲間の一人として手厚く協力し合い、この世界を共に楽しんでいきたいと思っている。


「フンッ。あいつはミナへの発言を取り消せと吠えるだけで、それ以外のことで俺達を悪く言った事があったか?」



 奴は仲間想いだ。


 傭兵団クラン『一匹狼』。


 おれたちは一匹狼だったからこそ。その寂しさと孤独の辛さをしっている。ゆえに群れれば一段と絆を強固なものへと変え、仲間を大切にする。



 それが俺達が掲げる、『一匹狼』の方針だ。

 





 なんの後ろ盾もない天使とほだされた少女が馬車を持っていると情報を得てから、俺達はどうするか話し合った。結論は、妖精の舞踏会にて奴と接触を図ろうと団員たちの間で意見は一致した。


 それから団員たちがエソを出し合い、俺とヴァイキンが奴と同じタイミングで会場入りできるように買ってくれた一頭ニ輪馬車で登城し、天使と『首狩る酔狂共』、『サディ☆スティック』の関係性を探るために、奴にちょっかいを出した。



 やはり両傭兵団クランとも、天使を異常なほどまでに気にかけていることがわかった。『サディ☆スティック』に関しては副団長である鉄血のジョージのみしか動いてない事から判断はつきにくいが、『首狩る酔狂共』に至っては全面的にフォローするような宣言をしていた。



 あと調べる事といったら、天使に対する害意ある行動がどの範囲まで許されるのか、奴らの沸点だ。そして、天使を庇うとしたらどのような行動に出てくれるのか。天使が『一匹狼』に入ったときのメリットが、実質的にどのようなものなのか、妖精の舞踏会という雑多な場を借りて試させてもらう。


 それと、天使自身の純粋な戦闘能力。

 これらを探るべく、大人達が小さな虚栄心を満たすだけの受け皿、『妖精の舞踏会』に出席した。



 そして、蓋を開けてみれば。



「フンッ。興冷めだ……」


 天使とその囲い達の戦闘能力は、大したアビリティを使うまでもなく、お粗末なものだった。



 一見してミナが俺達の団を抜けてから、レベルが上がっていたわけでもないのに、魔法を使用できるようになっていたのには驚きだったが、所詮は無意味。


 ヴァイキンがあっさりとキルされた理由にしたって、わざわざ相手の誘いにのって離れてやった結果、全く関係のない上級プレイヤーに袋叩きにされたというだけだ。ヴァイキンは、俺がいないと本領を発揮できない戦闘スタイルに特化しているから、ああなっては結果は分かり切っている。


 それはともかく。

 天使を取り巻く、仲良しこよしの『百騎夜行』とやらの連携がおざなり過ぎた。


 近接と素早さ重視のアタッカーが一人、鈍重な動きだが堅固そうなタンクが一人。



 アタッカーの方は、動きはそこそこ良いのだが、アビリティを使うタイミングが読みやすい。自身と同等のスピードを誇る相手との戦い方に慣れていないようだ。おおまかな癖やアビリティの特徴はすぐに掴めたが、一対一の戦闘中に、傭兵団クラン『黄昏時の酒喰らい』の連中が邪魔をしてこなければ、もっと早くに無力化できていただろう。


 俺のサーベルで地面へと縫い付けられた長身メガネの背中に、失望の視線を落としていると今度はタンク役がかかってきた。


 こいつはアタッカーの敗北を庇おうと攻撃を敢行してきたのだろう。だが、所詮は味方を守るのがタンクの役目。恐らくカウンター戦は得意だが自分から仕掛ける側は不得手と見れる。



矛盾プレス!」


 盾ごと突進するタンク役を哀れと思いつつも、下段回し蹴りを放ち転ばせておく。


 仲間の盾となるタンク役として優秀なのだろうが、対人戦における味方へのフォローの入れ方がマズイ。



 確か盾をブーメランのように飛ばすアビリティがあったはずだが、それでこちらを牽制するだけでも十分なはずなのに。その隙にアタッカーが体勢を立て直すか天使と合流するか、それだけで五分へと戦況を持っていけたものを。



