24話 神兵の名門


「えっと、これ。どうする?」


 行き先を俺に尋ねてくる御者クロスケを放置して、いったんミナとジョージに話を振ってみる。


「天使さまのいきたいところに、わたしも行きます」


 ミナは恭しく法衣の裾端をつまんで一礼する。

 なんかこの子、御者の雰囲気にノッてるな。

 

 ジョージはと言うと。


「のってみましょぉん♪ のってみましょおおおおんっ」


 こっちもこっちで、くちゃくちゃノっている。テンションがウザたかい。

 周囲の視線が痛いのでくねくねするのやめて、わかったから。


「乗るにしても、どこに行く?」


「んん~~っそうねぇん……」


 ジョージはあごあおヒゲをジョリジョリとなでながら、しばらく考え込む。


「賢者ミソラちゃんの言葉もあるし、テアリー公の邸宅まで行ってみるのはどうかしらぁん?」


 お、それはいい案かも。

 あの、全くNPCっぽくない賢者ミソラさんの事を流布しているという、テアリー公がどんな人物なのかも気になっていた事だし。妖精の舞踏会とやらのイベントに関する情報も掴めるかもしれない。


「じゃあ、御者さん。テアリー公邸までよろしくお願いします」


 街中の傭兵PVS傭兵Pを一手に取り締まり、鎮圧していく神兵デウスの名門かぁ。そこの当主とは、どんな人物なのだろう。


「かしこまりました、我が主」


 クロスケ君は貴族がするような優雅な所作で頭を下げ、行き先を承諾してくれた。

 こうして俺達三人は、白金を宙空に散りばめる、純白の馬車へと乗車したのだった。

 


「わぁ」

「あらぁんっ♪」

「ふかふか……」

 

 内装は落ち着いた黒を基調に、茶と赤が要所で栄えている。

 相座席の座り心地はもふもふで、傭兵プレイヤー六人が余裕で収まりそうな広さだった。


 車窓は布が垂らされており、外からは俺たちの姿は見えないだろう。

 布についたヒモを引っ張ると、上へと絞られていき、外の風景を堪能できる。さらに窓を開け、身を窓枠にのり出してみる。


「うわ、きもちいい」


 馬車はみるみる、横で広がる街並みを置き去りにしていく。流れる先駆都市ミケランジェロの情景と、頬を打つ風の感触が心地よい。


 また程良い振動が、身体に伝わってきておもしろい。

 サスペンションがついているのか、揺れは微弱。


「天使ちゃん、これって……」


 街並みを見るのに夢中だった俺を、馬車内からジョージが呼びかけてくる。


「んん、どしたの?」


 顔を窓から引っ込ませる、ジョージは天井を指さしていた。

 そこには白馬が四頭走っている映像が流れていた。


「これは……」


 馬車前方の映像だろう。

 すると突然ログが流れ始める。


:行き先は設定してありますが、自動操縦からセルフ操縦に切り替えますか?:


 うお、自分でも操縦できるのか。

 選択に迷っていると、天井に映る馬の手綱がそのまま垂れ下がってくるではないか。

画面から手綱!

 ゲームセンターのアトラクションみたいだ。


:手綱を握れば、操縦可能です:


「なんか、自分で操縦できるみたい」


「あらぁん、やっぱりねぇん。でもぉ、この馬車けっこうなスピードで街中を移動してるわよねぇん。わたしは、傭兵プレイヤーの少ない場所で練習することをお勧めするわぁん」


 なるほど。

 もし、ぶつかったりでもしたら、もしかしたらPvPに発展しかねない。

 馬車の衝突におけるダメージの発生があるかどうかは不明だけど。


「今回は大人しくしてよっと」


 そうして、俺達はしばらく馬車の中で揺られる。

 

