14話 百騎夜行のメンバー

『ピコーン』



 夕飯のグリルパスタサラダを食べ終えた俺は、再びクラン・クランへとログインし、適当にミケランジェロを散策しては素材を集め、『翡翠エメラルドの涙』を作っているところだった。


訊太郎じんたろう、俺たちとクエストいかないか?』


 晃夜こうやからのフレンドチャットだった。


『んん、俺も行って大丈夫なのか?』


『問題ない。うちの傭兵団クランメンバーも紹介したいしな』


『そうか……』


 夕輝ゆうき晃夜こうや傭兵団クランメンバーか。

 ……緊張するな。


『なにビビってるんだ。〈百鬼夜行〉の団長、眠らずの魔導師グレンは、珍しくログアウト中なんだ。今ならなんの心配もせずに遊べるぜ』


『いや、べつに晃夜こうやたちと敵対している傭兵団クランの攻撃を心配したんじゃないよ』


『じゃあ、なんだ?』


『……いや、何でもない。俺も一緒に行って大丈夫そうなら、行こうかな』


『よし、じゃあ決まりだな』


:コウよりPT申請がきています:

:受諾or拒否:


 迷わず受諾。


 するとPT内メンバーの名前とHPバーが左上に浮かぶ。


 上から


 ユウLv8  HP410。これは夕輝ゆうき

 コウLv9  HP230。これは晃夜こうや

 シズクLv8 HP150。

 ゆらちLv9 HP250。


 シズクさんとゆらちさんが、コウたち百騎夜行の傭兵団クランメンバーか。


タロ:はじめまして:

 

 PTチャットで挨拶をしておく。


シズク:はじめまして、よろしくね:

コウ:おー、じゃあいくか:

ユウ:タロ、昼間におちあった『天球まかせな時計台』に集合でいいかな?:



 PTメンバーの姿は見えないが、どうやら全員ミケランジェロにいるらしい。

 ちなみにPTチャットは音声ではなくテキスト体、つまりシステムの簡易キーボードでのやり取りで行っている。


タロ:りょーかい:


 ゆらちってヒトが何の反応も見せないのが気になったが、俺は『天球まかせな時計台』へと向かった。





「お、きたきたータロ、こっちだこっち」

「あ、ほんとだね。タロ、こっちだよ」


 道着をまとうメガネイケメンと灰色の甲冑を着込んだ盾持ちイケメンが、こちらに手を振っていた。


 夕輝ゆうき晃夜こうやのとなりには、黒髪のストレートロングな杖持ち少女と、赤髪のミディアムショートな両手剣を背負った少女がいた。


 確か百騎夜行は全員で五人と言っていたから、あと一人いるのだろうけど、今回は都合が合わなかったのだろう。

 

 紹介されるメンバーが二人とも女子ということから、少し緊張する。



 おれはとてとてと、晃夜こうやたちへと近づいていく。


「おっす、お待たせ」


 いつもどおり、晃夜こうや夕輝ゆうきにむけて挨拶をする。



「俺たちも来たばかりだ」


「タロ、紹介するね。こっちの黒髪がシズクで、赤髪がゆらちーだよ」


 夕輝に紹介された二人は、こちらをジッと観察してきた。


「うそ……白や銀なんて髪色なかったはず。もしかして外人さん?」

「うわ、きれい……そうね、リアルモジュールで無いとありえないから多分」

「二人とはどういう関係なんだろうね……」

「まぁ、興味ないっ」


 それぞれの感想を述べ、まずは黒髪の少女がしゃがみながら手を差し伸べてきた。


「わたしはシズク。魔法使い的なポジションで、ユウやコウとPTを組むことが多いよ。よろしくおねがいします」

 

