20話 月光下の出会い

〈クラン・クラン〉


【公式サイト 傭兵たちの宴会 掲示板】

(ジャンル 生活系)


 スレッド名

【美少女】NPCと傭兵プレイヤー、その2【キャラ】



1:新たなる美少女NPCキャラの発見をここに発表したい


2:なんぞ


3:誰ぞ


4:これを見てくれ



 街中を歩く魔女っ子ルックの青髪青目な美少女が、頭一つ分以上低い銀髪美少女の手を引くスクリーンショットがアップされた。少し、困惑気味の幼い銀髪娘を先導していく姿は、どこか姉妹に見えなくもない構図。



5:よ、幼女の困ってそうな顔、かわいい……


6:おねえさんの方も、美しいな


7:え、二人ともNPCなの?


8:天使ちゃんだ!


9:天使ちゃん?


10:銀髪な美少女は天使ちゃん、傭兵プレイヤーぽね。左の魔女っ子は誰ぽ?


11:ネームはNPCだと示す青色だった


12:なんて名前


13:賢者ミソラ


14:!?


15:ガセか?


16:マジで実在してたのか


17:ウソだろ!? ってかここどこだ! 場所わかるか!


18:まてまて、賢者ミソラと手をつないでる銀髪ちゃんは何者だ!?


19:我らが天使ちゃんだ!


20:天使ちゃんって誰だ


21:20>>>【美少女】【キャラ】の前スレをチェックしてこい


22:可愛いのはわかったけどよ、賢者ミソラって誰? あと天使ちゃん?


23:賢者ミソラを知らないのか


24:ベータテスターくらいか、知ってるの 


25:先駆都市ミケランジェロの神兵デウスはわかるな?


26:街中での傭兵プレイヤー同士の戦闘を鎮圧してくる、無茶苦茶つよいNPCでしょ



27:ミケランジェロには王に仕える三公爵ってNPCが3人いてな。その一公爵が一人、テアリー公ってNPCがいるんだわ。その御方はミケランジェロ神兵デウスの名門らしい


28:なんか貴族みたいな感じ?



29:まぁそんな感じだ。テアリー公っていうのは、かなり古い家柄だそうだ


30:補足すると、ミケランジェロの近辺は『妖精すまう森』と呼ばれている場所があったらしく、その周辺に『妖精と共生する者』って呼ばれていた人間の村々があったそうだ。そこを取り仕切っていた領主的存在がテアリー公のご先祖様らしいぞ



31:へー。で、それと今の話になんの関係があるんだ?


32:そのテアリー公が言うには、『ミソラの森』ってフィールドが近くにあるだろ? あそこには賢者ミソラがいる、賢者ミソラがあの森を管理している。なんて言うんだわ


33:おれ、ミソラの森にいったことあるけど、そんなNPCいなかったぞ



34:そうなんだよ。今まで、誰も『賢者ミソラ』を発見できた傭兵プレイヤーはいない


35:だからみんなガセネタだって片付けようとしたんだが


36:ミケランジェロの治安を司る神兵の名門が、適当なことを言うか? って話になるわけよ



37:だから噂と憶測だけが、ミケランジェロの解明されない七不思議のうちの一つって傭兵間で流れていたってわけ


38:まじか


39:てか、ミケランジェロに王とかいうNPCがいたのも初耳


40:三公家の邸宅であるクエストをクリアすると、入館可能になるぜ


41:おまえらさ、ミケランジェロ中央にそびえる城に疑問を覚えなかったか?


42:あー見えるよな、あれなんだろな


43:入れないよな



44:あそこに王がいるらしいぜ


45:え、まじか。ただの、風景テクスチャの一部かと思ってた……


46:三公家の邸宅が城を囲むように周囲に建てられているからな


47:まだあのエリアに入れる条件を満たしてないのか、アップデートで実装されるのかは謎だ


48:他の都市にも入れない建造物とかあるしな。これから徐々に開放されていくんじゃないのか?



49:王城も気になるけど、今は賢者ミソラだろ


50:あと天使ちゃんな


51:そうだ、どこだよ!


52:俺も一目見たい!


53:あ、賢者ミソラって、やっぱ見間違いじゃなかったんだ。おれ多分、さっきすれ違った


54:53>>>場所どこ!


55:ミケランジェロの東部だったかな。わりっ俺は追いかけるわ


56:おい、ちょっとおまえ


57:あー


58:あいつゲームに集中しやがったな



59:天使殿と言えば、輝剣屋スキル☆ジョージでござるな


60:そうだ、そこにいるかもしれない!


61:え、鉄血ジョージの店はヤバくないか?