『ポーン』


 その間に姉からフレンドメッセージが届いた。

 少し煩わしさを覚えつつも、レベル上げや武器をくれた恩もあるため、不承不承と通話を繋げる。


『タロ』


『なに、姉』


『百鬼夜行って傭兵団クラン、知ってるわね?』


 昨夜、晃夜こうや夕輝ゆうきと一緒になって戦った、眠らずの魔導師グレン君率いる、ちょっと痛い傭兵団クランね。


『う、うん?』


『とある情報によると、その傭兵団クランに銀髪の美少女がキルされたって聞いたのだけれど』


『へぇ』



 ……間違いなく俺のことだな。

 どこからそんな情報を仕入れたのだろう。


『タロのことかしら?』


『……なんで?』


『私の知る限り、銀髪美少女ってタロしか思い当たらなくて』


 なるほど。

 でもキルされたなんて姉に知られるのは、ちょっと弟として悔しい。

 俺だってちゃんと、このクラン・クランで傭兵としてやっていけてる、と思う。錬金術スキルを選んだからキルされた、なんて思われるのも嫌だ。


『だとしたら、なに?』


『もし、わたしの・・・・タロをキルした奴らがいるのなら。私は全力で潰しにいくわ。クラン・クランを引退するまで執拗に宣戦布告し、殲滅し続けてあげるの。狩って狩って、やる気も魂も全て狩り獲ってあげるわ』


