19話 賢者さんとデートしてみた

 キルされたのをちょうどいい区切りとして、ログアウトしてそのまま寝た俺は、翌日の午前中からクラン・クランへとインした。



 夏休み二日目である。



「ってなわけだったんだ、ジョージ」


「なるほどねぇんっ。なかなか楽しい冒険ができたじゃなぁい?」


 輝剣屋スキル☆ジョージで、昨夜の事をオカマに話していたのだ。

 ちなみ、ジョージは堅苦しい敬語はいらないということで、本日から敬語を抜いてのお喋りをしている。



「負けるって悔しい……」


「そうねぇ。そういえばドロップしちゃったモノはなんだったのぉん?」



「『翡翠エメラルポーション』と17エソ」


「そいつ、ちょっと叩き割ってこようかしら、名前教えてっ☆」


 ジョージはニコリと笑っているが、さっきより声が異様に野太く低い。

 こめかみあたりに筋が入っており、けっこう怖い。


 オカマを怒らすのはやめておいた方が良さそうだ。


「え? あ、いや、別に仕返しとかはいらないよ?」



 先ほど、夕輝ゆうき晃夜こうや、シズクちゃん、ゆらちーからお礼をたくさん述べられ、何か困ったことがあったら遠慮なく『百騎夜行』を頼ってくれと言われている。



 結局、俺がキルされてから「野次馬の傭兵プレイヤーたちがあの戦いに乱入し、ボクら『百騎夜行』と『百鬼夜行』の戦いは、うやむやになっちゃった」と夕輝から伝えられた。


 晃夜こうやなんかは、それにクックッと笑いを漏らし、「傭兵共が入り乱れての混戦で、酒場前は賑わったらしいぞー。どこぞのロリ娘おそろしいな」などとフレンドメッセージを送ってきた次第である。



 それはともかく、シズクちゃんとゆらちーとはフレンドにもなれ、一緒に冒険できる仲間が増えたのはありがたい。


 最初の目標である『大輪火斬』も、ゆらちーに返すことができたので俺的に万々歳の戦果である。


 それに夕輝ゆうきが前回のクエスト達成をついさっき報告したらしく



:モフウサ5匹の討伐クエスト、達成確認。50エソを手に入れました:

:水蛇の牙の入手クエスト、達成確認。200エソを手に入れました:


 というログとエソが届き、所持金は412エソとうるおっている?

 


