46話 特権階級(1)

【妖精の舞踏会】が間もなく開催されると同時に、ミケランジェロでは新しいエリアが解放された。

 それはテアリー公の屋敷を通り抜けた先にある、城へと続くだ。


 ジョージの店から馬車で出発した俺達一行は、その新エリア『大城門橋』にいる。


「おらおら! 歩きの・・・通行人ども! どけどけ!」


 坂道は蛇のようにうねったカーブを何度も描きつつ、その高度を少しずつ増して城門へと辿りつく。

 そして、今、ここには多くの傭兵たちが押し合いへしあいしながら、昇っているのであった。

 その人口密度に耐えかねたのか、もしくは別の理由で癇癪かんしゃくを起こしたのか、周りの傭兵プレイヤーに喚き散らして、道を譲れと恫喝する傭兵プレイヤーも出始めている。


「どうせ、馬車を持ってないお前らは城門前で渡される抽選券で、ほぼ別塔行きになるんだ! 馬車持ちである俺らに道をさっさとあけろ!」


 石を積みあげて作られた頑強そうな坂道ではあるが、これにはかなり不親切と言っていい設計が組み込まれている。

 城門までの高さは目算にしておよそ20メートルとなかなか高所だ。つまり、橋の両端には落下防止のための手すりや、でっぱり、欄干らんかんなどが設置されていてもいいはずなのにソレがない。


「馬車も買えない貧乏人は邪魔だ! 落ちろ! 落ちちまえ!」


 横幅はさすがに王城への道と言っていいほどにある。

 四メートルは十分にあるだろう。

 だが、イベント初日ということもあって、人はごった返しになっている。更に最悪なことに、よく橋を観察すると門に近づくにつれて、道幅は細くなっているようだ。馬車が一列に通れるか通れないかぐらいの規模である。


「ふざけんな! 俺達が先に並んでたんだぞ! 馬車持ちだろうがなんだろうが順番は守れ!」


「うるせえなぁ! どかねえなら、こうだ!」


 俺達の前を行く馬車が歩行者と口喧嘩になり、強引につっきった。すると密集していた歩行者の群れは馬車に押し出されるように、橋の両端から落ちて行った。


 まるで、ボウリングのピンのように弾き飛ばされた傭兵プレイヤーもいる。


「ふざけんなてめえ!」



 一度落下すれば、また人で溢れかえっている『大城門橋』を昇り直さなければならない。

 

 落された傭兵プレイヤーたちは馬車に遠距離攻撃を仕掛けようと、いきり立つ。

 

 だが、それは俺達を見下すように、高くそびえる城壁にずらっと整列した神兵デウスが阻む。灰色の巨大な石で積まれた壁はそれだけで圧迫感があるのに、それに加えて神兵デウスである。傭兵プレイヤーに恐れられている彼らは微塵のためらいもなく、迅速かつ冷酷に手にした弓から矢を放った。


 その一連の動作は目で追えない程の神速で、飛翔してくる矢も驚嘆するスピードを誇っていた。


「ごあっ」

「ちきしょうめぇええぇええ」

「うぬらに死の裁きを」

「ポピィッ」


 落とされ、憤怒し、PvPを始めるモーションをした傭兵プレイヤー全てが、避ける間もなく弓矢に身体を貫かれ、一撃でキルされていく。


「そ、それがしには、まだ果たさねばならぬ使命があるでござるぅううう」

「ぽおおっ、ぺろりすとぽおっ」


 ある者は周囲を巻き込んで派手に吹っ飛び、ある者はとっさに構える事ができた盾ごと矢が貫通し、その身に刺さって倒れ伏す。



 俺は王城へと続く、そんな惨状・・・・・の『大城門橋』で自分の馬車を進めながら、周囲の様子を我関せずといった体で眺めていた。


 馬車の中は安全だ。

 平和だ。


「あらぁん、容赦ないわねぇん」

 

 外の様子を見ていたジョージの呟きにも確かに頷ける。

 どう見ても、馬車持ちの傭兵プレイヤーが悪い。でも青の鎧に身を包み、無心の瞳でこちらをうかが神兵デウスたちは、馬車を攻撃する素振りは一切見せずに、弾き落され報復行為を試みる傭兵プレイヤーのみ、容赦なく弓を射かけている。



 馬車持ちは優先して【妖精の舞踏会】に参加できるって、こういう意味だったのか?



