17話 代理戦争


「本当に『百鬼夜行』の副団長、ユキオのメイン武器を持ってるの!?」


 武器を奪われたという、ゆらちさんは晃夜こうやに食いつく。


『湖面に沈む草原』での戦闘を経た俺たちは、いったん単独で奇襲を受けたゆらちさんと合流することになった。


「ユキオの武器をドロップしたのは、タロだ」


 晃夜が視線で俺を示すと、ゆらちは「え……」っと固まる。


 俺を理由に素っ気なくPTを抜けたゆらちさんとしては、自分の武器が戻ってくるかもしれないという交渉のカギを握っているのが、俺だというのはこの上なく居心地が悪いのだろう。


「そう、なんだ……」


 気まずげに俺を見つめる、ゆらちさん。



「あぁ。でも、タロが所持していてよかったな」


「確かにね。ボクたち『百騎夜行』の誰かにドロップしていたら、あちらさんは死に物狂いで取り返しにくるだろうし。それはもう何回だってキルしてきそうな勢いで襲撃してきそうだよね」


 夕輝ゆうきが晃夜の意見に賛同する。



「それにタロは15歳以下の傭兵プレイヤーに見えるわけで、タロから永遠に奴らを攻撃しなければ、タロはずっと攻撃対象不可だしな」


「そもそも、『百鬼夜行』のグレン君に気に入られてるふしがあるよね、タロは」


「タロちゃんでよかったぁ」


「で、ゆらちーの『大輪火斬』とユキオの『氷雪を育む杖』を取引、交換役もタロがするのか?」

 

 晃夜こうやが具体的に話をまとめようとしたところで、ゆらちさんが『待った』をかけた。



「ちょっとちょっとストップ」


「なんだゆらちー」

「どうしたの?」

「ゆらちゃんなにー?」


 ゆらちさんは、もごもごと独りごちる。


「いや、なに自然に取引の話をしてるわけ。そ、その、ユキオの武器はタロさんにドロップしたんだから、タロさんが自由に扱うのが筋ってものでしょ?」


「俺は別にかまわないよ」


 交換に出してもいいと、はっきり意志表示をしておく。


「……なんで?」


 すると、ゆらちさんは顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄ってきた。

 微妙に鼻息が荒い。



「あたしは、アンタを邪魔者あつかい、お荷物あつかいしてPTを抜けたのよ。その『氷雪を育む杖』って装備は、マスター権・・・・・が切れれば『賞金首と競売ウォンテッド』で高額で売れるわ。それを、アンタは……あたしなんかのために」



 マスター権とは、簡単にいうと武器の所有権・・・である。


 その武器には使い込み度というものが設定されており、前の所有者が装備していた時間が長ければ長いほど、マスター権が前の所有者のままであり、装備できない・・・・というシステムだ。



 マスター権がない武器を『新品』と呼び、マスター権が残っている武器を『中古』と呼ぶらしい。ちなみにマスター権は時間と共に消失するか、マスター権を消去する施設に持って行くと有料・・で解除してくれるそうだ。



「どうしてって……」


 ゆらちさんが、なんでそんな剣幕で俺につっかかってくるのか理解できない。

 俺の意向は彼女に何の損もさせないのに。


「どうしてなの?」


 睨むようにジッと見てくるゆらちさんの視線に耐えかねて、俺はボソッと言う。



「友達の友達が、大事にしてるモノを取り返せるチャンスなんだ。こ、こんなの普通だろ?」


 晃夜こうや夕輝ゆうきは俺の友達だ。そして、こいつらが仲間だと思ってる人が困っていたら、晃夜たちも関係なくはない。

 

 なら晃夜と夕輝のために、出来る限り力になりたいって思うのは普通だろう。


「えと、は……?」


 ゆらちさんは俺の答えを聞いて、目をパチクリし口をちょこっと開けた。

 なんかポカンとしている。


「でたね、普通人ふつじんによる『ふつう』発言が」


「よっ普通人ふつじん



 しまった。

 つい、何でも『普通だろ』って言ってしまう、昔の口癖が出てしまった。


 ふつ訊太郎じんたろうという名と俺の言動が災いして、普通人タロウというあだ名がはびこってしまった中学時代を思い出す。


「……ふつうじん?」


 シズクちゃんが俺のあだ名に疑問を抱いているなか、晃夜こうや夕輝ゆうきは俺をからかうように肩を組んでくる。

 