 ……。


 ひぃ。

 こええええ。


『わたしたち……って?』


『私の傭兵団クランよ?』


『へ、へぇ……』


『で、キルされたのってタロなのかしら?』


『いいえ……』


 口が裂けても言えない。

 大事になりそう。


『でも、クラン・クラン公式サイトの〈戦闘〉PvP〈スキル〉って掲示板に、タロに酷似した美少女が』


 ガタッ。

 馬たちの蹄の音が静かになるとともに、馬車の動きが止まった。



「何者だ! 止まれい!」


 外から剣呑けんのんな声が響いたので、俺は窓からそーっと様子をうかがう。

 青鎧に身を包んだ神兵デウスが二人、豪奢な門の前で互いの槍をクロスさせ封鎖していた。


『姉、また連絡する』

『ちょっと、タロ?』


 俺が姉とのフレンドメッセージを切ると、ジョージが溜息混じりに落胆した。


「あらあらぁん。やっぱり、通行許可は下りないかしらねぇん」


「どういうこと?」


「テアリー公の御屋敷に入れるのって、クエスト『治安維持貢献・神兵の訓練補佐』っていうのをクリアしないといけないよのぉねぇん」


「どうして、それを先に言ってくれなかったのですか……」


 ミナが俺の気持ちをジト目で代弁してくれる。


「もしかしたらぁん? この馬車なら通してくれるかなって思ったのぉん♪」


「何を根拠に……」


「決まってるじゃなぁいん♪ オ・ン・ナ・の勘よっ☆」


 ジョージ、女じゃないし。


「はぁ……」


 確か神兵デウスって相当強いんだったよな。

 もめ事に発展しなければいいんだけど。

 御者と神兵デウスのやり取りを、ビクビクしながら眺める。


「御者上からの文言を失礼する。こちらにおわしめすは、妖精の良き隣人にして、賢者ミソラ様のご友人であらせられる、タロ様でございます」


「ほう」


「突然の訪問、非礼はお詫びします。ですが、このまま其の方といたしましても、このお方を無下にお帰しになさるのはどうかと思いますが」


 言葉の捉え方によっては喧嘩腰のような、挑発的な台詞をクロスケ君が神兵デウス二名にふっかけているような気がしなくない。

 もっと慎重にしてほしい。相手は傭兵プレイヤーが何人いようが、余裕で圧倒しちゃうNPCなのだから。


「この馬車は……確かに妖精の息吹を感じる……」

「これはテアリー公に報告せねば」


 報告。

 なんだか話が大きな方向に発展しているような気がする……。


「失礼ながら、しばし待たれよ」


 そう御者に告げて、神兵の一人は門の中へと走っていった。





――――

――――



「妖精の匂いをまとったお客人が来たとの報告を受けてみれば、なるほど。妖精に劣らぬ、いや、それ以上に美しく可憐なお嬢さん方の来訪か」


 茶髪の髪を後ろになでつけ、仕立てのよいシャツの上から短いマントのような羽織ものを右肩にかけている壮年の男性が、俺達を出迎えてくれた。

 ちゃんとオカマもお嬢さんとしてカウントしているあたりでタダ者ではない。


 紳士だ。


 あれから、テアリー公へ報告しに行った神兵デウスが戻ってくると、入門の許可が下りたとの事で、俺達は神兵デウスに屋敷を案内された。


「ねぇん、言ったでしょぉん?」


 バチッと両目閉じウィンクをするジョージがちょっと、うっとうしかったが、今回はジョージの女の勘とやらが的中したようだ。

 見事に屋敷へと通してもらえたどころか、くだんの家長にすんなりとお目通りが叶うとは。




 テアリー公の御屋敷は広大で、すごい権力の持ち主なのだということがうかがい知れた。

 あと、神兵デウスの数が尋常じゃない。

 ちょっと廊下を歩いただけで、7人とすれ違った。

 戦力もかなりそろえているようだ。さすが神兵デウスの名門と言われるだけのことはある。


「では、テアリー公はこちらの書斎にいますので、どうぞ」


 そうして使用人? に案内された扉をくぐると、壮年男性が出迎えてくれたのだ。


「おっと、レディの前でとんだ粗相をしてしまったようで。お許しを」


 そう言って精悍な男性は膝をつく。

 どこかの魔導師に少しだけ立ち居振る舞いが似てるな。


「我が名はオッズ・スクーウェント・テアリーだ」


 どうやら、目の前の男性がテアリー公らしい。


「タロです」

「ミナヅキです」

「ジョージよぉおん♪ お久しぶりねぇんテアリー公」


「おぉ、ジョージ殿であったか。先の神兵訓練では世話になった」


「いいぇんっ♪ どの神兵も屈強で好みだったわぁん。もちろん、ア・ナ・タ・もよ」


 昼間から堂々と、三公の一角を誘惑するオカマすごい。

 確かにテアリー公は、ジョージの好みそうな身体付きをしている。

 鍛え抜かれた鋼のような筋肉は、シャツ越しでも見てとれる。


 というか、ジョージは入場条件のクエストをクリアしてたのか。



「コホンっ。それはそうと、妖精の匂いを運んできたお嬢さんと言うのは……」


 テアリー公はジョージ、ミナ、俺へと視線を移していき、俺で止めた。


「ほむ。タロさんが、妖精とえにしを結びし者か」


 どこかで聞いたような『ふむ』の言い方だな。

 おじ様が、『ほむ』とかちょっと可愛らしい。


「は、はい」


 とりあえず生返事をしておく。


「キミは、賢者ミソラ様をご存じか?」


「はい」


「会った事もあるわよぉん?」


 ジョージが補足をしてくれる。


「なんと……私も幼少の頃に一度だけお会いしたきりなのだが……」


 そう言って、テアリー公は自身の家にまつわる伝承を俺達に説明していった。

 

 過去にミソラの森には妖精たちとエルフが住んでいて、テアリー家はその森と共生する人族の長だったらしい。

 ミソラさんから聞いた話と一致する。


 自分たちは妖精の宝を狙う人間たちの支配に屈し、早々に妖精やエルフ達から遠のいてしまった。その無念と罪を子々孫々、努々ゆめゆめわすれぬように、一年に一度、舞踏会を開くそうだ。


 暴力と恐怖で支配していた王国が滅びると、妖精たちへの友好を取り戻したいと願う、もしくは利用したいという思惑が広がり、その風習が今では各都市にも伝播しているらしい。

 