 ニコッと笑ったシズクさんはとても優しそうな子だった。

 俺たちと同い年ぐらいの普通の女の子だ。


 俺はゆっくりとその手を握りかえす。


「タロです。今日はよろしくお願いします」


 次に挨拶すべきは、ゆらちさんとみて彼女の方を見る。

 すると、ゆらちさんはあさっての方向に顔をそむけ、めんどくさそうに一言。


「あたしはゆらち」


 なんとも彼女の淡泊たんぱくなあいさつに、ムッとなりそうになったが、晃夜こうや夕輝ゆうき傭兵団クランメンバーでもあるから、今後のことを考えてグッとこらえておく。


「タロです。よろしくお願いします」


 そんなゆらちさんと俺の間に入るように、夕輝ゆうきがはいはいーと、手をパンパンっと叩く。


「自己紹介も終わったところだし、そろそろクエストにでもいこうか」

「そうだな。ところでタロはやっぱり錬金スキルしでいくのか?」


 晃夜の質問に、俺は平然と答える。


「ん、そうだけど」


「そうかそうか。いや、なに。PTを組む以上、それぞれがどんなことをできるか把握しておいた方が何かと有効でな」


「タロさんは……錬金スキル持ちなの?」


 シズクさんは俺のスキルを改めて聞き、少し残念そうな顔をした。


「戦闘系のスキルはとってるのかな」

「特には……」


「そっかぁ……うん、でも別にだいじょぶだいじょぶ、ね? ゆらちゃん」


 シズクさんは、まずい質問をしてしまったと顔に出ていたが、それをすぐに引っ込め、興味なさげに一連のやり取りを聞いていたゆらちさんに話をふる。


「ん? なにがー?」


「タロさんが戦闘系のスキルもってなくてもさ、ゆらちゃんの両手剣スキルがあれば全然大丈夫だって話だよ」


「え、この子、戦闘系のスキルもってないの?」


「……はい」


 微妙にゆらちさんのキツイ視線に耐えつつ、俺は頷く。


「うっ。やっぱあたし、やめるー」


「ちょ、ゆらちゃん?」


「おい、ゆらちー。やめるってどういうことだ?」


 晃夜こうやがゆらちさんを問い詰める。


「だからさ、あたしは今回、パスさせてもらうって言ってるの。こんな戦闘系スキルを取ろうともしない、やる気のない子の面倒なんて、見るだけ時間の無駄だし」


 ゆらちさんがPT離脱の意を表明する。


「ゆらち、別にタロはやる気がないわけじゃないんだ。MMO初心者だし、自分の好きなプレイスタイルを試してみたいだけなんだよ」


 夕輝ゆうきが俺をフォローする。


「でも、錬金スキルって役立たずだし。その子、寄生きせいみたいなものじゃん。PT組むならせめて、PTメンバーへの戦闘配慮ぐらいは考えたら? ってことで今回のクエストは、あたしはパスさせてもらうー」


「ゆらち、そんなこと言わないでくれよ。タロはボクたちの友達なんだ」


「ユウもさ、プレイスタイルがどうの言うなら、あたしも自分の好きなプレイスタイルをつらぬくってことで。せっかくバカ兄・・・がログアウトしてて、ちょっかいかけてこないんだから、効率の良い狩り場にいってレベル上げしてきまーっす」

 


 おっふ。

 これがオンラインゲーム。


 けっこうグッサリきますね。


 それに錬金術スキルの扱いがいかに酷いか、よくわかった。

 やはり普通の戦闘スキルを取ってないと負担をかけてしまうことは確かだし、こういう対応をされるケースもあるんだな。


「ちょっとゆらちゃん……」


 シズクさんが呼びとめるのも聞かず、ゆらちさんはPTから離脱して、さっさと歩きだしていった。

 


「タロ……なんかごめんね」

「タロさん……ごめんなさい」


 あとに残った俺たちの間に微妙な空気が流れる。


「まぁ、ゆらちーの言い分も的外れではないが、俺たちはそういうのを関係なく楽しめればいいと思っていたんだ。今回はそこらへんを、事前にゆらちへ説明していなかった俺の失態だ。嫌な思いをさせてしまってすまないな、タロ」


 今回、PTに誘ってきた晃夜が改めて俺に謝ってくる。



「あ、いや。俺は別に気にしてないよ。むしろ、俺のせいで傭兵団クランメンバーの仲がギクシャクする方が嫌だし。今からでもゆらちさん追いかけて、遊びに行ってきてもいいんだ」