 うっとうしい。



「うるさい、俺にふつーふつー言うな」


「最初に言ったのは普通人であるタロくんですよ?」

「そうですよ、普通人タロウくん?」


「だぁーもうわかったから。はいはい、普通ですよ普通」


「ってなわけで、こいつはこういう奴だから気にしないでいいぞ、ゆらちー」


「コウとユウは、少し気にしろ」


 むすっと晃夜こうや夕輝ゆうきを睨む。

 じーっと、じーっと、じーっと見据える。



 すると普段とは違う、二人らしからぬ反応を見せ始める。


 夕輝は居心地の悪そうに、そわそわとしだす。

 晃夜はしきりにメガネをいじりだし、視線を合わせようとしない。


 疑問に思い、俺は問い掛ける。



「なんだ、二人とも」


「あ、いや、その、ねぇ?」


「……あ、あぁ」


 二人はなんとも気まずそうに、視線を合わせようとしない。


「なんだよ。はっきり言えよ」


「……今の、そのタロの見た目でスネられると、ね?」


「……早い話が、銀髪美少女姿で睨むのは反則だ」



 二人の思わぬ動揺に、俺の嗜虐心しぎゃくしんは増す。


「くふふーっこの意地悪お兄ちゃんどもめっ」


 俺は二人に飛び付いた。


「うわっやめ、ちょ、タロっ」


「タロっ、わ、悪かった、俺たちがわるかっ」



 彼らの制止も聞かず、俺はポカポカとユウコウの頭を叩いていく。

 

 ザマァ(笑)。




「あははっはっ」


 俺たちの様子を呆けて眺めていたゆらちさんは唐突に笑い出した。


「あははっなにそれ」


 あれ、この子。

 笑うとなかなか可愛いじゃないか。


 何にツボったのかわからないが、その後しばらく彼女はお腹を抱えて笑っていた。

 ようやく治まった頃に、ゆらちさんは涙をふくしぐさをしながら、握手を求めてきた。



「じゃあ改めてご挨拶。あたしはゆらち。さっきはごめんなさい。これからお世話になります」


「あ、はい、ゆらちさん。こちらこそよろしくお願いします」


 ギュッと互いの手を握る。


「シズみたいに、あたしのこともゆらって呼んでよ。あたしもタロちゃんって呼ぶわ」


 ニカっと微笑む彼女は、太陽のようなだと思った。


 



 それから夕輝ゆうき主導のもと、ゆらちは百鬼夜行のグレンさんとフレンドメッセージで交渉をした。


 ゆらちとグレンさんは一応、リアル兄妹ということもあってフレンド登録はしていたらしい。



「こちらの申し出に応じるようだね。やっぱり、あちらの要求はタロが『氷雪を育む杖』を持ってくるってこと以外、特に条件はなかったよ。もちろんボクたちも同行するっていう話だけど」


