12話 フラスコとビーカー

 

 クリステアリーを後にした俺は、早々とミケランジェロに戻り、輝剣屋スキル☆ジョージにおもむき錬金を始める算段をつける。


 ちなみにミケランジェロに戻ると


翡翠エメラルドの涙+2が3つ売れました:

賞金首と競売ウォンテッドより1596エソ届きました:


 というログが流れた。


 地味にふところがうるおうのは嬉しい。

 現在、所持金は1796エソ。


 輝剣アーツショップに到着すると、ジョージの姿は見当たらず、代わりにジョージが雇ったNPCらしき女性がエプロン姿で『いらっしゃいませ』と挨拶をしてきた。


 お辞儀もそこそこに、俺は店内で堂々と『銅の天秤』を取りだす。

 NPCの女性は特に何も言ってこない。


 今回、新しく手に入った素材はたくさんある。

 葉結晶×12、花結晶×8、結晶の枝×5、琥珀こはく水×3、水晶のしずく×3、妖精の粉×99だ。

 見た目からして、希少性の高い素材と判断した俺は残っていたスキルポイントを錬金術にいくつか振って、レベルアップを図ってから錬金に挑むことにした。


 とりあえず8ポイントつぎ込み、錬金術スキルをLv10 → Lv18にアップさせた。

 すると新たなるアビリティを獲得した。


:錬金術レベル14: 


【生成の銀法】 

MPを消費して合成の成功率を上昇させる。成功率は知識に依存する。



「これは『合成』に関するアビリティか」


 

:錬金術レベル18:


【飽くなき探求】


 錬金キット『フラスコ』『ビーカー』を使用。

 発動すると、素材がビーカー・フラスコの中へ液体化して入る。

 液体化した素材は、『合成』の錬金中に追加投入できる。

 追加投入するタイミング、素材によって合成の結果は変わってくる。


 これは事実上、合成の組み合わせ素材が最大四つ、混ぜ合わせることが可能になったと言える。


 なんとしても使いこなしたいアビリティだ。

 俺はただちに錬金キットを買い求めに、最寄りのアイテム屋へとかけこむ。ジョージの店にいたNPCと違い、ぬぼっとした表情のNPCから錬金キット『フラスコ』と『ビーカー』を即決で買った。


 800×2の1600エソと散財し、残金が179エソになってしまったが、今の俺には些細ささいなことだ。


 それよりも早く【飽くなき探求】を試したい。

 錬金術といえば、得体の知れない液体をビーカーやフラスコでちゃぷちゃぷしながら、むーんとかうなるのが王道なのだ。


 早くうなりたい。

 素早くジョージの店に戻って、『銅の天秤』を取りだす。


 とりあえず今日手に入れた素材を結晶シリーズとしょうし、全てに下位変換や上位変換を試すがどれも天秤は反応しなかった。


 つまり結晶シリーズは『変換』できない素材だということが判明。

 これだと、錬金術の汎用性が低いと囁かれ、ゴミ扱いされるのも多少納得できる。もうすこし『変換』できる素材範囲を増やしてほしいと感じた。


 次に『銅の合成釜』を取りだす。

 夜空に星々が瞬いているような釜の中を覗き込み、さっそく素材をポチャンと投入。

 ガラス細工のような花、『花結晶』から試してみる。


 ついで、次なる素材を錬金釜の真上にかざしていく。

 合成釜内の景色が曇ったり、水面がざわつかないモノを選別していく。

 結果的にクリアな星空を保った素材は『葉結晶』『結晶の枝』『琥珀』『清潔草クリアリーフ』『ようせいの粉』の5つの素材だった。


『水晶のしずく』と相性が悪かったことが意外だな。

 とにかく、これらを分類すると『ようせいの粉』と『琥珀水』サイド、『葉結晶』『結晶の枝』『清潔草クリアリーフ』の植物系に分けられるだろう。



「一応『琥珀水』も樹木の液体から生成されているから、この場合は植物サイドにカテゴライズされるかもしれない、か……」


 しばらく考えた末、まずは相性の良さそうな結晶シリーズで組み合わせていくことにする。

『花結晶』の入った合成釜に、『葉結晶』を入れる。


 さてさて、植物は弱火で煮込むのが鉄則。

 なので合成釜の温度も弱にしながら、まったりと『かき混ぜ棒』でこねくる。


 ふむふむ。

 釜の中も落ち着いている。

 