 どうやら夕輝はキルされることを危惧して、クエスト報告をしていなかったようだ。

 ほくほく笑顔で、ジョージに報復はいらないと伝えておく。


「あらぁん♪ 天使ちゃんはやさしいのねぇん。でもほんっと、装備とかドロップしちゃったらわたしに言ってねぇン! 地獄の果てまで追いかけて、取り返してあげるぅん☆」


「いやいや、怖いですってば。そういえば、キルされたときにドロップするモノってランダムなの?」


「装備品をドロップする確率は『戦争』時でない、通常のPvPの場合は10%ねぇん」


「なるほど。防具装備もあるから、そこからランダムっていうとメイン武器を奪われる可能性ってけっこう少ないんですね」


「そうねぇん。でもたまーにあるわよぉ?」



 ゆらちーしかり。

 ユキオしかり、か。


「30%は素材、60%でアイテムをドロップねぇん。そして追加で必ずエソを取られるわぁん」


 おれも17エソ、とられたしな。


「エソはどれぐらいドロップするの?」


「所持金の1~10%よぉん。所持金を預けておけば、大きな金額を奪われることを予防できるけどぉん、クラン・クランわぁ三万エソからのお預かりなのぉよねぇん」


 まじか……つまり3万エソ以上、懐に貯めないと預けることができないってわけですか。

 預金前にキルされたら、最大で2999エソ奪われる可能性もあるわけか。



「けっこう、シビアですね……お金、貯まるかなぁ」

「天使ちゃんわぁん、自分から攻撃しなければ自然に貯まっていくわぁん。15歳以下だものっ★」


 だといいんですけどねぇ。


 はぁーっと溜息をついて、カウンターにぺたーっとだらしなくつっぷす。


「まったくぅん。天使ちゃんったらぁん♪ キャ・ワ・イ・イッ☆」



 そんな感じでジョージとダラッとしていた。


 なんだかんだで、この店にいることが多いような気もするが、いいのだ。


 客が、人のいないこの閑散としているが居心地のいい空間がわりとお気に入りだったりする。

 店内もお洒落だし。



「カラン、カラ~ン」


 と、呑気にぐだっていると、この店では決して鳴るはずのない扉にとりつけてあった来客用の鈴の音が響く。


「え」


 おれは驚きふりむく。


「あらあら~ん、いらっしゃいませぇん♪」


 オカマ住まう輝剣屋スキル☆ジョージに来店したのは、濃紺のローブに身を包み、とんがり帽子を目深にかぶった少女だった。


 スカイブルーの髪をシャギーの入ったショートボブにしている美少女。


「ん、んんんぅ~?」


 ジョージがおめめをパチクリと何度も瞬かせ、またもや、のどちんこをじっくり観察できるほどに大きく開けた。


「え、え、ぇぇえええんっ? あれって、あの、本物ぉ? ほわっつぅ?」



 確かにジョージが驚くのも無理はないのだが、首を90度カクっと曲げながら、大口を開けてプルプルするのはやめてほしい。

 まじで、ちょっとこう、やばいよ。


 俺はお客様の頭上を見る。

 賢者ミソラ・・・・・と表記されているそれは、れっきとしたNPCだと指し示す色。



「あるれ、あれれ、やっとタロちゃんに会えた。今日はいい天気だね? だよね?」


 賢者ミソラは俺に会釈した。




「ちょ、ちょ、ちょっとぉん! タロちゃぁん! これは一体全体なにがおこってるのぉおん?」


 狼狽を隠しきれないジョージは、俺に説明を求めてくる。

 誰も会ったことのない、噂だけでささやかれている存在、賢者ミソラを前にかなり動揺しているようだ。

 しかもくだんの賢者ミソラが、俺に挨拶をしてくる状況はオカマを更なる混乱へと招いたらしい。


「え、えっと……」


 俺は困ったように、ミソラさんを見る。

 

