30話 墓地にて咲く


 道中、アンノウンさんに、自分はゴミ扱いされている錬金術スキルを習得していることを包み隠さず話した。


「それにしても錬金術とは興味深いでありんすね。素材の分析や強化ができるなんて……強化した素材が逸品物なら、生産職はのどから手が出るほどに欲しがるだろうに」


 怪しげな笑みをするアンノウンさんに俺は堂々と言い放つ。


「万物を生みだし、神の領域をおかすジョブですからね」


 ドヤる。

 錬金術はすごいのだ。


「クックックッ。タロ氏は、げにおもしろいでありんす」


 ミナの方に振り返ると、ミナも嬉しそうに頷いている。


「天使さまはすごいのです」


 墓地でほんわかした空気を流す俺たち。



「はれはれ、頼りになりそうな錬金術士ちゃんもいるわけだし」


 アンノウンさんは仕切り直すように、鋭い語気で俺たちに言った。



「あまり、行きとうないが……いたしかたなし。さらに奥へと進むでありんす」


 その言い方は、アンノウンさんにしては重かった。

 それが、これから待ち受けるものの凶悪さを物語っているように思える。

 難易度が上がっていくのか。


「はい」


 俺が了承を示す返答をする。


「天使さま……」


 しかし、ミナのほうは歯切れが妙に悪い。


 ミナはこういった雰囲気のフィールドに心細さを覚える年頃なのだろう。

 不安そうな表情で俺を見つめてくる。


「大丈夫だよ」


 俺は子供をあやすように、ミナの手を握る・・・・

 子供というのは何故か手を握ったりすると、不安が薄らぐものなのだ。泣いてる幼馴染の手を取ってやると、よく大人しくなってたものだ。


「天使さま……」


 安心したのだろうか。

 にぱぁーっと微笑むミナの方が、俺にとってはけがれを知らない天使に見えた。



「はれはれ、あつあつだこと」


 アンノウンさんの独り言が墓地に響いた。





 そんな感じで墓場散歩を楽しんでいった俺達だが、奥へ進んでいくと霧が濃くなっていき、いつの間にかまばらだった墓石がひしめく程、大量なものへと変わっていった。

 

 まるで迷宮の壁を成すかのように、墓石は辺りに敷き詰められている。


「タロ氏、ミナ氏、構えて!」


 先頭に立つアンノウンさんが薙刀を身がまえながら、後陣の俺たちに警戒を促す。


 姫武者が見つめる先には、ボロボロの軽鎧を着込んだ骸骨がいこつが二体。

 左手には円盾ラウンド・シールドを、右手には曲剣シミターを所持している。


 蒼く光っている髑髏どくろの目がこちらに向くと、完全に俺達を標的と認識したのか、身体を隠すように盾を構えた。


 のろのろと辺りを徘徊しては、殴ってくるスケルトンとは明らかに違った動きだ。


骸骨兵士スケルティ・ポーン

 モンスターの名前が表示された。



「片割れはわたくしほふりんす」


 アンノウンさんはそう告げると、薙刀の長いリーチを活かして片方の骸骨剣士へと果敢に切り込んでいった。

 二体の骸骨兵士の注意がアンノウンさんに集中する。


「ミナ、俺たちもいくよ」

「はいっ天使さま」


 俺は素早く『過激なあめ玉』を口にほうりこみ、イモムシの苦みを味わいながら得物こだちを鞘から抜く。

 一分間の攻撃力上昇という恩恵を自身に付与し、素早さがミナよりも高い俺が先陣を切るように、アンノウンさんに応戦する骸骨兵士スケルティポーンの一人へと躍りかかる。


 狙うは首筋に一太刀。



「せやっ」


 俺の狙いを間一髪で悟った骸骨兵士は、上半身をグルンっと回転させて曲剣で俺の斬撃を弾いた。

 その人間離れした動きに圧倒されつつ、追撃を警戒して下がる。

 狙いを俺に変更したのか、一人の骸骨兵士は俺へと曲剣を振りかぶってくる。


「天使さまっ」


 そんな骸骨兵士スケルティ・ポーンの横合いから、メイスを振りまわしたのはミナだ。

 ガツンっと大きな音がして、敵はよろめく。

 ミナがヒットさせた場所は、骸骨兵士の盾だった。

 直前でミナの攻撃を察知した骸骨は、盾で防いだのだ。

 

