25話 幻想と現実の狭間で


「くぅ」


 空腹を主張する音が自分のお腹から呻くようになったので、俺は一度クラン・クランからログアウトした。


「お昼ご飯……」


 買いにいかないといけない。時計を確認すると昼の12時をとっくに過ぎ、二時を回っていたところだった。

 外は昨日と変わらず猛暑だろう。

 クーラーに守られたこの聖域いえから出るなんて、自殺行為もはなはだしい。だけど、人間というのは食べなければ生きてはいけない。


 つまり選択肢は一つ。


「スーパーにいくかー」


 今のこの華奢な身体では、食糧を大量に買い込んで家まで運ぶのにも一苦労するだろうが、背に腹は代えられない。

 なるべく外に出たくない俺としては、食べ物をたくさん置いておきたいのだ。


 


 うだる暑さに耐えつつ、なんとかスーパーに辿り着き目的の品物、主にカップ麺類を買い漁った俺は帰路についていた。

 カップ麺は美味しいし、たくさん持っていても軽い。


「冷えた部屋の中で熱々のカップ麺、これが最高なんだな」


 とんこつベースのこってりカップ麺を頬張る。冷えたお茶を飲む。またズルルッとカップ麺をすする。ほどよい歯ごたえ。そして、キンキンのお茶を流し込む。

 

「うん、最高」


 そんな風に自分がお昼ご飯を食べる情景を夢想していた俺は、油断しきっていたのだろう。はち切れそうになっていたスーパーの袋から、ポロっと食後のお菓子という事で、かき氷グミを買っておいたのだがそのグミが落ちてしまった。


「おっとっと」


 この強い日差しと、高気温はどこまでも人間の体力や気力を奪う。

 今の十歳そこらの身体には、その影響が顕著けんちょに出ているようで。

 かがんでグミを拾う、という動作すら億劫だ。


 だから、緩慢な動きで、かき氷グミを拾い上げようとした刹那。


「うにゃっ」


 足元から素早い動きで黒い物体が横切ったかと思うと、俺のグミが消えていた。


「ふーーっ」


 にゃんこにグミをかすめ取られたのだ。

 くりくりとした目がこちらを見ている。しっぽをうねうねしている黒猫は、俺と数瞬目を合わせたかと思うと、くるりと踵を返し近場の住宅のへいにヒョイッとその身を躍らせた。


「にゃ、にゃんこ君! それは俺のグミだ!」


 俺は黒猫に食後のお菓子を返してもらうべく、駆け出した。

 





「く、黒猫くん……俺のグミを、返してくれ」


 黒猫くんは俺の身長では届かなそうなへいを選んでいるようで、ぎりぎりで手出しができない高さを移動していく。おかげで、かき氷グミをくわえたまま、のほほんと歩いている黒猫くんがいじわるな悪魔に見えてきた。


 そんな悪魔を追いかけて、辿り着いた場所は————

 教会だった。


「あっついなぁ」


 ここは確か……。

 義妹のミシェルが日本にいた短い期間に、ちょくちょく顔を出していた教会だった気がする。


 あいつ、元気でやってるのかな。両親の仕事に付き添うように海外を点々としている、血の繋がっていない妹の顔をぼんやりと思い出しつつ、おれは違和感を覚える。


「……あれ?」


 この教会、こんな景観だったか?

 俺の記憶にある街の素朴な教会といったイメージより、一回り程大きくなっていて、なにより印象的だったのは扉だ。積み石に組み込まれた木製の扉は巨大かつ重厚になっていた。


 えっと……改築? というより、この教会って先駆都市ミケランジェロにあった教会に似てないか?