 どこまで言っていいのか、わからないからだ。宝石を生む森、クリステアリーのことやミソラさんの事は口外禁止を言い渡されている。



「そこな店主、タロちゃんに詮索するのはよしてあげてほしいわ、ほしいな。彼女には私の事を誰かに言ってしまうのを禁じているの、いるんだよ」


 ミソラさんはそう言って、助け舟を出してくれた。


「そ、そぉなのぉん……」



「あ、あの、どうして急に先駆都市ミケランジェロに?」


 はてなマークだらけのジョージをわきに、俺はなぜここにいるかを質問する。

 すると賢者ミソラは薄っぺらい胸を張り、コツンっと右手に持った杖で床を叩いた。



「仮にもこの私、賢者ミソラが『空魔法スキル』を伝授しようとしているの反応が一瞬だけど消えたのよ。それは心配もするよ、するさ」


「そ、そ、空魔法スキルぅん!?」


 聞き慣れないスキル名に叫ぶジョージ。

 ここはオカマ放置の方が話は進みそうなので、先を促す。


「反応が消えたって……どういうことです?」


「一瞬だけ、タロちゃんの魂が消えた気がしたわ、したの」



「それってキルされたことじゃないかしらぁん?」


 ジョージが口を挟むと、ミソラはオカマを冷徹に睨んだ。


「何か、人間共によからぬ事をされたのではないよね? だよね?」


 ジョージを上から下まで、絶対零度の眼光で冷やかにねめつけるミソラさん。

 そんな彼女に俺は慌てて、フォローを入れる。



「ちょっとミソラさん。このジョージという人は、俺がいつもお世話になっているフレンドです。俺に酷い事はしないですよ」


「あらぁん、天使ちゅわぁん。わたしのこと、ソ・ン・ナ・ふぅに思っていたのねぇンっ♪」



 両手をギュッと合わせて握り、腰をクネクネさせて照れるジョージ。


「……本当に大丈夫なのかしら? なのかな?」


 そんなキショいジョージを、引きつった顔で見つめる賢者さん。


「は、はい」


 俺がコクコクと頷くとミソラさんはハァと溜息をつき、ジョージに挨拶した。


「店主、先ほどの非礼はお詫びするわ、するよ。タロちゃんをこれからもよろしくお願いね、お願いだよ」


「も・ち・の・ロンっ☆」


 オカマはミソラさんの謝罪に、ショッキングピンクのマスカラを濃厚に塗った両目をバチっとつむり、ジョージ風のウィンクを飛ばす。



「……ふぅ、ほぅ。じゃあ、タロちゃんが無事だというのも確認とれたことだし、次の用件に移りましょう、うつろうか」


「用件、ですか」



「えぇ。近々、『妖精の舞踏会』という催しを人間たちが開くそうね? そうだよ?」



「妖精の舞踏会?」



 俺はジョージへと振り返るが、オカマも首を左右にフルフルと振っている。

 この様子だと情報通のジョージですら知らないということになる。


「あるれ、あれれ。確か、この・・都市ではテアリーの小僧が主催をすると聞いたのだけれど」


 ミソラの言に、ジョージが疑問の声をあげる。



「テアリーって、どこかで聞いた名ねぇん……ん、んぅんっん!? 思い出したわぁん! テアリー公ね! この先駆都市ミケランジェロの神兵デウスの名門、テアリー家! テアリー公が賢者ミソラの存在をほのめかしていた張本人よぉん! 思い出したわぁン!」


 青鎧の神兵デウス……。

 あの傭兵プレイヤー同士の争いに介入する、治安維持隊みたいな働きをしているNPCの名門? そんなのあるんだ。



「あるれ、あれれ。テアリーの小僧は、私の事を口外しているのね? いるんだね?」


 スっと視線が鋭くなるミソラさん。


「あぁんっ、そ、そのぉん」


 しどろもどろになるジョージ。


「まぁいいわ、いいよ。というわけでタロちゃん」


 不意に森の賢人は俺の右手を取る。

 およそNPCらしからぬ挙動で。



「先駆都市ミケランジェロを、わたしに案内してほしいの、ほしいんだ」


 空より薄い青色の瞳をゆるやかに細め、優しく微笑む賢者ミソラさん。


「えっと、なぜ……」


「あるれ、あれれ。こう言えばわかるかな? わかるよね?」


 彼女はお互いの鼻が触れるくらいの距離まで顔を接近させてきた。

 ち、近いですよ。


 内心の動揺をひた隠し、賢者さんのお言葉を待つこと数瞬。




「わたしがタロちゃんとデートをしたいの」





「あの、ミソラさんが言っていた『妖精の舞踏会』と、ここを案内するのにどういった関係が?」


 あれから、流れでミソラさんに引きずられ、ミケランジェロの街道を案内している。


「あるれ、あれれ、まだわからないの? わからないか」


 そう言って、俺の反応をどこか楽しむように横を歩く賢者ミソラさん。

 道行く人が、チラッとこっちを見てはコソコソと何か話しているのが非常に気になる。


「はい……わかりません」


「ふむ、ほむ。今はそんなことよりも、わたしとこの街を楽しもっか、楽しんじゃおう」


 そう言って、彼女は周囲をキョロキョロとひっきりなしに見渡す。

 そんな賢者さんの様子を見て、俺は初めて先駆都市ミケランジェロを訪れた時の自分を思い出し、どこか微笑ましかった。



 周りの視線が少々不快だが、彼女の楽しそうな表情を見ることができたと思うと、これぐらいはお釣りが大量にくる。



 NPCとはいえ、彼女は青髪の美少女。

 歳の頃も見た目だけは16歳前後。こんな女子とVRMMOの中とは言え、街を一緒に歩きデートなどという体験。嬉しくない訳がない。

 