 城というからには外敵が侵入しづらいように、設計するのは納得できる。

 両端に詰み石がないのも、城門へと進軍する敵兵が遠距離攻撃から身を隠す壁として活用するのを防ぎ、落下させる利点が生まれる。また、幅がどんどん狭まっていくのも城門をやぶろうとする兵士の量を減らすことができる。


 だが、初のイベントであるにも関わらず、まったく傭兵プレイヤーを歓迎していない仕様はどうなのかと疑問を抱かずにいられない。これはユーザーからの苦情が運営に殺到するのではないだろうか。

 


「どこの都市もこのような感じなのでしょうか?」


 ミナの疑問にジョージがうぅ~んと吐息まじりに唸り、アフロのもさり具合を右手で調整しながら答える。


「あんがぃん、ちがうかもしれないわぁん。規模の小さな村とかでもぉん【妖精の舞踏会】は開催されるぅって聞いてるからぁん」


「なるほど……村じゃ、こんな神兵デウスが配置されることもないだろうし、そもそも建物がこんな設計にはならないか……」


 晃夜こうや夕輝ゆうきたちはこの有様で無事に城門へと入る事ができたのだろうか。

 そんな心配をしつつ、俺はジョージにならって窓から外の様子を覗き込む。


「綺麗な馬車ね……」

「なにかのNPCの所有物か?」

「店であんなの見たことないよな」

「なんか、銀色のちっこい光が飛んでないか? あれ、なんだよ」


 なぜか、俺達の馬車の周りは人だかりができるどころか、微妙な距離を保たれている。遠巻きって程でもないか、どこかソワソワしながらもこちらの様子を観察しているといった風情だ。そのおかげか、俺達の馬車は順調なスピードで城門へ昇り詰めていた。


「おい! 今ものすごい美少女が!」

「あんな子が、馬車の中に乗ってるのか!」

「やっぱ、NPCか!?」


 ふと目が合った傭兵プレイヤーに続き、その周辺の傭兵プレイヤーがざわつき始めたので、即座に俺は車窓のカーテンを垂らす。


「どこの姫様だ! 舞踏会に出席するのか!?」

「くぅ~~~~! こりゃあ何が何でも舞踏会に出席してぇ!」


「反対の窓には……ヒイッ!」

「アフロの、お、オカマ!?」


 もうすこし、城壁の景観を見ておきたいところだけど、俺が顔を出すのはやめよう。

 代わりと言ってはなんだが、外に『うふぅんっ♪』とか投げキッスを発射しているジョージに周囲の警戒は任せておくとしよう。


 そう決心して馬車にゆっくりと揺られること五分。

 何やら、前方が騒がしくなってきた。



「おい、俺達がここは先にいく」


「何を言ってるのかね? ここは我々が先に行くのだ」


「厚かましいこと言ってんじゃねぇよ。たかだか、二頭馬車ふぜいが二頭四輪馬車である俺達に指図するな!」


「なるほど、馬車は確かにそちらの方が上手うわて。しかし、それと戦いの実力が同じとは限らないですな?」


「あぁん? 試してみるか?」


「お望みとあらば、中身のないその頭に叩き込んでさしあげるとするかね。どちらが上か、と」


 またもやめ事の発生だ。

 どうやら、道幅がついに馬車一台分しか進めない狭さになった地点で、二台の馬車がつばぜり合いを始め、どちらが先に行くかで言い合いになっているようだ。


 そのせいで、後ろにいる俺達や徒歩の傭兵プレイヤー達は停滞している。

 

 

 しかも、その馬車に乗っている傭兵たちは、PvPをすれば城壁にいる神兵デウスに狙撃されるかもしれないという可能性から、双方ともに罵り合うだけで一向に事態は進展しないありさまである。



 しばらくは我慢できたものの、そのやり取りが1分、3分、5分と続くと周りの傭兵プレイヤーたちも苛立ちを募らせ始めたのか、いろいろと野次が飛んでいる。


「早くいきたいです……」


 俺の気持ちを代弁した呟きをこぼすミナ。

 さっきまで巨大な城壁を目にして『天士さまっ! 見てください! あの大きな壁を! 壁があれだけ大きいのなら、お城はもっと大きいのでしょうか! 王子さまがいたらどうしましょうっ』などと、ウキウキしていた彼女だが、今はどこか不安気な表情である。