62:ば、賢者ミソラだぞ! 一目会って会話とかしてみたい。あわよくば、いや、むしろこっちが本命! 天使ちゃんとフレンドになるチャンス!



63:一理あるのぅ……賢者ミソラに関するトークで、自然に話しかけられる千載一遇の好機じゃのぉ


64:うまく話題が盛り上がれば……! フレンドになれるでごわす!


65:な、銀髪美少女の天使ちゃんは俺のものだ!


66:な、なんとしてもおまいらより早く見つけて、かくまってやらないと!


67:おまわりさんここでござる! ロリ少女、を拉致監禁しようとしてる輩はここでござるよ!



68:イエス・ロリータ! ノー・タッチ!


69:天使ちゃん独占とか許さん!



70:いまSSにうつってるあたりにいるんだけど、それらしい二人組を見つけられない


73:実況ナイス


74:みんなで力を合わせろ!


75:変装スキルや変幻魔法スキルを使ってるって可能性は


76:見た目や服装を変えられるってやつか



77:いや、錬金術スキル、つまりレベルの上がりにくい双極スキルを扱ってる時点で、他のスキルレベルを上げるってのはキツくないか?


78:確かに……


79:おまえらが探してるのってもしかして、この二人?



 先ほどのスクリーンショットとは二人の立ち位置が逆で、銀髪の美少女が賢者ミソラの前を歩いて、その手を先導しているSSが貼られた。


80:そう、その二人組だ!


81:ここは……ミケランジェロ西部の……路地裏……


82:アイテム屋の他に何かあったか?


83:変わった飲食店があった気がする


84:女子ならそこにいくかもしれないな!



85:落ち着くのじゃ、NPCが飯を食べるとかありえんじゃろうて


86:確かに……じゃあどこに向かってるんだ?



87:お、おい! 『天球任せな時計台』に昨日、天使ちゃんと一緒にPT組んで戦ってた傭兵プレイヤーを発見したぞ!


88:天使ちゃんと共同戦線だと!?


89:いや、一緒にPT組んでるぐらいだ。フレンドになってることもありえるぞ


90:天使たんとフレンドぽ!?


91:どんなやつだ!


92:メガネイケメンだ


93:よし、マジでガチでボコれ


94:いや、ボコっちゃダメだろ。天使ちゃんの居場所を聞き出してからキルだ


95:そこ!? 


96:キルっておまwww


97:やることがマフィアの拷問と変わらないぞw


98:お前らどっかのマフィアかよww


99:ファンクラブでごわす!


100:みんなあとは頼んだよ。ボクはもう彼女に、姫君に合わせる顔がない


101:な、その口調はメルヘン卿か!


102:メルヘン卿も共にいくでござるよ


103:ボクは彼女の前で誓ったことを、約束を果たせなかった……


104:くわしく


105:ボクの燃えたぎる意志、炎の強さを証明すると。そして、敵の弱さを証明すると誓ったのに……豪語するだけして、無様にも姫君の前で醜態をさらしてしまった


106:あー天使ちゃんの前で見栄張って、強力な敵モンスターと戦ったと


107:そんな感じぽかね


108:マジ、それで、マジ、まさかの


109:やられました(ふるえ声


110:ど、どんまい……


111:今はそっとしておくのが武士の情け、でござるか?


112:天使ちゃんの行方は俺達にまかせろ!



113:メガネに問いただして、賢者ミソラに会って、天使ちゃんと賢者トークで盛り上がってフレンド申請だー!


114:自然な流れでのフレンド申請術! まさに合法ロリ!


115:うおおおおお!








――――

――――




『で、お前、今、ミケランジェロのどこにいるんだ?』

『素材採集に行くから、もういないよ』


 若干、自分の発した日本語おかしいとは思うが、なんだか嫌な予感がする。

 まず、ミソラさんは自分や、宝石を生む森クリステアリーの存在を隠したがっている。


 このまま晃夜に居場所を伝えたら、周りで俺達のことを探している傭兵たちもくるはずだ。そんな衆目に認知されるようなことを俺が手引きしたと知ったら、ミソラさんはどう思うのだろうか。



