29話 色彩の姫武者

「はじめまして、わたくしはアンノウンと申します。お嬢さん方」


 そう会釈えしゃくをし、俺とミナに挨拶をしてくれたのはカラフルな和装を見事に着こなした古人だった。


 黒い烏帽子えぼしを被り、漆黒の長髪を後ろに垂らし束ねている。まるで平安時代の貴族にいそうな佇まいだ。

 十二単じゅうにひとえのような何層にも重なった衣をはおり、こちらに涼しい笑みをむけてくる。


「は、はじめまして。タロって言います」

「ミナです」


「はらはら、可愛らしいお客様だこと。あの女人ジョージからの紹介だから、どんな屈強な輩が来るかと思ってみれば、天使ちゃんと神官ちゃんが訪れてこようとは夢にも思わなんだ」


「ジョージにはいつもお世話になってます」


あの・・女人ジョージがねぇ……」


 アンノウンさんは長いそでを口元に持っていき、フフフっと上品に含み笑いをした。

 

「さて、今宵こよいはどんな御用事で? タロうじにミナうじ


「実は……」


 俺は羞恥心を抑え込み、『空踊る円舞曲ロンド』を装備ストレージから出して、ワンタップで瞬時に着替える。

 二度目の試着となるが、やはりロング丈とはいえ女性モノのヒラヒラとしたスカート系の服を着込むのは恥ずかしい。



「……いとをかし……」


 アンノウンさんは俺の蒼いドレス姿を見て、ホッと感嘆の吐息をもらす。

 その仕草が妙になまめかしい。

 キャラの外見的にアンノウンさんは俺と同年代に見えるが、ちょっとした仕草や口調が大人の色香というのだろうか、年季を感じさせる。



「妖精の舞踏会にこれを着て行こうと思ってます」


「はらはら……」


 アンノウンさんのドレスを見る目つきが鋭くなる。


「それで、ですね。こちらのミナにも似合うドレスなんかを見繕えないかなって」


「げに、美しゅう……」


「え? えっと」


「その服はいずこにて、まうけたのかしら?」


 袖で口を隠し、半月型に両目を細める和人。


「そ、それは……」


 ミソラさんとの約束のため、答えるわけにはいかない。

 しかし、ミナのドレスを作ってほしいこともあり、この人の機嫌を損ねるわけにもいかない。

 俺が答えあぐねていると、アンノウンさんはフフフと笑い、質問を重ねてきた。


「はらはら、門外不出のモノかしらぁ」


「は、はい」


「承知したわ。タロ氏のお願い、承りました」


「ほ、ほんとうですか!」


 拍子抜け、とはこのことだ。

 

「ええ、もちろん」



 あっさりと承諾してくれたことに驚き半分、喜び半分。


 振り返ると、金髪の神官さんミナも嬉しそうに微笑んでいた。

 やっぱり女の子なのだ。

 綺麗なドレスを着て舞踏会に行ってみたいという欲求はあったのだろう。


「やったな、ミナ」

 

 ミナへと右手をあげる。喜びのハイタッチだ。

 俺の動作に呼応するべく、ミナもゆっくりと、優しく、チョンっと自身の人差し指を重ねた。


 ハイタッチ……はできなかった。

 掌をちょこりっとなぞられた感覚は、くすぐったい。


「はい、天使さま。ありがとうございます」


「いやいや、お礼を言うのは俺じゃなくて、アンノウンさんにね?」


「タロ氏、お礼を言うのはまだ早いですわ」


 アンノウンさんは、ちょっと意地悪気な含み笑いをして言ってくる。


「タロ氏の依頼は承りました。ただし、こちらから条件が一つありんす。果たして、子供であるお嬢ちゃん達にこの条件がのめるかどうか……」



「む」


わたくしは強い防具を作るより、彩色する方を好くのです」


 むむ。

 アンノウンさんは裁縫スキルを鍛えているキャラであるから、魔導師が使うようなローブ系統の防具を作成するのが得意なはず。

 その防具に色を塗る? 方が好きと言っているのかな?

 そんなことができるんだ……。


「くだらない色恋沙汰におぼれるなかれ。色は恋より魅惑的でありんす」


「は、はぁ……」


 たしかに、アンノウンさんが身につけている和服も赤、紫、黄、白といったカラフルな色どりをしている。

 色への情熱はそこはかとなく伝わってくる。


「条件とは、その色を作るうえでの素材採取に同行してもらうこと」


 つまり、一緒に素材集めをしろと。

 それは願ったり叶ったりだ。


「どこへ?」


「こわーいこわい、巨人の墓場と噂されている場所へ」

 