 先ほど、馬車から顔を出さないと決めた俺だが、ウチの神官さんをこんな顔にさせるのはいただけない。


「ジョージ、ちょっと一言モノ申すから、警戒度をあげてもらってもいい?」


「あらぁん、ほどほどにするのよぉん。もちのロンでぇ、いいオトコがいないか目を光らせておくわぁん!」


「天士さま!?」


「タロどこにいく?」

「タロ、馬車でるー?」

「タロリン、タロリン?」


 慌てるミナや妖精たちに、大丈夫だと笑顔を送る。


「少し、話すだけだから。このままじゃ、俺達も待っている人達も迷惑だし。妖精さんたちは馬車の中で待ってて?」


「て、天士さまがそうおっしゃるのであれば……でも無理はしないでくださいね?」


「もちろん」


 俺は仲間の了承を得て、窓を開け、ふちに両手を付き、外へ身を乗り出す。

 すると幾人かの徒歩傭兵プレイヤーがこちらに視線を移してきたが、ほとんどの傭兵プレイヤーたちは前方で揉めている馬車集団に苛立ちを含めた目を向けている。



「そこの傭兵さん」


 俺の馬車と、喧嘩中の馬車達との間には、20名ほどの人垣でへだたっている。なので、まずはすぐ前方にいる徒歩傭兵プレイヤーたちに声をかける。


「ひ、お姫さま!?」

「すげえ馬車だとは思ってたが、中にはお姫様が乗ってる!?」


 俺の声に幾人かが振り向くと、大げさな反応を返してくる。


 姫様ってなんだよ。姫様って……。

 でも、なんか偉そうな称号だし、ここは姫様然とした態度でふるまえば、こちらの要求も通りやすくなるのではないかと打診する。



「あの、申し訳ないのですが。そこを通してもらってもよろしいでしょうか? あちらで御騒おさわぎになっている殿方達に、後続の者が待ち詫びている旨をお伝えしたいのです」



 こんな感じが姫さんだろうか?


 だが、話しかけられた傭兵プレイヤー達の反応は芳しくない。

 なぜかポヤーっと俺を凝視するばかりで、返答がない。

 

 交渉失敗か?

 

 やはり、順番抜かしはいけなかったか。『なにふざけた事をぬかしてやがる、そんなアホな奴の顔は金輪際忘れないよう、チェックしておかねぇとな』とでも思っているのだろうか。

 

 ならば。


「あの、傭兵さん? もちろん、お話をした後、わたくし達は下がって順番を元通りにしますのでご安心ください。みなさんをないがしろにするような行為は決して致しません」


 再度、願いを申し出ると、無視を決め込んで硬直していた傭兵プレイヤーたちは、やっとこちらに気付いたかのようにハッとして、こちらにおずおずと返答してきた。


「も、もちろんですとも」


 お。どうやら、このまま膠着こうちゃく状態が続くより、俺の提案を飲み、試してみた方が有意義だと気付いたのかもしれない。



「そ、そ、それに! 順番など俺らはどうでもいいです! どうか、姫様の好きにしてください」


「順番は姫様が先に行ってください! ボクたちなんかのためにそこまで気を遣わなくても大丈夫です」


「そうだ、そうだ、少しぐれえ順番が遅くなろうとも、乙女の歩む道を阻む程、俺たち傭兵は野暮じゃないぜ! なぁみんな!」


「「「おうよ!」」」


 急にテンションの上がり出した徒歩の傭兵たちは、肩と肩でど突き合いながらも友情と賛同を示しているオトコならではの仕草をしていく。


 あぁ、俺もちょっと前までは夕輝ゆうき晃夜こうやとあんな感じで……あ、一人、坂の端っこから落ちて行ったぞ。


 だが、おとした方も、落っこちた方も何やら穏やかな笑顔で俺を眺めている。


 そんな彼らに驚きつつも、気のいい返答をくれた事も含め、お礼を述べておく。ついでに営業スマイルをしながら馬車をゆっくりと前方へ進める。


「はぅあ!」

「天使や!」

「姫さん可愛い……」


 すると、どうした事か道を譲ってくれた傭兵プレイヤーたちが次々に『姫様のお通りだー』『道をあけてさし上げろ』『おい、姫様のお通りだぞ!』『すげえ』『生きててよかった……』