『どこに素材の採取にいくんだ?』

『えっと……よくわからない』



 自分から街に散策してきたミソラさんに原因もあるのだろうが、最悪クリステアリー出禁になりかねない。

 そんなことになったら、結晶シリーズの素材採集ができなくなってしまう。



「ミソラさん」

「なぬ、なに?」


 焦りを押し隠し、俺は彼女に伝える。


「今から、行っていいですか?」


 クリステアリーという単語を濁し、『妖精の首飾り』を装備ストレージから取り出す。


「ほむ、ふむ。もう十分に人間の街の様子も見ることができたし、いっかな」

「ありがとうございます、では一緒に来てくださいね?」


「あるれ、あれれ。わたしも一緒に帰る必要あるかしら? あるのかな」

「はいっ! お願いします!」


 俺は頭を振りかぶるように勢い良く下げる。


「……わかったわ。きっと、タロちゃんがそうまでしてお願いするのには、私のためってこともあるのだろうし、あるのだろうね」


 ミソラさんの了承を経てからの行動は早かった。

 店主に俺とミソラさんの分のエソ、180エソを支払い、ちゃっちゃかと『妖精の首飾り』をつかった。


 首飾りが緑色に発光したかと思うと、その光に包まれ、一瞬で周りの景色が変わった。


 ふたたびクリスタルの森へと訪問。


「ふぅ……」


 安堵の溜息をつく。

 大事にならなくてよかった。ここに移動すれば、もう安心だと思う。



「お店の代金、ありがとうタロちゃん。これはお礼だわ、だよ」


 そう言って、ミソラさんはクリステアリー到着早々、自らのローブの袖をごそごそと漁り出す。


「そんな、お礼だなんて。ちゃんと案内もできず、ましてや女の子とのデートなのだからご飯代ぐらいは……」


 デートなるものは男が食事をおごると良い、という記事を何かのファッション誌で読んだ気がする。


「あるれ、あれれ。人間のデートってそういうものかしら? なのかな?」


「た、たぶん?」



「どちらにしろ、どちらにせよ、妖精の守人であるミソラが感謝の念を抱かない、粗忽者だと思われたくないの」


 人差し指をちっちっちっと振る賢人。

 あんまり威厳とかそういうものは感じられず、どちらかといったら小動物っぽいその動きに何だか和む。


「なので、なのね、タロちゃんにはこれを受け取ってほしいの」


 ミソラさんが取り出したのは精緻に作り込まれた銀と白で細部まで塗装された馬車のミニチュア? フィギュアだった。

 そのリアルさに感嘆しつつ、ミソラさんから受け取ったアイテム名を読む。


:賢者ミソラより『銀精アルジェントたちの馬車』を手に入れた:



銀精アルジェントたちの馬車』

【白銀を宿す妖精たちによってつくられた馬車。車体周辺は白妖精の魂が宿っているため、白金の鱗粉をこぼす透明な妖精たちが戯れており、見る者をハッとさせる美しさを持っている】


「ミソラさん、これは?」

「ほむ、ふむ。そのうちわかるわ、わかるね」


 にっこりと笑う彼女を不思議に思いつつも、俺はその馬車のフィギュアをじっと見つめる。


 二頭の白馬が豪奢な馬車を引き、御者台には黒いシルクハットを目深にかぶった執事然と紳士服に身を包んだ人? が手綱を握っていた。

 肌が露出しているのは顔の部分のみだが、どんな造形なのか覗きこむと、黒い靄に紅い目が二つ浮かんでいるだけで、人間ではないようだった。


「ありがとう、ございます」


 とりあえずアイテムストレージへとしまっておく。どうやら、アイテムっぽいので後で使用してみよう。


「ところでタロちゃん」

「はい?」


「遊ばなくていいのかしら? いいのかな?」


 ミソラさんはチラッと俺の後方を見る。

 その視線の先を振りかえる。



「「やははータロっ」」

「「人間またきた」」

「人間ちがーう! タ・ロ!」

「タロタロ!」

「ミソラのお友達?」

「ミソラのこどもー?」

「タロはいい子、元気の子、妖精の子?」


 ひらひらと飛び交う妖精たちが俺達に近づいてくる。


「昨日ぶりだね」

 