 しかも、さっきからずっと彼女の左手は俺の右手とつながっている。

 

 すごく嬉しい。



 これで相手がウン白をかましてしまった茜ちゃんだったら、もっと嬉しかったに違いない。


 茜ちゃんへの告白が万が一、上手くいってたら、今頃はリアルでこうやってデートとかしていたりしたのだろうか。



 …………。


 ……。



 やめよう。


 せっかくの幸せ気分が沈んじゃう。



「タロちゃん? どうかしたのかしら? どうしたのかな?」


 心配そうに顔をのぞいてくるミソラさん。

 これは失礼をしてしまった。


 今はミソラさんとデート中なのに、他の女子の事を考えてしまうなど。



「いえ、な、なんでもないです」

「ふむ、ほむ。じゃあタロちゃん、なにか美味しいものをわたしは所望するわ、するよ」


 美味しいモノ……と言われましても。

 俺もミケランジェロに関しては昨日、来たばかりで主要な施設以外は詳しくはないです。


 そもそも、VRMMO内でご飯を食べれる施設があったなんて初耳だ。


 しかし、ここはまがりなりにも男である俺がエスコートせねばならないんだろうな。


「あの、ミソラさん。少し待ってもらってもいいですか?」

「ふむ、ほむ。もちろんいいわ、いいよ」


 おれは急いで、フレンドリストを確認する。

 現在、ログインしているメンバーは晃夜こうやとゆらちーのみ。

 ここはゲームに詳しい晃夜へ、フレンドメッセージを飛ばす。



『晃夜ー、いまちょっといい?』

『どした、タロ。正直、いま忙しいんだが』


 晃夜の居場所をフレンドリストで探索をかけてみると、同じ先駆都市ミケランジェロにいるようだった。都市内にいるということは、ダンジョン攻略ではないだろう。またPvPか?



『ちょっと聞きたいことがあるんだ。PvP中だったら答えなくていいよ』

『いや、べつにそういうわけではないんだ』


 いったい、何をしているんだろう?

 とにかく手短に質問して終えるとするか。


『じゃあ、質問。ミケランジェロで美味しくて安い食べ物? が買える施設とかってあるの?』

『あー、お前さ、夕輝ゆうきにまっずいあめ玉、使ったろ?』


 『過激なあめ玉』のことか。

 イモムシ味(笑)。


『あんな感じで、このゲームは味覚エンジンを搭載してるから、味だけはするが空腹感は満たされないぞ?』


『あ、うん。それでもいいから教えてくれー』



『そうだな、『テラス』ってカフェはどうだ?』

『『テラス』?』


 そのまんまカフェ・テラスみたいなお店かな?


らす食材を取り扱った店だな。外観はオープンテラスのしゃれた感じだ』


 照らす食材ってなんだ。

 オープンテラスかぁ。デートとしてはいい雰囲気のお店なのだろうけど、周囲の視線をできたらさえぎってゆっくりとご飯を堪能したいな……。



『うーん』

『ピンとこなかったか、じゃあ『気ままな雲の流れ亭』っていうところがお勧めだぞ』


 雲……?

 なんだかのんびりしてそうなお店だ。


『どんなところ?』

『そうだな、ふわふわなものを食材にして出しているお店だ』


『お店の内装は?』

『ん、普通のシート席だが?』


 よし、そこに決めた。

 晃夜にお店の場所を教えてもらい、お礼を述べる。


『ありがとな! それじゃあ!』

『あっ、待て、タロ』


 あまりミソラさんを待たせても悪いし、早めにフレンドメッセージを切ろうとする俺に、晃夜は爆弾をぶち込んできた。


『実はさっき入った情報によると、ミケランジェロに賢者ミソラってNPCが出没してるらしいんだ』


『え……』


 確かに隣にいますわ。


『タロさ、賢者ミソラの事を気にしてただろ? 俺含め、いろんな傭兵プレイヤーが賢者ミソラを探してるんだ。タロも飯なんか食べてないで、一緒に賢者ミソラを追わないか?』


