11話 宝石を生む森


 きらびやかな森を妖精達と散策するのは非常に心が踊る体験だった。


「ここにあるものは採取しても構わないの?」


「んん~どうせ」

「人間が来ることなんて滅多にないんだし」

「少しぐらいなら」

「いいんじゃないかなっ」


 妖精たちは口々に俺に返事を返してくる。

 よほど、人間との交流が珍しいのか、ひたすら俺に色々なことを尋ねてくる。


「人間は欲深くって」

「意地悪で」

「傷つけ合って」

「襲ってくる種族だって聞いてる~」

「そうなの? 違うの?」


 俺からも質問をしたい事はたくさんあるが、妖精の欲求を満たすために返答に専念しておく。


「へーじゃあ人間は」

「男と女っていう種類に」

「わかれてるのかぁ~」

ミソラ・・・はどっち?」



 おお、賢者ミソラの名前が出てきたぞ。

 これは僥倖ぎょうこうだ。


「ミソラさんに会わせてもらえたりする?」

 

 どうやら、妖精たちの話を要約すると、賢者ミソラはこの森に古くからいるらしく、妖精たちのまとめ役のようだった。



「もし人間きたらミソラに報告~」

「これ、ボクタチの役目ッ」


 ということは、既にミソラさんには俺がこの森に辿りついたことは知られていると考えても良いだろう。


 ならば採取さいしゅを堂々としながら、ミソラさんを探すのでも問題ないだろう。

 正直、こんなふうにして宝石を生む森、クリステアリーを隠しているからには訳があるのだろうと下手な行動はしない方がいいと警戒はしているが。


 まぁ、『宝石を生む』なんて名前がついているのだから、希少なものを保護するという面でも秘密にしておきたかったのかもしれない。

 それでも、とりあえず俺は周辺の素材をひたすら拾っていく。


 草花を調べると。


:『葉結晶』を入手しました:

:『花結晶』を入手しました:


 木を調べると。


:『結晶の枝』を入手しました:

:『葉結晶』を入手しました:



 樹液なようなモノが流れている木からは。


:『琥珀こはく水』を入手しました:


 うお。

 飴色に輝く液体。

 ハチミツみたいだ。


 他にも液体系の素材はないかつぶさに観察すると、大きな葉にキラキラと光るモノが見える。

 葉っぱに溜まった水滴だ。


:『水晶のしずく』を入手しました:


 おお。

 銀色に輝く液体ゲット!


「人間たのしそー」

「そんなのいっぱいあるよ~」

「もっと綺麗なものもあるよ~?」

「人間うれしい?」


 陽気にはしゃぐ妖精たちは、とても可愛らしく俺の後を付いてくる。


「すっごく楽しいよ! 妖精さんたちともお話ができて嬉しい」


 正直な感想を述べておく。

 素材がこんなに取れるのも万々歳だし、ちょこちょこと飛び跳ねまわる妖精は、すごく魅力的だ。一家に一匹は欲しいと思ってしまうほどに。


「むふふ~」

「ぼくらも嬉しいかも~」

「にんげんにんげん~」

「怖くない~」


 元気な妖精たちに釣られて、俺も足取りが軽くなる。


「んふ~~ん~~♪」


 なんとなく鼻歌まじりで探索をしてしまう。

 すると妖精たちは徐々にその数を増やしていき、おれの周りで手に手を取り合い、輪を作りながらクルクルと回り始めた。


 なぜだか、俺は踊りたくなり、適当なステップを踏み始める。

 妖精たちの飛ぶ姿に見入っていると、妖精はニコニコと装備の端を掴んでは引っ張ってくる。まるで小さな子供のように、踊ろう踊ろうって語りかけてくる。



「忘却されし時の果て――」


「神の子、森の子、ヒトの子は――」


「仲睦まじく――」


「愛おしく――」


「陽光の下、星空の下――」


「月光、舞い振る晩も――」


「踊り合ったとさ――」


「るるるんるるるん♪」


「えるふぃんえるふぃん♪」


「魔女らっちぇ」


 妖精たちの不思議な歌声を聴き入りながら、俺は踊った。

 すると、妖精たちがパタパタと飛ぶたびに舞い散る小さな光が、周囲を満たし、幻想的な風景を作り出した。


「妖精さんたちは綺麗だなぁ」


「にんげんも綺麗綺麗~」

「綺麗綺麗あげる~」


 そう言った妖精たちは、羽の輝きを一層強め、寄ってくる。


:妖精の粉を99個、入手しました:


 うお! なんだこれは。



 妖精の粉

【妖精たちの輝く羽のりんぷん。通常は妖精一匹殺して、手に入るかどうかという代物。希少価値がとても高い。しかし、友好関係を築けるとそうでもないらしい】

 手に入れた量にビックリしていると、不意に背後から声をかけられた。


「あるれ、あれれ。妖精たちがそこまで懐くなんて、貴方あなたは魔女なの? 魔女かな?」


 その声の主は濃紺のローブに身を包み、魔女っ子のようなとんがり帽子をかぶった少女だった。

 歳の頃は16歳前後で、俺のアバターより少々年上そうに見えた。

 髪の色は薄い青で、瞳の色はより薄い蒼だった。


「えっと……」

貴方あなたが、妖精達が囁いていた人間さんね? 人間さんだよね?」

 

 妖精たちから俺のことを聞いているということは、目の前にいる人物が賢者ミソラなのだろうか。


「はい。タロって言います。あなたは賢者ミソラさんですか?」

「そうね、そうさ。かつてはそう呼ばれていたこともあったわ。あったね」


 どこか感慨深そうにクリステアリーからの空を眺め始めるミソラさん。

 しばらくして、視線を戻すと自己紹介をしてくれた。


「わたしは、妖精を守護する魔女ミソラです。あなたはどうしてここへ? ここに?」


「えっと……」


 俺は全てのいきさつを正直に話した。

 空を眺めていたら、小人が出てきたということ。

 

 それが気になって探索したら、弾力性の高い木を発見して、ビョイーンっとジャンプしてここまでたどり着いたこと。


「あるえ、あれえ。結界にほころびが……それに、その木は……」


 俺の話を聞いて、しばらく思考にふける賢者ミソラさん。


「あ、あぁ……創世の錬金術士・・・・・・・が残していった……元に戻しておいてほしいわ……」


 おれは、なんともカッコイイワードが飛び出てきたことで思わず突っ込んでしまった。


「創世の錬金術士!?」


「んん、あぁー、えぇ」


「どんな錬金術士なのですか?」


「サンジェルマン……あぁ、でも、今は確かノア・ワールドって子だったっけ。だったかな」


 む。世代交代とかそんな感じなのか?

 よくわからないな。


「そ、その人はどんな錬金術をするのですか?」


「キミも体感したでしょう? しただろう? 木の性質そのものを変化させたりできる、神々が定めたことわりを犯す化け物だよ」


 物質の性質すら変化させる錬金術士……。


 思わぬところで、錬金術の至高を垣間見れた。

 おそらく、それほどまでの高レベルな錬金術スキルをサービス開始間もなくで所持している傭兵プレイヤーはいないだろう。

 となると、この賢者ミソラのように同じNPCである可能性が高い。


「そうですか。その人は今どこにいるか、わかりますか?」


 ぜひ、会ってみたい。


「うーん。むーん。残念ながら私には、彼らの居場所はわからないわ。わからないよ」


「そうですか……」


 いつか、どこかで会ってみたいな。

 創世の錬金術士、ノア・ワールドか。


 錬金術士の頂きであろう人物を思い浮かべながらニヤニヤしていると、ミソラさんがポンっと頭に触れてきた。


「ほむ、ふむ。あなたはこの、宝石を生む森クリステアリーを穢しにきたわけではないようね。それに、この蒼く光る粒子は……」


 俺の淡い光を帯びる髪の毛をマジマジと観察しながら、ミソラさんは呟く。


「あなた、魔女の素質があるわよ、あるね」


 おおう。

 魔女の素質か。


 でも、この髪の毛が光ってるのって称号のおかげなんだよなぁ。



称号『老練たる少女』


見た目と中身がそぐわない魔法少女。その幼い器には老練の魂が宿っているため、他の者より遥かに効率の良い行動が取れる。

美しさを保ち続けられるほどの膨大な魔力が、髪の毛から溢れ出す姿はまさに魔女そのもの。


取得条件:若返り。

効力:レベルアップ時のスキルポイント取得量が3倍。



 これこれ。

 だから、そんなことを言われても、どう対応していいか困る。

 