 と、ざわめきが徒歩傭兵プレイヤー達の間で波及していく。



 なんだか後に引けなくなった俺は引き続き、姫様モードで揉めている馬車の傭兵プレイヤーたちに語りかける。


「譲り合いをしてはどうでしょうか? 後がつっかえてますし」


 いがみ合いを続ける、双方の馬車持ち傭兵らは俺を見て、次に『銀精アルジェントたちの馬車』をまじまじと眺めた。



「誰だ……NPCか? これもイベントかぁ?」

 

 渋滞を生み出した諸悪の根源の片割れ、恰幅のいい赤ら顔のオッサン傭兵が見当違いの答えを出す。


「なんと荘厳な馬車であることか……」


 かたや、エリートぶってる丸メガネをつけた細身の青年傭兵が俺の馬車に魅入られたかのように呟く。


 両者とも、突然の闖入者おれに、不機嫌そうに顔をしかめながら、どうしたものかと考えあぐねているようだ。



 この様子だと、言葉を重ねて、説得していく他なさそうだ……。

 俺が口を開きかけようとすると、背後で徒歩集団の傭兵たちがガヤガヤと騒ぎ立て始めた。



「姫様、ふつくしい」

「あんなに立派な馬車に乗ってる姫様が譲ろうって言ってるんだ」

「すげえ馬車に乗ってるだけあって、ふところの深さが違うなぁ」


 周囲の傭兵プレイヤーたちが、俺を支持し出したのだ。


「たいするアイツらはなんだ、男の器がちっちぇえな!」

「姫様に笑われちまう」

「ちがいない」


 さらに嘲笑ちょうしょうする空気にもなりつつある。


「どっちの器がでかいか、姫様の前で証明するのは見物だな! 賭けるか? 俺は賭博師スキルもってるぜ!」

「俺は二頭馬車に1000エソ賭けるぜ!」

「ボクらは二頭四輪馬車に2000エソ!」

「おらは、両方が激怒してみっともなく暴れまわるに3000エソ!」


「いやいや、おれぁ二頭馬車のあんちゃんに4000エソ賭けるぜ」

「見ろ、あの無駄にプライドの高そうな、だっせえメガネ野郎を」

「でぶのオッサンも見栄を張りそうな強欲ヅラしてるぜ」


 いつの間にか道を譲った方に軍杯が上がるという風潮になっていき、揉めていた馬車持ち傭兵らはバツの悪そうな顔で互いに見つめ合った。



「っち」

「しかたないですな」


 示し合わせたかのように、双方の声が重なる。


「ここは姫様に道を譲る!「ましょう」


 それは俺すらも予想できなかった返答で、硬直してしまう。



「NPCが指名したんじゃぁ、その結果はランダムだしな」

「どっちが上か下かも関係ないですな」


 でぶっちょおっしゃん傭兵とエリートぶりっこ青年の両陣営は、共に下卑た笑みを浮かべていた。

 なるほど、これなら体裁を保つこともでき、どっちの自尊心も納得いくと。


 似た者同士というか、お前らホントは仲良しなんじゃないか? って疑いたくなるほどの息の合いっぷりに、思わずウンザリときた。



「残念だったなぁ、野次馬ども! 賭けは成立しねぇ! ってことで元締め料として、賭け金は俺達に渡せ」


 ふとっちょおじが、徒歩傭兵プレイヤーたちにがなりたてた。

 