 俺が手をふると、妖精たちは近づこうとするが、ミソラに視線をうつし静止した。


「ミソラ、ミソラー」

「舞踏会いっていいの?」

「タロはいいって?」

「やっぱり危ない?」

「やっぱり、人間こわい?」


 そう言ってこちらの様子をうかがう彼ら彼女たち。


「タロちゃんが引き受けてくれたわ、くれたよ。大丈夫、いっていいよ」


 ミソラがそう言うと一気に妖精たちはテンションアップ。


「ミソラ、ありがとー!」

「タロ、ありがとー!」


 心底よろこぶ、羽の生えた小人たちを見て、おれの口元も自然とほころぶ。

 なんだか、なりゆきで妖精達をミケランジェロに連れて行く日が確定してしまったが、妖精たちが歓喜する姿を見て、まぁいっかと思う。


 はしゃぐ妖精たちの輪へと飛び込み、彼らの光る鱗粉りんぷんが舞い散る空間をクルクルと回る。


「タロ、かわぃぃー」

「タロ、すきすきぃー」


 口々に褒めてくるので、褒め返す。


「妖精さんたちも可愛いよ?」


 そうしてしばらく、妖精さんたちと会話しながら素材の採集をちょこちょこしていった。



『ポーン』


 と再び、フレンドメッセージが届く。

 晃夜こうやからだ。



『タロ、死ぬ……助けてくれ』


『ど、どうした!?』


『お前の居場所を知りたい奴らが暴徒と化して……ぐはっ、俺はもうダメだ…』


『晃夜?』



『グハッ。お、おれのメガネがっメガネがっ』


『え、晃夜? ちょっと、大丈夫か?』


『目がっ目がっ目がああああっ』


『こ、晃夜ぁあぁあああ!?』


『居場所を、居場所を教えてくれ……カハッ』


 きっと晃夜にとって、俺の居場所はフレンドリストで確認は取れないはずだ。

 クラン・クランは未踏破エリアは表示されない仕様なのだ。


 ミソラさんをチラリとうかがう。

 宝石の森クリステアリーにいるなんて言えるわけがない。

 だが、今、『妖精の首飾り』を使って、もといたミケランジェロに戻ったら、なんだか色々と大変そう。


「あの、ミソラさん。この『妖精の首飾り』って、帰るときは元の場所に戻るんですよね?」


「ほむ、ふむ。そうだけど?」


「他に帰る場所を設定できたりしないですよね?」


「んん、人間達が言っている『ミソラの森』に戻ることもできるわ、できるね」


 それだ。

 ミケランジェロに戻るより、ミソラの森に帰れば、晃夜こうやにも居場所が見えるだろうし、『クリステアリー』の存在をバラさずに、なんとか納得してくれるかもしれない。


『タロっはやっく。なんなんだこいつらはっ……ゴハァアアッ』

 

 晃夜こうやの苦悶が響く。

 

「ミソラさん、今日はもう帰ります」

「あるれ、あれれ。もう帰っちゃうのね。タロちゃんにはエルフを紹介したかったのだけれど」


 うっ。

 たしか宝石を生む森ここには少数のエルフがいるって話だったな。

 それはとても魅力的な内容で、正直すごく会ってみたい。


「友達が、すこし困っていそうなので……おれ、帰ります」


「ほむ、ふむ。じゃあ、また会いましょう、会おうね」


 

 別れの挨拶を妖精たちやミソラさんに済ませ、俺は『妖精の首飾り』を使用する。




:元の場所に戻りますか?:

:ミソラの森に戻りますか?:


 二択のログが表示されたので、後者を選択する。



『お待たせ晃夜こうや。いま、ミソラの森にいるよ』


 晃夜に急いで、フレンドメッセージを送る。


『お、ほんとだ。これで、やっと解放される……助かった。そして、すまぬタロよ……天使ちゃんはミソラの森にいるぞおおおおッッ!』


 晃夜こうやは叫び、それからフレンドチャットは途切れた。

 なぜかブルっと寒気がした。



「ワオォオオオオオオオオン!」


 と、同時にオオカミの遠吠えみたいな鳴き声が飛んでくる。



「ひっ」


 

 急いで辺りの様子を把握するために、首をぐるりと巡らす。

 

 そこでようやく異常事態が発生していることに気付く。

 今、だった。


 木々の隙間からぬるい風が、狼の遠吠えを運んでくる中、


『ミソラの森に宵闇よいやみが訪れ、今日も他が知れず、静かに旅路の終わりを迎える傭兵たち――』夕輝が口ずさんでいた言葉を思い出す。



 ミソラの森は夜に出現するモンスターが凶暴。

 そう晃夜こうやたちは言っていたはずだ。

 

 あの時点で8レベルの傭兵プレイヤー二人が全滅すると警戒してたんだ。Lv3の俺なんかじゃひとたまりもないのでは。



 自分の最悪な状況に怯え、これからどうやって夜のミソラの森を抜けようと思考したその直後。


小さき灯ファイア!」


 幼い声が響いた。


 

 他にも誰か傭兵プレイヤーがいるのか?


