第20話
病床四百もの大病院のセントソルテホスピタルはもちろん医師の数も多い。一度会議が始まると止まらない。会議自体はつい先ほど終了したが、今日も気付けば深夜を回っていた。まぁ会議というのは名目上で途中からは決まって要望や愚痴が始まる。
グレンは頭を抱え、引き出しから鎮痛剤を取り出すとそれを口に放り込んだ。水を含み飲み干したが、噛み砕いてしまいそうな勢いだ。
「まったく頭の痛い話ばかりだ」
備品が足りない、新しい器具が欲しいなどはかわいい要望だ。手術が多いや、患者が持ちきれないなどはすぐにどうこうできる問題ではない。また移植の数を増やしたいなど言われると向上心は誉められるが、臓器の確保はそうやすやすとできるはずがない。
「こっちも苦労しているんだがな」
特に心臓は夜雨は持ってこない。各国に人員は配置しているがそう簡単には手に入らない。また憎らしい事に殺しの腕も技術の鮮やかさも夜雨の右に出る者はいなかった。
「ホント手の焼ける男だよ」
とにかく持ってこないのは仕方ない。研究チームに一存しようと思うと今度はキャパオーバーだといわれる。
「院長になんてなるもんじゃない」
上になればなるほど責任が重くなっていく。出来る事なら変わって欲しいがそうもいかない。
「まったく、上に登りつめたい奴の気が知れんな。やれやれ、老体に夜勤はつらいな」
ため息混じりにそうつぶやいた時、内線電話が鳴り響いた。こんな夜中にどうしたのだというんだ?
「ハイ」
内線電話の相手は当直のドクターだった。
『院長、大変です! ドレークさんが……!』
先程までの頭痛はどこへやら、グレンの目が厳しいものに変わる。
「すぐ行く」
そう短く言うとグレンは院長室を足早に後にした。
スクロはフリン不動産の前にいた。ガロンが大事な物を隠すとしたらこの建物のどこかだろう。
「よし」
意を決して建物の中に入ろうとしたその時。
「ああ、待って待って! ここ立ち入り禁止なの」
それはクセのあるダークブラウンの長い髪の女性、アンジェラ・シャーリーだった。スクロは思わず顔を引きつらせた。聞き覚えのある声、さっき地下室に夜雨といっしょにいた警察官だ。少し先には姿さえ見えてはいないが赤い小さな光とかすかにあがる煙。もう一人が影でタバコを吸っているようだった。
「ダメだよ、こんな夜中に出歩いてちゃ! ご両親は? 君いくつ?」
慌ててスクロは表情を柔らかい物へと変え愛想笑いをした。
「え、えっと……ちょっと外の空気を吸いたくて……」
我ながら苦しい言い訳に、はははと、いう渇いた笑いで誤魔化した。
「おうちはど……」
アンジェラがスクロの肩に手をかけたその時だった、フリン不動産が大きな音を立てて爆発した。
「嘘……!」
アンジェラとスクロは驚き黒煙と炎の立ち上がる不動産屋を見上げた。
「消火!」
走ってきたもう一人の見るからに怖い顔の男が待機していて無線を受けていた消防士に指示を送った。
「大変です、テムズ川でも爆発だそうです!」
「なに!」
ホースから水が放たれるが火は強くなるばかりだ。これでは肝心の証拠は諦めるしかない。遠くでサイレンが鳴り響いている。もうすぐここにいろんなものが集まる。
もしかしたら彼らは回してはいけない者を敵に回してしまったのかもしれない。
スクロはフードをかぶり見つからないように闇に身を包むとアンジェラたちから離れて行った。
消火をしながら消防士がスミルに聞いた。
「テロでしょうか?」
「わからん」
彼らには緊急に出動してもらった。それも上からではなくあの男の指示で。
「まるでこうなることを予想していたようですね」
アンジェラがもう一台の消防車を誘導し持ち場に戻り黒煙と火柱を上げ燃えるフリン不動産を見上げた。
「……んなことあってたまるか!」
警察よりも先を読むなどもってのほかだ。スミルは悔しさを隠さず、吐き捨てるように言った。
「そうだ、君も早く帰って……ってあれ? さっきの男の子は?」
アンジェラが振り返るとそこには先ほどの少年の姿は無くなっていた。炎はますます上がりやがて建物全てを飲み込んで行った。そのままフリン不動産は燃え続け、明け方近くに鎮火した。
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