「これで、ゆらちゃんの武器も戻ってきて、傭兵団クラン勧誘の話もなかったことになりそうだね」


「タロは、グレンあいつに気に入られてるな」


 晃夜こうやがニヤニヤする。


「タロちゃん。グレンあいつは変態兄貴だから、相手にしない方がいいよ」


 ゆらちさんは肩をすくめて俺に忠告してくる。


「それはそうと、取引の場は?」


「先駆都市ミケランジェロの『時は金なり』って酒場前の広場だ」


「えっと、それってつまり……」


 場所を聞いてシズクさんが妙に不安げな顔をする。

 疑問に思った俺は、説明を夕輝や晃夜に求めるよう、じーっと見つめる。



「早い話が、酒場周辺は治安が悪いな」


「表通りから離れた位置に『時は金なり』って酒場はあるんだ。つまり街内でPvPを取り締まる神兵デウスがほとんどいない区域に相当するね」


「その分、傭兵プレイヤー同士のやり取りのが広がるから、酒場周辺ってわりとにぎわってるのよね……」


 ゆらちさんは腕を組み、むむっとうなる。



「これは、ただ装備を取引するってだけでは終わらなそうだね」


「『戦争』中の傭兵団クランが顔を合わすんだ。それなりの事が起きる覚悟をしておこうか」


「なんだか、巻き込んじゃってごめんね、タロちゃん」


「うーうん、けっこうこういうのも楽しい」


「タロにとってはこれが普通だから気にしなくていいんだよ」


「コウは気にしろ」


 あっけらかんと答える夕輝に、ひとまずツッコミは入れておく。



「グレン君か……」


 夕輝ゆうきは俺の発言をスルーして、スゥーっと深呼吸をし、敵傭兵団クランの頭目の名を呟く。



「その、ゆ、ゆらちのお兄さん、グレンってヒトはどんな傭兵プレイヤーなの?」


「さっきも言った通り、ただの変態兄貴」


「タロは一回、『天球任せな時計台』で会ってるだろ?」


「あ、いや、人格的な意味じゃなくて……」


「あぁ、戦闘スタイルか」


「そうそう」


「典型的な魔導師タイプだな」


「確かに、杖は持っていたけど……」


 さも魔法を使いそうなローブ姿だったし。



「赤属性の魔法スキルを得意とする魔導師だね」


「赤ってことは火を扱う魔法?」


「そうだな。ほら、タロと時計台で相対したときも、『ボクの炎に焼き尽くされないとわからないようだな(キメ顔)』って感じで吠えてただろ?」


「グレン君は赤属性の魔法にボーナスを得る称号を、いくつか持っていると噂されているんだ」



「へぇ、称号か」


 俺と同様、傭兵プレイヤーに何らかの効力を発揮する称号持ちか。


「うん。シズクや晃夜が魔法を発動するのを見ていたからわかると思うんだけど、魔法って失敗するときもあるでしょ?」


「うん」


「彼は赤属性に関してのみ、魔法の発動を失敗したことがないと言われている」


「実際に俺たちもグレンが炎魔法を失敗する姿を見たことはない」


 炎か。



「兄貴は妹であるあたしにも称号に関して教えてくれないしねー。ケチな奴なんだ」


 ふむ。

 宝石を生む森『クリステアリー』のように、称号取得条件を他人に言えない事情があるのかもしれない。


「それにグレンさんの魔力はとても強くて、魔法の効果範囲も他の赤属性魔法の使い手よりも全然広いの」



 何にせよ、炎か。

 

『火種を凍らせる水晶』が役に立つときがきたかもしれない。

 