 そう安心しきっていたら、急に中身がにごりだし、釜の中の景色に暗雲が立ち込めてきた。

 色の変化は特に見られないが、これは……まずい。

 おれは習得したばかりのアビリティ【生成の銀法】を発動させる。

 MPを消費して合成の成功率を上昇させるアビリティだ。


 【生成の銀法】を使用すると、銀の光がかき混ぜ棒を包み込み、釜の中を侵食していく。



「わぁ」


 これが銀!

 金に勝るとも劣らない、邪を滅する金属、銀だ。


「ふふふ」


 【生成の銀法】は絶大な威力を誇り、しばらくすると、釜の中はまた元通りの静かな夜空にもど……らない。


「む?」


 次第にブクブクと泡立ち始め、かき混ぜ棒を早くしてもなんら事態は終息しない。

 このままでは、失敗する。

 何か、何か、ないのか。


 ……。


 おっと、うっかりしていた。他にも相性の良さそうな素材があったんだった。

 肝心の新アビリティ【飽くなき探求】を試してみなければ。


 俺は焦りつつも【飽くなき探求】を発動させ、素早く錬金キット・ビーカーを取りだす。

 この新しいアビリティ【飽くなき探求】は合成中に錬金キット・ビーカー・フラスコを使用して素材を追加投入できるというアビリティだったな。


 ビーカーに『結晶の枝』を合成すると念じたら、不思議なことにギュルっとクリスタルな枝はビーカーの中に入ったかと思うと、キラキラと不思議な光を帯びる透明な液体に変化していた。


「いっつぁわんだふぉー……」


 俺は急ぎ、ビーカーの液体を合成釜にぽちゃちゃちゃと注いでいく。

 釜内の様子は……泡立ちはおさまった。

 

 だが、まだ依然いぜん曇り空だ。

 色の変化も見られない。


 試しにもう一度、ビーカーを使用しようと試みたが、ビーカーは何も反応を見せなくなった。

 

「むむむ……」


 ビーカーは一度の合成で使用できる回数は、一回までか。

 となると、ここまで三つの素材を同時に投入した俺だが、フラスコを使ってあと一つ、つまり四つ目の素材を追加できる。

 四つ目の素材は……『琥珀水』にするか『清潔草クリアリーフ』にするか……。


「むう」


 俺はフラスコを手に取り、唸りながら『琥珀水』を選択。

 同じ森で取れた素材の方が相性は良さそうだと判断し、あめ色の水をフラスコの中に入れた。

 それを勢いよく釜にふりまく。


 そして、焦らず、じっくり混ぜ混ぜしていく。

 するとすぐに釜の中の天気は静かな星空へと戻り、さらに金より鈍いあめ色が広がっていき、夕焼けに星々がゆらめいているような綺麗な色になった。


 しばらくすると成功の証である青い煙が噴き出る。


:花結晶+葉結晶+結晶の枝+琥珀水 → 『結晶の樹木テアリー・ツリー』の合成に成功しました:


:合成レシピに記録されました:



「うはぁ……」


結晶の樹木テアリー・ツリー

【妖精がいる森にしか生えない希少な樹木】


 