 それをさせなかったのは、ひとえに天使の存在だろうな。


 奴はPT戦における役割ロールを理解していない。天使を庇おうとしているPTメンバーの動きを察して、天使がいち早くタンクの傍にいけば戦況は好転していただろう。一番脆いくせに、俺の前をウロチョロとし、あまつさえ隙だらけの空中浮遊だ。



「フンッ、無防備にも程がある」


 瞬間的に移動速度を上げる術を持っているようだが、決まって進行方向は直角的。これまた読みやすい。


 俺の攻撃をなんとか避けた天使に向けて、終幕の剣撃を振り上げようとした刹那、背後から予測通り・・・・の攻撃が放たれる。



「二連桜花!」


 アタッカーの奴が天使をフォローしようとアビリティをとっさに放ってきたのだ。奴が必ず、俺が天使を狙う瞬間を狙ってアビリティを発動するのは予想済み。


 スピードが俺とアタッカーの奴で同等ならば、相手に攻撃を確実に打ち込める隙といえば、他のターゲットを攻撃しようとしているタイミングに他はない。



 その攻撃をジャンプしてかわし、くるりと向き直って反撃を加えてやる。

 即座にタンク役が、懲りずに盾を光らせながら近づいてくる。


光の剣ライト・ソード!」


 受身のタンク役が『光の剣ライト・ソード』まで使って出張ってきた。それはお荷物である天使を守るため、また天使と俺との間を隔てて、接近戦を挑む必要があったからだろうな。


 このアビリティ、俺が先手を打ってそれを盾で受けた瞬間に発動させ、目くらましと共に突きを入れる類のものだろう。


 タンクの光る盾は、剣を突き刺すために右側へと開かれる。俺はその動きに沿って、奴の死角へと滑り込むように、軽く右側にワンステップを踏み、盾の影に隠れるように小さなジャンプをする。


 剣を前方に放った体勢で、タンクは唖然とした表情で俺を一瞬見る。

 だが、既に遅い。



 盾に手を突き、安定した姿勢で奴の首と肩の間に、斜め上からサーベルを突き刺す。

 あとは痺れているタンクに仕上げとばかり蹴りを放ち、反応の遅い天使めがけて吹き飛んでもらう。


 さて、タンク役ともみくちゃになって転げている天使にトドメをさしにいくとするか。



 こんな体たらくな戦いをされては、天使自身に、PvPにおける技術を向上させる必要があるという認識を植え付けておかないと後々マズイ事になるだろう。

 天使のためにも、俺達のためにも。


 現時点では、ウチの団員より遥かに劣る戦闘力だと評価するしかない。

 


「フンッ。自分の役立たずさを呪え、錬金術野郎」


 が、奴は間一髪のところで姿をくらました。

 大量の煙と一緒に。


 ケムリは苦し紛れの目くらまし、という可能性のほうが奴のステータス上高い。だが、PvPで使い物にならないとはいえ、未知の多い錬金術を警戒しないのは愚の骨頂。

 天使がケムリの中でもこちらの居場所を特定できるというアビリティをもっているかもしれないし、奴らの中にそれに準ずるスキルを持っている者がいるかもしれない。


 まずはケムリの外にいち早く出るのが先決だろうか。



 ケムリから出てきたところを襲うという戦法も考えられるが、奴らにそこまでの連携が取れるとも思えない。なにせ、魔法使いミナヅキ以外にアビリティを使う必要などないぐらいに低レベルな戦い方だったのだ。