「いや、それはさすがにできないよ」

「早い話が、俺とユウはタロと遊ぶ。シズクはどうする?」


「わたしもそのつもりで来たから、一緒する」


 シズクさんは両手で杖をキュッと握りしめ、笑顔をこちらに向けてくる。


「そうか、ありがとな」


 お礼を言う晃夜こうやに、俺は再度確認を取る。


「本当に、ゆらちさん放っておいて大丈夫なのか?」


 すると、シズクさんはかがんで俺の目線に合わせると、幼い子に言い聞かせるような優しい口調で説明し始めた。


「タロさん、ゆらちゃんはあんなだけど、本当はいい子なの。だから、そこまで気にする子じゃないよ。少し口が厳しいところもあるけど、本当はすっごく優しい子なの」


「そ、そうですか」


 どうしよう。

 シズクさんの俺も見る目が『タロちゃんも、いい子ですね~』の目になっている。


「シズクの言う通りだね。ゆらちはボク達にとって大事な傭兵団クランメンバーで、それはゆらちにとってもボク達は大切な仲間に他ならない」


「早い話が、あれぐらいのやり取りでギスギスする俺達じゃないってことだ」


 夕輝と晃夜は余裕の笑みを浮かべ交わしている。

 少し、ゆらちさんへの信頼がまぶしく感じた。



「じゃあ仕切り直して、クエストにいこうか」


 夕輝ゆうきの号令でPTはまとまり、先駆都市ミケランジェロを出発する手筈になった。


 気を引き締めねばならないな。



 ただでさえレベル差もあるというのに、おまけに戦闘面であまり役にたたない錬金術スキルしか持ち合わせていない、この俺に。


 何ができて、何ができないのか。

 

 PTメンバーの役に立てるよう全力で今回のクエストは当たらせてもらおう。


 夕輝や晃夜に信頼されている、ゆらちさんが羨ましいと思いつつ、手持ちの使用可能なアイテムを確認する。


 『過激なあめ玉』×3。

 『翡翠エメラルドの涙』×5

 『森のおくすり』×3。

 『結晶ポーション』×2。

 『火護の粉塵』×2。

 『火種を凍らせる水晶』×1。



 効果をまとめると、攻撃力補助アイテム。

 HP・MP回復アイテム。

 炎耐性アイテム。


 俺にできること、補助の一点に尽きるな。



「タロ? 何してるの、いくよー」


 夕輝ゆうきの呼び声に応じて、俺はミケランジェロの石畳の上を、冒険の一歩を踏み出した。


 初の他人とのPTプレイ。





湖都ことに沈む草原』。


 先駆都市ミケランジェロから、東に真っすぐ進むとあるエリアだ。

 草原とは言い難い量の木が乱立し、湖に沈んだ森と表現した方がしっくりくる。

 所々に文明の跡、古き都の廃墟が湖面から顔を出してはいるけど、風化しつつあり、ゆっくりと水底の砂に還ろうとしている。ここはかつて隆盛を極めた人族の王国があったそうだが、妖精の守護者なる存在の逆鱗に触れて滅亡したそうだ。その事を夕輝から聞いて、決して賢者ミソラさんを怒らせまいと、一人内心で固く誓った。きっとこの水に沈んだ都こそが、妖精を乱獲して宝石を生む森クリステアリーを支配しようとした王国の残骸なのだろう。


 地形はでこぼことしており、何故か木の生えている場所は小高くなっていて、水もそこまでは届いていない。


「水がんでる……」


 水の透明度は高く、水中の草花の緑がクリアに見ることができ、わりと綺麗な景色を織り成している。


「タロ、深い場所は避けて通れよ」


「お、おう」


 晃夜の注意にうなずく。

 と、言うのも、場所によるが深さが明らかに俺のキャラクターの身長を上回っている箇所があるのだ。


 今も、水深は俺の腰までに及び、水特有の重量が動きを鈍くしている。

 顔を沈め水中を観察してみると、草々がゆらめき、気泡がキラキラと水面を目指して浮かんでいく風景は幻想的だ。

 

 小魚もちょろちょろと生息しており、なかなか眺めていておもしろい。



:『上質な水』を入手しました:


 おほ。

 ところどころに採取ポイントもあり、錬金術士としては嬉しい限りでございます。


 水底に咲いている草や花を摘んでいく。



:『水草』を入手しました:

:『水花』を入手しました:


 クラン・クランは本当に植物系の素材が多いな。



「タ★ど※にい☆ん○、水の■§か?」


 おっと、誰かが何か言っているな。


 通常、PT中はPTチャットという機能があって、音声でのやり取りをせずとも、テキスト体でPTメンバー全員での情報交換を一括することが可能なのだが。

 簡易キーボードを取りだす手間があるため、やはり近くにいる場合は音声でのコミュニケーションを図ることが多い。



 水中から顔を出した俺は「どしたー?」と聞き返す。


「タロ、採取もいいが、少しは警戒しろ」

「そうだね。ここは中型モンスターもいるから、気を付けようか」


「タロさん。ここでは水に足を取られているから、対応に遅れると危険な状態になるの」


 それぞれがアドバイスをしてくれる。


 さっき、気を引き締めねばならないと決意したばかりなのに、面目ない次第だ。どうしても、採取ポイントが目に入ると、うずうずしてしまう。



「ごめん。注意する」


 気をつけねばなるまい。


「まぁ、今回のクエストは採取みたいなものだけどな」


 晃夜こうやがメガネをクイッと持ちあげ、ニヒルな笑みを浮かべる。


「どういうことだ?」


「ほれ」


:コウよりクエスト共有依頼が届きました:

:クエスト内容:

:難易度 推奨 レベル7が4名:

:ウォーターヘビィよりドロップの『水蛇の毒牙』×1の入手 :

:報酬 200エソ:


「ウォーターヘビィ?」


「そうだ。なかなか大きい蛇だぞ」

「あの蛇は水中だと移動がすごく速いから厄介なんだよね」

「噛まれると状態異常『毒』にもなるの……」


「ほぇ……報酬は200エソか」


 レベル7、四人で挑むクエストの報酬が、アイテム屋のポーション2本分か。


「けっこう高額な報酬だぜ?」


「ポーションって高いんだね……」


「そうだね。今の貨幣価値からは、おいそれとポンポン買える傭兵プレイヤーは少ないだろうね」


「早い話が、だからこそ回復魔法スキル持ちが重宝されるってわけだな」


 晃夜がそう締めくくると、夕輝がシズクさんに指示を出した。


「シズク、そろそろお願い」


「あ、うん。『動きあるもの、水面みなもを揺らし我に知らせよ』」


 シズクさんが中二チックな台詞を吐いて、しばらくすると。

 彼女の握る杖を中心に光の波紋がふよふよと発生する。


 この『湖都ことに沈む草原』に入ってから、シズクさんは時々こうやって何かの魔法を発動している。

 

