28話 空色ドレス


『ポーン』


 クラン・クランにインすると、すぐにミナからフレンドメッセージが飛んできた。


『天使さま、今どこですか?』


『ジョージのお店』


 ログアウトした場所がここだったからな。


『またジョージさんのお店ですか……』


『え、うん。ログアウトした場所がここだったし?』


『そういえば、そうでしたね』


『うんうん』


『天使さま、一緒に遊びませんか?』


『んん、そうだなー』


 何をしようか、まだ決めていないしどうしようか。


:ミナヅキからPT申請がきました:

:受託or拒否:


 迷っていると、こちらの有無に関係なく申請が飛んできた。

 まぁ断わる理由もないし、いっか。


 受諾を押して、ミナのPTに加わる。


 それにしても、俺がログインしてからすぐにフレンドメッセージを飛ばしてくるとは、フレンドリストをこまめにチェックでもしていたのだろうか?


『今から、そちらに向かいますね』

『お、わざわざ、ありがと~~』


 考え過ぎか。

 




「はぁはぁ」


 しばらくすると、一所懸命に石道を駆ける金髪少女の姿が見えた。

 なんだか、わざわざこちらまで移動させたことに、ちょっと罪悪感を覚える。


「ミナーっ」


 俺はぶんぶんと手を振りながら、彼女に近づく。

 ミナもフルフルと右手を振りながら、息を切らせながら笑顔で走ってくる。


「てん、し、さまっ」


「わざわざ、ごめん」


「いえ、いえ」


 合流してからミナはちょっとの間、荒い息を吐いていたが呼吸が落ち着くと法衣の裾をパタパタ叩き、服の乱れを整えた。

 

 女子力……。


「ふぅ、そういえば天使さま」


 さて、これから何をしようかな。


「なに?」


「〈妖精の舞踏会〉、楽しみですね」


 あったかい陽の元のような笑みをふんわり浮かべるミナは、心の底からワクワクしていそうだった。

 この年頃の女の子って、真っすぐだなぁ。

 俺も難しく考えすぎずに、舞踏会をある程度楽しもうかな。

 

 そんな気になれる笑顔だった。


「うんうん。楽しみだ」


「そうだ、天使さまっ。あのドレス着てみてはいかがでしょう」


「ドレスってミソラさんからもらったやつ?」


「そうですっ」


 期待に胸を膨らませて、こちらをキラキラっした瞳で見つめてくるミナが……まぶしい。


「え、えっと……ここでは、その……」


 人目もある。

 なにより、生まれてこの方、女物の服など身に付けたことがない。

 俺の男としての尊厳に関わってくる問題だ。


「また、ジョージさんのお店ですか」


 微妙に眉間みけんへとしわを寄せるミナ。


「でも、そんな天使さまの恥ずかしがり屋さんなとこも好きですっ」


 そう言って、ミナは俺の手をひっぱり輝剣屋スキル☆ジョージの扉を開けたのだった。


 え、ちょ。

 俺、着るなんて一言もいってない……。


 時として、女の子は強引である。





「天使さまが、女神さまになった、です……」


「きゃ・わ・た・ん~~~~♪」


 俺がミソラさんからもらったドレス、『空踊る輪舞曲ロンド』を半ば無理やり着せられ、その姿をお披露目すると二人はトロンっとして表情でたたえてくる。


「ぐっ、そろそろ脱いでいいかな」


 この装備は間違いなく、俺がもっている中で最高級の装備だと思う。

 特に魔法防御のステータスが異常だ。

 

 だが、しかし。

 恥ずかしい。



「何を言ってるのですか! 天使さまっ」


「そうよそうよぉん♪ もっとわたしたちに、見・せ・てぇん」


「ジョージさんは見なくていいです」


 神速の速さでミナがジョージに眼つぶしをしている。


「ぐほぉワッツ!?」


 痛そうだが今はそれどころではない。

 

 スカートの裾も短いわけでもなく、肩口や胸元が大胆に開いてるわけでもない。露出度の高い装備とは全くって言えない。

 

 だが、しかし。


 鏡に映った自分を見て、ふりふりのドレスを着た自分は。

 まさにロリータだった。


「もう脱ぐね……」

「天使さまっ!?」


 ミナが俺の手を掴もうとしたので、ついビクっとしてしまい。

 バックステップをしようとしたら、ソレは起きた。


 ふわっ。 


 ふわりと身体が宙を浮き、そのままジョージの店の天井へと頭をぶつけた。


「うわっ」

「えっ天使さまが飛んだ?」


「ほわっつほわっつ!? 目が~~目がァン~~」


 そして、ゆっくりと地上へと、本当にゆっくりと地上へと引き返す。


「な、なんだこれ」


 これも『空踊る輪舞曲ロンド』の効果?