 素材ではあるが……大きい。

 クリステアリーに生息していた樹林と比べて、すごくこじんまりとしたモノだが、それでも1メートルはある若木だった。

 その透き通った木は、調度品として飾るのにもよさそうだ。

 光をあてる角度によって微細な色の変化が輝きを伴ってやんわりと発光する若木。


「……錬金術は素晴らしいな」


 十分に木を眼で愛で尽くし、俺は満足すると次の錬金術のことを考える。

 先ほど、『花結晶』と相性が良いと判明した、もとから持っている素材、『清潔草クリアリーフ』を用いた合成を結晶シリーズで試していくか。

 『清潔草クリアリーフ』は雑草を上位変換して作成したもので、『翡翠エメラルの涙』の元となる、『浄化水』を作るための素材でもある。


 『花結晶』と『清潔草クリアリーフ』をぽちゃっと合成釜に入れる。


 弱火でくつくつと煮込んでいくと、清潔草クリアリーフの緑が中和され、花結晶の色がスーッと溶けていく。

 『花結晶』はその個体によって色が様々で今回は紫色だ。

 おだやかな宵闇の星空が、俺のかき混ぜ棒による波によってちゃぷちゃぷと揺られる。


「ふぅ……」


 合成釜の中って、錬金が成功しつつあると綺麗だよなぁ。

 これが宇宙の神秘を解き明かす錬金術の本質なのだろうか。

 

 しかし、その美しき調和を乱す兆候が見られた。

 それは灰色の煙。


「く……」


 きらめきが雲の影に消えていってしまう。

 このままでは、失敗の可能性が非常に高そうだ。


 ここで【飽くなき探求】を発動し、更なる素材を模索する。

 『花結晶』と相性のいい素材はわかっているのだが、今現在いっしょに混ぜている『清潔草クリアリーフ』と相性のいい素材がわからない。


 錬金術のレシピ帳を開いても、『清潔草クリアリーフ』が使用されたレシピは:清潔草クリアリーフ+『汚水』 → 『浄化草』:のみだ。

 

 まさか、このタイミングで汚水を使うわけにはいかない。

 【飽くなき探求】は投入予定の素材をかざしても、相性をうかがい知ることができないのが難点だとわかった。


 どうするか。


結晶の樹木テアリー・ツリー』を作成した錬金で使ってない新素材は、『水晶のしずく』と『ようせいの粉』。

『花結晶』と『水晶のしずく』と相性が悪いのだから、今回は『ようせいの粉』をビーカーに入れるか。

 金色の粉末はビーカーに入ると、黄金液に変化した。

 さっそくそれを追加で投入。


 すると、紫色と灰色がせめぎ合っていた合成釜の中は、パァーッと『ようせいの粉』によって夕焼け色に染め上げられていった。

 同時に、やたらかき混ぜ棒が重くなり、粘り気が増した。


 ねばねばすぎて、なんだかやばい。

 色もだんだん、『ようせいの粉』を投入時より、くすんできているような気がする。

 俺は弱火から中火に温度を上げ、かき混ぜ棒を必死に回す。

 するととろみが出てきて、錬金成功の青い煙が発生する。


:花結晶+清潔草クリアリーフ+ようせいの粉 → 『森のおクスリ』の合成に成功しました:

:合成レシピに記録されました:


 『花結晶』の元々の色、ただの紫色の花が生成できた。


 一見なんの変哲もない一輪の花だが、よくよく観察すると茎の部分が、内部から黄色く光っている。


「すんすん」


 若草と花の香りがブレンドしている『森のおクスリ』の説明文を読んでみる。



『森のおクスリ』

【使用すると、しずくのような蜜が一滴、花弁から垂れてくる。これを摂取するとMP40回復する。使用限度は3回。】



 よし。


 ようやく翡翠エメラルドの涙に続いて、アイテムを作り出すことに成功だ!

 今回は+値などはついていないが、これはマジックポーションの回数版ではないか。

 3回まで使用できるということは、これ一本でMPが120も回復する優れモノ!


 ふははははは!


