18話 紅蓮を打ち消す錬金術士



「言っておくが、俺たち全員、ポーションはたっぷりと持っている」


 兜越かぶとごしで顔の見えない、甲冑かっちゅう姿の傭兵プレイヤーはくぐもった声でそう告げると、背中の長剣を鞘からゆっくりと抜き放つ。


「そこらの下級傭兵プレイヤーと一緒にするなよ?」


 両脚を大きく開き、腰を落して槍の矛先をむけてくる傭兵プレイヤーも、俺がどんなにポーションを使っても無駄だと示唆してくる。



「グレンはMPと魔力にレベルポイントを極ぶりしているはずだよ」


「HPはかなり低いはずだ。アビリティをまともに一発でもぶちこめば、速攻でキルできるかもしれないぜ」


 夕輝ゆうき晃夜こうやは、敵の牽制を無視してひっそりとつぶやく。




「何をコソコソと! ゆけっ! お前たち!」


 グレンがまゆをひそめながら、前衛二人に突進を命令する。


「よし、ボクらもいくか!」

「おう!」


 こちらの前衛たちも戦意万全といった様子で、長剣と槍傭兵を迎え撃とうと踏み出した。


「まって」


 そんなアクセル全開な二人に制止をかけたのは、俺。


「俺を信じて、突っ込むフリをしてくれ」


 突然のセリフに、二人は一瞬いぶかしむようにこちらを見た。

 一時の静寂が流れる戦場で、おれは二人をジッと見つめ返す。


 この二人なら、信じてくれるはずだ。


 そんな思いが伝わったのか、旧友たちはゆっくりと頷いてくれた。

 短いやり取りを終え、その体を再び前進させる二人の背中を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。



「鬼退治としゃれこみますか!」

「鬼は外ってな!」

 

 敵を挑発するように夕輝たちは叫び、双方の距離が縮まっていく。



 両陣営の接触が迫れば迫るほど、外野も含め、場の空気がピンっと張りつめていくのを肌に感じる。


これが不特定多数の人々に見られるPvPか。周囲の静けさとは反比例するように、野次馬の血に飢えたプレッシャーや熱気が、全身を泡立たせる。


 緊張が最高潮に達し、いよいよ互いの前衛がぶつかり合う数瞬前。

 

 両者の接近に水を差すべく、おれは動いた。

 

 絶好のタイミングを見計らって、敵前衛の進行地点に『ケムリ玉+3』を投げ込んだ。



「な、なんだ!?」


「ケムリ!?」


 自身の視界が白い煙幕に支配され、動揺する長剣さんと槍くん。

 そこに、夕輝ゆうき晃夜こうやが突っ込むふりをして再び、声をあげる。


「まずはキミたちから始末させてもらうよ!」

「鬼の角ってヤツをへし折ってやらあ!」


 ケムリへと距離を詰めていく二人。


 それに呼応するように、焦りの色を含んだグレン君が叫びが飛んだ。


「おちつけ、おまえたち! ポーションの用意をするのだ!」


 ここで夕輝と晃夜は俺の指示通り、煙の目前でヒョイッとUターンをして、後退し始めた。



「『燃えゆく魂は人の背負いし運命さだめ。その儚き炎に一瞬の煌めきを宿してみせよ』」


 朗々と詠唱を紡ぎ始めるは眠らずの魔導士。

 その響きには、幾度となく練習していなければ出せないような流暢さと気品が確かにあった。

 終始、高慢な態度の彼だが、魔法においてはそれなりに努力したのだろう。その声には自信に満ち溢れていた。


「『咲かる炎フレア』!」


 グレンの魔法は、シズクちゃんとは比べようもない速度で発動した。


 彼の杖からは真っ赤な炎が吹き荒れ、ケムリを吹き飛ばすように白が赤に蹂躙されていく。

 どうやらグレン君は自身が発する炎で、ケムリや晃夜、夕輝を一斉に燃やす魂胆だったらしい。

 もちろん、味方ごと。


 彼の仲間が自分の炎に耐えると踏んでの掃討作戦であり、そのためにポーション使用の準備を指示したってわけか。


 その炎は広範囲にわたり、後退する晃夜こうやたちにも届きそうな勢いを誇っていた。

 紅の魔手が親友たちを捕まえそうだと判断した俺は、アイテムストレージを確認する。



「てぇいッッ!」


 すかさず、煙から飛び出てきた炎めがけて『火種を凍らせる水晶』を投擲。

 