『いや……俺は……』


 そのご本人さまと手をつないでおりますなう。


『おいおい、誰も見た事のない噂だけのNPCが、ついに姿を現したんだぜ!? こりゃあ、なにか大きなイベントが発生してもおかしくない状況だ! タロも俺らと一緒に探そうぜ?』


 た、たしかに『妖精の舞踏会』というイベントがあるって告知には来たけどさ。

 まさか、こんな大事おおごとになりつつあるとは。



「賢者、ミソラ?」


 晃夜こうやへの返答に迷っていると、近くを通りすぎた傭兵プレイヤーがミソラさんの頭上、NPC名を眺めていぶかしみながら通り過ぎる。



「……タロちゃん、さっきから妙に注目されているのはどうしてか、わかるかい? わかるかな?」


 微妙に不機嫌そうなミソラさん。

 テアリー公に自分の事を広められていたって知ったら、この人怒りそう。



『わるい、今はそれどころじゃないんだ。またなっ』


 俺は晃夜とのフレンドメッセージを切り、ミソラさんへ返事をする。


「そ、それはきっと。ミソラさんが可愛い、から?」


「ほむ、ふむ? それはほんとかなー? ほんとなの?」


 俺のごまかしを看破していそうな瞳で、ジッと見つめてくるミソラさん。



「……か、可愛いっての言うのは本当です」


 目線を逸らしながら、俺は答える。


「ううーん。まぁいっか、いいよね。今はタロちゃんとのデートを楽しむの、楽しもうね?」


「は、はいっ。いいお店も友人に教えてもらったので、そこにいきましょう」



 なんとか、ミソラさんを先へと促しミケランジェロ内をそそくさと移動する。


 俺の焦りとは裏腹に、賢者ミソラさんを探している集団に遭遇することはなかった。すれ違うと、度々、ミソラさんを凝視する傭兵はいたものの、どうにか無事に『気ままな雲の流れ亭』へと到着した。



「ここです」

「ほむ、ふむ。『気ままな雲の流れ亭』ね」


 外観は普通の木造2階建てのお店だ。

 扉前のメニュー立てを見ると、「当店は全て雲味!」とだけしか書かれていない。



「クモ……青空に自由に浮かぶ雲。もしかしてタロちゃん、わたしが美空ミソラだから、このお店にしてくれたのかな? なの?」


「あ、いえ。そこは気付きませんでした」


「ほむ、ふむ。でも嬉しいわ。さっそく中に入りましょう、入ろう!」


 威勢のいいかけ声をミソラさんが発し、俺達が店内に入ると、NPCのウェイターが席まで案内してくれた。


 ウェイターが下がると、入れ替わるように恰幅のいいシェフっぽいオジサンが挨拶をしてきた。



「ほっほーまだ昼時じゃないのに、いらっしゃいお嬢さん方」


「やあ、よう、店主さん」

「えっと、こんにちは」


 俺とミソラさんを見た、シェフおじさんは一瞬キョトンとし、左手で髭をなでつけた。


「こ、こりゃあ、すごいべっぴんさんが来てくれたもんだな。おれは『ニュウドウ』ってもんだ、ここ『気ままな雲の流れ亭』の店主兼シェフをやっている」



「料理もつくれるのですか?」

「おうよ、俺は料理スキルをみがいているからな」


「すごいっ! じゃあ素材も自分でとってるのですか?」

「お、嬢ちゃん鋭いねぇ。そうさ、ここでの料理は全て、俺が取った素材を元にして提供してるんだ」


 同じように素材を地道に集めて生産職を頑張っている人を初めて見て、俺は興奮する。いや、ジョージも装飾スキルを用いた生産職ではあるのだが、ジョージが何かを作っている姿は未だに見たことないので、新鮮味がある。



