第8話・「今日はありがと」

 なんやかんやで山下公園を歩き尽くし、氷川丸やマリンタワーもぼんやり眺めたところで、約束通り美味しいものを食べに動く。

 横浜の美味しいところ。すなわち、中華街である。横浜観光で行くところに悩んだらとりあえず行ってみるといい。楽しいし、美味しい。財布とテンションとは要相談だけど。

「お姉ちゃん」

「んー?」

「あれ、行ったことある?」

「っ!!!!!!」

 私は横浜知ったかをまだまだ発揮したいので意気揚々と裏道小道を駆使していた。そろそろ中華街に辿り着くといったところで、楓が指をさす。

「ダメ、楓、見ちゃダメ」

「? 幸せのパンケーキだって。……美味しそう……」

 しくじった……楓のスイーツ好きを甘く見ていた……スイーツだけに……!! まさかこんなところでもセンサーが発動するなんて!

「あはは、美味しそうだね〜」

 知っているどころか二、三回入ったことがある。そりゃあもう、美味しい。硬い生地のパンケーキが好きな人は敬遠するべきだろうけど、あのふわふわ、ふわっっっっふわふにゅふにゅの蕩ける食感……生クリームの暴力……色とりどりのフルーツ……一度食べたら何度でもリピートしたくなる魔力がある。

 だけど、だけどね、今日の目的は! 主役は中華だから!

「あっ、結構並んでる」

「だね! 並んでるし今度にしよっか!」

「パンケーキ……」

 店外で蠢く人だかり。今から受付しても相当待つのは間違いないだろう。

「わぁ、可愛い」

「……う、うん」

 お店の窓ガラスに近寄った楓は、吊るされたハンモック型の椅子に目を奪われていた。内装は白を基調としていて清潔感があり、シンプルでおしゃれな装飾が気分まで高めてくれる。

 それにここのお水美味しいんだよね……いろんな種類の果物がブレンドされててさ……って違う違う。

「ほら、甘いものならさっきもクレープ食べたでしょ?」

「甘いものは、いつ何回食べても良いって私の辞書に書いてある」

「でもせっかく中華街来たんだし……」

「中華はなぁ、クックドゥでも美味しいしなぁ」

「おバカ! 確かにクックドゥの中華はどれも美味しい! でもね、中華料理の真髄はその火力! 家庭用コンロでは出せない火力、そう、家庭用フライパンでは受けきれない火力を、中華鍋という専用装備を本場のシェフが扱うことでその美味しさは最大限に達するの!」

「……へぇ、20分もかけて焼き上げるんだ……すごぉい」

「幸せのパンケーキのホームページ見てないで私の力説聞いてよ楓!」

 ダメだ……こうなったら目の前の甘味を摂取するまで楓は私を見てもくれない……わかってる……けど! 私だって! 楓に美味しい中華を食べて欲しくて! 誰にも紹介してないおすすめのお店に連れて行くと決めていたんだから!

 私の舌も糖分を摂取したくなってる気がするけど、絶対諦めないんだから!!


×


 ふわふわのパンケーキ、うんまぁ〜。

 あとほっぺた落っこちそうな楓、かわいぃ〜。


×


「我が家はどっち?」

「あっちの方かな〜」

「ふーん、ゴミゴミしてるねぇ」

「同じ横浜でもあっち側は海も山もないしねぇ。川はあるけどビル群で隠れてるし」

 結局。

 一時間半並んだあと、二十分待って幸せのパンケーキを食べたので、予定は大幅に狂ってしまった。

 日も暮れてきたのでコスモワールドに戻り、三十分並んでから大観覧車・コスモクロック21に乗り込み今に至る。

 家に帰る時間を考えれば、この旅の締めくくりだ。

「お姉ちゃん」

「なに」

「今日はありがと」

 正面に座っていた楓が隣に来て、とれていたバランスが崩れ、少し、ゴンドラが揺れた。思わず下を見てすくむ足。うーむ、私、もしや高所恐怖症か?

「ここら辺、結構詳しいと思ってたのに、行ったことないとこがたくさんあってびっくりした」

「それはよかった」

「それに、お姉ちゃんとなら、一緒に歩いてるだけでもこんなに楽しいんだって思って……幸せだった」

「パンケーキ食べてる時とどっちが幸せだった?」

「どっこいどっこい」

「それは大健闘だねぇ」

「嘘だよ。わかるでしょ」

「……まぁ、お姉ちゃんだからね」

 やられた。小癪な妹め。こんな感じで学校中の男女を虜にしているのだろうか。姉として懲らしめてやらねば。

「また来ようね」

「うん。冬にきたらさ、イルミネーションでもっと綺麗だよ」

「素敵」

 ひとしきり話した後、静かに、おとなしく、目を瞑った楓。冬ほどではないにせよ、今だってまずまずの絶景と言えるのに。でもまぁいいか、頬緩んでるし。

「今度来たときは、お姉ちゃんおすすめの中華屋さん、連れてってね」

「え〜どーしよっかな〜」

 しばらく含み笑いを浮かべた後にそう答えると、楓は慌てて目を開く。

「えっダメ、なの……?」

「嘘だよ。わかるでしょ」

「……やられた」

 ふふん。髪を触って照れを誤魔化す楓に満足しつつ、姉の矜持とは、と良心の呵責にちょぴっと苛まれた。

「ねぇ、来月はどこにいくの?」

 一周した観覧車が地上に近づき、最初の旅の終わりを知らせる。楓もそれを察したのか、私にを問うた。

「たぶん、私よりも楓が楽しめる場所」

「どこ、だろ」


×


「お姉ちゃん! すごい! 見てみて!」

「う、うん……」

「も〜テンション低い〜!」

 楓が高すぎるのでは、と、言い返すことすら憚れる。

 事実、私はまだ、十分前のダメージが抜けていない。

「ねぶた仕様のステンドグラスだよ!」

「すごい、ねぇ……」

 やってきたのは東北地方は青森県青森空港。

 遠路はるばるやってきたさ、私だってテンション上げたいさ! でもまさか……自分がこんなにも高所恐怖症だなんて……思いもしなかったのさ……!!

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