 無造作に広がる炎は水晶が接触した部分から瞬時に、その形を凝固させていく。

 パキパキッと音を鳴らし、無形の紅が固形の青に支配されていく。

 一瞬にして氷へと変貌させたのだ。


 よかった。

 なんとかなった……。


 俺は透き通った氷塊を満足した気持ちで眺め、ホッと安堵の息をつく。

 


「今、なにが起こったよ」


 ある意味、美しいと言えるこの光景に周囲がざわついた。


「おい、今のはなんだ?」

「氷?」

「何が、どうなった?」


「そ、そんな。グレンさんの炎を凍らせた? このボクでもできない芸当を、いったいだれが?」


 敵の副団長であるユキオ君が、驚愕の顔で氷を眺めている。


 戦闘を観察していた外野たちには、炎の威力でケムリが霧散した瞬間、巨大で歪な氷が出現したと映ったのだろう。



 そして、もちろん、氷の中には。


 炎を浴びていた、敵の長剣さんと槍くんがいた。

 グレンの発動させた火が氷になっているわけなのだから、彼らの身は大変な事になっている。

 全身が氷漬けというわけではないが、長剣くんは腰から下と左腕が、槍くんは上半身と右足首が、炎の範囲、つまり氷に包まれていた。



「なにを、した?」


 グレンは青魔法スキルを使えるシズクちゃんの仕業だと思っているのか、彼女を睨んでいる。


 そんな彼の動向はスルーして、俺は素早く敵前衛二人の様子を観察しておく。HPが全損していないことから、おそらく凍結状態になっているだけだろう。



 効果は十分で、あの様子ではしばらくは身動きをとれないはずだ。

 だが拘束できる時間は少ないかもしれない。

 二人の凍結が解かれる前に、グレンを仕留めなければ。



「た、タロ、お前がやったのか?」


 味方である晃夜もビックリしているようだった。


「いったい、どうやって?」


 シズクちゃんもポカーンとしている。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、今はこのチャンスを活かそう」


 俺の考えと唯一同じ意見を出した、リーダーである夕輝ゆうきはこの絶好の機会を逃さないように、そそくさとメンバーを促す。

 


「たぶん、あの氷は長くはもたない。前衛が動けない間に、グレンくんを倒しきらないと」


 俺が三人に意見すると、百騎夜行のメンバーは一様に頷き即座に動きだそうとする。

 

「少しだけ待って」


 みんなが散らばる前に、ヒモで縛られた小さな麻袋を取り出し、その中に入ってる粉をみんなにふりまいておく。


 PTメンバー全員に火の粉が宿ったかのように、赤く煌めく粒子が散布された。


:『火護の粉塵』を使用:

:これにて一分間、赤属性のダメージを10%カット:



「これは……」

 