「だいたい、日本に石造建築の教会なんてあるのか?」


 クラン・クランで姉と待ち合わせていた、神兵デウスが配置されていた、あの場所とそっくりだった。


 いやいや、そんなことはないはず。

 ここは現実リアルであってゲームではない。


 不意に、視界が揺れる。


「っと、気持ち、わるい……?」


 思った以上に、この小さな体の体力を炎天下の中で消費していたのか、俺は気付くと頭がクラクラとしていて全身にだるさを覚えていた。



「あ、やばいかも……」


 多分、熱中症か。

 

 結局、黒猫くんからグミも奪取できてない。

 焦りと悔しさが入り混じり、意識が朦朧としだした時、こちらに優しい声がかかる。


「そこのお嬢さん、大丈夫ですか?」


 この熱い中、肌があまり露出しない修道服を着た中年女性がこちらを心配そうに伺っている。

 金髪碧眼で、若い頃はさぞ異性を引きつけていただろうと思わせる器量の良い外人さんだ。


 きっと教会の関係者だろう。

 女性だと認識した俺は安堵し、次いで意識を失った。






懺悔ざんげ、か――」


 それは自身の以前の行いが悪事だと気付き、それを悔いて神などに告白し、改める事。

 ボクが今するべきこと、唯一にして絶対。

 

 つまり、懺悔ざんげしかありえないだろう。


 ボクは剣と魔法、欲望の渦巻く傭兵の世界クラン・クランで、『眠らずの魔導師グレン』などと周りにもてはやされ増長していた。そのしっぺ返しに、麗しの我が姫君の前で無様な醜態をさらし、あまつさえ団長としての監督力が疑われるような行為を団員が犯してしまった。


 愛しの花を愚かにも摘み取ってしまったのだ。

 我が傭兵団クラン『百鬼夜行』にあるまじき失態。


 ゆえに、思い至ったのが『懺悔ざんげ』である。


 想い人に酷い仕打ちをしてしまった昨夜から、ボクは何をしていても罪悪感と情けない気持ちで胸中が張り裂けそうだった。



「このボクが……なんてみっともない」


 別段、特定の宗教の信徒でないボクではあるが、ヒトというのはどうしても神にすがりたくなる脆さを持っているのだな、と自嘲した。


 史上最強の炎の使い手、眠らずの魔導師グレン。

 イケメンにして紳士。そう、それがクラン・クラン内でのボクの地位であり、称号。


「ふっ」


 いつものようにゲーム内での自分が行う仕草、前髪をファサッと右手でかきあげても、出ていってしまった気力は戻ってはこない。


 それどころか、洗面所の前でお決まりのポーズをとった自分が目に入ってしまい。


「……」


 鏡に映る、ゲームキャラのイケメンなグレンとは似ても似つかない、現実リアルの平凡な自分が、ナルシストのような佇まいをしていた。


 自身の評価では中の上あたりだろうと思っていたところ、我が愚妹に思いきって聞いてみたら、中の下、いわゆるブサメン予備軍と明言された。

 『それに兄貴は中二病だし、キモい』とバッサリ切り捨てられたのを思い出す。


「…………イケメンは爆ぜろ」


 余計にテンションが下がった。



「それにしても、やはり顔色が悪いな……」


ほぼ眠らない・・・・・・で、生活しているため目の下のクマが濃い。


 眠らなくても、大丈夫になったのはいつ頃からだったろうか。


「たしか、クラン・クランのベータテスターに当選したという報告がきた直後だったか……」


 睡眠を取らなくても身体の具合に支障をきたさない、どころか、眠らなければ眠らない程、頭の中が冴えわたり、忌避しがちだった勉学も短時間で暗記できることが判明してからは、成績も上昇していった。


 学校にしっかりと登校し、授業もそつなく受ける。そして、それと並行作業でクラン・クラン専用のコンタクトを目に装着し、かの世界でも魔術師として研鑚を積んでいた。授業中はイヤフォンをさすがにつけられないので、聴覚が遮断された状態でプレイしているが。



この体質・・・・なってから・・・・・というもの、自分には敵なしと思えるような無敵感と充足感を覚えていた。


 おまけにクラン・クラン内で破格の称号を二つも手にしているボクが、他の傭兵プレイヤーよりも強いのは変えようのない事実だった。



『熱にほまれし者』

【赤属性魔法の発動を100%成功させる。また、自身が発動する赤属性の威力を5~20%上昇させる】


『迅速なる魔語修士スペルマスター

【詠唱から魔法の発動までの速度を上昇させる】


 この二つの強力な称号を駆使して、ボクは『百鬼夜行』の団長として、自分も含め団員を少しでも強くするために邁進まいしんしてきた。



 称号の習得条件に、不眠の体質を得て、なおかつ向上心という熱にほだされる者。とか、並行世界を同時に脳内処理する速度が異様に速い者、とよくわからない説明が書かれていたが、体質の変化・・・・・が関係しているのだろうか、となんとなく察してはいる。