 俺の姿を仮にとらえて、PTメンバーのいずれかに場所を指示しているのならば、ミナが魔法をうってきてもおかしくない。


 そもそも、俺のスピードに反応し、ケムリの範囲内のどこから出たのがわかったところで、タイミングよく全員が集中砲火できるような練度はなさそうだ。



 このまま視界が閉ざされるのは、どちらにせよ良くない。



「フンッ。これからどうしてくれるのか、噂の天使って奴は。これ以上、落胆させないでくれよ」



 多勢に無勢は『一匹狼』である団長にとって珍しい事ではない。

 むしろ慣れ親しんだ戦闘スタイル。



 ヴァイキンが傍らにいないのが少々物足りないが、自然と薄い笑みが口へと広がる。



 あたりを充満させている薄緑の煙は、よくわからないが身が軽くなるような高揚感を味あわせてくる。そして、おかしなことにその性質とは正反対の、のんびりとした倦怠感をも施してくる。


「これは……」


 実際に移動を開始してから、その変化にすぐに気付いた。



「なんだこれは! 踏ん張りずらいぞ!」


「身体が軽いじゃねえか!?」


「うぉ、ふわふわする!」


 すぐ近くで戦闘をしていたであろう他の傭兵プレイヤ―たちの、動揺した声が上がる。




「フンッ……動きずらいな。これも錬金術で作ったアイテムなのか」



 周囲の傭兵プレイヤーが混迷する中、天使と再び相対すべく疾走する。

 俺は光を求めて、ケムリの外側へと身を躍らせた。







 空からふよふよと下降する途中。


 目に焼き付けておいた灰髪の少年が、煙の外から出るのを幸運にも捕えることができた。すぐさまPTチャットでヴォルフの居場所を知らせる俺。



:ヴォルフは、王がいる反対側から出てきた!:



 俺が頭上からその姿を捉えているとも気付かずに、『一匹狼』の団長は煙周辺に油断なくサーベルを向け、様子をうかがっている。


 その際に、見ず知らずの傭兵プレイヤーたちに切りかかられていたが、彼はサーベルで受け流し目にも止まらぬ速さで剣をふるっていた。


 先ほどまで俺たちと戦っていた動きとは異なり、明らかに強い。

 またたく間に、襲いかかって来た傭兵プレイヤーたちをキルせしめたヴォルフは、再びサーベルを片手に周囲をキョロキョロしている。



「あいつ、やっぱり俺達との戦闘は手を抜いていたのか……様子見ってやつだったのかなぁ」


 侮られていたのも悔しいが、こちらが四人で挑んでもヴォルフは涼しい顔で対応していた。その実力差が一番悔しい。



 その差を少しでも埋めるには、やはり錬金術しかない。



 俺にできることはなんだ。

 素早さ、力、戦闘スタイル、全てが俺たちの上をいくヴォルフに対してできること。


 じわりじわりと地面が近づいてくる間、俺は頭に思いついた戦略を実現すべく行動に出た。


 アンノウンさんからもらった『灰透明なショール』にしがみつく風妖精たちにお願いをする。俺の位置がヴォルフからちょうど真上になるように、移動と調整を急いで繰り返す。同時にとある指示をミナに送った。



 位置の調整が終わる頃には、ヴォルフの姿を発見した晃夜こうや夕輝ゆうきがタッグを組み、ヴォルフと激戦を繰り広げていた。


 晃夜こうやが攻撃を一手に担い、それを受け流しては反撃をかますヴォルフの凶刃から、夕輝ゆうきがすかさず晃夜を守る。二人が入れ替わり立ち替わり、ヴォルフを牽制している。攻撃と守備、互いの担当を明確にすることで、ヴォルフといい勝負をしているように見えた。



「ユウとコウって……二人だけの方がいい勝負してないか?」


 若干、残念気味な事を呟きつつも、ミナがどこにいるのか探してみれば。

 指示通り、ミナは三人が戦っている場所から少し離れたところで待機していた。その傍ではジョージが鬼神のごとき動きで、一人の傭兵プレイヤ―を殴り飛ばしているのが見えた。


 ヴォルフもミナの存在には気付いているらしく、例の獣の鳴き声のようなものを時々、ミナめがけて発しては魔法発動の妨害を行っている。



 ……さて、準備は整った!