「た、楽しみすぎるっ」

「タロちゃん、よだれがでてるわ、でてるよ」


「おうおう、そんなに喜んでくれるたぁ、作りがいがあるねぇい。で、嬢ちゃんたちは何を注文するんだい?」


 メニューを渡され、ザッと目を通す。


【クモのパスタ・50エソ】

【モクモクサラダ・30エソ】

【やみつきモクっとラーメン・70エソ】

【雨雲鍋・90エソ】

【雷雲の調べ・120エソ】

【曇りのち晴れジュース・10エソ】


【本日のお勧めメニュー】

【白雲カレーライス+モクライムゼリー・80エソ】



 よ、よくわからない料理名ばかりだった。


「今日のおすすめでお願いします!」


 こういうときは普通、これに限る。俺は元気よく手を上げて注文する。


「じゃあ、わたしもタロちゃんと同じのを頼むわ、頼もうかな」


 ミソラさんはクスッと俺に笑顔を向ける。

 すこしはしゃぎすぎたかもしれない。

 

「うーっし、じゃあ嬢ちゃんたちにはサービスだ」


 そう言ってニュウドウさんはストローのささったジュースを2杯置いてくれた。


「『曇りのち晴れジュース』だ。飲んでみぃ」


 見た目にごった灰色の液体は正直まずそうだった。

 だけど、せっかくのサービスということで思いきって飲んでみる。

 

 口内にシュワシュワとした炭酸特有の刺激が広がる。


 それだけだ。

 正直、美味しくない。


 ミソラさんも同じだったようで、曖昧な表情をしている。



「おうおう、そんな嬢ちゃんたちの曇った顔を晴らすとするかねい! そのジュース、ストローでよく混ぜてみぃ」


 指示通りにコップをかき混ぜるていくと、どんよりとした灰色ジュースがみるみる、クリアブルーへと変化していく。


 まるで、空が曇りから晴れていくように。



「ほむ、ふむ。人間とはおもしろいものを作るね、作るよ」


 ミソラさんもこれには驚いたようだ。

 晴れ渡った青色のジュースを再び飲んでみる。


 今度は爽やかな炭酸グレープフルーツの味がした。



「お、美味しい!」

「これはとっても美味しいわ、美味しいよ」


「がはははっ嬢ちゃんたちのそんな顔を見りゃあ、どんな男もすぐさま気分が晴れ渡っちまうねぇ」


 そんな事を言いながら、ニュウドウさんは厨房へと去っていった。


「ニュウドウさん、ありがとうございます!」



 それから、妖精たちは元気でやっているのか、普段は何をしているのか、など他愛のない会話をしているうちに、料理はできあがったようだ。


「はい、おまちい!」


 ニュウドウさんが景気よくラーメン屋みたいに叫びながら、料理を運んできてくれた。


「へい、おまちい!」


 俺ものっておく。


「へい、おまち、おもち?」


 なんとミソラさんも俺に続いてノッてくれた。



「お、嬢ちゃんたちは元気だねぇ」


 ニカっと笑うニュウドウさん。

 

 さてさて、本日のメインディッシュ、『白雲カレーライス』のご到着だ。

  

 お皿には米が入っている。そこまでは普通だ。

 だが、普通のカレーはルーが茶色いはずだが、『白雲カレーライス』は白かった。



 白いお米の上に白いルー。

 しかもそのルー、なんかこう泡っぽい。ふわふわしてそうだった。 


 その泡はどこかで嗅いだ事のある匂いだった。 

 そう、爽快な気分を味わえるミント系。

 モフウサの食べ物にもなっている、『モクモク草』だ。


「……ニュウドウさん、これ『モクモク草』を使ってます?」


「なっ嬢ちゃんもまさか生産系か?」

「はい! 俺は錬金術士です!」


「双極スキルを選ぶたぁ……すげえな嬢ちゃん、根性あるわ」


「いえいえ!」


「そんな嬢ちゃんには特別に教えてやるぜぇ」


「!」


 おれは食い入り気味に、ニュウドウさんへと前のめりになる。


「モフウサは知ってるな?」

「はい」


「あいつは『紅い瞳の石レッド・アイ』を落とすだろう? だがな極稀に、『モフ綿わた』ってレアドロップ素材もあるんだわ」

 