 そんな、このボクにあるまじき、可憐なひめの前での大失態。


 早々にこのモヤモヤとした気持ちを切り替えて、団員を引っ張っていかなければならない立場であると自覚していても、どうにも割り切れない。


 気落ちしてしまうのだ。


 副団長のユキオなんかは、そんなボクを心配するあまりに、普段は別行動を取る事が多いのに、ずっとそばはべるように狩り等にひっついてくる始末。



「しっかりしないと、だな」


 近所に教会があったはずだ。


「メルヘン卿などと、ふざけた名前を付けた奴らに、愛しの花をいつまでも任せておくわけにもいくまいし」


 教会に足を運び、懺悔ざんげをして泥沼にはまったようなこの心を清いモノへと洗い流さなければいけないだろう。

 

 愛しの姫君のためにも、団員のためにも、自分のためにも。


 そう決断して己の罪を告解すべく、眠らずの魔導師グレンこと、一条司であるボクは夏休み二日目の午後、外へと繰り出した。






 気付くと俺は礼拝堂の椅子に仰向けになって、よこたわっていた。


「あら、気がついたようね」


 にっこりと柔和に微笑む40歳前後の外人シスター。

 どうやら、熱中症で倒れたところを、この教会に運んで休ませていてくれたらしい。

 

「あ、あの、俺は……」


 身体のだるさに抵抗しながら、上体を起こす。

 するとシスターは水の入ったコップを手渡してくれた。

 俺はそれをこくこくと飲んでいく。


「どうやら、軽い熱中症を引き起こしていたみたいだから。勝手だけれども、こちらに運ばせてもらったわ」


 子供に優しく語りかけるように、シスターは微笑みを絶やさない。

 そして、このシスターは日本語が上手だ。


「あ、えっと……」

 

 礼拝堂には、目に付かない場所にクーラーでも設置してあるのか、室温は熱くも寒くもない、丁度いい温度が保たれている。


「あの、ありがとうごいます」


 本当に助かった。

 この身体になってからというもの、慣れないことばかりで油断も隙もないとは、まさにこのことだ。

 シスターに深く感謝すると共に、猛省する俺。


「これも女神の思し召しです」


 シスターはシスターらしく、胸の前で右手で円? を切って両目をつむり神に祈りを簡易的に捧げたようだ。


 見た事のない祈りの捧げ方だった。

 おれは無宗教の身ではあるけど、その神に仕えるシスターの行いに感謝の意を込めて、一緒になって祈りを捧げてみる。



「あらあら。お嬢ちゃんも敬虔な信徒になれるかもしれないわね?」


 軽く宗教勧誘されているのかも? と恩人に警戒しそうになるが、シスターは別段そんなつもりはないようで、率直な感想を呟いただけのようだ。

 子供を愛でるような視線は母性に溢れていて、あたたかい。


「シスターが信じている神様とは、どんな神様なのですか?」


 宗教に興味はないが、ここの教会は十字架もなければ、イエス・キリスト様の偶像も祀られていない。

 ただ、七色のステンドグラスの煌びやかな光彩が礼拝堂内に降り注ぎ、祭壇の中心には質素な女性の小さな像が置かれているだけだったのだ。


「虹色の女神さまを信奉しているのよ」


 虹色の女神さま? そんな宗教、聞いた事もない。

 俺が記憶にない神様の名前を聞いて頭をひねっていると、シスターは子供に聞かせるようなゆったりとした口調で語り始めた。



「昔々、この世界には白い女神、白き大地を司る神がいました。そこに天空を統べる黒い神がやってきて、世界に夜が訪れ、白き朝が生まれました。そして二神の間には子ができ、灰色の神が生じました」


 16年間、生きてきた中で一度も耳にした事のない宗派だった。

 まぁ世界には多種多様な宗教が存在しているというし、こういう宗教もあるのだろう。


「三神は、自分達の世界にもっと神を呼ぶことを考え、神々に呼びかけました。それに応じて、黄、緑、藍、赤、橙、青、紫の七神がそろったところで、七色の虹が発生し、虹色の女神が生まれたのです」


