34話 魂の色

 俺は『魂を抜きし供物』なる錬金アビリティをどうしても使用したいがために、『翡翠エメラルドの涙』や『火種を凍らす水晶』などを生産し、賞金首と競売ウォンテッドへ一心不乱に売り続けた。


 その甲斐かいあってか、夜中の0時を過ぎたあたりには錬金キットを買えるエソが溜まり、所持金は12800エソまで膨れ上がった。


「つ、つかれた……」


 まだ何点かの翡翠の涙は売れ残っているが、目標達成だ。

 やはりポーションはアイテム屋の方が安いわけで、お手製ポーションは性能がいいとはいえ、ほとんどの傭兵プレイヤーたちは俺のポーションを買ってはくれない。


「それでも売れ行きはなかなかだったかな?」


 12800エソを握りしめ、俺は道具屋にて錬金キットを買う。


『妖しい魔鏡』

【幽霊など実体なきモノの姿を映しだす錬金キット】

【光などエネルギー体を吸収する錬金キットでもあり、吸収した光やエネルギーを素材化することができる】


『古びたカメラ』

【撮ったモノの魂色を写真として抜き出す錬金キット。写真に収めた対象を倒すことによって、完全に写真へと魂色が宿る。採取した色を抜き取るには錬金アビリティ『合成』にて『インク』と合わせると、写真にこもった色を素材化できる】


 『インク』は道具屋にて1瓶100エソで販売していた。

 なかなか高額だ。


 さてさて。

 色が採取できるというこの優れモノ。

 さっそく試し斬りならぬ、試し撮りをしたい。


 だけれども、『浅き夢見し墓場』をソロで探索できるほど、俺は強くない。

 となると、選択肢は一つ。


 ミナは11時を回ったあたりでログアウトしていた。

 ジョージはPT中。

 ユウやコウもPT中。

 残るは、アンノウンさんと姉だが、どちらもログアウト。



「……うん。孤高の研究が今、始まる!」


 墓場の奥まで進まなければ、俺一人でも大丈夫だよね?

 

 そう自分に言い聞かせ、俺は夕闇せまるミケランジェロを飛びだした。





 いわく、古き時代の巨人墓地。

 巨大な人型の骸骨がいこつ徘徊はいかいする。


 いわく、有為転変の奥深い墓地迷宮。

 おもむく度に様相や経路を変化させてくるダンジョン。


 いわく、浅い夢を見るいとまもなく。

 酔いしれることもできない。


 そうささやかれる墓地が、西空に沈む真っ赤な夕日を背景にうっすらと姿を現し始めた。

 紅の光が透明な墓標に差し込むさまは、思わず見入みいってしまうほどに美しい風景を作り出している。


「絶景だ……」


 俺はなんとなく『古びたカメラ』を取り出し、この光景を保存してみたい衝動にかられ、レンズ越しにシャッターボタンを押してみた。


 あまりに綺麗だったのでカメラでパシャリ。


「おお?」


 するとどうした事か。

 まさかの素材、いや、アイテム化?


 撮ったモノがポラロイドカメラよろしく、一枚の写真がすぐにニュニューっとカメラ下部から出てきたではないか。


『暁に照らされる巨人墓地』【写真】

【かつて精強を極めた東の巨人王国ギガ・マキナのなれの果て。竜族に滅ぼされた巨人達の魂が怨念となり、この墓地を夜な夜な具現化させる。夕日に染まる紅い墓地は、巨人たちの憤怒の色を表しているのだろうか】


 おいおい。

 まさかの説明文付き写真だ。


 撮ったモノを素材化することはできなかったが、これは紛れもなく世紀の大発見だ。

 なぜなら撮った景色や事象、物体、全てを写真というアイテムに変換し、情報収集ができる、という超便利な錬金キットに他ならない。


「これは、すごい!」


光系統・・・は魔鏡を使って、素材の採取をしましょう:

:カメラでは素材化できません:

 

「……ん?」


 そんなアシストログを見た俺は、はたと気付く。

 光、光……。


 夕日のことか!

 日が沈む前に、採取しなければ!

 

 急いで『妖しい魔鏡』を取り出す。


:実体なきモノを映しますか?:

:実体なきモノを吸収しますか?:

:実体なきモノを物質化しますか?:


 幽霊などの存在を映しだしたいときは一番上の項目を選べばいいのか。

 となると、今は光の採取をしたいわけだから、吸収を選択する。


「早くしないと、まずい」

 

 陽がどんどん傾いていく。

 時は金なり。いや、時は黄金ゆうひなり。



「黄金は決して手をこまねいて待ってはくれない!」


 一日で最高の景色と言われている、夕焼けが夜に変わる時、マジックアワー。

 今、この瞬間がまさにソレなのだ。


 一分、一秒が惜しいとは、まさにこの事。

 錬金術は時の真理すらも、こうやって気付かせてくれる。


「光を我が手に!」


 『妖しい魔鏡』を握りしめ、頭上高くかかげる。



 墓地の前で少女が一人。

 右手で手鏡を天へと向け、左手を腰に当て、決めのポーズをとること40秒。


 太陽は完全にその身を地平線へと隠した。


『朽ちゆく紅色ロット・スカーレット』が『妖しい魔鏡』に溜まりました:

:光を物質化、色として抽出するときは、なるべく光のない暗い場所で行いましょう:


「『朽ちゆく紅色ロット・スカーレット』……」


 俺は歓喜にうち震えた。


「ついに……ついに色を採取した! この調子で、カメラと魔境を使ってどんどん採取だ!」


:光系統は錬金キット、『レンズ』『連鎖レンズ』『望遠鏡』『星々の重鏡ルーペ』『散りばめられた天鏡』『白士の愛したモノクル』などを併用して採取すると、より品質のいい光色が採取できる:


