13話 コンビニの不審者


 が沈み始めたとはいえ、夏場の気温は一向に下がる気配はなく蒸し暑い。

 髪の毛が長くなった分、首元に熱がこもりやすく、すこし肌がべた付く。


「あっついなぁ……」


 短くなった歩幅も合わさり、サイズの大きすぎるサンダルは非常に歩きにくい。

 早く家に帰りたい。

 引き籠りのような考えが席巻しつつあるな……。

 

 そんな俺はしばらく歩き続け、特に学校の知り合いと遭遇することもなく、無事に最寄のコンビニへと着いた。


『ぴんぽんぱんぽーん』


 自動ドアをくぐると、コンビニからの冷気がふっと俺を包み込み、清涼感を味あわせてくれる。


「いらっしゃいませーでござる・・・


 クーラー万歳。


 さてと。

 パスタとか野菜を食べたいな。

 おれは何気なくお惣菜コーナーへと歩を進める。


「それにしても驚いたな」


 ふと聞きなれた声を耳にして、俺は身を縮みこませる。


「そうだね。まさか訊太郎じんたろうが女の子キャラでクラン・クランをしてるだなんて」


 その音源は晃夜こうや夕輝ゆうきの二人だった。

 よりにもよって、今一番会ってはまずい相手と邂逅かいこうを遂げるとは。

 彼らはお弁当コーナーで商品を見定めながら、何気ない会話をしている。


「あいつ、ラインしても既読にならないな」

「クラン・クランに夢中だったりしてね」


 現実ここで遭遇してしまったら、言い訳のしようがない。

 

 俺は不審者ばりの素早さで、二人からは見えないお菓子コーナーへと身をひそませる。

 お惣菜コーナーとお弁当コーナーは直線で、もし振り返られでもしたら姿を見られてしまっていただろう。


 危ない危ない。


宮ノ内みやのうちあかねへの告白の件もあるからな……気晴らし、というか、他に熱中するものがあれば、忘れられるかも、な」


あかねさんのことはしばらく触れない方がいいのかな?」


 ちなみにスマホは家に置いてきてしまった。

 決して、晃夜こうやからの連絡を無視したわけではない。


「いや、それは逆に訊太郎に気をつかわせることになるだろう」

「じゃあ、いつも通りでいっか」


 俺は二人の会話に聞き耳を立てながら、目の前に陳列されているうれい棒を凝視する。

 一本、10円のうれい棒。


「そうだな。しかし、からあげ弁当がないのは残念だ」

「残念といえば、訊太郎じんたろうの趣味も残念だよね」


 え。

 茜さんが好きという事が、夕輝ゆうきにとっては残念な趣味だったのか?


「ロリ?」

「うんうん。あれにはビックリだよ」


 あぁ。ゲーム内のキャラを見ての話か。

 てっきり女子のタイプの話しをしているかと……いや、俺はロリじゃないよ。


「そうか? わりと俺も、あの美少女キャラは好みなのだがな」


「たしかに凄い美人アバターだったけどさ。晃夜こうやまでロリ……そういえば晃夜って、あの銀髪美少女を見て、すぐに訊太郎じんたろうかも? って気付いてたでしょ。それもロリコンのなせる技なの?」


 確かに、夕輝ゆうきより晃夜こうやの方が速く察していたな。

 メガネを装備しているだけのことはある。


「いや。あれは以前、訊太郎の幼少期を見ていた俺としては、なんとなく口元と輪郭、目元がうっすらその名残があるなって判断しただけだ」


 え。そういえば、開口一番にそんなような事を言いかけていた気もするが。

 だが、幼少期に晃夜こうやと会った記憶はない。


「え、晃夜こうやって訊太郎じんたろうの小さい頃とか見たことあるの?」

「まぁ、な。あいつは覚えてないだろうが」


 子供の頃の写真でも見せたことがあるのだろうか?