 待て待て、結晶シリーズの素材でマジックポーションが作れるのなら、ポーションの上位互換なるアイテムも作れるかもしれない。

 そう閃いた俺は更なるポーションの高みを目指して、即座に錬金を開始する。

 手持ちの翡翠エメラルドの涙を取り出し、相性を確認しながら合成をしていく。


 結果的に、


翡翠エメラルドの涙』+『葉結晶』+『ようせいの粉』→『結晶ポーション』


 なるものができあがった。

 結晶シリーズを手に入れたら、こうも立て続けにアイテムを生成することに成功するとは。ますますテンションが上がってくる。


「フフっ」


 結晶ポーションはガラス瓶の中に、透明でさまざまな色の石コロがギュッと詰め込まれていた。ビンごしに見える結晶たちは、ちょっとした宝石箱のようで目を惹く。



『結晶ポーション』

【使用すると中の結晶がビンからあふれだし、拡散して身体をつつみこむ。それらが発する光が癒しをもたらす。光に触れた・・・傭兵プレイヤーのHP200とMP20回復する】



 ふはははは。

 眩い光と共に癒しをばらまく、煌めきの錬金術士ここに現る!

 友人のピンチに颯爽と現れて、ドヤ顔したい。

 

 これが錬金術だと!


 しかもこれ、単体回復じゃなくて範囲回復だから、複数の傭兵プレイヤーを同時に癒すことができる。


「ヒーラーの役を奪ってやるぜ」


 俺は燃える野望を胸に更なる錬金道を垣間見る。

 それは真っ赤に燃えあがる赤。


 俺の情熱に負けず劣らずの、赤くたぎる素材の存在を思い出す。

 モフウサから入手した『紅い瞳の石レッド・アイ』と、その上位変換で生成した『紅蓮石』だ。

 身の内から溢れだす熱い思いを胸にポチャンっと『紅い瞳の石レッド・アイ』を合成釜へと投入。

 

 すばやく相性のいい素材を吟味し、釜内がスッと晴れ渡る夜空になった『結晶の樹木テアリー・ツリー』を追加。

結晶の樹木テアリー・ツリー』は先ほど、結晶シリーズを組み合わせて作ったクリスタルな若木だ。


 ここで、これが役に立つとはな。


 今回は素材に石があるので、初めから火力MAXの強火で釜の温度を上げる。

 粘り気は相当重く、かき混ぜ棒を動かす腕がにぶくなる。

 負けじと力を込めて混ぜていくが、釜の中は赤とも黒とも言えない濁った色をしていた。


 ここまでの錬金でわかったことは『ようせいの粉』を使うと、合成がほぼ成功しているということ。『ようせいの粉』万能説。

 淡く金色に輝く『ようせいの粉』をフラスコに入れて、ちゃぷちゃぷと液状化したものを揺らす。



「ふふふ」


 合成釜の空模様がついに、灰色に包まれようとしたその瞬間をねらって、フラスコを逆さに持ち、盛大に『ようせいの粉』を振りまく。

 すると、今までにない現象が起きた。


 何かが焦げる匂いが鼻をつく。

 さらに釜から細かい灰のようなモノと火の粉が舞い散った。


 これは『結晶の樹木テアリー・ツリー』が燃えているのか?


 ぶわっと熱気を感じた俺だが、ひるまずにかき混ぜ棒を握りしめ、激しくかきまわす。

 釜から伝わってくる熱が俺に浸透し、身体が火照ってくる。

 心の底から湧き上がる、興奮と熱情をぶつけるように、一心不乱に混ぜていく。


 あつい。

 まるで、合成釜と自身が一体化してしまったと錯覚するほどに。

 釜の中は真っ赤に染まっている。

 

 「うおおおおおおっ」


 雄叫びをあげて、かき混ぜ棒をヌチャヌチャする。

 必死にこねくり回していくと、ボフンと青い煙が釜から膨れ上がり、錬金術成功のログが流れる。


:『紅い瞳の石』+『結晶の樹木』+『ようせいの粉』 → 『火護かごの粉塵』が生成できました:

:合成レシピに記録されました:



 なんの変哲もない四方十五センチ弱の麻小袋が紐でキュッと縛られている。

 紐を緩めて、小袋の中をのぞくとそこには紅く輝く粉が入っていた。まるで火の粉そのものが袋の中に詰め込まれているようだ。



火護かごの粉塵』

【使用するとPTメンバーに火の加護を付与する。赤属性のダメージが1分間、10%カットされる】


 おおう。赤属性ということは火系等の魔法かな。

 パーティーで挑む、炎を扱うボス戦などで重宝できそうだ。


 なんだか、すごいモノがどんどんできあがっていくので、心が躍る。

 宝石を生む森、クリステアリー万歳だ。


「……錬金術万歳!」



 さてさて、本日の大本命。


紅い瞳の石レッド・アイ』でこんなに便利なモノが作成できたのだ。


 では、『紅い瞳の石レッド・アイ』の上位変換で作れた『紅蓮ぐれん石』ではいったいどんなモノが生み出せるのか。


 準備を怠らないためにも一度、自身のステータスを確認しておく。

 特に次は合成の成功率を少しでも上げたいのでMPをチェック。先ほど『生成の銀法』を一度使ったので、MP35 → 20に減少していたが、あと1回は使えることを確認。

 

 そしてふと気付くとHPが50 → 43に減っていた。


 あれ、もしかしてさっきの錬金でダメージ受けてた?

 確かに熱さを感じてはいたのだけど、あれは実際にダメージを伴うものだったのか。



「ふむ……気をつけないと」


 今一度、気持ちを引き締める。

 スゥーっと息を深く吸い、ハァーっと吐き出す。


「……やるか」


 ゴツゴツとした『紅蓮ぐれん石』をボトンっと合成釜にソッと入れる。

 一つしかない貴重な素材でもあるので、この合成はなんとしても成功させたい。


 相性の合う素材をじっくりと試していく。

 順番に釜の上でかざしていって、唯一相性の良さそうな素材だったのは、クリステアリーで最も採取量が少なかった『水晶のしずく』だった。

 無色透明なのに不思議な光をキラキラと放つ、そのしずくを投下。


「『生成の銀法』」


 紅蓮石の赤とアビリティの銀が、合成釜の夜空を浸食し始める。

 決して汚い色ではなく、例えるなら宇宙の星雲のような交り輝き合った色あいを生み出している。

 釜の温度は中火にして、じっくりと釜の中を観察する。


 棒でゆっくりと混ぜ、赤と銀をゆるやかに融合させていく。

 順調にいけば、この小宇宙は薄い紅色になるだろう。

 だが、どうした事か、白くなり始めた。

 さらに、粘り気が増して釜の中が急激に硬直していく。


 温度は強火に変更させるが、それでも手ごたえは固くなっていく一方で、しまいには霜が発生しだした。

 

「……ほう」


 さらに棒が下から凍り始めたことに気付いた俺は、ここで『ようせいの粉』を投入するべきだと判断する。

 急激に冷えていく釜を見つめ、俺の頭の中もクールダウンしていく。


 素早くビーカーに『ようせいの粉』を入れ、黄金色の液体を合成釜に散布する。

 それでも、氷がぼこぼこと出現し、どんどん凍っていくが諦めずに辛抱強くかき混ぜ棒を動かす。


「あきらめない……」


 動物は冬眠時期、辛抱つよく春の訪れを待つと聞く。まさに俺の心境はソレそのものだった。

 焦らず、忍耐強く、成功の可能性が見えている限りあきらめてはいけない。

 次第に合成釜から生じる氷の勢いは失われ、砕けていった。そんな氷粒だらけの中をジャリジャリと強火のまま回し続けると、青い煙がもくもくと発生する。


:紅蓮石+水晶のしずく+ようせいの粉 → 『火種を凍らせる水晶』の合成に成功しました:

:合成レシピに記録されました:



「ふぅ……」


 吐いた息が白かった。


 俺は生成した『火種を凍らせる水晶』を取り出そうとして気付く。

 右腕にしもが張っており、動きが緩慢になっている。


「なんだこれ」


 ステータスを急いで確認すると【凍結・弱】のバッドステータスが付与されていた。身体の一部分が、鈍くなるそうだ。

 効果時間は3分と短いが多少の違和感はぬぐえない。


 さきの『合成』でダメージを負ったことも驚きだが、これは戦闘中に小太刀をふるうのも難しそうだなと懸念する。

 どうやら作りだすアイテムによって、傭兵プレイヤーに様々な現象を付与するものもあるようだ。

 とにかく、常識という概念を軽く吹き飛ばす錬金術で創り上げたモノを観察する。


「綺麗だ……」


 直径10センチの無色な氷塊には、揺らめく炎が封じ込められていた。同時に存在する事を許されていないはずの物体。禁じられているものがより魅惑的に映り、美しいと感じてしまうのは、果たして人間が背負いし業なのか、罪なのか、運命なのか。



「すばらしい」



『火種を凍らせる水晶』


【水晶とぶつかった炎を氷結させる、妖精たちが森を火から守るために発生させる防護呪文と類似している。使用の際は、凍らせたい炎に水晶を接触させると、炎を無力化することが可能。ただし、ダメージ総数が500以下の炎のみ】



 この水晶を炎に接触させると、自身に襲いかかる火から身を守れるということか?

 つまり、投擲とうてきして炎に当てれば良いということなのだろうか。


 無力化という効果は絶大だが、なかなか使いどころは難しそうだ。そもそもダメージ総数が500以下って、どうすればわかるのだろうか。そこは戦闘を積み重ねていって研究していくしかないか。



「つ、つかれた」

 

 どっぷりと『合成』に集中していたため、俺の精神力はわりと削られていた。その分、アイテムをいくつも作りだす事に成功した達成感もある。

 合成釜をしまい、床にへたり込む。

 錬金を終えた俺は、ふと空腹を覚えた。



「おつかれさまっ天使ちゃん☆」


「うお!?」


 背後からジョージの声が聞こえ、慌てて振り向く。


「ジョージ?」


 いつの間にかエプロン姿のNPCは消え、パンチパーマな色黒オカマがカウンターに肘を付きながら座っていた。


「あまりにもぉん、天使ちゃんがすっごい気迫でぇん錬金していたものだからぁん♪ 見守っていたのよ♪」


 バチッと両目を閉じて、オカマウィンクをかますジョージ。

 ずっと見られていたのか。


 オカマに見守られていたとか、ゾッとしなくもないが、今は錬金術の戦果を語りたい。

 ジョージに豪語して、ミソラの森へと出発したのだ。

 俺は先ほど作りだしたアイテムに関して事細かに説明し出し、それをニコニコと微笑みながら聞き続けるオカマ。


「本当に、天使ちゃんわぁ、すごいわねん♪」


「あ、勝手にここで錬金をしてしまって、すみませんでした」


 一通り喋り終えた俺は満足し、勝手にジョージのお店を使っていたことに気付き、急いで謝る。


「いいのよぉん。天使ちゃんならいつでも来てもらって構わないわん。あなたがクラン・クランを楽しんでる姿を見ているだけで、わたしも胸が熱くなるのぉん♪ それにほらっ」


 オカマはショーウィンドウの方を顎で指す。

 それに釣られて、俺もそちらに目を向けると、店の外から幾人かの傭兵プレイヤーがこちらを興味深げに眺めていた。


「天使ちゃんのおかげで、お店の宣伝にもなるしねぇん★」

「あれって……」


「天使ちゃんに興味があるのかもね、ウフッ」

「はぁ……」


 人気ひとけが少ないからここを選んで錬金していたというのに。

 落ち着いて錬金できる所を探さないといけないかもなぁ。


「あらあらぁん。でも、このお店には入りづらいようねぇん」


 まるで俺の心情を察するかのようにジョージは笑いかけてくる。

 なぜか自分の筋肉を魅せつけるように、マッチョポーズをとりだすオカマ。

 その様子を見ていた外の傭兵プレイヤーはそそくさと去っていった。


「せっかくのお客様が……いいのですか?」


「えぇ。わたしのしなやかなボディの魅力に気付けない男なんて価値ないわぁん。どうせスキル輝剣アーツじゃなくて、天使ちゃんに興味津々なのでしょうし? またいつでも、ここを使って頂戴ん☆」