 声の出所を慎重に、いくつかの木々を縫って探ると、二匹の狼と対峙する金髪少女の姿を発見した。


 歳の頃は、今の俺と同じ年齢ぐらいに見える。

 十~十一歳ぐらいの娘さんだ。

 聖職者のような真っ白な法衣姿で、左手にメイスを握っている。


 あんな子が夜のミソラの森で、一人でいるなんて。


 助けるべきなのか、ここはコッソリと離脱するべきなのか。

 木の陰に隠れて、俺は様子を見る。


「グルルルッ」


 片方の狼がうなりをあげて、少女へと跳躍した。

 少女はその動きに合わせて、メイスをふりかぶる。

 

 見事、狼の顔面にメイスの柄頭をヒットさせ、敵をよろけさせる。

 だが、その隙にもう一匹が逆から噛みつき、押し倒されてしまった。

 

「きゃっ」


 少女のHPバーがみるみる減っていき、またたく間に2割を切った。


「やめっやめてっ」


 俺は堪らなく飛びだした。


『過激なあめ玉』を口に放り込み、慣れ始めてきたイモムシ味に顔をしかめつつ、小太刀を鞘から抜く。


 あぁ、もうどうにでもなれ。


 狼は二匹とも金髪少女を貪るのに夢中で、俺の接近に気付いていない。

 

「しっ」


 一匹を切り付け、もう一匹に体当たりをかまして、どうにか少女をモンスターの攻撃から切り離す。


「グルルッ」


 狼たちは全然ひるんだ様子はなく、短くうなってくる。


「逃げるよ!」


 俺の乱入に金髪少女はたじろいでいるようだったが、構わず手を握る。

 そのまま『ケムリ玉』を地面に投げつけ、この場からの離脱を狙う。


「えっ、あ、あの」


 俺達が生き残れる選択肢はこれしかないと踏み、手を引っ張りつつPT申請を出しておく。

 距離が離れたとき、すぐにポーションを使用できるようにしておかねばならない。それにこの子の情報が欲しい。何ができて、何ができなそうなのか。


 晃夜こうや夕輝ゆうきとPTを組んだおかげで、こういった事態にスムーズに対応できるようになったのは、彼らのレクチャーのおかげだろうな。



 俺達は走り続けて10秒、金髪少女はPT申請を受託してくれた。



 ミナヅキ Lv8 HP29/120。


 うわ、意外にレベルが高い。


「ワオオオオオンっ!」


 狼の鳴き声が、すぐ傍で聞こえる。

 さらに何かが疾走する音も左右から。


「た、たすけて、くれたの?」


 俺はコクンと頷くだけにして、ひたすら月光が振りそそぐ森の中を走る。



「ウルフは、仲間を呼んでくるよ」


 前を走る俺に金髪ちゃんは、敵の特性を説明してくれた。

 仲間か。やっかいだな。

 このまま逃げていても、数が増えていくってことか。


「なにか逃げ切る方法は?」


「わから、ない」


「じゃあ、足を決して止めないで」


 ミナヅキさんはどうやら、おれより素早さが低いらしく、遅れがちだった。

 そんな彼女に『翡翠エメラルの涙』を使っておく。

 

 HPが回復すると、彼女は信じられないものでも見るかのように俺を見て、小さな声で呟いた。


「わたしなんか・・・に、こんな高価なものを……」


「グゥルアアッ」


 茂みから飛び出してきた狼が一匹、ミナヅキさんに襲い掛かる。

 だが、彼女は体をブンっと一回転させて、またもや見事に狼の胴体へとメイスを的中させる。


 いい反応をした彼女の成果は芳しくはなかった。

 狼はまったく堪えた様子がない。

 離してしまったミナヅキさんの手を再び握り、逃走を図る。


「『陽の元よ、わたしを照らして』」


 ミナヅキさんは詠唱に入りながらも、走り続けている。眠らずの魔導師グレン君に続き、詠唱しながらキャラの行動を並行で行う傭兵プレイヤーがいたとは。


小さき灯ファイア!」

 

 掌をかざし、そこからぼうっと狼へと炎が伸びる。


「キャウゥウンッ」


 狼はひるみ、一瞬その足を止める。

 その隙に俺達は距離を稼ごうとするが、すぐに先ほどの狼は追従してきた。


「やっぱり、わたしの・・・・魔法じゃダメなの、かな……」


 実は今日の朝、インして1番にシズクちゃんに、対グレン用に赤魔法スキルのレクチャーを、フレンドメッセージで少ししてもらったのだが。 

 目の前の金髪ちゃんが発動させている魔法は、赤魔法スキル、レベル1で覚える最弱のアビリティだと聞いている。


 その最弱アビリティで、夜のミソラの森に出現するモンスターに挑むのはLv3の俺が言えることではないが、無謀なのではないだろうか?


