桜木町ストロール

第4話・「ごめん楓、引き返します」

「寒くない? 平気?」

「大丈夫。でも手は離さないでね」

「はいはい」

 四月。考えてみると、こんなに中途半端な季節はない。冬並みに寒い日があれば夏並みに暑い日もある。私の考える旅行先やアクティビティには適さないと判断し、まずは近場で楽しむことを決めた。

 そうしてやってきたのは、桜木町。

「お姉ちゃんとこうやって歩くの、なんだか久しぶりだね」

「そうだね」

 久しぶり、というか、もしかすると初めてかもしれない。少なくともここ最近、こうして楓と手を繋いで出掛けた記憶はない。

 横浜駅に降り立ち、東口に向かって進む。

 海外の方はよく勘違いしてしまうらしいが、横浜観光をしようとして横浜駅に来たところで、基本、何もない。もちろんショッピングとかご飯とか簡単な遊びなら十分事足りるけれど、それくらいなら他のどこでも代用できるだろう。

例えば歴史が長く映えスポットしても有名な赤レンガ倉庫に行きたいなら『桜木町駅』とか、『馬車道駅』とかその辺で降りた方がずっと近いし、中華街に行きたいならその名の通り『元町・中華街駅』で降りたらすぐだ。

 しかし、今日の目的は観光というよりも、散策。

 ただひらすらに歩いてお腹を空かし、中華街で美味しいものを食べて帰る。大まかな目的はそれだけの散歩。

 横浜駅に降りれば、先に挙げた観光地へ徒歩で行くなど造作もない。多少の土地勘は必要だろうが、生まれてから二十年横浜で育っている私からしてみれば、目を瞑って小走りしてでも目的地にたどり着ける自信がある。

「お姉ちゃんは桜木町、よく来るの?」

「職場がこの辺だから、ちょくちょくはね」

「遊びには? 誰かと遊びに来たりしないの?」

「ないねぇ。私が一人行動好きなの、知ってるでしょ」

「うん。……良かった」

 何に安堵しているのかわからないけれど、私としてはあまり良くない。誘ってくれる友人や同僚がいないわけじゃない。ただ、どうしても気後れしてしまって、二言返事で断ってしまうのだ。

 私にとって『遊び』とは、自由でなければならない。立ち止まりたいときに立ち止まり、食べたいときに食べ、帰りたいときに帰る。そういった全てを気にしなくていい友人がいないことを、私は嘆くべきだろう。

「……あれ?」

「? どうかした?」

 心の奥から、自慢げな私の声が聞こえてきた。『目を瞑って小走りしてでも目的地にたどり着ける自信がある。』途端に頬が熱く染まっていく。

「あれ、ここ、工事中か、こっちからは……今は……いけないのか」

「ふふっ自信たっぷりな足取りだったのに」

 だ……ダサすぎる……! そう、横浜は知り尽くしたと思ったときが一番危険なのだ。なぜなら、横浜は常に変化する。いつもどこかで工事をしている。今まで通れなかった場所が突然開かれたり、繋がっていた道が閉ざされたりを平気でするのだ!

 あー恥ずかちぃ。

「ごめん楓、引き返します」

「いいよ。お姉ちゃんと一緒にいられる時間が増えて、むしろラッキー」

「……あとでクレープ買ってあげる」

「やった」

 あの日から、楓のデレデレ具合は留まることを知らない。私に対してだけじゃない。父や母ともよく話すようになった。柏木曰く部活中は以前とそこまで変わらないらしいから……変に無理をさせてしまっていないか心配だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る