 急いで各項目をチェックする。

 特殊効果:装備者にかかる重力が六分の一になる。


 そういえばあったな。それらしい説明が。

 試しに普通に歩いてみるが、やはりふわっふわっと10~40センチほど浮いては、ゆっくりと着地するを繰り返す。


「すごい……」


 これを着ながら外に出て、大空へと思いっきりジャンプしてみたい衝動に駆られる。


「天使さま、それって……」


「うん、このドレスの効果みたい」


「ふわああ……」


 感動するミナの横で、ようやくうめき声を上げるのをやめたジョージがはてなマークでこちらを見ている。


 俺は試しに、軽く足を踏み込んで1メートルぐらい浮いてみる。

 そのまま、くるくるーっと身をよじらせて回転。

 フィギュアスケートでやるような、トリプルアクセルをふわっと、ゆっくりと決めてみせる。

 

 スカートの裾がふぁーっと盛り上がって、すこし恥ずかしい。


 それを見たジョージはまじまじと、俺の華麗なる姿を凝視して歓喜のおたけびを上げた。



「きゃんわいいいいいいいいッヒギイイイイイィィイイッ!?」


 またもやミナがオカマに眼つぶし。

 後半は悲鳴の雄叫びだった。


 ミナ、こええ。



 そういえば、ミナはドレスとかどうするのだろうか?


「ミナってドレスみたいな装備とか持ってるの?」

「いえ? 持ってませんよ?」


「じゃあ、そのままの姿で舞踏会に行くの?」

「はい。わたしは天使さまのお付きの神官さんですのでっ」


 あ、やっぱりそういう設定なんだ。

 でもなぁ。


 俺はミナを上から下まで見る。

 

 白と青、黄色を基調とした神官法衣は、金髪少女の奥ゆかしさを醸し出し、確かに似合っていた。

 まだ未成熟な見た目とは裏腹に、凛とした佇まいが様になっている。

 

 だが、しかし。

 この素材を活かさないわけには、いかない。

 

 白く透き通った肌の色。

 金髪碧眼。

 あどけない表情。

 

 俺だけがドレスを着て舞踏会に行く辱めを受けるなんて言語道断だ。


 決して、決して、ミナの可愛らしいドレス姿を見たいなどという、不埒ふらちな思いがあるから言っているのではない。決して。



「ミナもドレスを着て舞踏会に参加しよっか」


 にんまり。


「えっ」



「だって、俺だけじゃ寂しいかな」


 必殺、上目づかい。


「えっえっ。わたしなんかが、天使さまと並んでドレスでおめかしだなんて……」


 とたんに顔を真っ赤に染めて、あわあわしだすミナ。



「いいじゃないか。一緒に着ようよ」

「天使さまが、言うのでしたら……」


 もじもじと恥じらうミナ。可愛い。



「そうと決まれば、ドレスを仕入れないとだな」

「はいっ」


「……だが、どうやってドレスって手に入るんだ?」


 自問自答する俺に、ようやくミナの眼潰しから二度目の復活を遂げたオカマが反応する。


「……裁縫スキルや彩色スキルを上げてる傭兵プレイヤーちゃんとかに、作ってもらうといいわよぉん♪」


「なるほど」


「いちおう、街の装備屋さんに売ってるのもあるけどぉんっ」


 ジョージは俺の姿を眺めて言う。


「天使ちゅわんと見合うドレスって、装備屋には売ってないと思うわぁン」


「わ、わたしは、べ、別に天使さまと一緒に舞踏会に行けるだけで、十分です」


 なるほどな。

 俺が立派なドレスを着ているのに、隣のミナが誰でも着てそうなドレスでは可哀そうだと、恥をかかせてしまうと、そういった了見か。


 さすがオカマ。ナイスアドバイスだぜ。

 乙女心を持っているだけの事はある。


「裁縫職人さんにオーダーメイドで頼めばいいのか……だけど、俺にそんな裁縫スキルを極めてる知り合いの傭兵プレイヤーなんていないしな」


 まずは職人探しから、か。


「あらぁん? わたしの紹介で良ければぁん、い・る・わ・よ?」



 ジョージ神。

 まじ、女神!


「ジョージ! 良かったら紹介してっ」


「いいわよんっっと、私もそのヒトに作ってもらったしねぇん♪」


 ジョージの発言に俺は驚く。

 行動に移すの早!

 

「え、もう作ってもらったの?」

「も・ち・の・ロン」


 両目ウィンクをバチっとする色黒オカマ。



「参考にぃんっ☆ わたしのドレス姿、見・せ・て・あ・げ・るぅん♪」


 ジョージが決めポーズを取った瞬間、有無を言わさぬ速さでミナが眼潰しをかます。


「ふぎゃああああああんっ」


 色黒細マッチョパンチパーマ、厚化粧オカマのドレス姿とかキツすぎる。

 グッジョブ、ミナ。


「じょ、じょり、ジョージ、裁縫職人さんの紹介、お願いするよ」


 許せ、ジョージ。


 床にゴロゴロと痛みにもだえるオカマを放置し、俺は裁縫スキルを高めたヒトがいったいどんな人物なのか想像する。


 わくわくしながら、まだ見ぬ傭兵プレイヤーさんへと思いをせるのだった。


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