 晃夜こうやの言う通り、全く記憶にない。


「そっか。でも、それにしても、まんま外人さんだったのに、よくわかったね」

「なんとなくな……」


 エスパー晃夜こうやさんであった。


「それにしても、あんな物凄い可愛らしい容姿、よく作れたよね」

「あぁ……正直、バグとしか思えない。それかリアルモジュール……」


「それはないでしょ。訊太郎じんたろう、男だし、普通人・・・だしさ」

「そうだよな。それは俺たちが一番知っているな」


 俺のあだ名を口にして、クスクスと笑う旧友たち。

 

 俺が美少女になるのが、そんなにありえないことなのだろうか。



「でもさ、あれもあれで楽しいかもしれないね」

身体しんたい上、何も問題がなければいいんだけどな……」


 それにしてもあいつら、コンビニ店内だっていうのにいつもより大きなボリュームで話してるな。普段は公共のみなさまに迷惑をかけるのを嫌がる、二人らしくない所業だ。


「そこは少し心配だけど、クラン・クランが訊太郎じんたろうのいい気分転換になればいいよね」

「あぁ……今から訊太郎の家に行くか?」

「押しかけちゃう?」


 それは。それだけはやめてくれええええ。


「あ、でも、俺、夏休みの宿題終わらせないと」

「あはは、さすが晃夜メガネは秀才だね。じゃあ訊太郎のお宅訪問は後日にしますか」


 ほっとしたのもつかの間。

 二人の声が近づいてくる。


夕輝ゆうきも宿題やっておけよ」

「心配しないでよ。訊太郎じんたろうじゃないんだから」

「確かに(笑)」


 おい。

 内心で不平をつぶやきつつも、俺はカップめんコーナーに身を隠しながら、二人の様子をうかがった。


 二人は談笑しながらレジで、お会計をしている。

 何気なく観察するつもりだった俺の目に、とんでもない物が映った。

 

 それは晃夜も、夕輝もイヤフォンをしているという事実だ。

 あのイヤフォンはまぎれもなく、クラン・クラン用のイヤフォンだ。


 もし、二人はコンタクトも着用していたとしたら……クラン・クランにログインしながらコンビニに来ていることになる。


「まじで……ゲームをしながら現実でも問題なく行動ができるのか?」


 俺はまだ全く慣れていないため、あんな芸当は無理だが、あの二人はベータテスターなだけあって可能なのかもしれない。

 どおりでいつもより、大きな声で会話をしていると思ったら……イヤフォンのせいだったのか。


 なんだか妙な違和感・・・をぬぐえないまま、晃夜こうや夕輝ゆうきが店を出ていくのをしばらく眺めていた。


「……俺も買い物をすませないと。お腹が減った」


 雑誌コーナーから、二人がコンビニ周辺にいないことを確認し、俺は夕飯を選び、そそくさとレジへと持っていく。


「お預かりするでござる・・・


 ござる?

 変な口調の店員だなと思いつつも、商品をレジに置く。

 

 俺の夕飯はグリルパスタサラダで決定だ。

 和風の小袋ドレッシングも添える。もともとパスタにドレッシングはついてくるのだが、俺は濃い味が好きなのだ。


 このコンボはお手軽価格の税込330円。


 商品をレジ前に置いて、店員さんがパスタを手に取ったまで良かったのだか、あろうことか、パスタをボトっと手放した。


「てん……」


 しかも、一向にひろおうとしないので、俺は店員さんを見た。

 見た目は普通の青年で、歳の頃は二十歳になるかならないかだろう。

髪型は短く刈り込んであり、まゆが太い。


 どこにでもいそうな男だ。

 そんな男が口をパクパクさせながら、こちらを見ていた。


「天使……殿?」


「はい?」


 やっぱりこの人変だな。

 こんなヒト、このコンビニで働いてたっけ。新しく入ってきた人なのかな。


「あ、いや……その、それがしは『ヒデヨシ』と申す。トヨトミー・ヒデヨシと申しまする」


 あの日本史にでてくる天下人、豊臣秀吉?

 いきなり自己紹介を始めた店員さんの胸元を見る。

 名札には高橋とばっちり記されていた。


「は、はぁ……」


 よくわからないが、ヤバい奴なんじゃないのかな。


「見ての通り、武士もののふでござるよ」


 コンビニの青と白のラインが入った制服を着込んだ青年は、自身の胸をトンっと叩く。

 いや、まんまコンビニ店員ですよね?


「えっと……」


 こいつは、やばい奴。

 ぜったいにやばい奴だ。

 

 とにかく、こういうやつは相手にしないのが一番だ。


「あの、パスタ……」


 俺はカウンターに転がっているパスタを指さす。

 それを見たコンビニ店員の高橋さんは大慌てで猛ダッシュし、陳列棚から新しいグリパを持ってきて、ピッとバーコードを読み込む。


「こ、これはそれがしとしたことが、とんだ大失態を演じてしまったでござるよ。330円になりますでござるよ」


 焦るようにヘコヘコとしだし、作り笑いを浮かべる高橋さん。

 俺は視線をなるべく合わせないようにして、素早くお金を置く。


「おはしかフォークはつけるでござるか?」


 無言で首を振り、俺は高橋さんがパスタをビニール袋に入れるのを見計らって、バッとすぐにソレをつかみ、逃げるようにコンビニから出たのだった。


「気をつけないといけないな……」


 誰に言うでもなく、俺は夕焼け空を眺めながら呟く。

 今の俺は・・・・、何かあったら対応できないかもしれない無力な少女なのだから。





〈クラン・クラン〉


【公式サイト 傭兵たちの宴会 掲示板】


(ジャンル 生活系)