 なるほど、つまり今回の『妖精の舞踏会』は、先駆都市ミケランジェロだけで開催されるものではないと。各都市でそれぞれに催されるようだ。



 テアリー家には代々の当主になるべく人物に、賢者ミソラが一度だけ顔を見せにくるそうで、今のテアリー公はそれが幼少期だったらしい。



「妖精たちは楽しく愉快な事が好きなようで」


 重々しく語るテアリー公。


「ヒトを招き、集まった者同士で語らい、楽しい一時を過ごす。もしかしたら、その温かな空間が妖精たちを、再び呼び寄せるのではないか、と」


 ふむ。

 テアリー公も妖精たちと会いたいのかな。


「そして、我々に謝罪する機会を今一度、欲しいのだ。そして、都合のいい話かもしれないが、人間と妖精、エルフが手と手を取り合ったあの時代を復活させたい」


 なるほどね。


「舞踏会でふるまわれる料理は全て、伝承どおりに妖精好みのモノばかりにしている。私の代で妖精と相まみえることはできないだろうと、なかば諦めていたところにキミの登場だ」


 公は瞳を爛々らんらんと輝かせた。


「ぜひとも、ミケランジェロで開催される舞踏会に参加してほしい」


「参加するのは特に問題ないのですが、その『妖精の舞踏会』ってどんな事をするのですか?」


「ただの社交会だよ」


「なるほど……」


 社交会ってなんだ。

 食べて、踊って、喋る感じ?



「キミは賢者ミソラ様のご友人であるらしい。ならば舞踏会用のドレスをキミに進呈したいのだが、どうかね?」


 ドレス、か……。

 今までこのキャラクターではそんな女子っぽい服装をしてこなかった。

 なんとなく、それは越えてはいけない最後の一線のような気がして。

 もちろん、そういったデザインの装備を持ってないというのもあったが、なんとなく女性モノの洋服を着るのには抵抗がある。


 ここは丁重にお断りさせていただこう。


「もうし「それには及ばないわ、及ばないよ」


 俺の断りの文句を遮る、中性的な声が後ろから発せられた。

 驚き、背後を振り向くと賢者ミソラさんがいた。


「ミソラさん!?」

「やぁ、やは、タロちゃん。今日は二度目の出会いだね」

「は、はい。こんにちは」


 俺とミソラさんの挨拶が終わり、テアリー公の様子をうかがえば、彼はふるふると震えながらミソラさんを凝視していた。

 突然の闖入者に驚いているようだ。


「あなた様は……」

「ほむ、ふむ。何を驚いているんだい、テアリーの小僧っこ」


 あ、さっきテアリー公が『ほむ』って言ってたのは、ミソラさんの真似か。


「空あるところに、ミソラありと言われたこの私が、ここに忽然と姿を現したからって不思議じゃないでしょう、不思議じゃないよ」


「そ、それは……確かに、そうですな。空から見える場所は全て、あなた様の領域でありましたな」


 ここ室内だけど。

 空見えないし。

 窓から見える空も、会話の範囲に入ってるのかな。


 俺はチラリとミソラさんを見ると、彼女はいたずらッ子のような笑みをこちらに向けてきた。


 ……なんだか、この人。

 おれに何かを細工してるような気がする。

 傭兵プレイヤーに俺がキルされた事も感知していた程だし。

 一瞬で俺のもとへとテレポートできる仕掛けとか……つけられてないよな?



「ずいぶんと、大きくなったようね、なったね」


 ミソラさんはテアリー公を見つめ、そう感想をもらした。


「はい、お久しゅうございます。賢者ミソラ様。あなた様とお会いしたのは、もう四十年も前の事にございますので」


「ほむ、ふむ。壮健そうね」


「はい。我らテアリー家は、尊き妖精と再び歩み寄る日が来るのを待ち望みながら、英気を養っております故。また同じような災厄が降りかかろうとも、今生は決して折れない剣を携えたつもりであります」


