第7話・「……美味しかったら許す」

「いよいよ有名な観光名所に来たよ、楓」

「遠足で何回か来たけど……あんまり印象ないんだよね」

 山下公園。言わずと知れた横浜の名所。じゃあ山下公園に『何』があると聞かれて、迷わず『何』かを答えられる人はごく少数だろう。

 だって、特に何もないもん。

「すごい、カップルの見本市みたいだねお姉ちゃん」

 あると言えばこの景色。大海原をのぞむ等間隔に設置された白いベンチを、カップル達が埋め尽くしている。

 京都の鴨川沿いもかくやと言わんばかりのリア充オーラに満ち満ちていた。

「すごい……言い様だねぇ」

 色気のないリアクションは予想通りではあるけれど、姉としては『私もいつか……大切な人と……』って頬を赤らめる楓も見てみたかった。

「楓? 疲れた?」

「何言ってるの。せっかくだし座んなきゃ」

 波打つ海岸を歩いていると突然、唯一空いていたベンチへ颯爽と駆け出した楓。私を手招いて無邪気に笑う。

「こうしてれば私達もカップルに見えるかなぁ」

 隣に座った私の腕を両腕で抱いた楓は、コテンと首を傾げ私の肩に預けた。

「似てるからなぁ……仲良し姉妹止まりじゃない?」

「事実だけど……もう一声欲しいけど……悪くはないかな」

「それはよかった。で、どう? 普段はカップルに独占されてる山下公園からの景色は」

 今日の海は凪いでいて、カモメが心地良さそうに波や風で揺れている。水面で反射された太陽光は、季節違いのイルミネーションとして燦々と煌めいている。

「悪くないね、でも勿体無い」

「ほほう、その心は」

「だって、隣ばっか見ちゃうに決まってるじゃん。横目に置いとくには、勿体無い」

 隣り合って座りながら、至近距離で見つめ合いながら、楓は照れもせずに言った。思わずこっちの頬が熱くなる。共感性羞恥で。

「はい。じゃあカップルごっこもできたところで行きますよ〜」

 私が立ち上がると、組んだ腕を離さないように楓もそのまま着いて来る。

「ごっこじゃないもん」


×


「じゃあお姉ちゃん、撮るよー!」

「はいはい……」

 港の見える丘公園までやってきた。また冗談みたいな名前だと楓が揶揄からかっていたけれど、その内観と景色はとても良い。

 階段を使うとまずまずの運動量になるが、花々や樹々の間を緩慢に歩くのは、海辺とはまた違った心地よさがある。

 特に展望台は(文字通り)横浜港やベイブリッジを一望できて爽快だ。なんて私がひたっていると、「一枚、ね、一枚だけ」とおねだりモードになった楓。

 渋々承諾し、風景を背に写真を撮られた。撮影監督の楓は厳しい。なんとも自然なポーズがいいらしく、ピースを作ることも許してくれなかった。(指ハートを作ってウィンクしたら『二度とやんないで』と怒られた。なんで。)

「どう? いいでしょ」

「うん……なんか……すごいね……」

 カメラ目線ではなく、ポーズもない。しかも背景がボケて(なんのためのロケーションだ)ポートレートのようになっていてハイパー気取ってる写真……。非常に恥ずかしいが、これで楓のテンションが上がるなら受け入れよう。

「じゃあ次は、楓の番ね」

「えっ……うん、まぁ、しょうがないか。一枚だけだよ?」

「ダメ」

「ダメ!?」

「お姉ちゃん権限」

「お姉ちゃん権限!?」

 さて、今度は私のテンションを上げる番だ。撮っていいのは撮られる覚悟がある者だけ。よく覚えておきなさい妹よ。


×


「ヨシ」

「全然ヨシじゃないよ! なんで私ばっかりあんなに撮られないといけないの」

「いーじゃん。楓だって途中からノリノリだったし」

「ノリノリじゃない!」

 展望台はもちろん、薔薇園や西洋館の前でも散々、私の指定したポーズで大量の写真を撮影。『渋々』を具現化したような楓が可愛すぎてシャッター音が鳴り止まなかった。

「これから美味しいご飯だから。ね、許して楓」

 少し後ろを歩いていた楓に近づき、今度は私から腕を組むと、あっという間に言葉から棘が抜け落ちる。

「……美味しかったら許す」

 はいチョロ……大変素直で大変よろしい!

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