「つまり、グレンさんは炎魔法を得意とする傭兵プレイヤーなんだ?」


「そうだな」


「正直、失敗しない魔法とか強力すぎるんだ。正面から戦いを挑みたくない相手だね」


 対炎戦を想定して、『紅蓮石』が必要だ。

 つまりモフウサからドロップする『赤い瞳の石レッド・アイ』を『上位変換』する必要がある。


 おれがゲットした素材だけでは、6個しかない。



「じゃあ、できるだけの準備はしておきたいな……」


 思案する俺に、晃夜が興味深そうに問いかける。


「なにか、秘策はあるのか? 錬金術士どの」


 俺は、ニヤっと笑いかける。



「できたら、みんな。今回の冒険で集めた素材を俺に譲ってくれないかな」


「もちろんだ」

「いいよ」

「そんなのでよければ」

「あ、あたしも、何かタロちゃんにあげるっ」


 こころよく、俺のお願いを聞きいれてくれた面々であった。


 みんなからお目当ての素材、『紅い瞳の石レッドアイ』を26個もらい受けた。

 できるだけ、錬金術でアイテムを作成しておこう。





 百鬼夜行との待ち合わせ場所『時は金なり』は、木造二階建てのそれなりに大きな酒場だった。


 正確な待ち合わせ場所は、酒場の前の広場ということだったが、俺たちは約束の時間よりも少し早めに着いて、店内で周囲の様子をうかがっていた。


「問題は……特になさそうだね」



 不穏な空気は特になく、待ち伏せといった傭兵プレイヤーも見当たらない。


「ひゅぅー、珍しい顔ぶれだなぁ」

「『百騎夜行』さんかい。グレンの奴とはどうなんだ?」


 夕輝や晃夜はここらでは、わりと顔が広いのか気さくに話しかけてくるオジさん達の相手をし始めた。


 二人は、できる限り情報収集を行う魂胆なのだろう。



 酒の匂い、煙草の煙、薄暗い照明、人間特有の体温がこもった熱気。

 一癖も二癖もありそうな年配の傭兵プレイヤーたち。


 まさに酒場だ。


「おいおい、なんだ、このべっぴんちゃんは」

「嬢ちゃんがくるところじゃないぜぇ……特に子供はなぁ」


 俺に目をつけた数人の傭兵がジョッキを片手に絡んでくる。

 それをスッとかばったのはゆらちー。


「まぁまぁ旦那たち、この子は傭兵団クラン『一匹狼』とは無関係だわ」



「おう? まぁお前らがそう言うならそうなんだろうがな」

「ったく十五歳以下の傭兵は、ガキなだけあって何をしでかすか怖えからなぁ」「可愛いからってお痛はしすぎるなよ、嬢ちゃん」


 集まり始めた傭兵たちは、ゆらちーの言い分ですぐに散開していく。



「……『一匹狼』?」


 ゆらちーに先ほど会話に出ていた傭兵団名を口にしてみる。


「ここらへんじゃ、ちょっと悪質な傭兵団クランってことで有名なの」


「ふーん。それと十五歳以下の傭兵が何の関係があるの?」


傭兵団クラン『一匹狼』は、全員が十五歳以下の傭兵プレイヤーで成り立っているのよ」


「へえ。すごい」


 十五歳以下の傭兵でも、立派に大人たちと渡り合っているというのに驚きだった。



「タロ、シズク、ゆらちー。そろそろ、時間だ。外に出よう」


 一通り、情報収集を終えたのか夕輝が声をかけてくる。



 いよいよか。

 俺は何が起きてもいいように、自身の戦力を確認する。


翡翠エメラルドの涙+2』×7。

 【HPを即座に回復できる。通常は150、+1は180、+2は200、+3は220】

 