 というか、相手はNPCなのだから対応に困る必要もないのだけれど。


 どうも、この賢者ミソラさんと話していると、ただのNPCに到底思えない。今時のプログラムされた人工知能A・Iってこんな高性能なんすかね。



「あなた、わたしの弟子入りしてみる? みようか」


 お、まじか。

 しかし、俺は既に自分の目指すべき存在を聞いてしまった。


 創世の錬金術士、ノア・ワールド。

 弟子入りするなら錬金術士がいい。

 

 俺は、創世の錬金術士とやらを追い求めることを、今後の方針にしていきたい。



「せっかくのお誘いなのにすみません。俺は錬金術士なのです」


「そうね、そうだね……あなたなら、妖精たちに気に入られるあなたになら、私の魔道を伝授してもいいと思ったのだけれど、それは残念、無念」


 彼女は真剣な眼差しで、何かを託したそうなもどかしい表情を浮かべた後。

 賢者ミソラはガックリと肩を落とし、この世の終わりみたいな顔でうつむき始めた。 


「え……」


 そんなに落胆されるとは思わなかったので、俺は慌てる。


「そ、その元気を出してください」


 そんな様子をチラ見したミソラはクスっと笑った。


「冗談よ、冗談だよ」


 悪戯っ子の様な笑みを浮かべる賢者ミソラさん。

 この人がわりと茶目っ毛のあるキャラだとわかった。


「だけど、あなたは不思議な子だわ、だね。妖精の守り手である賢者ミソラの師事を得るチャンスを棒に振って、頭の中は錬金術でいっぱいなご様子。それに、この森の結晶や妖精に目がくらんで、それらを奪おうともしない。ほんとうに変わった人間ね、人間だよ」


「ここの森の素材には興味津々ですよ」


「あるれ、あれれ。正直でよろしい」


 またクスリと笑ったミソラさん。

 それからしばらく、俺たちは妖精たちに囲まれながら話をした。


 かつて、この森はエルフや妖精、人間が共生していたそうだ。

 だが、とある人間の王国が、妖精が作りだす結晶に目をつけ、この森に侵攻したらしい。結晶には魔力が豊富に含まれているものが多く、いろんな用途で優れたモノを生みだす素材になるそうだ。


 さらに妖精を殺すと稀に手に入る、妖精の粉が武器の生成において使用すると魔力が帯びて切れ味が増すとわかってからは、妖精狩りが積極的に行われたらしい。


 森と共生していた近隣の村々は、またたく間に王国の支配下に置かれ、エルフと妖精のみで力を合わせて対抗していった。だが次第に物量に押され始めていった森陣営は、賢者ミソラの力を頼って、この結界を作ってもらったそうだ。

 

 その見返りとして、ミソラさんは永久的に妖精の結晶を一定量もらえる、とのこと。

 エルフたちは、この狭い森での生活は無理と判断し、一部の人数をここに残して、遥か西方の森へと移住したらしい。


「あの頃は……多くの友を失ったわ……失ったね」


 ミソラさんの顔に陰りがさす。

 妖精たちを静かに眺め、今はいなくなってしまった仲間を想うようなその姿は、どことなく寂しさが感じられた。


「でも、ミソラさんには今を支えてくれる友達がいるんですね?」


 俺がウン白で失敗し、ドン底に叩き落とされても、こうしてのんびりしていられるのは、晃夜こうや夕輝ゆうきの存在あってこそだ。

 

 ミソラさんが失くしてしまった命の重さと一緒にすると、比べ物にならない事だろうけど、俺も少なからず失ったモノがある。

 今の俺にかけられる言葉はこれぐらいしかない。


「そうね、そうだね……みんなのおかげで私はこうして、妖精の守人をしていられるわ」


 彼女は悲しさを押し込めるように微笑んだ。

 その彼女の表情が妙にリアルでドギマギする。

 リアル同い年ぐらいの女子の、こんな顔を俺は見たことがない。


 憂いと、強さを同時に兼ね備えた、孤高の花みたいな美しさ。

 ミソラさんの態度に慌ててしまい、つい話題を変えてしまった。


「ミソラさんって何歳なの?」


 王国に森を襲われた話ってずいぶん前の出来事のように思える。


「あるれ、あれれ。秘密よ? 何歳に見えるかしら? 見えるかな?」


 だからけっこうな歳をとってると思ったのだけど、見た目は俺と同年代なんだよな。


「……十六歳?」


「あるあら、わたしはハーフエルフだから、人間でいったらそれぐらいかもしれないわね」

 