「ふっ。そういうことですな。さもなくば、馬車を後退させて落してさし上げましょうかね?」


 続いて、エセエリート君もとんでもないことをのたまう。



「ふざけんじゃねぇよ!」

「こっちはお前らのせいで待たされたんだからな!」

「お前ら、馬車持ちだからって調子にのるなよ」


 次々と不服の声がそこかしこからあがっていき、辺りには肌を刺すようなピリピリとした空気が漂い始めた。そんな中、俺は憤りを越してもはや呆れの一言しか沸いてこない。


「うるせぇんだよ。馬車が、徒歩の貧乏傭兵プレイヤーを突き落としても御上おかみは知らん顔だからなぁ」


 めたぼおっさんが悪どい顔つきで、城壁に並び立つ神兵デウスを仰ぎ見る。


「というわけですね。キミ達は金を置いていくべきだ」


 ダサ丸メガネはしたり顔で、さっきまで揉めていた傭兵プレイヤーの言う事に賛同する。


 なるほど。

 やはり、馬車で押しだすのであれば、神兵デウスたちはこちらを攻撃しないと。

 彼らは馬車を所持していることを誇示し、自らが貴族にでもなったつもりでいるのだろうか。


 ならば、と俺は思う。


 徒歩傭兵をいびる、前方の馬車をよく観察する。

 馬は俺の馬車を引く白馬より一回り小さく、毛並みは酷く劣り、筋肉のつき具合が見るからに貧弱だ。

 馬車の造りはしっかりしているが、俺の馬車と比べたら、大きさ、車輪のサイズは小物で、車軸の頑強さは木製を基準としていそうだ。対する俺の馬車は大きく、素材は不明だが金属類をふんだんに使用した造りになっている。


「クロスケ」


「はい、我が主」


 俺は御者台に座る、紳士服に身を包んだ赤目の黒影くんに命ずる。


「前のふたつの馬車の真ん中に割り込んで、突き進んでちょうだい」

「かしこまりました」


 クロスケは力強く手綱を握り締めながら、やや強めにムチを白馬におろした。

 その一切のよどみない動きは、主人の命令を嬉々として受け入れているように映った。


 そんな御者のクロスケの意気込みが伝播したかのように、俺の白馬たちも雄々しくいななき声を上げ、猛進を開始した。



「な、なんだぁ!?」

「き、キミ、やめたまへ! なにをするのかね!?」


 慌てふためく二人の馬車持ち傭兵を、俺は無視し、背後でブーイングを飛ばしていた徒歩傭兵プレイヤーへと振りかえる。



「今日はせっかくの舞踏会ですもの!」


 激突音が響き、デブ男とエリ男の戸惑いの声が上がる。

 俺の思惑どおり、数瞬でぶつかり合う音はおさまり、代わりに何かが落下する音と悲鳴が遠のいていく。


 ……ふぅ、姫様にあるまじき強硬手段、やっちゃった!


「みなが待ちわび、私も楽しみにしておりましたの!」


 前方のハタ迷惑な傭兵たちを突き落したと確信した俺は、声を高らかにして姫様にしては落第点の言い訳を吐きだす。


「ですので、みなさん。どうか、気分の高揚したわたくしが少々はしたなく、はしゃいでしまった事もお許しになって」


 もうどうでもいいから、さっさと会場に行きたい。そんな本音を悟られぬよう、すっきり爽快気分な笑顔を浮かべ、半分なげやりに徒歩傭兵プレイヤーたちに手を振る。


 これで姫メッキは剥がれちゃったかなーと予想していた俺だが。




「姫様、万歳!」


 ドッと、歓声が上がった。


「銀の姫君に乾杯!」

「ひめ!」


 え、まじか。


「「「ひーめ! ひーめ! ひーめ!」」」


 姫コールは瞬く間に波及していき、橋の後方まで連鎖していく。


 何が起きてたのかわからない傭兵プレイヤーもいるようで、口々に周りの傭兵が『銀姫』と連呼するものだから、釣られて叫んでいる者もいる。とりあえず合わせておけ、舞踏会だ、姫様どこだ!? イベントか!? などと浮き足立った姿もチラホラ見受けられる。

 


 あはは。

 内心で苦い思いをしながら、俺は手をもう一度振り、馬車の中に身をひっこめた。背後で俺を讃える声の大波に恥ずかしさを感じつつ、馬車内にいる仲間にチラリと視線を向ければ。


「天使ちゅわぁん、お姫様にジョブチェンジでもしたのぉん?」


 目を輝かせるオカマがそこにいた。

 おまえは何を見ていたんだ。


「天士さま……お姫さまだったのですね! さすがです!」


 お姫さまより天使の方がジョブ的に強い気がするけど。

 ミナは何に感心したのだろうか。


「タロは魔女だよ?」

「タロは妖精の友達なんだよー」

「タロっちゃ、タロっちゃ」


 肩や頭を飛び回る妖精たちに苦笑いを浮かべ、俺は早く城門に着かないかなと思った。



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