 夕輝ゆうきが自身にまとわりつく火の加護を確認しながら、俺に目を向ける。


「火の用心ってな」


 ニコッと笑う俺に対して、晃夜が敵に向かって飛び出す。


「なるほど、お守りってわけか」


 背中で語る晃夜に続き、夕輝も盾を前面に掲げながら走りだした。



「シズ、頼むよ!」


 夕輝の短い合図と同時に、少女の声がこだまする。



「『水よ、我が拳となりて脅威を打ち砕け』」


 シズクちゃんが詠唱に入ったのだ。


「『大球よ、大仇を焼き焦がせ』」


 それに覆い潰すようようにグレンも詠唱を述べ始めた。

 そして間髪かんぱつれずに彼の杖が紅い光を帯び始めた。


「あれが、眠らずの魔導士……」


 思わず独り言をつぶやいてしまう。

 だってシズクちゃんが詠唱し終わってから、グレンが文言を発したにもかかわらず、眠らずの魔導師の方が先に魔法を発動させたのだ。



「『火球ファイアーボール』!」



 彼が打ち放った高熱の玉は、岩ほどの大きさがあった。

『水に沈む草原』でシズクちゃんが見せてくれた『火球』の2倍はある。しかも、その炎弾が三つ、グレンへと距離をつめる夕輝と晃夜めがけて飛んでいく。


 あんな迫力のあるものが自分に向けて放たれたら、けっこう怖い。

 そんな風に身震いしていると、隣で少女の声が響いた。


「『つぶてのしぶきウォータースプラッシュ』!」


 シズクちゃんも見事、魔法発動のための問題を正解したようだ。彼女の杖から、水によって生成された拳が三つ、グレンの火へと衝突していった。


 光球と拳をかたどった水の殴打が互いの身を削って爆散する。


 ボフンっ。


 魔法と魔法同士のぶつかり合い。

 水がはじけ蒸発し、火は消え去った。

 

 相性的には火より水が有利なはずなのに、相殺。

 グレン、どんだけ魔力が高いんですかね。



「『飛翔脚』」


 俺が悠長に感心しているウチに、晃夜こうやは一気にグレンのもとへと移動するためにアビリティを活かしてくうっていた。


 グレン君のそばへと辿りついた晃夜は、両の籠手で拳を放つ。

 しかし、眠らずの魔導師さまは杖で見事に受けきった。

 よくよく注視すると、彼の装備している杖は、赤銅色で頑丈そうな造りだ。


 殴られたら、痛そう。


「『硝煙しょうえんと血と火を望みし者に、裁きの炎槌えんついを』」


 晃夜の攻撃をガードした杖から、ガキッっと金属音が響くと、すかさずグレン君の詠唱も始まった。

 彼は受けた衝撃を活かすように、そのまま後方へと回避していく。


 そして、グレン君は動きながら・・・・・、魔法を発動させたのだ。


打ち鳴らす火鎚エイラ・スイング


 魔導師の杖先に小さな火が灯ったと思った直後、彼はバットのように晃夜へとソレを横振りした。まるで野球選手のバッターがするようなフルスイングで。

 

 とっさに片手でガードをした晃夜だが、杖が触れた瞬間。

 真紅の炎が爆散した。


「くっ」


 あまりの勢いに、晃夜は火を絡ませながら吹き飛び、地面をズザザーッと全身で走る。



 コウ HP103/230。

 

 晃夜こうやのレベルで……一撃で半分以上の威力だと。


 対するグレン君も無傷ではないようで、緑のHPバーがわずかに減っている。


 そこでようやく夕輝ゆうきがグレン君へとたどり着き、剣撃を浴びせようと接近する。



「『硝煙と血と火を望みし者に、裁きの炎槌を』」


 眠らずの魔導師はなんとか剣を杖で受けきり、またもや詠唱を始めた。


「『打ち鳴らす火鎚エイラ・スイング』」


 晃夜を吹き飛ばしたのと同じように杖を叩きつけようとするグレン君に対し、夕輝はとっさに身を低くし盾で受け止めようとする。


「くると思ったよ、『巨人の盾エル・エクスード』」


 その重みで盾は地面に着き、夕輝ゆうきは盾を押し込むようにしゃがむ。

 三倍にその面積を膨らませたソレは、重さと厚みによってグレンの近距離爆散魔法を受けきった。


 ユウ HP380/410。 


「ふんっ」


 グレンは鼻で笑い、さらに後方にバックステップで下がっていく。


「遠く、遠く、生命の源である水を届けよ」


 おれはシズクさんが詠唱に入ったのを聞きつつ、地面に横たわる晃夜のもとへと駆け寄り、すばやく『翡翠エメラルドの涙』を使用し、HPを回復させる。



咎人とがびとしょすは業火の焼印。熱に悶えよ、汝の罪には苦しみをもって償え」


 グレン君は追撃にかかる夕輝の剣を杖で受け止めつつ・・・・・・、詠唱を完成させる。


 さっきから動きながらの魔法発動……さすがは眠らずの魔導師と言われていることだけのことはある。

 感心している場合ではないけれど、どうしても高レベル傭兵プレイヤーというものが、どんなものなのか観察・・してしまう。そして、レベルもステータスも低い俺ができる、数少ない唯一の戦略。