 スケルトンとは身のこなしが全然ちがい、かなり厄介なモンスターだな。

 

「きゃっ」


 打撃を受け止められたミナは、骸骨兵士の曲剣の餌食となった。

 上段からミナの肩口へと、吸い込まれるように剣撃が放たれる。


 ミナ HP70/110。


 ミナは後衛職であり、防御力が低いとはいえ、それなりの装備に身を包んでいるはず。そのミナが一撃で40もHPを減らすとなると、俺のHPや防御力を考えると下手したら一撃でキルされる可能性があるかもしれない。


 攻防のバランスが良くとれたモンスターだな。


 俺にあの防御を突き崩せそうな攻撃力はない。

 と、なると残された選択肢は。


「ミナ! 俺が囮になるから、その隙に魔法を放ってくれ!」

「天使様にそんな危険なまねはできませんっ」


 否定の声を顧みず、俺はミナを狙う骸骨兵士スケルティポーンに突貫する。

 身長差もあり、首筋は狙いにくいので、下半身を主にターゲットに絞り、斬撃を加えていこう。


 身を低くして、相手の攻撃をかわしやすいように体勢を整え、小太刀を振るう。


「わ、わかりました! て、天使さま、死なないでっ」


 ミナは俺の意志を汲みとってくれたのか、詠唱に入ったようだ。


 俺の動きに反応した骸骨兵士の曲剣を、地面を転がってかわし、ひざへと小太刀を突き刺し、素早く離脱。

 ターゲットがミナに移らないように、俺はアイテムストレージから出していた『石コロ』を投げつけて牽制する。

 

 何度か、そうやって攻撃と回避を行った後に、ミナは得意の魔法を骸骨兵士へとぶちまけた。


小さき灯ファイア!」


 ミナの掌から真っ赤に盛る火の手が上がる。

 

 突然の魔法にひるむ骸骨兵士スケルティ・ポーン

 なかなかのダメージが入っているようだ。


 そこへ、追い打ちをかけるように俺は骸骨の足元に転がりこみ、また膝部分を小太刀で一閃。

 白骨の欠片が飛び散り、見事に削れる。

 

 片足の機動力を失った骸骨兵士は体勢を崩した。

 

「ミナっ!」


「はいっ!」


 そこへ、ミナが骸骨兵士の頭蓋めがけてメイスを振り下ろす。


 バキャッと不快な音が鳴り響く。


「仕留めたか?」


 骸骨兵士の頭は右半分が砕け散り、それは片方の眼孔まで及んでいる。

 しかし、残った左目は怪しく光っており、こちらを見据えている。


 近くのミナを盾で弾き、うちの神官さまは地面につっぷしてしまう。


 そこを好機とみたのか、骸骨兵士スケルティポーンはギュルンギュルンっと上半身を回転させ、ミナへと片足を軸にしてコマのように接近していく。


 ミナをかばうために、とっさに骸骨の進行方向に身をおどらせる。


「とりゃっ」


 俺はあの剣撃に耐えられる自信がなかったため、足元を狙って転倒させる事を試みる。


 狙い違わず、敵の懐に飛び込み、その足を切りつけることに成功した。

 だが、相手は俺に覆いかぶさるように転び、俺はその剣撃を浴びるコースになってしまった。


「あっ」


 ダメだ。

 これは避けられない。


 おそらくHPを全損するかもしれない。

 チラッとミナと目が合う。


 彼女は悲壮な顔をして、こちらに手を伸ばしていた。



 やってしまった。

 死なないって豪語したばっかりなのにな。


 すこし、悪い事をしたかもしれない。

 そんな思いが胸中にこぼれた刹那。



「せいっ」


 姫武者の凛とした裂帛れっぱくが響く。

 それはアンノウンさんの援護、いや、救出だった。

 

 その長いリーチを活かして、薙刀なぎなたをふるい、見事に骸骨兵士の頭部を切り飛ばした。

 その衝撃でずれた剣の軌道は、地面へと突き刺さる。


 すでに頭部を失くしているはずなのに、骸骨兵士は自らの曲剣を引きぬこうともがいている。

 