 だが、彼女はシズクちゃんと同じLv8だ。もっと強力な魔法を行使できるはず。


「「「グルウウッ」」」


 前方から三匹、待ち伏せしていたかのように、突如オオカミたちは現れた。


「仲間、やっぱり、呼んでたみたい」


 悲痛な声音でポツリと、予想をこぼすミナヅキさん。


「……ごめんなさい」


 泣きそうな顔をして俺に謝ってくる。


「ミナヅキさん! もう一度、魔法を!」

「えッ」


「早く!」


 前後から迫ってくる敵に加え、さらに左右からも一匹ずつ姿を現したウルフ。


「前の三匹に、魔法を!」

 

 俺はそう言って、最期の『ケムリ玉』を自分たちのやや前方へと投下。


「『陽の元よ、わたしを照らして』」


 そして煙幕が広がる眼前へと、俺達はその身を躍らせた。

 足を何かに引っ掻かれる衝撃を感じたが、無視して前へと進む。


小さき灯ファイア!」


 期待とは裏腹な初期魔法の発動に、疑念を感じつつも走り続ける。

 彼女のわずかな炎と煙があわさり、牽制となって前を塞いでいた三匹のウルフをすり抜ける事に成功する。


タロ   HP2/50

ミナヅキ HP84/110


 HP2とか瀕死だ。



「ひゅうっ」


 思わず、口ずさむ。


 ばふっとケムリを背後に置いていき、ミナヅキさんに振りかえると、彼女の金髪にもケムリがたなびいている。


「あぶなかったっ」

「ご、ごめんなさい……」


 俺のHPが激減したことを気にしているのだろうか。

 何故かうつむく彼女の腕をブンっとふるう。

 

「楽しい!」


 なんだか暗いミナヅキさんにそう言って、逃走し続けながら、にっこりと笑いかける。


 ぎりぎりだった。

 そう、これこそが冒険って感じ。


「え?」


 俺の想いは上手く伝わっていないようで、言葉を選ぼうとするミナヅキさん。

 しかし、背後から伝わってくるウルフたちの、森の中を駆け抜ける音がすぐそこまで迫ってきていたので、喋る余裕はない。


「グルウウッ」


 いよいよ、ウルフたちの鼻息と足音がすぐ後ろから聞こえてくる。


「魔法はっ」


 ダメ元で、ミナヅキさんに問い掛けると、彼女はフルフルと首を左右にふる。


「MPが、たりない」


 ぐっ。

 この状況で、『森のおクスリ』を飲ませているヒマなんてない。


 おれは『結晶ポーション』を使う。

 これで、俺達のHP200とMP20が回復しただろう。


「こ、これって」

「魔法を」


 もう『ケムリ玉』もない。

 追いつかれたら、今度こそ終わりだろう。


「『陽の元よ、わたしを照らして』」


 また、その魔法かっ。

 Lv8にもなっていれば、複数の魔法が扱えるのではないのだろうか。

 そこまで初期魔法にこだわる理由が彼女には他にあるのかもしれない。


 あわや先頭のウルフに追いつかれそうになった時。

 ミナヅキさんは後ろへと右手を向け。


「『小さき灯ファイア』!」


 ボウっと一瞬、後ろへ炎が燃え盛る。


「キャウッ」


 なんとか後退させた。

 しかし左右後方から二匹のウルフが俺達めがけて飛びつこうとしてきた。


 とっさにミナヅキさんをかばい、しゃがむ。

 勢いのまま二人で転倒し、起き上ったときには十匹以上のウルフに取り囲まれていた。

 

「グルルルゥゥ」


 これはマズイ。

 正直、小太刀をふるいにふって、キルされるしか道は残されていないだろう。


 ま、こういうこともあるな。



「一緒に戦ってくれてありがと。楽しかったよ」


 覚悟を決め、ミナヅキさんに先ほど伝えられなかった思いをしっかりと言葉にしておく。


「え、そんな……」


 なぜかミナヅキさんは、またもや泣きそうになる。

 


「え、ちょ、ちょっと」


 動揺する俺に、不意にどこかで聞き覚えのある声が響く。


「諸兄ら! いたでござるよ!」


 その声の方へと振りかえる。



「天使殿でござる!」

 

 既視感のある口調の傭兵が、何人もの傭兵を引き連れて森へと突入してきた。

 俺達の囲っていたウルフたちへ、猛攻を開始した。


「天使ちゃんを守るっぽおおおお」


 うあ。

 なんかやばそうなのがいる。


 だが、様子のおかしい集団は俺達をかばうように狼の集団を蹴散らしていく。


「ウォォオオンッ!」

「ぐっこいつら、集団戦闘が得意なウルフだ!」


 ウルフも負けじと仲間を次々と呼んでいき、数瞬にして激戦区となった。


 いきなり現れた、この傭兵プレイヤーたちは何なのだろうか。

夜のミソラの森に、モンスターを狩りにでもきたのだろうか?