「ありがとうございます」


 俺は心からのお礼を述べ、そろそろゲームからログアウトしようとする。



「じゃあログアウトしますので、また」


「んん、待って待ってぇん。ここでログアウトするのはいいのだけれどぉん、ログアウトする場所によっては危険なことを知ってるのぉん?」


 ログアウトする場所によっては危険?


「レストエリア以外でぇん、ログアウトにするとぉん、他のプレイヤーに好き放題されるわよぉん?」


「え……」


「やっぱりぃん、その様子じゃ知らなかったようねぇ。レストエリアは街によって様々だけど、宿屋、教会、各ギルド支部、あとはウチのような個人経営店ねぇん」


「なるほど……もしレストエリアでログアウトしなかった場合って、どうなるのですか?」


「キルされるわねぇ。所持金を奪われたり、アイテムを取られたり、最悪、装備がなくなっていたりするわ」


「ひぃ」


「ただし、天使ちゃんの場合は15歳以下よね? だから自分から・・・・攻撃しない限り・・はPvPをできないって制限があるの。だから天使ちゃんはどこでログアウトしても大丈夫だとは思うけれど、これからパーティーを他の人と組んでく上では必要な知識になってくるわねぇん」


「なるほどです」



 おれ、多分見た目は十五歳以下だろうけど、システム上は十五歳以上って判断されていそうだ。

 称号『老練たる少女』の説明欄にも、『見た目と中身がそぐわない魔法少女。その幼い器には老練の魂が宿っているため』と書かれていることから、クラン・クランは俺が十五歳以上であると認識していそうである。


「念のためにここでログアウトします。では、また会いましょう」


 ジョージに別れを告げ、俺はログアウトボタンをタップした。


 なんだかんだ、すごく長い時間ゲームをプレイしてしまったな。

 お昼ご飯なんて食べてすらいない。


 リアル時刻を確認すると、夕方の五時を回っていた。

 少女姿でぶらつくには、まだ問題ない時間だろう。


 ……コンビニにいこう。


 同じ姿勢のままずっとゲームをしていたので、すこし身体をほぐし、急いでゲーム用のコンタクトを外しながら、コンビニに行く準備をする。

 だぼつく学校のジャージのすそを何回も折り込み、上着も腰の部分をキュッと縛ってサイズを動きやすいように調整。


 最低限の身だしなみは整えたつもりで最終チェックをする。

 鏡の前に立つは、やはり美少女。


「いってくるか……」


 この姿になって初めて、外出をする。

 美少女モードを目撃したことがあるのは、ゲーム内で晃夜こうや夕輝ゆうきぐらいだし、リアルで知り合いに遭遇してもこちらが素知らぬ顔をしていれば問題ないだろう。


 少しドキドキするが。

 お腹も減ったし他に選択肢はないから、行くしかない。


 意を込めてドアを開けると、夏の熱気がもわっと顔をなでる。

 夕方になってもきやまないセミの声が、響いてくる。


「夏休み、なんだよなぁ……」


 アパートから見える夕焼けを見つめながら呟く。


 毎年、夏休みになるのが楽しみで楽しみでしかたなかった、小学校時代。

 中学時代もなんだかんだ、晃夜こうや夕輝ゆうきと遊ぶ夏休みが楽しかった。

 

 宿題とか夏休み最終日まで残してて、晃夜こうやに泣きついて答えを見せてもらったなぁ。


 …………。



「なんだよ、性転換って」


 今年の夏休みの課題は……前途多難そうだ。

 不安を振りきるように、うだる熱さの中、俺はコンビニへと走り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る