 さすがはアンデッド。

 頭を失くしても動いている。


「はいやっ」


 とどめとばかりにアンノウンさんは、右に左へと骸骨兵士の両腕を切り飛ばし、最後は胸部を突いて動きを止める。


 骸骨兵士スケルティポーンはパリンっと光の粒子となって霧散した。


 ドロップアイテムは特になし。


「ふぅ」


 息を深くつき、姫武者は薙刀の構えをとくと、こちらへ歩み寄ってくる。


「危なかったでありんすね」


「あ、ありがとうございます」

「て、天使さまっ」


 ミナが俺に駆けより、右腕にしがみついてくる。

 突然のことにびっくりしつつも、相手は年端もゆかない少女なわけで、動揺するほどでもない。


 だが、これはちょっと人前でやられるのは恥ずかしい。

 かと言って、ミナの今にも泣きそうな顔を見ると振りほどくのも気がひけたので、そのままにしておいた。

 地面に腰をおろしてひっつく俺達二人を見たアンノウンさんは、袖口そでぐちで唇を隠しフフフと笑ってくる。


「しかし、お二方はPTとしてのバランスは良いのですが、火力が足りてないでありんすね」


 俺が牽制、アイテムでの補助、ミナが魔法攻撃と打撃攻撃。

 一見、バランスはとてつもなく良いのだが。

 牽制するには、攻撃をそれなりに被弾しても耐えられる防御力とHPが必要であり、俺にそれはない。

 ミナの魔法攻撃は数回に限られ、なおかつ初期魔法。打撃攻撃を加えるにしても防御力が低い後衛職ステータスのため、あまり前に出る事はおすすめできない。

 

「やっぱり、そうですかね」


 俺の言葉に余計にしょげた様子を見せるミナ。



「でも、まだまだ、お二方は伸び盛り。これから互いに精進しましょう」


「ミナ、俺達はまだまだ強くなれるよ」

「はい……天使さまとなら、わたしは強くなれます」


「う、うんうん」

「でも、死なないでくださいね」


「善処します……」

「うぅ」


「が、がんばるから」


 そんなやり取りをしてつつ、俺達は再び歩を進めていく。

 すると、どうやら周囲の様子が変わってきた。


 開けた墓地から、いつの間にか墓石がひしめき合って、壁のような様相を成すようになっていった。


「墓石の先が見えないな……」


 さらに、石のサイズもどんどん大きくなっていくようで、もはや墓標の向こう側をうかがうことができない。


「迷路みたいです」


 まるで墓石の迷宮といったところだ。




「ここからが本番なり……」


 左に折れる曲がり角の前で進むのをやめたアンノウンさんは、不意に立ち止まり、顔だけ奥へと出して、


「あれを見るでありんす」


 同じように頭だけ出して、様子を窺えと指し示してくる。


 俺とミナの二人は、アンノウンさんに言われた通り顔を覗かせる。


 俺達が曲がって進むであろう場所には、フラフラと当てもなく、うろつく骸骨が一体。

 まるで夢遊病の患者だ。

 そんな足元もおぼつかない様子であるため、恐怖は抱かない、といったらソレは違う。


 先ほど襲いかかってきた骸骨たちとは、比べようもない程に巨体だったのだ。

 三メートルはないにしても二メートル以上は確実にある。


「これが巨人の墓場と言われる所以ゆえん


 なるほど。奥に進めば進むほど、大きくなっていく墓石と白骨のモンスター。



「あれは『さまよう骸骨エル・ワイト』。動きものろく、敵感知もにぶいから傭兵に気付きにくいでありんす。れど、あの見目みめ通り攻撃力は高し……」


「手強そうですね……」

「勝てるのですか?」

 

 

「これ以上は進まないほうがいいでありんすね」


 少し残念そうにこちらを見据えるアンノウンさん。

 

 その返答は予想通りのものだった。


 わかってはいる。

 俺は火力不足にくわえ、一撃でも攻撃をくらってしまったらキルされかねないレベル帯。

 そしてミナも初級魔法にしては高威力だが、あと2回しか使えないMP残量。

 