 なんだかよくわからないが助かった。

 顔も知らない傭兵たちの乱入のおかげで九死に一生を得た。


 殺伐とした傭兵プレイヤー同士の殺し合いが跋扈ばっこする世界と、最初に会ったカップル達は言っていたけど、案外そうでもないじゃないか。


 見知らぬ傭兵プレイヤーたちの奮闘に少しだけ、心の奥が熱くなるのを感じる。


 参戦したいのは山々だが、手持ちのポーションも残るところ1つだけだしLv3の俺が共闘しても足手まといにしかならないだろう。

 この子もレベル8のわりには初期魔法しか使っていないところを見ると、何か訳があるのかもしれない。


「助かりました! ありがとうございます!」


 俺は熾烈な戦いを繰り広げる傭兵たちにお礼を叫び、愛想笑いをふりまいておく。きっと戦闘に夢中で、ザコな俺達なんかに興味ないだろうけど。


 しかし、俺の予想に反して、ウルフと戦闘中の全ての傭兵が振りむいてニヤけたのは気のせいだろうか。


 とにかく、ミナヅキさんを引っ張りつつその場を後にした。






「ふう、ここまでくれば……大丈夫だな」


 そう言って、俺はようやくミナヅキさんの手を離した。

 場所は変わって、『月光樹の丘』と呼ばれる場所へと移動した俺達だった。


 昨日、チラッと『始まりの草原』から『ミソラの森』へいく途中で見かけたエリアで気になっていたので、ミケランジェロへの帰りがてらに寄ってみた。



「はぁはぁ……」


 息切れをして、へたり込んでいる彼女は揺れる草々を見続けている。

 

『月光樹の丘』は、いくつかの丘が連なり、必ず丘の上には一本の大木がそれぞれ生えていた。


 だが、その大木に花が咲いていることはなく、うらさびしい感じがただよっている。


 空を見上げても、ミソラの森の空模様とは大違いで、どんよりと雲が立ち込めている。



「なんとか、助かったね」


 ミナヅキさんは息が整っても、顔を上げてこないので、こちらから話をふってみる。


「どうして……助けてくれたりしたのですか?」


 すると小さな声で視線を合わせずに尋ねてきた。

 特に理由はなかった。小さな女の子が死にそうになっていたら、誰でも助けるのではないだろうか?


「な、なんとなく? それより、ミナヅキさんの方こそ、どうして一人で夜のミソラの森なんかにいたの? 危険だよ」


「倒せると思って……」


 すこし、悔しそうにつぶやく彼女。


「でも、あそこのモンスターって夜になると強くなるし。初級魔法で応戦するのは厳しいんじゃないかな」


「やっぱり、無理ですよね……」

「わかってたんだ?」


「わかってましたけど、でも仕方なくて……」


 負けるとわかって、戦いにいくとか。

 モンスターによるキルの経験値ロストは地味に痛いはず。そんな自殺行為をするなんて何か理由があるのだろうか。


「どういうこと?」

「わたしの魔法でもあそこのモンスターを倒せるって、証明したくて……」


「いや、でも。初級魔法じゃ、あの通り……」


 俺が苦言を呈すると、彼女は不意に草をわしゃわしゃっとむしって、語気が強くなった。


「そんなのわかってます! でも、私はレベルポイントをHPと魔力にしか振ってないの! だから初級魔法でも、威力はすごいの! MPが15しかないから、三回しかうてないけど……」


 後半はゴニョゴニョと尻すぼみになっていく金髪少女。


 なるほど。

『初級魔法で、あそこのモンスターを倒せるはずがない』という常識に、錬金術士であるこの俺が囚われていたとは。


 うっかりしていた。

 常識を覆そうとするミナヅキさんの行動には、錬金術士に通ずる何かがある。



「それで、あんな高レベルモンスター相手に、初級魔法しか撃てないキミが戦っていたわけか」


 まさか、レベルポイントを魔力極振りで、ウルフを倒せるかどうか実験している傭兵がいるとは。俺の実験への情熱をも上回る魔法への探求心。

 

 感服だ。



「はぁ……わたし、なんか」


 俺が感心している傍らで、彼女は泣き始めた。


「うおっ」


「やっぱり、ダメな子なんだ……」


 どうしようどうしよう。小学生が泣いちゃったよ。

 今のどこに泣く要素が。きっと魔法で倒せなくて、悔しくて泣いちゃったのか? そうなのか? 小学生のときって、そんな感じで泣いてた気がするな。


 ここは年長者として、なんとかしなければならない。

 