「……特に異常はないかな」



「そっか。またMPが回復したらお願い」


 クラン・クランでは、MPは時間経過とともに回復していく。


「うん」


 どんな効果を発揮する魔法かも知りたいが、それよりも気になる点があった。


「ねね、シズクさん」


「なにかな?」


「どうしてシズクさんは魔法? 同じ魔法を発動しているのに、発生するまでのタイミングが速かったり、遅かったりするの?」


 そうなのだ。

 先ほどから何度かシズクさんが同じ詠唱をしてから、魔法が発動するまでのタイムラグがけっこうある。


 一番最初に魔法を見せてくれたときは、詠唱してから2秒もしないうちにシズクさんの杖は光り出したのに、ついさっきの時は5秒以上経過してから発動していた。


「そっかそっか。タロさんは魔法を使ったことがないのね」


「?」


「このクラン・クランでの傭兵プレイヤーの魔法行使はね、詠唱を口にすると術者のみに見える簡単な問題文が出てくるの。それに答えると、魔法が発動するの」


「答えるって口答で?」


 シズクさんが何かに答えている素振りはなかったと思うのだが。


「うーうん。こう、口に出さずに答えを思い浮かべるって感じかな」


「なるほど。どんな問題がでるの?」


「いろんな分野がでるかなぁ。さっきはキリマンジャロの標高は何メートルですか? っていうのがでたの」


「そんな山の高さなんて、よく答えられましたね」


「知らないから、スマホで調べたよ」


「え? ……あぁ、現実の方で?」


「うんうん」


「もし答えられない場合は?」


「その場合はもう一度MPを消費して、詠唱するの。それで違う問題が浮かぶから、それにまた挑戦するって感じかな」


 魔法使いは現実の方で常にスマホやインターネットなどで調べ物をできる端末を所持しながら、クラン・クランをしているらしい。

 だから、魔法を行使する際に慣れてないと、意識が現実の方に集中してしまい、クラン・クランでのキャラの動きが止まってしまうそうだ。


 凄腕の魔法使いなどは、キャラを自在に動かしながら、現実でも辞書媒体をいじくりまわして、同時に調べ物をこなしているそうだ。



 俺にはまだまだ遠い話だな。

 というか、魔法使いってけっこう不遇じゃないかな。

 イライラしそう。


「その、問題を解くのってけっこう億劫おっくうじゃないですか?」


「んん……確かに、クラン・クランの魔法仕様は傭兵プレイヤーの間でも不評だけど、わたしは楽しいかな? たまに学校のテスト範囲の問題も出てきたりするし、知らない知識を増やすいい機会になるかなって事でやってます」