 ハーフエルフ……。

 そう主張するミソラさんは自身の空色の髪をかきあげ、耳を見せてきた。

 たしかに、人間より長いしとがっていた。


「わたしは魔人とエルフのハーフなの。だから赤・黒・緑・青の4種の魔法が扱えるのよ、扱えるんだ」


 な、なるほど。

 エルフは人間より遥かに長い寿命を持っていると聞く。

 ハーフエルフなら100年生きていても、16歳とかそんなノリなのかもしれない。


「すごいですね」


「ウフフ。アハハ。わたしのことをなぐさめてくれたり、めてくれる、そんないい子なタロちゃんには、これをあげましょう、あげよう」


 クスクスと笑う彼女はローブの襟に手を突っ込んで、何やらごそごそとアイテムを取りだす。


「はい?」


 彼女は小人の装飾が施された銀のブローチを手に持っていた。

 ところどころ小粒の結晶がはめ込まれており、いかにも高価そうなものだった。


「これを受け取ってほしいの、ほしいな」


「これは……」


「このブローチを使用すれば、1日1回だけ、このクリステアリーにワープして来ることができるわ。もう、創世の錬金術士が残した木から、ここに来てほしくないの。他の人間の目に触れてほしくないの。わかる? わかるよね?」


「は、はぁ……」


「もし、もし貴方あなたがここの存在を誰かに言った時点で、このアクセサリーは消失するわ。それは掲示板やネットで情報を流しても同じね、同じだよ」


 リアルな説明をしますな、このNPC。


「どうやって、ネットで情報を書き込んだ、なんて判断するのですか?」

「それは一日にここにやってくる傭兵プレイヤーの人数で判断するわ。今までだって、ここに来れた傭兵プレイヤーはいないの。この意味、わかるわね? わかるよね?」

 

 傭兵プレイヤーでは俺が最初の訪問者ってわけか。


「はい……」


 ベータテスト期間を含め、二カ月以上もこのフィールドがありながら、誰もここには辿りつけていなかったのに、急にクリステアリーに入ってくる人間が増えたら、それは俺のせいだと……。


「もし、もし口外した場合、この森の場所は移させてもらうわ。自力で発見した傭兵が現れたならその措置はとりません、とらないね」


「はい」


 これは、ここの素材を取りたくば秘密を共有しろという感じの話ですな。


「その条件を守る限り、ここでの素材は取り過ぎなければいくらでも採取して構わないわ、構わないよ」


「取りすぎのハードルがわからないのですが……」

「あるれ、あれれ、それは妖精たちが教えてくれるわ」


「「「まかせてくりりーー」」」


 羽をパタつかせて、元気にガッツポーズを取る妖精さんたち。


「少数いるエルフたちには、私から貴方のことを説明しておくから心配しないで大丈夫よ、大丈夫」


 そうだった。ここにはミソラさん以外にもエルフがいるんだった。

 エルフ、エルフ。早く会ってみたいな。


「はぁ。ありがとうございます」



:クリステアリーのブローチを手に入れた:


 そうログが流れ、俺はもらったものを確認する。



クリステアリーのブローチ【アクセサリ】レア度6


・装備必要ステータス 魔力300 MP100

・魔法防御力+220


【アイテムとして使用すると、妖精の森へと誘う首飾り。使用限度は行きと戻り合わせて1日に1回。再度使用すると、元の場所に戻れる】


 なかなか装備条件が高いし、効果もかなりすごい。そしてレア度が6という、とんでもない代物だ。姉の武器が4で最高峰と言っていたのを思い出し、これは大切にしておかなければならないと慎重になった。


 装備はしばらくできないが、アイテムとして使用するには問題なさそうだ。


「……ありがとうございます」


 お礼を言って、その後はミソラさんが見守る中、素材を収集した。


 たくさんの結晶シリーズ素材を手に入れたことができてホクホク。

 存分に探索し終えた俺は、ミソラさんに挨拶して、さっそく『クリステアリーの首飾り』を使用し、妖精の森を出た。


 錬金でどんなアイテムが生み出せるようになったのか、期待に胸をおどらせながら。


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