 ここでせっかくの研究心が挫けてほしくもないし、何か励みになるような台詞を。


「挑戦、することはいいことだ」

「んん……」


 グスっとすすりなくミナヅキさんは、ほやっとこちらを見る。


「いや、だから。ミナヅキさんの挑戦する姿勢、俺はいいと思う」

「……どういうことですか?」



 彼女は二匹のウルフに対し、一匹にしか注意を向けていない節があった。だから、ああも簡単に押し倒されたのだと思う。

 レベルが高いとはいえ、戦闘には慣れてなさそうな動きでもあった。


「推測するに、キミは普段、戦闘とか積極的にするタイプじゃない?」

「は、はい」


 やっぱりか。レベルが高いのはベータテスターか何かなのかな。

 とにかく、褒めておかないとだな。


「それでも、自分の魔法を信じて、あそこで戦っていたと」

「え……」


 俺も己の錬金術を信じて、日々を歩んでいるからな。


「自分の魔法がモンスターを撃破すると証明するために戦っていたんだよね?」

「えと……いちおう」


「そういうのは好きだ。俺もそんな感じだし」


 俺が手を腰に当て、どんよりとした曇り空を見上げる。

 これで良いだろう。


 曇った空もいつかは晴れる。


「そんな感じって、あなたと私は全然違います」


 と思ったのだが、ミナヅキさんが悲しそうに反論してきた。


「いや、キミも俺も同じだって」

「わたしは、魔力にしかレベルポイントをふってないんです」


「それは、さっきも聞いたよ」

「だから、MPが足りなくて……ろくな魔法も扱えない役立たずなんです」



「それは俺も同じだ。錬金術は役立たずで使えない、みんなそう言ってるし」


 この答えにはいささか予想外だったのか、やっとミナヅキさんは俺と視線を合わせてくれた。

 あれ、この子……どこかで見た・・・・・・ような気がする・・・・・・・

 こう、昔から知っているような不思議な既視感……。

 


「あなたは、錬金術スキルを?」


「うんうん」


 見覚えのあるミナヅキさんの正体を脳内で検索しつつ、俺は笑顔で堂々と錬金術を肯定する。


 錬金術スキルを持っていたって、恥ずかしくなんかない。錬金術スキルを選んだことを誇りに思っていると示すために。


「周りはゴミスキルって言うよ。でも、それでも楽しいから、俺は錬金術を続けている。やっぱりそういうのって普通に悔しいから」


 最後の『翡翠の涙』を取り出し、緑に煌めくポーション瓶をプラプラっと振り、ニヤっとしてみせる。



「キミも魔法が好きで、あんな無茶をしてたんだろ?」


 ミナヅキさんは両手をキュッと自分の胸に当てていた。


「だから、まぁ、お互いがんばろう。役立たずなんて、言わせないようにさ」


 いい感じに、まとめられただろうか。

 どうか、この少女の知的好奇心が薄れることなく、今後も魔法の探求に力を入れていってほしいものだ。



「一緒に、がんばりたい……」


 ミナヅキさんはボソッと何かを呟く。


「え、なに?」


 俺が聞き返すと、彼女は頬を真っ赤にそめつつも何かを口にしようとし、また閉じるを何度か繰り返し。


「あなたに……」


「ん?」



「ついていきたいです……」


「ええ?」


 ついていきたいってなんだ。



「あっ……あの、えっと」


「ついてくるって、どういうこと?」


 動揺したのか、口をパクパクしつつ、数秒閉じたあと、目をつむったかと思うと、パチリと俺を見た。


「あの、今のは違います」

「あぁ、うん」


 言いなおした、彼女。


「私とフレンドになってくれませんか?」


「え、あ。俺でよろしければ……?」


 そういって座り込んでいる彼女に手を差し伸べると、彼女は一度手を伸ばすが、伸ばされた手は胸元に戻された。


「あ……」


 彼女が俺の背後を呆けた様子で見ている。


 何事かと思って、ミナヅキさんの視線の先を追うように振り返ってみると。



 そこには大木が――

『月光樹の丘』の木々たちが――


 淡く輝く、ピンク色の花を次々と咲かせ始めていた。



「なんだ、あれは」


 さっきまで寂しいまでに枯れていたのに。

 みるみるうちに、薄紅色に発光する花々を満開に実らせていく。


 それは光る桜。


 夜風に吹雪く月桜。



「月光樹の丘……月の光」


 ミナヅキさんが感嘆の吐息と共に、ささやく。


 俺は急いで夜空を仰ぐと、雲の割れ間から月が出ていた。

 その月光を浴びて、『月光樹の丘』の大木は反応したのだろうか。



「月の光で花を咲かせるのか……だから『月光樹の丘』」



 そよぐ風に乗って桜が、綺麗な花弁が舞い散る。

 

 月明かりのもと、俺達はしばらくその絶景に見入っていたのだった。


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