第3話・「それで? 旅ってどこに行くの?」

「それで? 旅ってどこに行くの?」

 夕飯を食べ、風呂から出てきた楓はノックもせずに私の部屋へズカズカ入ってくると、開口一番そう訪ねた。

「楓はどっか行きたいところある?」

「話が違う。お姉ちゃんが言ったんでしょ、『全部』って。私はその詳細を聞きに来たの」

「うぐ……」

 流石は楓……あんな泣きじゃくっていたのに、しっかり覚えていたなんて……。

 正直、私だって昨日は感傷的だった。とにかく言葉を発して、マイナスな心持ちをなんとかしたかった。だから『旅』も、『全部』も、楓が忘れていたならそれでいいと思っていた。でも……。

「教えて。どこに行くの? 二人だけで」

 楓の瞳が爛々と輝いている。勉強机から離れベッドに逃げた私へ、「ねぇ、ねぇ」と執拗に追いかけてきて、腕を組んで甘えてくる始末……。

 こりゃあ有言実行、するしかないかぁ……。

「覚悟は、ある?」

「なんの?」

 まぁいい。一旦脅してみよう。

「言っておくけど、旅って一回だけじゃないから。私、行きたいところたくさんあるんだ。でも来年からは……というか本当は今年から頑張らないといけないんだけど……とにかく、来年からはもう、そんなに時間はとれなくなる。だからこの一年、旅行し尽くす。日本全国津々浦々行きまくって、アクティビティで遊び尽くす。そんな旅。本当に行く?」

「行く」

「答えるの早いって。もっと真剣に考えな? 楓には部活もあるし受験もあるでしょ」

 発案者が何言ってんだって感じだけど。だけど、だけど。

高校生としてするべきことを頑張って欲しいという気持ちと、二人でありったけの思い出を作りたいという気持ち、どちらも本心だ。

私と楓は、一年後には、離れ離れになるのだから。

「私は――」

 一応、年上としての威厳を目一杯込めた私の視線に怯むことなく、楓は真っ直ぐに見つめ返して答える。

「――不確定な『未来』なんかより、お姉ちゃんとの『今』が大事だから。それ以外は、全部どうでもいい」

「……そ」

「……お姉ちゃん? 怒ったの? ねぇ、なんでこっち見てくれないの?」

「怒ってないから。ほんとに」

「じゃあこっち見てよ、ねぇ、お姉ちゃんってば」

 浮かれるな私! 姉の威厳! シャキッとせんかい!

「ん、じゃあとりあえず来月の予定決まったら教える」

「? なんでそんなにニヤニヤしてるの?」

 くっ……表情筋の鍛錬が足りない……!

「楓の方こそテンション上げちゃって。可愛い奴め」

「当たり前じゃん。お姉ちゃんとたくさん旅行できるんだよ? 嬉しくないわけない」

 ダメだこのシスコン……早くなんとかしないと私もダメになる……!

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