 何故か、両手を幽霊のように『恨めしやー』のポーズをしながら、あやしく微笑むアンノウンさん。


「か弱い女子おなご方には不向きなところでありんす」


 よくわからないが、こちらとしては胸躍る冒険が待っていそうだ。

 色を作るための素材とはなんなのか、いったいどんな所で採集するのか、錬金術士にとっては非常に魅力的な提案だ。


「行きます! 地の果てまでついていきます!」


 俺はアンノウンさんにとびっきりの笑顔を向けて、宣言する。

 その勢いに、終始つかみどころのないアンノウンさんが、すこしビクついていたのが面白かった。





 ところ変わって、ここは『始まりの草原』を西に進むと行きつく、なんの変哲もない荒れ地。

 赤茶の大地が夕日に照らされ、うら寂しさが一層増していく。


 地平線に沈む太陽を、俺とミナ、それにアンノウンさんは眺めている。


「思ふところ、ここにわたくしの求めるものありき」

 

 採取と言っても、モンスターが出現するフィールドらしいので、俺達は完全武装をしてここにいる。


 アンノウンさんも先ほどとは装備を一新し、和装の上に右肩部分が大きく開いた暗い紅漆べにうるしの鎧を着こんでいる。

 メイン武器となる薙刀なぎなたを荒野に立て、烏帽子えぼしに収めた艶やかな黒髪を夕風になびかせるその姿は、姫武者を連想させる。



「そろそろ、『浅き夢見し墓場』が出頃いづるころ


 荒野に夜のとばりが下りようとしている。

 夕刻は現世うつしよ虚世かくりよの境目が生じる時刻と、昔の人々はささやおののいていたようだ。

 

 大量の魂が憑く場所は、境界があいまいになった瞬間を狙い、自身の拠り所を求めて、生者の魂を奪い取るべくその姿を現す。


「ここが、『浅き夢見し墓場』……」


 先ほどまで、何もなかった荒野に。


 宵闇と共に、無数の墓石が出現した。

 それは幻の如く、ゆるやかに。

 不気味に。

 そっと死の匂いをまき散らす。


「て、天使さま」


 後ろにいたミナが、不安に思ったのか俺の袖をキュッと握ってくる。


「大丈夫」

 

 彼女を安心させるように、手を握り返す。


『浅き夢見し墓場』。

 夜の時間にしか、出現しない特殊なフィールド。

 通称、浅い夢を見ているほんの一時の短い時間にしか存在しない墓地。


「『スケルトン・ダークグレイ』……わたくしが新しく習得したレシピには、作りたいはかまには、この色が必要なのでありんす」



 アンノウンさんいわく、装備を彩色する際にパレットのようなモノが浮かび上がり、そこから選択可能な色が表示されるらしい。

 詳しくはわからないが裁縫スキルには彩色スキルへと派生する二次項目があるらしく、レベルやアビリティによって認識できる色の種類が増えていくらしい。


 今回、ミナに作ろうとしているはかまは、アンノウンさんがレシピを習得したばかりの最新デザインの装備らしい。その袴を作成するときに一つだけ、見慣れぬ色の名前を発見したそうだ。


 それが『スケルトン・ダークグレイ』。


 ちなみに銀髪洋物ドレスの俺に、金髪和テイストのはかまというミスマッチなタッグはアンノウンさん的にかなり燃えるそうです。



「色の名前からして、スケルトンが関係しているのは間違いないでありんす。つまり、魔物であるスケルトンが出現するここで採取ができよう」


 別に、その色にこだわって色を塗る必要はないのだが、あくまでもアンノウンさんは、その新色をつかってみたいらしい。


 墓標が次々と浮かび上がってくる中、スケルトンがどんなモンスターなのか想像するまでもなく予想がつく。


 骸骨がいこつ系のモンスターだろうなぁ。

 


「夜明けが来る前に、狩り尽くそうぞ」


 姫武者は妖艶に微笑み、白骨が転がる墓地へと足を踏み入れた。


 俺は『この先、幽霊に注意』との妙に可愛らしい字で書かれた立て看板を尻目に、アンノウンさんの後に続いた。






『浅き夢見し墓地』の推奨レベルは4~9レベルらしい。

 なぜ推奨レベルがばらつくのかと言うと、深部へ行けば行くほど出現するモンスターが強くなっていくからだそうだ。



アンノウン Lv11 HP230/230

ミナ    Lv8  HP110/110

タロ    Lv4  HP50/50


 アンノウンさん、レベルが高い。

 そして、ミナはまぁLv8とそこそこだ。

 なんだか俺だけ場違いな気がしてこなくもないが、お目当てのスケルトンは割と弱かったりした。



「て、天使さまは私がお守りしますっ」


 可愛いかけ声とともに、メイスを動く骸骨がいこつに叩きつけていくミナ。

 バキュッ、バキッ、ガガッと、骨の砕ける音が妙にリアルだ。

 