 なん、だと……。


「それは……本当ですか?」

「おうよ、他言無用のレシピだぜぇ。その『白雲カレーライス』のルーは『モクモク草』と『モフ綿』を使ってるんでぃ」



 ふおおおおお。

 マジか。


 ゴクリ。



「い、いただきます!」


 おれはスプーンで、米と適量の白雲ルーをすくう。

 そして、ゆっくりと口の中へ運んだ。

 

 その食感は。


 ふっくらと炊かれたご飯はほどよい歯ごたえがあり、さらにそこへ、ルーのふわとろっとした感触が舌を打つ。



ほえはこれは!」



 うまい。

 とろろを更に、ふわわわわーっとした感じと言えばわかりやすいのだろうか。


 いや、しかし、咀嚼そしゃくするたびに中でとろけて消えていく感覚は、とろろと似ても似つかない新境地。


 しかも、味は甘口カレーそのもの!

 なんという不思議と美味が交り合った一品。



「うまひ!」


 しかも、よくわからない木の実やら野菜っぽいものが、ルーとの柔らかい性質とは正反対のゴロっとした食感を楽しませてくれ、歯ごたえに良いスパイスを加えている。


 ミソラさんをチラリと見ると、どうやら俺と同じくご満悦でパクパクとスプーンを口へと運んでいた。



「きめたわ、きめたよ」


 そんな彼女は急に何かを決定したようだ。


「ほふ、はふ、ほぃ?」


 アツアツのカレーが美味しい。



「タロちゃんは不思議な子だよ」

「はぃ?」


 このは一体なんなのだろう。

 まさかミコの実とかじゃないんだろうな。それともチコの実か?



「わたしが『空魔法スキル』を眼の前でぶらさげても、教えてとか、どんなものなのかとか、力を欲する姿勢が、欲深いところが見受けられないわ、ないよ」


 しかし、モフウサのレアドロップ、『モフ綿』か……。

 ぜひ、欲しい。何か新しいモノが作成できるかもしれない。



「人間にもタロちゃんみたいな子がいるって知ってね。妖精の何匹かが、タロちゃんと出会って、人間の街に興味を持った子がいるの。キミになら安心して預けられると思うの、思うわ」


「え?」


 ちょっと、今、変なこと言いませんでした?

 よく聞いてませんでした。



「どうか、例の舞踏会の際には妖精たちを連れていってくれないかな? くれるよね?」


「例の舞踏会って、ナントカ卿が主催する『妖精の舞踏会』ってやつですか?」


 うんうんと頷き、テアリーの小僧よ、とフォローを入れてくる賢者さん。



「今日はそのために査察をしにきたの、来たんだよ。人間がどんな街で暮らし、どんな様子なのか、安全なのか、そういった諸々のことを観察するためにね。だからタロちゃんにミケランジェロを案内してもらったの、もらったさ」


「で、でも、そんなイベントの告知はされてないのですけど……」



「そのうち、テアリーの小僧が主導で、この都市の王・・・・・・が発布するわよ、するね」


 王? ミケランジェロに王なんているのか?