 小さくガッツポーズを取るシズクさん。

 真面目な子なんだなぁ。



「俺にはできそうにないや、めんどくさくなっちゃいそう」


「ベータテスト当初は不満が殺到したけどね?」


 シズクさんとの魔法談義に、分け知り顔といった風情で夕輝ゆうき晃夜こうやが会話に入ってくる。


「早い話が、遠距離ぶっぱは、魔法使いが頑張ってるゆえの特権だな」

「運営はどうやら、この仕様を変える気はないらしくてね」


「まぁ近接勢の俺らとしては、魔法使いにそれぐらいの手間をかけさせなきゃ、接近までにボコボコにされるしな」

「魔法使いまでの道のりを、ボクみたいな盾役タンクが阻むからね」



「魔法は失敗もするし、MPを無駄遣いもする。だが、その不確定要素に俺たちPTの命運がかかってると思うと面白いだろ?」

「成功した時の、してやったり感はけっこういいものだよ?」



「そうですよタロさん。知識の探求を怠る傭兵プレイヤーさんたちは、どうぞ前衛職になって突っ込んできてください。わたしが死滅させます」


 にっこりと杖を握りながら語るシズクさん。

 大人しい顔して、言ってることは怖かったりする。



「シズク! タロ! モフウサだ!」


 そんなやり取りをして数瞬、不意に最前列にいた夕輝ゆうきが警告を発する。


 夕輝の言う通り、わたあめに長い耳の生えた赤い瞳のモフウサが、水辺を移動する俺たちの上空をふわふわと浮遊していた。


 俺たちの頭上を交差すると、モフウサたちはこちらに気付いたようだ。

 その数、4匹。



『ミソラの森』ではせいぜい同時に出現するのが二匹だったのに対し、『湖都ことに沈む草原』ではどうやら、それ以上の数とエンカウントするらしい。


「タロとシズクは水の中に伏せろ!」


 晃夜こうやのアドバイスが飛んだと同時に、モフウサ達が魔法の鳴き声を合唱してきた。



『『『『ッピョピョンピョン!』』』』



 晃夜の言う通り、水中に急いでもぐる。


 モフウサが飛ばしてきた火球は、水中にぶつかるとジュボッと音を発し、その威力を弱めた。 

 だが、水中では上手く身動きが取れず、一発、俺の右足に被弾した。


 俺のHPが50 → 33 に減少。


 戦況を把握しようと、俺は水面から顔を出す。


「『アピール!』」


 夕輝が、左手に構える盾を剣で叩き、モフウサの注意を自分に引きつけるアビリティを発動した。


『キュイッ』


 ターゲットが夕輝に移った瞬間をねらって、晃夜が叫ぶ。


「『飛翔脚!』」


晃夜こうやはアビリティを発動して大きく跳躍ちょうやくし、空中をただようモフウサの一匹を殴って仕留めた。


 俺も晃夜に続こうと、一匹に狙いをつけて小太刀を抜き放ち、ジャンプしようとした。


 しかし、水底を蹴った足は、俺の身体を水辺から出すほどの威力はなく、「ザブン」と水面に波を発生させることしかできなかった。


 つまるところが、ひざまでは水面から出たのだが、それ以降は重力に従って湖面にダイブ。


「ぶべらッ」


 盛大に水しぶきをあげる俺の横で、シズクさんはすくっと立ち、杖を頭上に掲げた。


「『水よ、我が拳となりて脅威きょういを打ち砕け』」


 彼女が詠唱をし終え、数秒間。

 まだ魔法が発動しない。問題を解いているのだろうか。


『『ピョピョンピョン!』』


 二匹のモフウサが再び火球を放ち、夕輝へと猛威をふるう。

 盾で二球ともガードしているが、夕輝のHPは410から386に減少している。


『ピョピョンピョン!』


 さらにもう一匹のモフウサが、夕輝めがけて火の玉を飛ばす。

 夕輝はそれも何とか盾で受け、持ちこたえる。



「ウォータースプラッシュ!」


 ここでようやく、シズクさんの魔法が発動した。

 水が人間の拳のような形に変貌していき、その大きさなんと1メートル。

 水流の拳は、二匹のモフウサを殴りつけ消えていった。


 同時にモフウサも消滅。



 魔法、すげえ……。



 残るは一匹。

 

「『シールドブーメラン!』」


 夕輝がさらにアビリティを発揮し、盾をモフウサめがけて投擲した。

 弧を描くように旋回し、見事にモフウサへとヒットする。


 その衝撃でよろけたモフウサを、接近していた晃夜が殴りつけて倒した。



:『赤い瞳の石レッド・アイ』×2 ドロップしました:



「よし!」

「やったね」

「問題、解けてよかったぁ」


「……」



 俺、何もしていない。

 水遊びをしていただけだ。


 モフウサ相手なら『ミソラの森』で、ソロでも戦っていたから多少の自信はあったのだが……。


 フィールドが違うと、こうも戦闘の難易度が変わってくるとは。


「タロは無事みたいだな」


「少し、水から出ようか。ちょうど4人が座れそうな広さの地面があるし」


 夕輝の指さす方にはやや大きめの木が生えていた。

 周囲の地面は水に埋もれていなく、水中内とは違った草花が生い茂っていた。


 俺は三人の後をとぼとぼとついていく。

 先の戦闘で何の役にも立てず、ドロップアイテムだけ手に入れる。


 これじゃあ、ゆらちさんの言う通り寄生きせいだ。

 

 地面に腰を落ち着けると、晃夜こうやが不意に肩を叩いてくる。


「ん?」


「ほら、なにしょげてんだ。それより、あれ、採取できるんじゃないのか?」


 晃夜が指し示す場所、シズクさんの座っているすぐ横に、変わった植物が生えていた。

 

「おおっ」


 おれは急いで採取してみる。

 その植物は、花の代わりに白い綿毛がモクっとついている草だった。



:モクモク草を採取した:


 特徴的な外見だったので、俺はすぐさま『モクモク草』の説明欄を読む。



 モクモク草

【モフウサの好物。先端についている綿毛が時々、煙を発生させる】


 おおう。

 モクモク草は、あのモフウサの食べ物だったのか。

 

 モクモク草あるところにモフウサありってわけか。


「すんすん」


 しかも匂いがこれまたスーッとするミント系。

 頭の中も、胸につかえた思いも、スッキリしそうだ。

 


「ふふっ」


 不意にシズクさんがこちらを見ながら微笑した。

 晃夜こうや夕輝ゆうきもニヤニヤしている。


「うっ」


 つい夢中になってしまい、四つん這いでモクモク草を眺めていた自分の体勢に気付くのが遅れた。


「コイツ、おもしろいだろ」

「タロは本当に単純だよね」


 さっきまで落ち込んでいたかと思ったら、素材を見るや否や興奮する俺。

 さぞかし愉快に映っただろう。


「ユウやコウの言う通りね。タロさんが心の底からクラン・クランを楽しんでいるのが伝わってきて、こっちまで元気になるかな」


「ぐう」


 何も言い返せず、その場に座り込む。


 しばらく、森の中では笑い声が絶えなかった。



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