「ふふっ。スケルトンは打撃武器に弱いでありんす。ミナ氏のメイスは助かりんす」


 夜闇の墓地にて、神官服でメイスを振りまわし、のろのろと動く白骨モンスターを蹴散らす金髪童女の姿は、それはそれでありかなとも思ったりした。



「ドロップしてないです……なかなか『スケルトン・ダークグレイ』はでませんね」


 そのまま、ガイコツさん達よ安らかに眠って……とか十字を切って祈ってくれたりしたら様になるなーなんて暢気のんきに考えていたりする。


「やはり、でないでありんす……」


 ちなみにスケルトンがドロップしてくるのは、『白い骨』という謎の素材のみ。

 俺としては未知なるドロップアイテムなので、喜ばしいのだが、この素材を見飽きているのか、アンノウンさんは意気消沈している。


「すこし、待ってもらえますか」

 

 先頭のアンノウンさんに足をとめてもらい、俺はアビリティ『鑑定眼』を発動して『白い骨』を分析してみる。

 何かスケルトンダークグレイなる素材のヒントが隠されているかもしれない。


『白い骨』

【その昔、巨人族に奴隷として従えられていた人間の骨。すりつぶして骨粉にすると、栄養剤の元となると言われている。その汎用性は広い半面、効果のほどはそれほど望めない。また、歴史を刻む『古き史吟の魔女』たちなどが魔術の類などで使用しているのを目撃されているが、いずれも彼女たちからすれば雰囲気を演出するための道具にすぎないだとか】



 ……ぜんっぜん参考にならんわ。

 とりま栄養剤になりそうなことと、よくわからん魔女たちの小道具になってたことぐらいだな。素材的な価値も効果のほどが低いことから、高くはないだろう。


 「天使さま、何かわかったのですか?」


 ミナの問いかけに、俺は首を横に振る。


「いや。でも栄養剤としての素材になることはわかったかな。あと、ここのスケルトンたちって巨人族? の奴隷だったらしいけど」


 巨人ギガントという単語に、俺はすこしだけ興奮していた。 


「ほぅ、それはそれは道理で……」


 何かに納得するようにアンノウンさんは頷く。



 俺は周囲に敵が見えないのを確認し、もう少しだけこの素材を調べてみたいことを進言する。


「ここらの敵はわたくし一人でも十分ほふれますので、お気になさらずに」


 アンノウンさんの了承を経て、俺は習得したばかりの錬金術スキル、『調教術』で使用する錬金キット『お弁当箱』を取りだす。



 実はこれ、素材の耐性を簡易的に調べることができる。

 四角のお弁当箱に白骨をいれてみる。

 そしてフタをする。


 フタに文字が浮かび上がってくる。

 :『白骨』の特性:

 斬 2

 打 -10

 刺 2

 柔 0

 堅 1

 属性 呪1

 魔 1



 打撃によわっ。

 やっぱり魔力は『鑑定眼』での分析通り、微弱しか備わってないわけか。

 属性に呪1と表記されているのが気になるけど、とりあえずお弁当箱に付属されているキットを片手にフタを開ける。


「フォークでブスリッ」

 

 フォークで『白骨』を刺す。

:『白骨』の特性・刺+1:


「スプーンでぺちこら」


 スプーンで『白骨』を叩く。

:『白骨』の特性・打撃+1: 


「ナイフでザックリ」


 ナイフで『白骨』を切りつける。

:『白骨』の特性・斬+1:


「タロ氏!? ほ、骨を食するつもりでありんすか!?」

「いえいえ」


 ついでに素材の強化も施してみる。『復元を司る拷問台座』と比べたら、非常にスピーディで強化を実現できる半面、その強化値も低い。しかも一度強化をしたら、その素材を再び強化するのに30分のクールタイムが必要となる。


 こういった冒険中に手早く強化を施せるのが、この『お弁当箱』の特徴だ。 

 あと、大きすぎる素材はお弁当箱では分析・強化はできない。 


 その後、『鑑定眼』で見直してみるが説明文に変化はなかった。


「ふむーん……素材を簡易的に強化してみましたが、特に変化もなさそうです」


「強化? 素材・・強化・・だって?」


 アンノウンさんらしくない挙動でこちらに振り返る。

 その表情は、驚きに満ちていた。


「はい。あ、スケルトンです」


 俺が分析している間に、スケルトンが二匹ほど集まってきたようだが、アンノウンさんとミナがまたたく間に打ち砕いていく。


 ミナが奮闘する様子から、思ったよりもこの墓場は怖くない。

 夜空には月が昇り、その光に潜むように星々の明りが俺達を照らしてくれている。



「タロ氏。さっきの素材を強化する、という話を詳しく述べるでありんす」


 敵を難なくほふった姫武者が、興味津々といったていで鼻息荒く、らしくない様子で尋ねてきた。






――――

――――


キャラクター名 アンノウン


Lv11


HP230

MP62

力  ?

魔力 ?

防御 ?

魔防 ?

素早さ?


装備品


頭:黒ノ小烏帽子えぼし

胴:紅ノ戦乙女

腕:漆ノ籠手

足:城ノ具足


両手:薙刀なぎなた 祓阿弥はらえあや



スキル 薙刀術Lv12

 祝詞のりとLv3

    裁縫Lv18(彩色Lv27)


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