第3話

先生に初めて会ったのは五年前の夏休み最終日で、僕が小学三年の時だった。



虫取りから帰った僕は、当時飼っていた金魚が、水槽の水面のところでゆらゆら揺れているのを見て、金魚に何が起こったのか一瞬で理解した。


「あ、あ」


心臓の鼓動が一気に早まった感覚があった。


金魚は、明らかに夕日に照らされた部屋の中で異質だった。



自然と口の中に魚の生臭い味が蘇って、吐き気がした。


手は震えて、なんだか寒気もするようだった。


立っていられなくなって、部屋の隅、水槽の前でよろよろとしゃがみ込んだ。



両親は、日が沈みきって、僕が眠る頃にならないと帰ってこない。


それまで、僕はどう過ごせばいいんだろう。


僕はこの金魚を、どうすればいいんだろう。



それから少しした時には、僕は水槽を抱えてあぜ道を走っていた。


自分が知る限り、一番美しい場所へ、金魚のお墓を作ろうと思ったのだ。


ただ、水が溢れんばかりに入っていて思うように進めず、その上空の色は赤から澄んだ青へ移ってゆき、僕は泣いてしまった。


金魚掬いのお兄さんから特別にもらって、去年の夏から大切に育てていた金魚。


あぜ道の真ん中で、僕は死んだ金魚と一緒にうずくまって、音もなく泣いた。



大丈夫?



突然耳元で優しい声が響いた。


顔を上げると、そこには知らない顔があった。高校生か中学生くらいの女の子。


笑ってはいない。心配そうに、それでいて、自分も不安なのだと物語る表情だった。


「…ぁ、あの、きんぎょ、金ぎょが、うちでかってた金ぎょが、おはか、きょう、るすばんだったからぁ…」


そこまで言って今度はしゃくり上げた僕を見て、目を見開いてからなぜかその子は泣き出しそうな顔をした。



一緒に帰ろう。きっと向こうの集落から来たんでしょ。私も帰らないといけないんだ、きっと神様のお告げだ…



そう言って水槽を抱え、ぎこちない笑顔を浮かべて僕の方を振り返った。



歩ける?



僕は半袖の袖口で顔を拭き、頷いた。




これが、高校三年だった先生に初めて会った話である。


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