「だめっ、こっちは失敗!」


 シズクちゃんが魔法失敗を叫んだ直後。



獄徒の道フレイム・ロード


 グレン君の杖から、直径1メートルにも及ぶ炎が渦巻きながら出現したかと思うと、そのまま螺旋状に伸び、直線に放たれた。

 

 まさに、生きる火の道が夕輝を襲う。

 その獄炎は夕輝にとどまることなく、俺の隣にいる晃夜にまで伸びてきた。


「くっ」


 咄嗟に晃夜が俺を突き飛ばし、巻き込まれるのを回避してくれた。



 そして夕輝と晃夜は炎に焼かれ、地面に横たわりならジタバタしている。

 

「ぐぅう……」

「は、はぁ、はぁ……」


 ユウ HP263/410

 コウ HP67/230



 友人たちが無様にのたうち回っているのを見て、俺はわなわなと震える。

 なんとか、しなくては。



「フハハハハッ!」


 炎の道に飲まれた二人ともだちを、あざ笑うようにグレン君は言った。


「ボクの炎の前では全てが無力なのだよ」



 その言葉にカチンと来たのは言うまでもない。

 だが、怒りの感情に身をゆだねて、判断力を低下させるのは愚の骨頂と言える。

 ならば、と。冷静な眼で敵を見据える他ない。


 グレンは杖を頭上に持ち上げ、再び詠唱をつぶやき始めている。


「『憎悪の黒炎よ、いましめの鎖を破って喰らい尽くせ』!」


 その大仰な仕草、その不遜な振る舞い、彼の喜々として詠唱を語る表情。

 その全てがとどめを刺そうとしている、クライマックスを匂わせた。


 完全な勝利を、万に一つも疑っていない。


「させない……」


 今、俺にできること。

 それは錬金術師として絶好のタイミングでアイテムを使っていくこと。

 それだけだ。



「ユウ、コウ! 俺を信じて突っ込め!」


 俺はグレンの詠唱中に夕輝たちに叫ぶ。

 二人は幼女の高い声に反応し、フラつく体を叱咤しながら立ち上がった。



「行くしかないね……」

「ったく。人使いがあれえな……」


 二人は呟き、そしてなんの躊躇いもなく、俺の指示通り駆け出した。

 


 同時に、グレンが魔法を発動させる。


地獄の三頭番犬ハウンド・ケルベロス


 彼の掲げる杖から、三筋の黒い炎が噴き出た。

 その形は禍々しい巨大な犬の顔をかたどっており、それぞれが意志をもって大口を開け、夕輝、晃夜、シズクちゃんへと蛇のごとく、放たれた。


 彼らにこれ以上のダメージは受けさせない。



「てい!」


 俺は黒炎を放出し続ける、グレンの頭上。

 杖の上に『火種を凍らせる水晶』を投げつけた。

 

 その狙いは寸分違わず、水晶が黒い炎にふれた。



 瞬間。


 熱の根幹を成す杖の先端はみるみる間に凍てつき、氷が黒い炎をまたたく間に侵食していく。そのさまは、瞬時に氷の彫刻を生成していくようで圧巻だった。

 

 だが、それは青く透き通ったモノはではなかった。

 バキバキと太い音を発生させながら、黒曜石のような鈍く輝く水晶へと変化したのだった。

 黒い炎の特性が原因なのかは知らないが、三頭の獰猛な犬の頭をかたどった炎は完全に氷結し、アーチのように弧を描いて中空で停止した。


 その風景は、見るもの全てに畏怖と美しさを、胸に染みこませただろう。

 



