第6話・「ふくれっ面の楓も可愛いねぇ」
「お姉ちゃんはいらないの?」
「丸々は大丈夫。一口ちょうだい」
クレープを買いに
「じゃあはい、あーん」
「ん」
「あははっ一口がでっかいなぁ!」
「ん~ベリーデリシャス」
目的の品(チョコバナナクレープ)を手に外へ出て、赤レンガ倉庫へと向かう。我が妹の笑いのツボが浅すぎて可愛い。
新港サークルウォーク、という妙に大きい円形の歩道橋を使うことで長い信号をスキップして歩いて行けば、潮風が海の匂いを乗せて、私達の頬を優しく撫でる。
赤レンガ倉庫の中にも美味しい食べ物屋さんはたくさんあるけれど全てスルーして、海岸沿いまでやってきた。
「ついた」
「ついたねー」
柵に持たれて、遠くを見やる。ただ、ぼぅっと。波とか、鳥とか、船とか、そこにある何かを、ただ、眺める、意味は考えない。過去も、未来も考えない。眼の前の景色を、ただ、受け取る。
「っ」
近くで汽笛の音がして、不意に現実へ引き戻された。隣にいる楓は、さっきまでの私と同じ体勢で、たぶん同じ瞳をしている。深く、深く、ここじゃないどこかへ想いを馳せているのだろう。
「あっ、撮った?」
「なんのこと?」
楓の横顔をスマホに納めると、特徴的なシャッター音に気づかれ、詰められる。
「ずるい。私もお姉ちゃん撮っていい?」
「今日はお洒落してないからダメ」
「してなくっても可愛いもん。ほら、こっち見て」
「ちょ、ま、わかった。二人で撮ろう、ね、こっちおいで」
赤レンガ倉庫の岸辺でピンショットを撮られる……別に大したことじゃなかろうに、何故かとんでもない気恥ずかしさに見舞われた。
「むぅ」
「ふくれっ面の楓も可愛いねぇ」
左手で楓を抱き、右手を目一杯伸ばして自撮りを試みる。悪くない写真だけれど、せっかくならもっとしっかり背景が見えるようにしたい。ブームになったとき鼻で笑っていた『自撮り棒』の購入をこっそり検討した。
×
それから象の鼻パークなる公園を横断し、大さん橋へ。基本的に景色が大きく変わるわけではないけれど、近代的な建物に日々を囲まれていると、海辺を歩くだけでも十分癒やしがある。少なくとも私は。楓はどうかな、と思って視線を向けると、ずっとこちらを見ていたらしく、照れ笑いを浮かべた。
「問題です。今歩いている大さん橋の屋上広場は、どんな愛称で呼ばれているでしょう」
「えっなんだろ……木で出来てるから……木造船?」
あぁ……この感じ……この感じを求めていた……この……可愛げの欠片もない回答……たまらない……!
「ねぇニヤニヤしてないで。正解は?」
「くじらのせなか」
「へ?」
「だーかーらー、くじらのせなか」
「……象の鼻だのくじらのせなかだの……横浜ってもしかしてネーミングセンスな「いやぁわかりやすくて可愛らしくって最高のネーミングセンスだよね! 楓!」
「……ふふっそうだね」
そんな、他愛ない話してケラケラと笑いながら突き当りまで歩くと、観光望遠鏡が設置されている。一回百円で随分遠くまで見えるらしい。具体的な数字は知らない。
「覗いてみる?」
「やらない。子供じゃないし」
そんな子供じみた答えになんだか嬉しくなって、私は楓の頭を撫で回した。だって楓はまだまだ、子供でいていいんだから。私の前でくらい、ずっとそうやって甘えていればいい。
「なに? なんで?」
なんて慌てながらも全く抵抗しない楓を、より一層愛おしく思った。
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