姉妹、この幸せな旅が終わっても。

燈外町 猶

プロローグ

第1話・「そう、旅。私と、二人だけで」

「嫌だ、嫌だよお姉ちゃん。離れ離れなんて……絶対に嫌だ……」

 かえでが、私の胸で縋るように泣きじゃくっている。普段、わがままなんて言わない。どころか、自分の感情を表に出そうとしない楓が、体を震わせて、涙を流して、懇願している。

「ねぇ、楓」

 こうして楓の背中をるのは何度目だろう。私達が小さい頃からだ。両親が声を荒らげて喧嘩をする度に、二人でこうして、隠れるように寄り添いあった。

「……なに」

 熱のこもった布団の中に、くぐもった声が不機嫌そうに響いた。

「旅に出ようか」

「…………旅?」

 悲しみに暮れていた涙声は、すっとんきょうな疑問符が付くだけで随分可愛らしく聞こえる。

「そう、旅。私と、二人だけで」

「……どこに?」

「全部」

「ぜん、ぶ?」

 私が、家族で、行きたかったところ、全部。

 楓と、私と、お母さんと、お父さん。四人で、行きたかったところ。

 だけどそれを伝えるのは、あまりにも残酷だろう。もう、叶わないとわかってしまったのだから。

「今日はもう寝な? ずっと傍にいるから」

「……うん」

 そんな体勢では寝づらいだろうに。楓は私の腰に回した手にありったけの力を込めて、沈むように眠りについた。


×


 朝、目覚めてすぐにフラッシュバックする父の言葉。

『話がある』

 その一声でリビングに集められてからは早かった。両親は既に離婚届へのサインを済ましており、あとは役所に提出するだけ。今日から丁度一年後までに、母はこの家を出ていく。それを踏まえて、二人はどうするか。

 まるで台本が用意されていたかのように、しんしんと降り積もっていく、一方的な話。変えられない現実。

『私は、お母さんと一緒にこの家を出るよ』

『……お姉ちゃん……?』

 私が発言すると同時に、楓は涙を浮かべて両親を睨みつけた。彼女は賢い。全部、わかってしまったんだ。

 どんな理由があろうとも、私は母を一人になんて出来ない。だから私は母に付いていく。けれど、経済面を鑑みれば楓は父の元に残るべき。そこまで察するのは、楓にとって容易かったのだろう。そしてそんな状況下で、それでもわがままを言えない優しい楓は、どれだけ傷ついたのだろう。

「……お姉ちゃん」

「おはよ。時間大丈夫? 部活、遅刻しちゃうよ」

「親の離婚話聞いた翌日なんだし、サボったって怒られないよ」

 頭をかきながら気だるげにそう答える姿に感服した。一夜でメッキを張り直すとは。流石は楓だ。

「そういう日だからこそ、思いっきり体動かして、友達とたくさん喋ってくるんだよ。私も午後から、コーチとしていくから」

「ふぅん、お姉ちゃん来るんだ。じゃあ行こ」

「……」

 この……ぶっきらぼうなのにふとしたタイミングでデレを隠そうともしないの……ずるいと思うんだけど……!

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