 俺とヴォルフとの距離は高さにして五メートル程。

 いくらユウとコウが近接戦で注意を惹きつけていても、そろそろ俺が気取られてもおかしくない。


 アイテムストレージから、今回はさして役に立たないと思っていたであろうアイテムを取り出す。


 その名も『亡者の香り玉』だ。

 これは『ケムリ玉』とスケルトンから抽出した『透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイ』を合成して、創造されたアイテムなのだ。



『亡者の香り玉』

【死人の灰が練り込まれた玉。透明度の高い灰色の煙・・・・と共に、意志を失って彷徨い歩く骸骨の匂いをまき散らす。煙の範囲内にいればLv4以下のアンデッド系モンスターに、こちらから攻撃をヒットさせるまでは気付かれなくなる】



 これを真下に二つ落とす。

 一つだと煙が発生する範囲はせいぜい、周囲5メートル前後が精一杯だ。二つともなれば8メートル以上が煙の圏内になることは間違ない。



「今度はなんだ!?」

「視界が奪われるほどの濃い煙じゃないが、透明な灰色?」

「特に何も変な現象は起きてないな!」

「どいつのアビリティだ!」



 案の定、ユウコウと剣を切り結ぶヴォルフは、戦火を広げる周囲の傭兵プレイヤーたちと同様、透明の煙に身を包まれた。



 俺はそれを確認するとPTチャットでミナへと、伝言を飛ばす。



:ミナ、いまだ!:



 金髪の和装少女は、ヴォルフの方へと駆け出す。

 そして詠唱を口にする。



「大球よ、大仇を焼き焦がせ!」


 その声にいち早く反応したヴォルフは、例のアビリティを発動し、ミナの魔法発動を阻止する。

 これで問題ないと、ヴォルフは涼しげな笑みを張り付けて晃夜こうやたちへと視線を戻そうとした。しかし、その顔が再度、ミナへと向き直る。いや、正確にはミナの手に握られているオモチャのステッキのようなアイテムに。



 そう、それは。

 ミナに一つだけ、持たせていた『狙い打ち花火(小)』だ。

 


 ヴォルフは、この戦乱が始まる前に俺があのアイテムをどのように使ったかを目にしている。

 アイテムの威力は十分に理解しているはずだ。


 この2段構えの攻撃手段を、どう受けきるのか。

 俺は、ヴォルフを観察しながら彼のすぐそば・・・・で静かに着地する。


 ミナのアイテム使用と共に、ステッキから火花が散り、ヴォルフめがけて一直線に赤い光玉が飛びだした。


 その速度はかなりのスピードを誇っている。

 赤い直線を引くように灰透明な煙を二つに分かち、『一匹狼』の団長に大輪を咲かすべく光線が迫る。



「フン、だが甘い」


 しかし、その剛速球もヴォルフは身体を左へと回転させながら、地を這うように身をかがめた。左手は地に着き、右手は見事にサーベルを前方へと向け、あまり隙のない回避をやってのけたのだ。


 数瞬後。

 遥かヴォルフの後方で、赤と緑の花火が咲き誇り、幾人もの傭兵プレイヤーたちを混乱させていた。



 やはり・・・、一度目にしたアイテムの効果では『一匹狼』の団長のスピード、そして見切りには敵わなかった。



「おらよ!」


 だが、若干の体勢を崩したヴォルフめがけて、追撃を放つべく晃夜こうやが即座に蹴りを入れたようだ。頭を狙っての横蹴りを、ヴォルフは片手でガードしながらその勢いを殺すために、みずから後方へと転がっていく。