「引き返すでありんす」


 正直、俺達を連れて、これ以上の攻略は無理難題だろう。



「はら……って言ってる場合でもないかしら」

 

 何故か上を見上げるアンノウンさん。

 俺達も釣られて、視線を持ちあげる。



 そこには『さまよう骸骨エル・ワイト』より更に巨大な骸骨が、暗闇を宿した頭骸の双眸でこちらを見下ろしていた。


 そのからっぽな眼光は、背後の月明かりを伴って、一層不気味に思えた。


 2メートル弱の墓石を悠々と超える巨体、4メートルはありそうな骸骨が、近くの墓標に手を突き、墓石の壁を乗り越えてきた。


 ずしり、と右足がこちらのエリアへと踏み込んでくる。


けっ」


 アンノウンさんの警告で間一髪、巨人の骸骨が振り下ろした掌は空を切り、地面へと叩きつけられた。


 乾いた墓地に土煙が舞う。

 

 緩慢な動きだが、その巨体故に圧迫感はすごい。


「『巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカー!」


 アンノウンさんはかわすのがギリギリだったのだろう。

 片膝をつきつつも、モンスター名をこちらに伝えてくれる。


「動きは遅いが、ここの墓石でできた壁を乗り越えて執拗しつように追ってくるつまらないむくろ。壁を無視しての追尾はおもむきがないでありんすね」



「戦うしかないってことですか?」


「はれはれ……逃げている間に他のワイトたちとエンカウントしたらそれこそ終わり」


 覚悟を決めたように、アンノウンさんは薙刀なぎなたを横薙ぎにふるい、俺達の前に立つ。


「色を、美を求めるには、それ相応の代償を、か」


 代償……そう呟くアンノウンさん。


 危険。

 これが冒険ってやつなのだろう。


 確かに錬金術という神の造形美も、素材という代償はつきものかもしれないが、そんなのがなくても楽しめる美もあるだろう。



「んん。純粋に綺麗を楽しむことだってできますよ?」


 俺の声に、アンノウンさんはチラリとこちらを見て笑みをこぼす。


「あはは、確かにお嬢ちゃんたちを愛でているだけなら、それはそうかもしれないねぇ。でも、タダほど怖いものはないでありんすよ」


「アンノウンさんだって綺麗じゃないですか」


「……わたくしのは造り物・・・でありんすよ」


 キャラクリの事だろうか?

 造るからこそ、楽しいのが錬金術。


 ヒトの手が携わって造られたものなら、もはや俺にとっての美。

 


「では、綺麗を楽しみましょうか?」


「なにをするつもりでありんすか?」


 俺がアイテムを取りだすのを見て、アンノウンさんはいぶかしむ。

 握るはオモチャみたいなマジックステッキ。


「景気良く打ちあげちゃいます」



 初めて錬金術で創り出せた攻撃系統のアイテム、『狙い打ち花火(小)』を取り出し、頭上から迫りくる骸骨に狙いを定める。


 

 そして、言葉どおり、両手に持った筒を爆ぜさせる。


 『シュドン!』


 小さな火球が巨大な骸骨の右眼孔がんこうへと見事に入る。


 そして続く音色は、俺たちを眩しく照らす爆音。


 『ぱぁーん!』


 骸骨の頭蓋ずがいは弾け飛び。


 夜闇に散々と、緑と赤の火花が咲き誇る。


 墓標に煌びやかな花火が打ち上げられたのだった。



「わっ」

「きゃっ」

 

 花火との距離が近すぎたため、まともにその花を見る事は叶わない。

 あたりは爛爛らんらんと火花が散りばめられ、俺達をもパチパチと巻き込んでいる。

 

 巨大な宝石が爆散したように、もはや花火と判別するのも難しい程の光量。

 


「はんなり、綺麗な大輪どすぇ」


 けれど。

 優美とは言い難い色に彩られた姫武者は、子供のような笑顔を漏らしていた。



 何をした、が大事なのではない。

 何を思った、が重要なんだ。


 冒険をして、楽しい。

 このたかぶりがある限り、何が消費されても代償などとは思えなかった。




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