 その虹色の女神さまを崇拝しているのが、この教会の宗派ということか。


「そして、虹色の女神と灰色の神との間で生まれた子が、十色を受け継いだ存在、私達人間の上位種、神人たちなのですよ」


 神人……どこかで聞いたようなワードだな。

 とりあえず、人間は十人十色ってことかな。


「しかし、私たち人間は各色の力が均等化されすぎていて、各種の力を上手に引き出すことはできませんでした。そこで他の神々とは違って、各色の理を人々に辛抱強く教えていったのが全人類の母である、虹色の女神さまだったのです」


「な、なるほどです」


 すごくファンタジー小説に出てきそうな神の系譜ですね。


 ここ、近所の義妹が通ってた教会で合ってるよね?


 俺の妹であるミシェルは、色彩の神様っぽいのを信仰していたのか……。


 そういえば何かの文献で、古代人は青を認識できなかったらしいという見解があったような気がする。なんでも、古代文明に残されていた石文にはどれも青色を表す記録が一切残されていなかったことから、色彩の認知が現代人と異なる通説があるとか。

 どうでもいい話だったな。

 


「お嬢ちゃんの髪の毛の色は。神々ですら出せなかった色なのです。そんな貴方あなたが、ひどくはかない色で私達の教会の前で倒れたとなったのであれば、虹色の女神さまを信奉する私達としては介抱することが当然の行いなのです」


「は、はい」


 ひどく儚い色。具合が悪そうに見えたってことかな?


貴方あなたは何かひどく苦しみ、悩み、逃避している最中のように思えます」


 シスターはジッとこちらの内面を見透かすように、しかし慈愛に溢れた眼差しを向けてくる。

 

 ウン白で絶望のどん底に叩き落され、わけもわからず、銀髪美少女化してしまい、絶賛VRMMOにて現実逃避中なこの俺に。



 数瞬後、シスターのまとう空気がより洗練され、透明なものに変化した。


「迷える子羊よ。虹色の女神の名のもとに私、シスター・レアンが貴方あなたの告解をこの場にて聞き遂げます。なんなりと、汝の苦しみを分かち合うことを誓います」


 その神聖な所作に気圧されて。

 凛とした誠実な佇まいに促されて。


 俺は口を開いてしまった。


 好きな人にウン白をかましてしまったことを。


「……そうでしたか」


 シスターは俺の話を聞いてから俯いた。

 そして。


「よくぞ、想い人への貴方の愛を伝えましたね」



 にっこりと微笑むシスター。

 よく、がんばったね。と言われたような気がした。

 

 たったそれだけの言葉だったけれど、たったそれだけで、告白した事を後悔ではなく、何かに変えられたような気がした。


 そしてシスターは、そもそも脱糞だっぷんは人間の自然現象であり、現代に至っては汚物扱いされているが、昔では作物の肥料になどつかわれていたこともあり、成分的には生を繋ぐ大事な糧となりえる物質だと、うんこのご高説をシスターに説いてもらった。


 うん。


 クラン・クランでも『うまのふん』とか実は使える素材だったしな。

 でも、なんだろ。教会でシスターにウンコについて真面目に語られるって、人生でそうそうない気がする。


 一通り、話し終えたシスターは最後に。


「貴方はまだ、何かをその胸に抱えているようですね。何かありましたら、なんなりと司祭である私に言ってくださいね。虹色の女神さまはいつ何時でも、私達を見守ってくれています」


 確かに、突然の少女化についてはまだ言っていない。

 だが、やはり初対面の人にこういった事を相談するのはさすがにできなかった。


「は、はい……ありがとうございます」


 そんな俺の歯切れの悪い反応を見たシスターは、急に両手をポンっと叩き、さも妙案が思いついたといった風情でおれの両手を取った。


「そうだ。お嬢ちゃん。貴方あなたに時間があって、もしよろしかったらなのですが、懺悔室ざんげしつでのお話の聞き役などしてみてはいかがでしょうか?」


「え!?」


 懺悔室って、悪い事をしてしまったときに告白しに行くところだよな。

 それで神の許しをいただくものだっけ?


 それの聞き役って、その宗派でもない俺がやっていいものなのか?