『結晶ポーション』×2。

【使用すると中の結晶が瓶から溢れだし、拡散して体を包む。それらが発する光に触れた者のHP200とMP20を即座に回復できる】


『森のおクスリ』×2。

【使用して、花弁から流れ出る雫を飲むとMP40回復。使用限度は3回まで】


『過激なあめ玉』×3。

【使用すると、一分間だけステータス力+10される】


『ケムリ玉+2』×2 『ケムリ玉+3』×1

【使用すると、白い煙幕が発生する。】




 そして今回の目玉、眠らずの魔導師グレン対策、炎耐性のアイテムは二つ。

 宝石を生む森から手に入れた素材と、みんなから分けてもらった『紅い瞳の石レッド・アイ』を素材で作ったもの。


『火護の粉塵』×5。

【使用するとPT全員が一分間、赤属性のダメージを10%軽減できる】




 続いて、『紅い瞳の石』×10個を素材とし、上位変換で生みだせる『紅蓮石』から作成したアイテム。


『火種を凍らせる結晶』×3。

【水晶とぶつかった炎を凍結させる。ただしダメージ総数が500以下の炎に限る】



 数量的に不安はある。

 だが、これが現時点で準備できる限界だ。


「わかった。いこうか」


 夕輝ゆうき晃夜こうや、シズクちゃんとゆらちーの五人で『時は金なり』を出た。





 俺達が酒場前の広場に姿を現すと、既に『百鬼夜行』の面々は到着していた。


 ざっと15人以上はいる。

 集団の中央には見覚えのある魔導師風の人物が二人。


 一人は赤髪、一人は灰髪。

 『百鬼夜行』の団長にして眠らずの魔導師グレンと、副団長のユキオだ。



 グレンは俺を目視すると優雅に礼をして、挨拶の口上を述べてくる。


「これはこれは見目麗しき花よ、無粋な招致に応じてくれ、この眠らずの魔導師グレン、感激の極み」


 花っていうのは俺のことかな……。


「は、はぁ」


「グレンくん、こちらは約束通りユキオ君の元メイン武器『氷雪を育む杖』を持ってきたよ。そちらもしっかりと、ゆらちの『大輪火斬』を持ってきているのかな?」



「まったく、挨拶の途中で口出しをしてくるとは、ユウくんは無粋で仕方ないね。ほら、ユキオ、疑り深いあいつらに見せてあげるがいい」


 グレンは隣のユキオにそう命じると、灰髪の少年は片手を宙に構える。

 数瞬後、直径1.2メートル、横幅20センチに及ぶ分厚い大剣を具現化させた。

 紅色の剣身は鈍くひかっており、柄の部分は金の縁取りが施されていた。



「間違いないわ。あたしの『大輪火斬』だ」


 ゆらちが遠目で確認を取る。


「これで、満足かなぁ? さて、つぎはそちらさんがボクの杖を見せてくれないと」


 大剣を地面に突き立てたユキオは、こちらにニヘラっと笑いかけてくる。


 おれは装備ストレージから『氷雪を育むを杖』を取り出し、ユキオのものだった真っ白な武器を見せる。


「そっちも間違いないなぁ。ボクの『氷雪を育む杖』だぁ」



「よし、じゃあ双方の確認は終わった。これより、ユキオと可憐な天使、タロさん以外が近づくことを禁じ、二人が装備の取引をこの場で行うことで異論はないな?」


 グレンの宣言に夕輝は返事をする。


「それでいいよ」


「では、ユキオ。行ってこい」


 グレンにユキオが促される。


「タロ、行っておいで」


 こちらも夕輝が俺を誘導する。




 俺とユキオは一歩一歩、距離を縮めていく。

 

 その間、両陣営は異様なほどに静かだった。


 なんだか、視線が俺たちに集中して落ち着かない。

 



 そして。

 ユキオとの距離が1メートルを切った、その時。


:ユキオLv11より取引が申請されています:

:受諾しますか?:


 と、システムログが流れる。


 俺は迷わず受諾をタップする。


:ユキオからトレード制『大輪火斬』が持ちかけられています:

:トレードする武具を選んでください:



:『氷雪を育む杖』をセットしました:

:ユキオが確認中です。あなたもこの交換内容で間違いないですか?:


 もう一度、ユキオが交換を持ちかけている武器名を確認する。


『大輪火斬』。


 間違いない。



:トレードが成立しました:

:『大輪火斬』を手に入れました:



「ふぅ……」


「あはは、まさかキミにキルされるとは夢にも思わなかったなぁ。美しい花には毒があるとグレンさんはよく言っているけれど、あながち間違ってないかもなぁ」


 トレードを終えたユキオくんは手をひらひらとさせながら、背を向けて百鬼夜行へと戻っていく。


 俺も夕輝ゆうき晃夜こうやもとへと戻る。


「じゃあ、取引・・はこれで終わりだね、グレンくん」


「そんじゃあ俺達は帰るぜ。おまえみたいにログインしっぱなしのヒマ人とは違うんでな」



 晃夜がさよならを告げ、表通りの方へと足を向けた瞬間。


 その進行方向を塞ぐように、百鬼夜行のメンバーが4人移動した。



「これはこれは、さすがは偽善の剣を掲げるエセ騎士なだけあって、無粋な発言ができるなぁ」


 グレンは自分の前髪をいじりながら、夕輝ゆうき晃夜こうやを見つめる。



「そっちこそ。鬼のくせによく回る舌は、自分の偏差値の低さを隠すカモフラージュか?」


 晃夜はフフっと小馬鹿にしながらメガネをクイっといじる。


「はっ、他人を見下げるその態度、騎士の風上にもおけんな」


「どっちがだよ」



 いつの間にか、俺達を包囲するような位置取りで、百鬼夜行のメンバーがさらに姿を現した。どこかに隠れていたようだ。


 元からいた人数と合わせて、20人以上にもなる彼らは、初めから俺達を囲む算段だったのか。



「まぁいい。愚かなる騎士もどき共よ。貴様らがいくら察しの悪い低能だとしても、まさかこのまま終われるとは思っていまいな?」


「鬼は鬼らしく、野蛮に原始的に、稚拙ちせつな殴り合いがしたいって、さっさと言えばいいのにね?」


 夕輝ゆうきが皮肉まじりに挑発する。



「だから、貴様らは救いようのない愚か者なのだ」


 そんな夕輝を鼻で笑うグレン。



「グレンくん、何が言いたいのかな?」


「ただのPvPではつまらないだろう? 我らが勝つのは目に見えているからなぁ」


 自信満々に言い放つグレンに、晃夜はメガネをクイッと上げる。


「ま、寄ってたかって多勢に無勢で、強者おれらを襲うのは弱者おまえらの常等手段だしな? こっちは別に構わないが?」


 晃夜はそう言って、俺を見る・・

 それに釣られて、グレン君は俺を見て苦渋くじゅうする。

 