 ふっ。



「俺の錬金術の前では、全ての炎が無力なのだよ(500ダメージ以下)」


 グレンのセリフをパクッて、ドヤ顔を放つ。




「また凍ったぞ……」

「あれはいったいなんなんだ」


 見学者たちは一様に驚いているようだ。


 グレンも今回こそは例にもれず、起きた現象がとても信じられないとでもいうかのように、俺を穴があくほど見つめている。



「き、キミだったのか……」


「『入り交る水よ、彼の者の自由を束縛せよ』」


 そんな隙あり状態を突くように、シズちゃんが素早く詠唱を発した。


 夕輝と晃夜も、俺を信じてくれていたようで、グレンへと各々の武器を握りしめ攻撃を振りかぶっていく。



「くっ騎士ごときに、このボクが! 『穿うがて、貫縫い火』」


 グレンは目前に迫った『百騎夜行』の二人に向けて、詠唱を放つ。



水沼ペインド!」


 しかし、シズクちゃんの魔法が発動し、グレンの足元に突如として小さな沼が発生する。

 茶色で粘着性のありそうな水たまりに足をとられ、体勢をくずしたグレンは数瞬の後れを取ってしまう。


「『二連桜花』!」


 晃夜の拳が、たたらを踏んだ眠らずの魔導師の顔面と腹部にめりこむ。

 彼の表情は歪みに歪んだが、その衝撃にひるむことなく魔法を発動させてきた。


「『火矢グニル』!」


 グレン君の杖から二本の、燃える弓矢がビュンっと晃夜と夕輝を襲う。

 だが、沼でもつれた足のせいで照準が合わなかったのか、どちらにも命中はしなかった。


「『十字剣クロス・ソード』」


 そのまま即座に、夕輝が十字斬りをグレン君におみまいしていく。

 そこであっけなく彼のHPバーが消失した。




「鬼退治、成功っと」


 剣をフォンっと振り、グレンが消えゆくのを眺めながら夕輝は爽やかスマイルと共に勝利宣言をした。


「やったぜ!」

「やったね! タロちゃん!」


 晃夜とシズクちゃんが俺のもとに駆け寄ってくる。

 俺も三人に答えるべく、ガッツポーズをかましてみる。



「タロウ? あの子はタロウって名前なのか」

「百鬼夜行の団長を、まさか無力化するとは……」


「鬼、退治……」

「桃太郎みたいな子、だな」


「なんだよ、百騎夜行の三人が猿に犬にキジとでも言いてぇのか?」

「あの子は女の子だぜ?」

「そ、それもそうか」



 ギャラリーが俺に注目している。


「タロ、なんか言われてるぞ」


 晃夜が近づいてきては、俺の頬を人差し指でつついてきた。

 からかっているのだろう。

 

 まぁ今は勝利の歓喜に免じて、それぐらいの行いは大目に見てやろうと心の中で言っておく。


「しかし、今回は間違いなくタロの活躍のおかげだね」

「タロちゃんの錬金術って本当にすごい……」


 夕輝とシズクちゃんの手放しな称賛に、俺はエッヘンと手を腰に当て、偉そうにのけぞってみる。



「なにそれ、タロ。本当に子供みたいだよ?」

「早い話が、黒歴史を更新中だな」

「かわいいじゃない」


 ワイワイと、俺たちに弛緩しかんした空気が流れた。

 そして、俺達はグレンを倒したことでスッカリ油断していた。

 それがまずかったのだ。



「おい、おれらを忘れてないか?」

「『死突の槍』!」


 急に声をかけられ、振り向こうとしたが刹那。それより早く、晃夜の胸に槍が深々と刺さっていることに気付く。



「くはっ」


 晃夜が崩れ落ちる。

 グレンのPT、槍くんが投球したようなポーズをしていることから、槍を投げての遠距離アビリティを晃夜に命中させた?

 

 氷で身動きを取れなかった敵の二人が、復帰したのを見逃した。


 晃夜のHPは全損し、消滅していった。

 おっふ……。



「ゆ、油断してしまったね」


 夕輝は悔しそうに呟き、盾を構える。


 投げられた槍は魔法によって吸い寄せられるかのように、槍くんの手元へと戻っていく。

 それを見計らった長剣さんが、ガチャリと甲冑を鳴らしながらこちらに向かってきた。



「く、来るよ! みんな戦闘態勢!」


 夕輝の号令に背中を押されるように、先程まで緩んでいた気を俺はしっかりと引き締める。

 そして、敵を観察する。

 