スレッド名 【美少女】NPCと傭兵プレイヤー【キャラ】



1:クラン・クランのNPCって美人率高いよな


2:確かに


3:そんなわけで、おまいら。各自、自分好みのキャラのSSを貼っていけーい


4:ボクちんは断然、剥製の白雪ブルーホワイトたん推し


5:あのヤンデレっぽい奴? 俺は道具屋の魔女っ子キキちゃんだな


 この後、どの美少女NPCキャラクターが1番なのかという論争が続く。



326:おい! 俺のフレンドが銀髪天使ちゃんのスクショを撮ったらしいぞ!


327:うおおおおお


328:ふぉっふぉっふぉ。ついにきたようじゃのぅ


329:それはほんとでごわすか!?


330:マジのマジ?


331:今、うpる!


 そこには銀髪の美少女が、自身の身体の半分にも及ぶ大きめの釜を、棒で一生懸命にかき混ぜている姿があった。どこかの店内らしく、カウンターには色黒パンチパーマなオカマ店員がニコニコと微笑んでいる。


332:真剣に何かに打ち込むひたむきな姿勢。あぁ、麗しき姫は雨の日も、風の日も、決して折れない、芯の強い花に違いない……


333:これってなにしてるポ?


334:錬金術でござるな……


335:マジで!? あのゴミスキルのマジ!?


336:うむぅ。幼いながらも険しい道を進むのぅ


337:困っていたら、貢いであげたい


338:待て待て。後ろで微笑んでるオカマらしき人物は……もしかして『鉄血ジョージ』じゃないか?


339:マジ誰それ


340:む、確かに噂通りの風貌じゃのぅ


341:どんな強者でごわすか?


342:一部の男性傭兵プレイヤーの間で恐怖の対象になっている人物だ


343:確か自分に相応しい男を探しにクラン・クランをやっているんじゃったかのぅ


344:力を認められた男性傭兵に問答無用でPvPをふっかけて、その強さを見極めようとするらしい


345:無茶苦茶だぽ。オカマに襲われるとか嫌だっぽ


346:マジ遠慮だわ


347:可憐な花ならともかく、雑草に用はないな


348:強いのでござるか?


349:奴は相当に強い。本職を装飾スキルにおいて、輝剣アーツ屋をきりもりしているだけの事はあって、傭兵が使用するスキルのアビリティを知りつくしているそうだ


350:じゃからPvPでも、スキル・アビリティの先を取った動きで相手を翻弄して潰せるそうじゃのぅ……


351:強者でごわす、おいどん、会ってみたいでごわす


352:マジおれ無理、マジそんなやついるとかキッツイ


353:どんなに堅く頑強な傭兵プレイヤーでも、襲われた者は全て漢泣きをして帰ってくるらしい


354:鉄の血涙を流させる男、ジョージ……


355:男などと呼んでみよ。キルされるわぃ


356:『風の狩人』に続いて、『鉄血ジョージ』と一緒にいる天使ちゃんって……


357:天使ちゃんは何者ぽ


358:さすが我が姫。一筋縄ではいかないようだ


359:それがしらには手の届かない存在でござるな……


360:いや、まぁ確かにそうかもしれないけどよ


361:まだ諦めるのは早いでごわす


362:結局、天使殿はそれがしとは無縁でござるよ


363:なんだよ、ござる侍らしくないな


364:ござるどんは、天使ファン0号でごわすよ


365:てか、ござる侍。マジ今日げんきなくね?


366:ござる侍、どうしたのじゃ


367:それがしは過ちを犯してしまったでござるよ


368:過ち……?


369:おまっ、まさか天使ちゃんに何かしたのか?


370:ボクちゃんの天使ちゃんに何をしでかしたでぷか!


371:え、マジで? マジのマジ?


372:キミ達は愚かだな。まずは騒がずに、矮小なござる君の話を聞くべきだ


373:そうじゃのう。で、どうしたのじゃござる侍


374:それが、それがし。たまたま天使殿に会って……感極まって、とっさに自己紹介をしたでござるよ


375:ほうほう


376:マジで? それでそれで?


