青森ドライビング
第9話・「じゃ、良い旅を」
高校二年生の文化祭で、私のクラスはねぶたを作った。生徒の提案ではない。担任の趣味だ。青森出身の老教師が受け持つクラスは、文化祭でねぶたを作る。
なかなかの横暴なので不服を垂れる生徒も一人や二人いるが、完成したねぶたは学校入り口の最も目立つ場所に設置されるし、文化祭当日は自由に歩き回れるし、反対していた生徒も波に押され熱に浮かされ『三年の内一回くらいいっか』という考えになるしで、まぁ、毎年の恒例である。
私も高校二年生時にその教師が担任となり、文化祭の出し物も自動的に決まったが、私自身はその恒例行事にキチンと参加できなかった。
当時はテニス部に精を出しすぎていたからだ。『文化祭の出し物を作るので』と言って練習をしないなんてありえなかった。少なくとも父に強制され、顧問に期待されていた私にしてみれば、ありえなかった。
結局、私はねぶたの骨組み一本触ることなく、その完成形だけを知る。山月記をモチーフにした、虎と、男のねぶた。
文化祭の前日、部活終わり、クラスメイト達が楽しそうにそれを運んでいる姿を見た。茶化し合いながら、笑い合いながら、讃え合いながら。
少し離れていたけれど、無骨ではあったけど、それは堂々たる風貌で夕日の赤を受け止め、跳ね返していた。
青春と名付けられた絵を見ている気分だった。
その光景が今でも、目を瞑るとふと、蘇る。
×
「ふーん、妹ちゃんと旅行ねぇ」
大学三年生。そろそろ一生ものの親友がいてもおかしくない年齢だが、単独行動好きが高じて“親しい”と言える友人はいない。その代わりなのかなんなのか、なんとなく思考が似通っている、“気の合う”友人は同じゼミにできた。
彼女は
「うん。離れ離れになる前にたくさん思い出作りたいんだ」
「いーじゃん。私は嫌だけど」
「ズバッと言うな。だから友達いないんだよ」
「いないんじゃなくていらないの。旅なんて一人で堪能してナンボでしょ。でもまぁ、妹くらいになると気にならないもんなのかね。一心同体的な」
「いーこと言うじゃん」
「まっ私兄妹いないからわからんけど」
「締まらないなぁ〜」
ベトナムに行くと言っていつの間にか消えていた来栖がいつの間にか帰ってきて大学のラウンジでだらしなく伸びていたので、挨拶がてらの雑談を交わす。
「そんでさ、もともと今月は一人で青森行く予定だったんだ」
「青森? りんごとニンニク食いに行くの?」
「食べ物も楽しみだけど、ねぶた、見たくて」
「ふーん」
「でもさ、この旅、妹も連れて行っていいのかなぁって。完全に個人的な理由だし。まぁ妹も今年ねぶた作ることになるだろうから、無関係とまでは言えないんだけど……」
「ふーん?」
来栖からしてみればなんのこっちゃだろうが、楓の今年の担任は、文化祭でねぶたを作る例の老教師だ。だから予習といえば聞こえはいいだろうけど、ありがた迷惑だったらどうしよう……。
「やっぱ青森は私一人で行って、楓とは別のところ行った方がいいのかなぁ」
「わからん」
「だよねー」
「何に悩んでるのかがわからん」
スマホをいじりながら来栖がポツリと、言う。
「……え?」
覗き見すると、無数の風景が詰め込まれた写真フォルダを見ているらしい。
「妹ちゃん自身が、どこでもいいから一緒に行きたいって言ったんでしょ? ならアンタのエゴに付き合いたいってことじゃん。好きに連れ回してやりなよ」
「……ふむ」
言い返せなかった。ただ、誰かに言って欲しかったことをストレートに言われてしまって恥ずかしかった。
「じゃ、良い旅を」
来栖は言うと立ち上がり、自販機にでも行くような足取りで去って行く。この感じで消えて、翌日海外にいた去年の事件を思い出した。
「待って。今日のお礼になんかお土産買ってきてあげる。何がいい?」
「いらない。旅先の土産売り場で相手のこと考えるとか、なんか友達みたいだし」
「捻くれ屋」
「言ってなシスコン」
それからは振り返りもせず、人混みに飲まれて薄れていく来栖の背中。
私は優しい風に背中を押されたような気持ちになり、その夜、楓に行き先を告げた。
姉妹、この幸せな旅が終わっても。 燈外町 猶 @Toutoma
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