 長剣さんの移動スピードはさして速くはない。

 おれは急いで、『翡翠エメラルドの涙』を夕輝に使い、HPを全快させる。


「ユウ、これなめて」


 そして、俺は夕輝の口に『過激なあめ玉』を放り込む。

 ついでに自分の口にも入れて、一分間の力+10というステータスアップの恩恵を受けておく。


「おい、今、HPが一瞬で回復しなかったか?」

「美幼女にアメ玉を口にいれてもらうとか、ご褒美ぽ……」


 変な声が聴こえたが今は戦闘に集中だ。



 晃夜こうやがいない以上、シズクちゃんが魔法を発動するまで、俺と夕輝で戦線を維持する必要がある。力を上昇させれば、おれも一応は接近戦をできる、と思う。


「うわ、なにこれ、まずい……何味?」

「イモムシ味」

「うぇ……」


 我慢しろ。

 俺もイモムシ味を我慢してるんだから。

 

 シズクさんもMPを回復するために、『森のおクスリ』から蜜の雫を飲んだ。


「こっちは甘いよ?」


 などと、言ってくる彼女には少し笑えた。




 とにかく準備は整った、いざ対人戦だ! と、意気込んだは良かったのだけど、長剣くんが突然アビリティを発動してきた。


「『猛進!』」


 先ほどまでの鎧による重たそうな動きはどこへいったのか、踏み込む一歩がやけに大きくなり、夕輝の前へ忽然こつぜんと距離を詰めてきた。



 背中の長剣を抜きざまに、上段から下段へ叩きつけるように一閃。


 なんとか夕輝は盾で受けることができたが、その衝撃は相当に重かったのだろう。盾を持つ左腕ごと下へと弾かれていた。

 よろめき体勢を崩した夕輝めがけて、長剣さんの陰に隠れるように飛び出てきた槍くんが追撃のアビリティを間髪かんぱつれずにうってきた。


「『連狂連強の突き見酒』」


 目にもとまらぬ速さで、槍を夕輝へと突きだす槍くん。

 その姿は乱舞する泥酔者、と言っても過言ではないトリッキーな動きだった。

 見事な連携だと言わざるを得ない。


「うっ」


 ユウ HP310/410。

 

 さらにノックバックで、ゆらめく夕輝。



「『水よ、我が拳となりて脅威を打ち砕け』」


 接近をこんなにも早く許し、このままではマズイと判断したシズクちゃんが慌てて詠唱態勢に入った。

 シズクちゃんの詠唱を尻目に、俺は助太刀すべく小太刀を抜き放ち、前へと出る。


 少しでもシズクちゃんの詠唱時間を稼がないと。

 


「悪いな嬢ちゃん。団長がやられたとなったら、こちらも容赦しない」


 長剣さんが横薙ぎに一振り。

 夕輝は手に持った剣で胴に入った剣撃をギリギリで弾くことができた。だが、俺は小太刀で受け止めることすらできず、吹き飛んだ。


 長剣の絶大なリーチ、攻撃範囲を思い知った。



「あ、ぅ……」


 と、同時にHPが0になり、俺はキルされた。



 レベル差もステータス差的にも当然の結末。

 一撃死。




:『翡翠エメラルドの涙』をドロップしました:

:17エソ、奪われました:


 そんなログが流れていく。



「あの子、やられちゃったぞ!」

「おいおい、あんな可愛い子を攻撃するとか、なんて野郎だ!」


「やっちまえ!」

「俺らも参戦だ!」


「て、て、天使殿!? そ、そそれがしも参るでござる!」


「なんだと、お前ら! 我らが『百鬼夜行』に盾突く気か!」


「んなもん知るか! ここは暴力うずまく傭兵の世界だ!」

「いいだろう、『百鬼夜行』を侮辱したこと、後悔させてやる!」


「言葉で語るより、拳で語れ」


 何やら、関係のない外野が次々と罵声をあげているようだ。

 傭兵たちの喧騒を聞き取ったのを最後に、視界がぼやけ真っ黒になった。



 何も見えず、聞こえず、感じることができない。



 これがキルされる感覚か。

 そう納得すると、不意に暗闇の中にログが浮かぶ。


:あなたはキルされました:

:ゲームを再開、ログインするのに10分の時間を要します:

:お疲れ様でした。ログアウトしてください:


 こうして、俺はクラン・クラン初のプレイヤーキルを体験したのだった。

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