「あのバカ兄。タロちゃんの前だから、いい恰好したいんでしょうね」


 ゆらちの横やりにグレンは更に、剣呑な態度になる。


「ゆらは余計な口を挟むな」

「兄貴に命令される言われはありませーん」


 どこ吹く風といった感じでゆらちは実兄をあしらう。



「と、とにかく、どちらが優れたる傭兵団か、4vs4のPvPをしようじゃないか」


「4vs4か……」


「望むところだね」


 夕輝と晃夜が顔を見合わせ、頷く。


「ただし、そちらの可憐な花も交えてな」


 そう言って、グレンは俺に手を差し伸べるように、指名してくる。



「なっ」


 それに驚いたのは夕輝だ。


「こちらはレベル差のハンデとして副団長であるユキオを参戦させない。それに加えて、そちらが四人で挑むことに対し、こちらは三人で戦闘に参加することを条件にだす。どうかな? それとも騎士どのは一人の可憐な花を守ることすらできないとでも?」


「無関係の傭兵を巻き込むなんて、外道のすることだよ?」


「これはこれは、無関係の傭兵に貴重なポーションを使わせた輩が吐ける言葉でないなぁ」


 クハハっと笑う眠らずの魔導師。


「どういう意味だ?」


 低い声で晃夜が疑問を投げかける。


「我が団員のもたらした情報によると、そこな純真無垢なる少女から貴重なポーションを奪い取って、使用し、使ってもらい、見事に我が団員の襲撃を撃退したようだな」



「ちがうぞ、それは。こいつから率先してアイテムは使用してくれた」


「それにポーションの貴重性はしっかりと説明しているよ」


 晃夜こうやの反論に、夕輝ゆうきも弁明を加える。


「守るべき子女達にかばってもらう。やはり、騎士の風上にもおけんな。キミらは、騎士と書いてヒモと読むのかね?」


「!」


「そうでないと言うならば、証明してみせたまへ。そして、ついでに彼女も交えて戦闘に参加してもらい、果たして彼女の意志で、率先してキミたちを庇いアイテムを使うかどうか、ボクはこの眼で見てみたい!」


 グレンが両手を広げ、天に向かって叫ぶ。

 そんな魔導師に晃夜こうやは溜息をつき、俺へと振り返る。



「……タロ、大丈夫か?」


「俺なんかで良ければ、一緒に戦うよ」


 夕輝ゆうきは俺の言葉を耳に入れると、グレンに宣告する。



「わかったよ。ならば3分もらおうか。こちらとしても、しっかりとPT構成は確認しておきたい」


「三分と言わず、いくらでも待ってやろう」


 そう言ってグレンは周囲のメンバーに目配せをして、俺たちから距離を空けるように指示を出した。

 夕輝と晃夜、それにシズクちゃん、ゆらち、俺は円陣を組むようにして顔を見合わせる。


「さて、妙な流れになったわけだけど」


 夕輝ゆうきは声のボリュームを落として、ひそひそ話を始める。


「今回はしゃくだが、グレンの配慮に感謝すべきかもしれないな」


 晃夜こうやがよくわからないことを独りごちる。

 それに頷く百騎夜行のメンバー。



 どういうことだろう。アイテム取引だけだのはずが、戦いをふっかけられているのに、なぜ感謝しなければならないんだ?


「なぜ?」


 俺の純粋な疑問にシズクちゃんが、ニコっと笑い答える。


「団員へのけじめ? って感じだと思うよ?」


 団員へのけじめ?