 俺はひとしきり悩みつつカレーを完食した。


「す、すっごく美味しかったですね」


 ひとまず妖精をイベントにうんぬん連れて行く返事は保留にして、感想を言っておく。



「本当に美味しかったわ、美味しかったよ。こんな素敵なものを食べさせてくれてありがとう、タロちゃん」


 そこで、俺達の様子を見ていたニュウドウさんが近づいてくる。


「どうだってぃ」


「とても、美味しくて感動しました」

「美味でしたわ、でしたよ」


 シェフは自分のお腹をバンっと叩きニカっと笑う。


「おうおう、うれしいねぃ! そんじゃぁデザートの『モクライムゼリー』もってくるでぃ!」



 そして、次なるデザートが運ばれてきた。


『モクライムゼリー』の見た目は、3センチ弱の丸く青いゼリー玉が小さなお皿に6粒のっているというモノだった。


 てか、この青いゼリー。

 スライムのレアドロップ、『スライムゼリー』に酷似している。



「タロちゃん、さっきの話、引き受けてくれるわね? くれるよね?」


 そっとアイテムストレージから『スライムゼリー』を取りだすと、まんまだった。違いと言えば、色が微妙にクリーミィ。素材のままの『スライムゼリー』の方が透き通っている。


 何を加えたのだろう……すごく気になる。

 だが、研鑚を積み重ねてあみだした料理人さんのレシピを、気軽に聞くのはご法度はっとだ。


 

「妖精たちは、基本的に楽しいものに惹かれる性質があるの」


 素材と料理後で何の違いがあるのか。

 こうなったら自分で食べて、解明してみなければならない。


 一粒、スプーンですくいゼリーを口へと運ぶ。

 

 冷たく、プルンっとした食感のゼリーを噛むと、モフっとした感覚が追加された。

 

 な、なんだと!?

 プルンのあとにモフシャクッ!?


「私もタロちゃんを見て、以前と少し考えが変わったのよ、変わったんだ。だから人間たちが催す舞踏会を妖精たちにも少し覗かせて、外の世界を見せるのも悪くない考えかな、考えだよね?」


 うんまぁあああああああ。

 なにこれ!


 ゼリーの中にマシュマロが入っているような、そんな味わい。ひんやりとしたゼリーが爽やかな柑橘系の味に対し、中のマシュマロはやや甘め。

 

 だがゼリーとマシュマロの甘さが融合して程良い、ほろっとした甘さを実現している。


 ……もう幸せだわ。




「タロちゃん?」


「あ、はひ」


 ついでに、ふたくちめをぱくり。


「じゃあ、そういうことでいいわね? いいよね?」


「はひ」


 もう何でもいいです。

 幸福感がパないです。


「タロちゃんったら、よだれ、でてるわよ? でてるよ?」


 そういってクスクス笑うミソラさんはハンカチーフをどこからか取り出し、俺が防ぐヒマも与えずに拭きとってくれた。



「うっ、そ、その、すみません」


「いいのいいわ、タロちゃんが謝るなんて。むしろ妖精たちの面倒を見てくれるタロちゃんにはお礼を言えど、謝ってもらうなんてないわ、ないよ」


「え?」


 

 さっきの話って俺、了承しちゃったことになってるのか?

 なんで、どうして。

 わりとミソラさんって強引なタイプなのか……?


 そのイベントがそもそも、どんなものか全然わからないし、俺なんかが本当に受けちゃって大丈夫なのだろうか……。



 そんな動揺の折に。


『ポーン』とフレンドメッセージが届く。


 メガネイケメンの晃夜こうやからだ。


『ど、どした?』


『おい、タロ! 賢者ミソラの目撃情報に、ミソラが銀髪美少女と手をつないでいたという内容が広まっている。どう考えてもタロだよな?』


『え、まじ?』


 それは、うん。俺だな。


『それで、この前のPvPを見てた奴らがお前はどこだーって、俺に殺到してきてるんだがっっっ』


『そ、そうなのか……』


 な、なんだか、そっちは大変そうだな。

 こっちもこっちで、大変なんだけどな。


 ま、まぁお互い頑張ろうぜ?





『で、お前、今、ミケランジェロのどこにいるんだ?』


 ひぃ。






◇◇◇◇

あとがき


拙作をお読みいただき感謝の極みでございます。

もし少しでも面白いと思っていただけたなら、

ハート、星、高評価、コメントなど、お願いいたします!

励みになります。

◇◇◇


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