 そもそも、神の許しの代弁をするわけだから、教会内でも割と地位の高い信仰力とかが必要になるんじゃ。

 そんな大役、行きずりの俺がやっていいとは思えない。


「貴方と同じ、悩める子羊の告白や告解を聞いて、新たに見えるものがあるかもしれませんよ?」


 それは、そうかもしれないけれど。


「いえ、しかし教義とかに反するんじゃ……」


「虹色の女神さまは信徒関係なく、平等に門戸を開いております。またその扱いも平等です」


「だけど、俺なんかが人の罪を聞けるような立場ではないように思えます」


「それを言ったら私もです。人の話を聞くのに偉さや立場は関係なく、何も必要ないのです。誠実さをもって相手のココロを想う気持ち。それだけでいいのです。それが虹色の女神さまの教えでもあります」


「は、はぁ……」


「大丈夫ですよ。懺悔室でのお決まりの台詞集がありますので、そちらをお貸しします。一度、やってみてはいかがでしょうか?」


 妙な成り行きに困惑しつつも、シスターに押されて俺は懺悔室ざんげしつのシスターとやらをやってみることになった。


 虹色の女神さまの教義って、なんだか、わりと大雑把なんだな。

 本当に大丈夫なのだろうか?





 近所の教会に辿りついたボクは、さっそくその門戸を開こうとしたところで妙な違和感を覚えた。

 この教会ってこんなに本格的な造りの教会だったか?


「まるで、中世ヨーロッパに造られたような教会がそのまま日本に置いてあるような感じだな」


 重厚な石作り。

 そして、開くにも一苦労しそうな木製の巨大な扉。


 全体的にどこかで見かけたようなデザインの教会。

 既視感。


 この不思議な感覚は、神にボク自身が導かれたということか?


 おもしろい。


「やはり、神が眠らずの魔導師であるこの僕を呼んでいた、ということだな」


 ふっ。

 そう軽く鼻で笑い、ボクは教会の中へと入っていった。


 懺悔室ざんげしつは礼拝堂から入って右手奥の通路の先にあると、入口の案内板のようなモノに記されていたので、迷うことなく懺悔室へと到着できた。

 

「ここが懺悔室ざんげしつか」


 懺悔室には椅子が一つ配置されており、向かい側は壁となっている。

 そして、その椅子に座ると丁度、ボクのお腹のあたりが見えそうな位置にホテルの窓口よろしく、小さな長方形の穴が空いている。


 聞き役の司祭とボクの顔がお互いに見えないような構造となっているのだろう。

 ボクは向かい側の様子を窺って見ると、修道女のような服装をした人物が座っていることを確認できた。


 おそらく身長が小さめの方なのだろうか。

 ボクからしたら、窓口は丁度お腹であるのに対し、向かい側のシスターさんは胸あたりだ。

 

 凹凸がないな。


「母と子の聖霊の御名によって、オーメン」


 向かい側に座っているであろうシスターが呼びかけてくる。


「オ、オーメン」


 思ったよりも幼いその声に動揺しつつも、祈りの唱和をする。

 

「迷える子羊よ。虹色の女神の名のもとに私が貴方あなたの告解をこの場にて聞き届けます」


 ここでボクは気付いた。

 この銀鈴の音を転がすような澄んだ声音。


 一輪の儚い薔薇を、いや、自然発生しないと言われている青薔薇を連想させる甘美な響き。まだ幼く、開花してないにもかかわらず、圧倒的なまでの美しさを誇る、この声は。



 聞き間違えるはずもない。


「女神のいつくしみを信頼して、貴方の罪を告白してください」


 女神である愛しの姫君が、ボクに懺悔を求めてきた。

 


 なんという皮肉だ。


 罪と暴力を奮ってしまった本人に直接、許しを請う事になろうとは。


 

 だがしかし、これは僕と彼女が出会うべくして出会った奇跡。

 神が取り計らった運命に違いない。


 歓喜と絶望がない交ぜになったボクはしばしの間、呆然ぼうぜんとしてしまった。


「……迷える子羊よ。どうかなさったのですか?」


 ゲーム内と変わらぬ声で、銀髪の錬金姫は優しくボクに問い掛けたのだった。





◇◇◇

あとがき



新作、始めました!


『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』


お読みいただけたら嬉しいです。

◇◇◇



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