「ボクたちは『戦争』中の傭兵団クラン同士なんだよ、タロ」


「そんな傭兵団が顔を合わせれば、殺し合う。それがクラン・クラン、『ツキノテア』で生きる全傭兵プレイヤーの常識だ」


「己の剣と、魔法と、財産と誇りを賭けてね」



「早い話が、武器取引が終わったあとは、どうなると思う?」


 おのずと無制限のPvPか。

 問答無用で人数差を活かしてのフルボッコが始まるわけか。


「それを事前に団員の前で、白黒つけると、わざわざルールをとってつけ加えてまで戦闘開始を表明する」


「取引後の無差別なPvPを防いでくれたってわけだ」


「まぁーあたしは、それだけじゃないと思うけどねー」


 ゆらちは呆れたようにぼやく。



「まっいつものグレン君なら、そんなことはしないと思うけどね?」


 夕輝もにまっと笑ってくる。


 自然に『百騎夜行』のみんなはを見てくる。



「な、なに……?」


「あーあ。あのアホ兄貴はね、完璧に、タロちゃんにいいところを見せたいだけだと思うの」


 苦笑いをするゆらち。


「多分戦闘中はタロちゃんに一切の攻撃をしないと思うよー」


 シズクちゃんも、乾いた笑みを浮かべる。


「前にもそんなことあったな? 確かシズに対してだったか?」


「そういうところ律義なんだよねぇ、グレン君……」


 晃夜と夕輝は苦笑する。


 ふん。

 なめてもらっては困るな。


 まぁ、俺に攻撃しないというなら、それはそうと都合がいい。

 俺のレベルの低さから、一撃でもダメージをくらったらHP全損は必至だろうし。



「仮に、タロちゃんがアイテムで回復しても、その回復量が追いつかないほどのダメージを与える自信と力が兄貴にはあるから、やっぱりかっこつけたいだけなんだろうねー」


 ゆらちの苦言に夕輝は真剣な面持おももちで呟く。


「相手は三人か……」


「おそらく、遠距離攻撃タイプはグレン一人のみで、壁役と接近戦タイプの二人をPTメンバーに入れてくるのがセオリーだろうな」



「その二人はボクとコウが受け持つとして」


「グレンの対処役は赤属性に強い青属性魔法スキルを持つシズクと、錬金術師殿であるタロに決定だな」


 メガネを不気味に光らせる晃夜。


「え、ちょっ。あたしは……それにタロちゃん、錬金術士って……大丈夫なの?」


 ゆらちーは心配そうに俺を見る。


 せっかくゆらちーと仲良くなれたんだ。

 ここらで錬金術に対するイメージを、どうにか払しょくしたいところ。

 



「まっ、とにかくさ。あっちが三人でいいなんて言ってるんだ」


 夕輝はニコッと爽やかな笑みを携え、ガチャリと剣と盾を鳴らす。


「そうだな。俺たちがやるべきことはただ一つ」


 晃夜は凄惨に微笑み、両手の籠手ガントレットを打ち響かせる。


「うん、そうだね」


 シズクちゃんはにこやかに、きゅっと杖を握りしめる。


「グレンたちを、やっつける」


 俺が最後にポソっと宣言した。

 

 自然と口角がつり上がる。


 

 銀髪美少女の好戦的な笑みとは、どんな風にヒトの目に映るのだろうか。




「え、あたしは!?」


 一人、おいてけぼりのゆらちーを夕輝はたしなめる。



「今回はタロがPT経験のあるシズと、ボク、コウの四人でいくのが安定でしょ?」


「恨むなら、クエに参加しなかった自分を恨め、ゆらちー」


 晃夜はクックッと笑う。


「うわあああぁん。シズぅタロちゃぁん。ユウとコウがいじわるするうう」


 涙目になるゆらちの頭をシズクちゃんがポンポンとする。


「ゆらちゃんの分まで頑張ってくるよっ」


 俺も親指を付きたてる。


「ゆらち、ここは俺に任せて」

 


 そんなこんなで作戦会議とは言えない作戦会議が終わった。



「グレン君! こちらの準備はできたよ!」


 夕輝ゆうきが声高らかに、宣戦布告の合図を敵に送る。


 対する敵陣は。

 晃夜こうやの予想通り、遠距離攻撃型はグレンのみ。

 彼の傍らに佇むは、槍を両手に構えた軽装の傭兵が一人。

 背中に一本の長剣を背負い、がっちりとした重装備フルプレートの傭兵が一人。



 グレンはその赤髪をかき分け、杖を地にカツンと着ける。


「ボクの劫火でほうむれない者などいない」


 そして、『百鬼夜行』の団長は、『百騎夜行』の団長である夕輝ゆうきに杖の先端を指し向ける。


「覚悟しろ。その偽善の皮ごと、燃やし尽くしてやろう」



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