 灰の煙をまとい、灰石の石畳の上を転がるヴォルフに更に近づくために、俺は跳躍した。



 重力6分の1が、俺をヴォルフへと舞わせる。


 すぐさま立ちあがったヴォルフは拳を構えた晃夜こうやと相対した。

 そして彼はふと、嫌味を放った。



「フンッ。お荷物が一人減るだけで、こうもお前らの動きや連携が良くなるとはな」


 まるで、俺の存在に気付いていない・・・・・・・かのようにヴォルフは晃夜へと語り続ける。



「天使とやらは逃げたのか? フンッ、あんなお荷物になってたら、お前らもさぞ戦いにくかったろう。奴にしてはいい判断だな」


「……お前が何を言っているのか、理解できないのだが?」


 対する晃夜こうやはメガネをクイっと上げ、ヴォルフを睨み据える。



「フンッ。臆病者が消えうせて、お前らはもう用済みだと言いたいのだが、伝わってなかったか」



 ヴォルフはすぐ背後に迫っている俺を無視するように、晃夜こうやへとサーベルを向ける。


 いや、事実。

 俺が彼の背後をついていることに『一匹狼』の団長は気付いていない。



 なぜならば。


 ここの会場の床は灰石。つまり灰色。

 そして現在、『亡者の香り玉』によって、薄い灰色の煙が辺りを充満させている。



 俺は『亡者の香り玉』を地へと落した瞬間から、アンノウンさんからもらった三つ折りにされた『灰透明のショール』を広げ、この身を包んだ・・・・・・・



『灰透明のショール』の特殊効果。

 ショールで身を包めば、灰色とその姿を重ねることができる。



 つまり、灰色だらけのこの戦場で、透明マントのような効果を発揮する。


 足や腕が少しはみ出てしまうシーンは、移動のために何度かあった。

 しかし、ユウとコウによる近接攻撃で注意を逸らし、本命はミナの二段攻撃にあると思わせ、それさえも俺が着地する瞬間に気をそらすための布石。



「お荷物って言うには、いささかぬるすぎる・・・・・表現だ」


 晃夜こうやはフッと笑い、急に構えを解いて両手をプラプラとする。

 その隙だらけの仕草に、ヴォルフはいぶかしんでいるようだ。



「そうだな、タロあいつは何をしでかすかわからない。荷物として抱えたくもない、爆弾だ」



 俺は晃夜の発する声に合わせて、ヴォルフへと最後の一歩を詰めた。


 この距離なら。

 いくらヴォルフの素早さが高かろうが、回避することなど不可能。



 死者の色スケルトン・ダークグレイで包まれたヴェールは剥がれ落ち、忽然とヴォルフの背中越しに現れた俺は『狙い打ち花火(小)』を使用した。


 これでチェックメイトだ。

 そう直撃を確信した瞬間、思わぬ方向から驚愕の声が上がった。



「う、うわぁっ!」


 それは俺のすぐ横からだった。

 顔も見た事ない傭兵プレイヤ―が、突如として姿を現した俺に驚き、反射的に攻撃を仕掛けてきたのだった。


 その声に素早く反応したヴォルフは、こちらを振り向いた。

 その瞬間、彼と俺は目が合った。



 乱戦の中、閃く刃が俺を襲う。

 だが、その凶刃はヴォルフのふるったサーベルによって弾かれた。



「……え?」


 ヴォルフに、かばわれた?

 俺の間抜けな声が出る頃には、ヴォルフの腹部には真っ赤な光弾が炸裂していた。



「フンッ、続きはまた後日だ」


 ヴォルフはうすら笑いを残し、花火をもろにくらった。

 その勢いはとどまらず、光弾と共に『一匹狼』の団長は宙へとその身体を飛翔させた。その流れ星にも似た光の筋は、俺が発生させた傭兵プレイヤ―にかかる重力をニ分の一にする緑の煙がただよう場所をも通過し、王の神兵デウスうずまく戦場へと着弾した。