「ほむ、ふむ。その心意気は買ってあげましょう。ただし、今はそんな話をするためにここに現れたのではないわ、ないよ」


「これはご無礼をお許しください。あなた様にお会いできたことが嬉しく、私も興奮してしまったようで、つい事をいてしまったようです」


 先ほどのテアリーさんの口上から、一族の過ちを詫びる流れだったが、それは今ではないと暗にさえぎったミソラさん。


「いいわ、いいよ。私達エルフと違って、人間は生き急がないと、その死はすぐ訪れてしまうものね」


「寛大なお心遣い、感謝いたします」


 魔女っ子に頭を垂れる、最強NPCの長。


「では、話の主軸を戻すとしましょう。タロちゃんが舞踏会に着ていくドレスの件だけれど、テアリー公の御手を煩わせる事はないわ、ないよ」


「そ、それは、どういった……」


「人間の手が、私の友人を着飾らせる権利はないわ、ないよ」

 

 ミソラさんは遠まわしに、俺は人間サイドの存在ではないとほのめかすような言を放つ。

 そして、彼女はゆっくり俺へと振り向き、ローブのそでをごそごそとしだす。

 またもやお決まり。



「彼女はこれを着ていくわ、いくよ」


 そう言って、ばんっと皺一つないドレスを取りだした。

 ミソラさんの袖は四次元ポ○ットなのだろうか。


:ミソラより『空踊る輪舞曲ロンド』を入手しました:


『空踊る輪舞曲ロンド

【妖精たちの魔力で織り成されたドレス。薄い空色に染色されているのは、賢者ミソラの加護に他ならない。そこには空への慈しみや、空に親しみを感じてほしいという願いが込められている】


装備条件:MP40 知力120 

レア度:9

ステータス:物理防御+32 魔法防御+157 

特殊効果:装備者にかかる重力が六分の一になる。



 フリフリがやばいいいいいいいいいいぃぃいよぉおお。

 貴族のお嬢さんが着てそうなドレスだった。

 色が白と薄い蒼ということでそれほど装飾過多ではないが、それにしてもなんというか。

 今の俺がこれを着たら、ものすごく似合いそうで怖い。

 

 銀髪に蒼い粒子を纏い、さらに空色のドレス。

 うん、やばいな。

 じっくりとその美少女っぷりを堪能してみたい。

 それが自分自身の姿でなければ。



 そして、重力が六分の一って。

 ふわーっと浮けるわけですか。とても魅力的な効果だが、人前でおいそれと披露したくない。

 キルされて奪われた日にはガチ泣きしそう。



「タロちゃん、気に入ってくれたわね? かな?」


 ドレスを凝視する俺を、覗きこむようにしてニッコリと微笑みかけてくるミソラさん。


「は、はひっ。あ、あり、ありがとうございます!」



「というわけだ。テアリーの小僧っこが出る幕じゃないわ、ないよ」

「そ、そういうことでしたら」


 粛々と頭を下げるテアリー公。


「それで、テアリー公」

「はい」


「ちょっと小耳に挟んだのだけど、ボクのことを吹聴しているそうだね?」


 にっこりと微笑をたたえる賢者ミソラさん。

 その眼は先ほど俺に向けたモノとは対照的で、微塵も笑っていなかった。



――――

――――


 それから、魔女っ子が壮年男性にお説教をするという珍しい光景を見れた俺達は、テアリー公の御屋敷を後にした。


 ミソラさんが自分も馬車に乗ってみたいと言ったので、俺とミナ、ジョージの四人で輝剣屋へと帰ることにした。



 車窓から夕闇が迫っているミケランジェロをぼーっと見つめる。

 すると不意にログアナウンスが流れた。



:一週間後、各都市・街・村の支配権・・・を所有している人物の建物が解放されます:


「これって!」

「はいっ、天使さま」


 俺とミナが顔を合わせ、ちょっとはしゃぐ。



:解放された区画にて、全都市で『妖精の舞踏会』が開かれます:

:一部の都市では開催されません:



「やっぱり!」


 向かいのミソラさんは、にこやかにこちらを見守っている。


:傭兵同士で語らい、楽しい一時を過ごせたなら、愉快な空気に誘われて妖精達が呼び寄せられるかもしれません:


:さぁ、傭兵同士の親睦を深め、新しい仲間との出会いに乾杯しましょう:


「んふぅうううんっ舞踏会で男あさりよおおおお!」


 なるほど。

 このイベントはサービス開始に伴って、PTや傭兵団クランにあぶれた者への救済措置にもなるわけか。ここで良きPTに巡り合えたりすればPT戦での幅も広がるし、攻略範囲も増えるって事だ。


 俺にも良き出会いがあるかもしれない。



:参加条件はありません:

:混雑する場合、新アイテム『馬車』でご登城してくださった傭兵のみ、会場へと優先してアクセスできます:


「天使ちゃんは、すでに馬車もちなのよねぇん……うらやましいわぁん」

「ジョージも、これに乗ってく?」


「え、天使さまそれはちょっと……」


 ミナが渋った理由は、まぁ何となく察することはできる。色黒パンチパーマなオカマがこの馬車で会場入りとはギャップも甚だしい。が、ジョージにはお世話になってるんだ。

 馬車で会場まで乗せていく事ぐらいはしたい。


「んん~んっお願いしちゃおうかしらっ?」

「おっけー」



:新アイテム『馬車』は、各都市の道具屋にて、現時点をもって販売が開始されました:


 あ、今から馬車って発売なんだ。

 そう気付いた瞬間、『ピコーン』とフレンドメッセージが届く。



『ねぇ、タロ! 今の聞いた?』


 夕輝ゆうきからだ。


『うん』


『馬車だよ! 今、道具屋ですぐに確認したんだけど、全部で三種類っぽい』


 お、じゃあ、俺は馬車をタダでもらえたからそこは地味に嬉しい。

 一体、いくらぐらいなのだろう。

 ドレスは何とも言えないけど、馬車に関してはすごく感謝。

 お金、あんまりないし。


 というか、夕輝は確認が早いな。

 さすが、傭兵団クランの団長をやっていることだけのことはある?


『1頭馬車が1万エソ、2頭馬車が3万エソ、2頭4輪馬車が10万エソらしいよ! 高いけど欲しいね。各部品のカスタマイズ要素も豊富っぽいんだ』


 たっか!


 ん、まてよ。

 夕輝ゆうきの話を聞く限り、2頭四輪馬車が最高スペックっぽい?


『4頭の4輪馬車ってないの? なんか白っぽいやつ』


 そう、今俺達が搭乗している『銀精アルジェントたちの馬車』は四頭の馬が二列になって馬車を引いている。


『4頭? そんなのはどこにも売ってないけど。色は自分でカスタマイズできるからタロも欲しければ、買った後に色を変更すればいいじゃないか』


『あ、いや……馬車って道具屋でしか売ってないの?』


『うーん……ボクは知らないけど、もしかしたら木工スキルを極めてる職人傭兵プレイヤーが馬車のレシピを入手してるかも。そしたら、オリジナルの馬車を作ってるかもしれないね』


『そ……っか。ありがとなー』



 どうやら、俺の馬車は特注品のようだ。

 ドレスにしろ、馬車にしろ悪目立ちしないように気をつけないといけないな。


 すでに遅い気もするけど……。



宝石を生む森クリステアリーの秘密を守るのって、骨が折れるな。

 誰のせいとは言わないけれど……お世話になってるから。



 満足そうにニコニコと笑っているミソラさんを眺めながら、溜息をついた。


「はぁ……」


「あるれ、あれれ。タロちゃん、どうかしたのかしら? どうかした?」



「……いえ」



 コトコトと小気味よい振動に揺られ。


 ログアナウンスによって傭兵たちが沸き立ったミケランジェロを。

 夕焼けの喧騒賑わう町中を。


 静かに走行していく、白金の馬車と俺達であった。






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