377:怯えたような顔をして、すぐに商品を手に取り、逃げていったでござるよ


378:商品、でごわすか?


379:天使ちゃんは競売と賞金首ウォンテッドに出現ぷ。メモメモぽ


380:あ、なるほど



381:とにかく、我らが天使ちゃんは急な自己紹介をすると逃げてしまうと


382:マジ重要事項。マジござる侍GJ


383:ござる君のおかげでボクらは有益な情報を得られたわけだ


384:よき戦果を得てきたのぅ


385:あんな顔を天使殿にさせてしまったそれがし、もう取り返しはつかないでござる……


386:マジござる侍、残念じゃん


387:ま、まぁ元気だせよ?


388:残念といえば、クラン・クランは刀がないのも残念でごわすな


389:明らかな話題そらし(笑)


390:389>>>余計なことを言うでない、若造が


391:ござる侍はそこらへんどうしてるんだ? 口ぶりから、メイン武器に刀とか使ってそうなイメージだったけど


392:クラン・クランは刀という武器がないでござるから……不本意ではあり申すが、片手直剣をメイン武器にしているでござるよ


393:ふむぅ。小太刀はどうしたのじゃ?


394:小太刀?


395:あれは装備条件に知力10以上必要な武器じゃなかったか?


396:マジ、あれリーチ短いうえに攻撃力も低いじゃん。おまけに知力必要とかマジ乙武器


397:実は……それがし、装備していた時期もあったでござる。知力も度々上げたりも。もちろん、諸兄らが申す通り、早々に見切りをつけ片手直剣に移行した所存でござるよ


398:マジござる侍、それ正解



399:武士なのに、西洋直剣……


400:着物なのに、腰に差すは直剣……


401:ござるどん、乙でごわす


402:ござる侍、おつぽ



403:それがしはもうクラン・クランをやる意義も……天使殿を敬愛する資格もないでござるよ


404:話が戻っちまったな


405:ござる君。キミが花への想いを摘むというのなら、ボクは止めない。だがな、キミの情熱はそんな薄っぺらいものだったのか?


406:しかし、某は天使殿に恐怖心を植え込んだに違いないでござる……


407:美しく気高い花は、どんなに劣悪な環境でもタネをまき、咲き誇る


408:その花に触れる権利はないでござるよ……某が早計だったのでござる



409:ござる侍、うじうじと草食系男子ぽか?


410:いいじゃないか、男は草食系で


411:む?



412:女性は花だ。それで十分だろう?


413:どっかの名言ひっぱってきたぽね


414:wwwww


415:草はやすなww


416:草食系・・・だけにね。ほらエサだよ、花と一緒に食べる?w


417:結局、草食系という名の肉食系w


418:とにかく、ござる君。ボクがどうして赤系統の魔法スキルを極めようとしているか知っているか?


419:知って誰得ぽ


420:マジしらね


421:まぁまぁ、若造ども。ここはメルヘン卿の話に耳を傾けてはどうかのぅ


422:メルヘン卿(笑)


423:だ、だれがメルヘン卿だ! このボクに向かってなんたる言い草


424:しょっちゅう花がどうの言ってるし、ピッタリの名前だぽ


425:メルヘン卿は何故、赤系統魔法スキルの修行に励んでいるでごわすか?


426:……花を育てるのは光と土と水だろう。花を壊すのは、炎。


427:おいおい、メルヘン卿は俺達の天使ちゃんを燃やすってか?



428:赤属性の頂点に立てれば。花を燃やす炎ですら、自在に操れ、その力をもって守り抜くことができるのではないか、と。育てるのは、光と土と水。ボクは姫を温かく守る暖に、花の明日を照らし出す灯になりたい


429:メルヘン卿、思ったよりメルヘンだな


430:ござる君。きみは過ちを犯したかもしれない。その罪、守る事で償えばいいではないか


431:そうだぽ


432:マジ、メルヘン卿の信念はマジ意味不明だけど


433:ござる侍は気にしすぎでごわすよ


434:きっと挽回のチャンスはあるはずだし


434:そうじゃ、わしらと一緒に天使ちゃんの成長を見守ればよかろうよ


435:やめるとか言うなよ。寂しくなるじゃんか



436:諸兄ら……某は、再び、天使殿を敬愛しても、よいのでござるか……?


437:愛でてはいけない花などない



438:メルヘン卿、マジ乙


439:かっこつけ乙ぷ



440:貴様らぁあああああ!



 こうして、天使ちゃんファンクラブ? の友情は深まっていったのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る