第2話・「楓は全学年の男女全員から告られる勢いです」

 三月。自転車で風を切ると身震いするほどには、未だ、肌寒い。来月から楓は高校二年生で、私は大学三年生と、互いに多忙な時期に突入する。そんなタイミングであんな話を切り出した両親に憤りを覚えるも、ため息とともに、仕方ないか、という気持ちが零れた。

 もう、ずっと限界だった。このままでは本当に、事件沙汰になってもおかしくなかった。ああいう決着でしか、二人共、心の平穏を保てないんだろう。親だって、大人だって、人間なのだから、仕方ない。

 一年という猶予をくれたのは、間違いなく私達のためだ。そこは感謝だけれど、釈然としない部分もある。私達の存在は両親にとってかすがいではなく、棘付きの枷だったのかな、と。

柏木かしわぎ、ちょっと」

「はい!」

 テニス部の面々が丁度お昼休みに入ったタイミングで、私は母校のテニスコートに到着した。

 ただOGが遊びに来たわけではない。学校から正式なコーチとして雇われている。私は私でインターン優先のため不定期なのが申し訳ないけど。顧問が素人同然なのに、私達の代で成果を出し過ぎてしまったことが主な原因だ。

 始まってしまった強豪校という歴史に対して、存続させる義務は卒業したあとも続くらしい。

美皓みしろ先輩、おはようございます!」

和やかに談笑しているところ悪いと思いつつ、楓の先輩であり、私の後輩であり、次期部長の柏木を呼び出す。

「ん、おはよ。ねぇ、今までさ、こういう話しなかったんだけど……」

「な、なんですか? あっ! やっぱり私には部長の座は重いとかそういう」

「楓は、モテるかね」

「…………はぁ~」

「へいへーい。先輩、今となってはコーチに向かってそんな顔しないの」

 至極真剣に問うた私に対して、辟易をそのまま表情に押し出した柏木。

「モテますよ。ともすれば、美皓先輩よりも」

「うっそマジで? 私、同じ学年の男子全員から告られたんだけど?」

「楓は全学年の男女全員から告られる勢いです。なんでも、ミステリアスな雰囲気がたまらないとか……」

「かぁ~。流石私の妹だねぇ~」

 たぶん、人付き合いが苦手なだけだと思うけど。楓は買い物したり遊びに行くよりも、ゲームしたりアニメ観たりが好きなタイプだし。

「本当に。そういう不遜なところとかそっくりです」

 入部したての時はヘコヘコしていたというのに、私の冗談を冗談で返せるようになっているとは……柏木、成長したなぁ。

 じゃ、なくて。

 少なくとも、学校で浮いているということはなさそうだ。家庭内の不満なんかは、学校とかで発散させるのが一番だと思う。だから、そういう話を受け止めてくれる友達や恋人が楓にいてくれたらいいんだけど……。

「ちなみに、楓が入部したての頃、同じ質問を散々されましたよ。『お姉ちゃんはモテましたか?』って」

「なんて答えたの?」

「『少なくとも、私は今でも大好きだよ』と」

「もーなんでそういう……こじれること言うかなぁ!」

 そういえば楓のシスコンっぷりが加速したの……高校生になってからだったかも。

「現役時代、散々振り回してくれたお礼ですよ」

 可愛くウィンクなんてしてみせて、柏木は部員の集まりへと戻っていく。はぁ……成長し過ぎだよ高校生……。

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