「ふむぅ」


 アシストログを見る限り、まだまだ『魂を抜きし供物』で使う錬金キットは多種多様であるようだ。


 俺は左手に『妖しい魔鏡』を持ち、右手に小太刀『諌めの宵』を握りしめ、首から『古びたカメラ』をさげて、『浅き夢見し墓地』へと足を踏み入れた。



「なんだ? あのヘンテコな女の子は」

「でも、可愛いよな」

「そうだけど、なんかおかしな行動をしてなかったか?」

「なんかブツブツ言ってたよね」

「夕日に向かって変なポーズとってたしな(笑)」


 近くで、俺と同じく『浅き夢見し墓地』に挑もうとしていた傭兵プレイヤー達が何やら言っていた気がするが、今はそれどころではない。


『この先、幽霊が出る』と書かれた看板を見て、ほくそ笑む。


 スケルトン・ダークグレイが俺を待っている。

 アンノウンさんが待っている。

 ミナのはかまに使う色が、待っているのだ。





「フフフ、今だ!」


 うろうろと目的もなくうろつく骸骨スケルトンを、俺は墓石の影から激写!

 カメラのストロボライトが発光し、そのフラッシュでスケルトンがこちらの存在に気付く。


:『古びたカメラ』で『スケルトン』の魂を抜き撮れました:

:撮ったスケルトンを討伐すれば『透明な暗灰色スケルトン・ダークグレイ』が写真に宿ります:



 キタ! キタよ! スケルトンダークグレイきちゃったよ!

 アンノウンさんが求めてやまない色が手に入るチャンス!

 あとはこちらに向かってのろのろと歩を進める骸骨スケルトンを撃波すればいいだけだ!


「フッ」


 不敵な笑みを携え、『過激なあめ玉』を口にほうりこみ、力+10にした状態でスケルトンに切り込む。


「おえぇっ」


 イモムシ風味の苦さが口に充満するが、それをこらえる。

 スケルトンの振るう腕を転がりながら回避し、通り抜けさま、吐き気と共に右足左足と小太刀で斬撃を浴びせる。


『コォォォオ』


 叫びとも嘆きとも言い難い不気味な声をスケルトンは発して、こちらを見据える。くぼんだ眼孔には青白い光がたたえている。


「やっぱり、一人じゃ骸骨スケルトンは強敵だな」


 それから俺は、スケルトンの攻撃を何度もかわし、小太刀で何度も斬りつけ、ようやくスケルトン一匹を討伐した。


「ふぅ」


 安全を確保できたと確認し終えた後、撮った写真を観察する。


『巨人墓地の骸骨スケルトン』【写真】

【東の巨人王国ギガ・マキナに仕えていた奴隷人間が、巨人の怨念に引っ張られて亡者と化した存在。特に目的もなく彷徨い続けている。弱点は頭蓋】

透明な暗灰色スケルトン・ダークグレイが抽出できる】


 よし。この写真を持ちかえって、スケルトンダークグレイとやらを『インク』と『合成』して抽出すればいいんだな。

 しかし、錬金術には失敗はつきものだ。

 うまく色を写真から造り出せる保証はない。

 

 ストックをいくつか持っているべきだろう。


「スケルトン狩りといきますか!」


 



「ふぅ……」


 初の骸骨スケルトン記念撮影から、俺は順調にスケルトン四匹を屠り終える。

 合計5枚の『透明な暗灰色スケルトン・ダークグレイ』が宿った写真を手に入れた。


「よしよし、順調だ。次は幽霊探索といこう」


 『妖しい魔鏡』を握り、『実体なきモノを映しますか?』という項目をタップする。


 すると鏡の部分だけが淡く光り始めた。思わず鏡面を覗きこんで視ると、そこには夜なのに鮮明に俺の顔が映し出されていた。


「周りは暗いはずなのに、鏡の中に映る俺はハッキリしてるなぁ」


 そんな呟きをもらす。


「ん?」


 鏡面を見ていておかしなモノが俺の後ろを一瞬よぎった。

 

 ソレは。

 

 上半身は人間の少年そのものだが、下半身は蛇のしっぽのようにウネウネとしていた。

 ソレ・・が宙空をさまよい、こちらをチラチラと視ているではないか。


:魔鏡が幽霊を映しだしました:

:捕捉した幽霊が1分間だけ、魔鏡を手にしている傭兵プレイヤーの目に映るようになります:


「これが『妖しい魔鏡』の、錬金術の力なのか……」


 アシストログ通り、俺の頭上をふよ~っと浮かぶ少年の幽霊が青白く発光して視認できるようになった。


「よし、さっさとカメラで魂を抜き撮らないと」


 そそくさと『古びたカメラ』を構えて、幽霊へとピントを合わせる。

 すると、どうしたことか。


 少年の霊はカメラの視界から逃れるように素早い動きで旋回し始めた。


「なっ」


 必死に幽霊の姿をとらえようとするも、慣れないレンズ越しの作業ということも相成り、なかなかシャッターを押すことができない。



「くっ。は、はやいっ。あ、れ?」


 いつの間にか霊の行方を見失った俺。


「幽霊を撮るのはそう簡単なことではないのか……」


 今一度、魔鏡で幽霊を探そうとした瞬間。

 すぐ傍の背後から声がかかる。


『あれれれれれ。そこの人間ちゃん。もしかしてボクが視えてるのかいいい?』


 驚き振り向くと。


『視えちゃあいけないよ』


 魂を抜き撮ろうとした俺に、先ほどの少年幽霊が妖しい笑みをたたえてコチラに語りかけてきたのだった。



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