 緑と赤の花火が地面へとぶつかり合い、彩色豊かな火花を散乱させた。



「う、あ……」


 呆然とヴォルフが消えていった方向を眺める俺に。



:ヴォルフが下等神兵フェミ・デウスにキルされました:

傭兵プレイヤーによるラストアタック判定に伴い、傭兵タロに5分の1に相当する戦勝品を配当します:


:傭兵タロは780エソを手に入れました:



:傭兵ヴォルフのドロップアイテムは下等神兵フェミ・デウスによるデスペナルティにより、下等神兵フェミ・デウスに配当されました:


:傭兵ヴォルフはデスペナルティにより、いずれかの装備を一つ下等神兵フェミ・デウスに奪われました:




「やったですね! 天士さま!」

「やったね! タロ!」


 ヴォルフのキルは、同じPTでもあるみんなにもアシストログとして確認できる。

 ミナや夕輝が歓喜の声を上げる。



「きったねえ花火だな」


 気分爽快といった具合で晃夜こうやはメガネをクイっと上げ、ヴォルフの命と共に散ったであろう花火を眺めて呟いた。



「ほんとうに、汚い花火だ……」


 あんな花火、打ちあげたくなかった。

 最期に俺をかばったヴォルフを、あんな目に。

 

 どうして、彼は俺を守ってくれた?



 やりきれない疑念とともに、俺は戦場を見渡す。



 はしゃぐ仲間をスルーして、ただただ傭兵プレイヤーたち同士で殺し合う戦場を見つめる。


 さきほどのアシストログ。

 神兵デウスによるデスペナルティは、装備を一つ確定的に奪われるのか。




「なぁ、コウ、ユウ、ミナ……」


 このまま、傭兵同士の潰し合いをしていていいのか?

 空から見た会場の惨状は、みるみると傭兵プレイヤ―たちの数が減少していたのだ。


 俺は未だ、ミソラさんの暗雲と激闘を空で繰り広げる神兵デウスたちを見上げて思う。


 このままいったら、傭兵プレイヤー側は全滅するのではないだろうか。



 ヴォルフは俺をかばい。

 俺はヴォルフをキルしてしまった。


 仕方のないことだと思う。

 誰があんな、圧倒的なてのひら返しを予測できただろうか。

 あいつの狙いはいったい何だったのだろうか。


 わからないことだらけだ。

 だが一つだけ、俺の心に奴が植え付けたモノがある。


 ヴォルフを倒して得たもの、それは協力・・をしなければという強い意志だった。

 でないと、この戦場から傭兵プレイヤーがいなくなってしまう。





 背後からの唐突にあがった悲鳴に反応して、後ろを振り向けば。

 胴体の一部や腰、足や手の所々だけが見える天使がいた。


 いつの間に、とか、どうやって透明に、と疑問を抱く暇すらろくに与えてもらえなかった。



 なるほど、これが錬金術とやらか。

 おもしろい。



 天使の両手に握られたスティック上の先端は、俺に向けられ、既に使用されたようだ。



 この距離からでは、この身を動かしても間に合わない。

 どうしようもない。


 だが、タダでキルされるわけにはいかない。

 俺は子供たちを担う、一匹狼の団長なのだ。


 天使も偶然の闖入者による攻撃には反応できそうにない。

 俺は最後の意地をふりしぼり、右手で握ったサーベルを天使へと迫る刃へと重ね、弾く。


 これぐらいが、仲間想いの天使の心に残る恩着せだろうか。

 たとえ、俺が一振りで天使をほふったとしても、どのみち天使が使用したアイテム攻撃を避ける事はできない。ならば、ここは守っておくほうが得策だろう。



「フンッ。この続きは、後日としようか……」



 これで上手く、交渉の余地を残せただろうか。

 宙を舞い、無様にも神兵デウスたちの密集地へと堕ちた俺は、数瞬の内にして誰の味方もいない中、滅多打ちにキルされた。


 フンッ。

 惨めな一匹狼らしい末路じゃないか。



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