第15話
夕方、棗はナンの経過とホリーのケアのためいつも以上に長く診察をしていた。
ロビーでは数人の患者が夕食を済ませてニュースを見てた。今日の為替の結果、一日に起こった事件。先日の爆破された公園の瓦礫の撤去。銀行強盗に水道管の破裂。郊外で逃げ出した羊のニュース、まだ数匹捕まっていない。トレンド、エンタメ、臨時国会に天気予報……どれも特にガロンに関わるものではなかった。
夜雨は棗の懐からスったスマホでスクロに連絡をとった。
ニコール目で電話に応対したスクロは棗からの電話なのに夜雨が出たことに驚いた。
『夜雨さん? え? え! なんで!』
どういうことか把握できないスクロを置き去りに夜雨は話を進めた。
「まぁ気にすんな。二、三教えてくれ、もう知ってるんだろ? 昼間の爆弾さわぎ」
電話の向こうで、ふふっと笑った声が聞こえた。
『夜雨さんには誤魔化しがききませんね。知ってます。夜雨さんのご期待に添えるかは分かりませんが少々良い情報持ってますよ?』
騒ぎに乗じて何かを得て来たようだ。
「いくらだ?」
『嫌だなぁ。金で動くとお思いで?』
少々演技がかった言い様にこちらも相当厄介なガキだと、夜雨が電話口で眉をひそめた。
『報酬は後日ご連絡いたしますよ。それより、急ぎでしょ? 棗さんの電話から僕にかけてくると言うことは』
話がはやい。こういうところが棗やアルバートがスクロを手放さない理由なのだろう。
「この間の話、誰がどうして病院のことを調べていたんだ? もしかしなくてもガロンじゃないだろう?」
『ええ』
当然のようにあっさりと言い切ったスクロは自分が知りうる事を話だした。
『男か女かもわかりません。ただ分かるのは政界や警察関係と繋がりを持つ有力者だと言う事だけです』
夜雨は壁に寄りかかるとスマホを持っている手に力を入れた。らしくなく緊張している。
「かわまわい」
雨上がりの月光のような目を夜雨はそっと閉じた。
『その人物は通称ホロウ。それ以上の事は分かりません。そのホロウが最近お熱なのがそちらの病院です。調べるにしてもかなりまずい相手です』
彼がそう言うのだ。かなりの危ない人物なのだろう。
『数ヶ月前からガロンはディスペラートという店に入り浸るようになりました。それがホロウがいる店です。昨夜もガロンは店に来ています。店は一見は入れないので、これはその筋から聞いた話です。そこで行われているのは賭博、薬の売買。そのほかご想像通り大きな声では言えない事ばかりです』
少しの沈黙。一見という事は誰かに紹介されれば入れる可能性があるということだ。スクロの思案が見て取れるようだった。
「行くなよ」
『はい?』
思いもよらない言葉にスクロの声が裏返る。
「だから、行くなよ。そんな店。振りじゃない、行くな」
最後は口調を荒めて夜雨は言った。
『でも……』
「でもも、なにもない。そこからしか情報が得られないわけじゃないんだ。行ったら、俺がお前をはっ倒す」
意外にも本気が電話から伝わってきたのでスクロは思わず気をつけをして、腹から声を出した。
『承知いたしました!』
ガロンがそこで爆弾の作り方を知った可能性は大だ。それにしてもホロウとはどんな人間なのだろうか?
「なんか他にそいつの特徴はないのか?」
再びの沈黙。早々にしっぽを掴ませないホロウという奴は相当のやり手なのだろう。
『そいつかはわかりませんが、すごい奴が現れたとその店の情報をくれた者から聞いたことがあります。二十代くらいの……確か……外国人? だとか。ホロウの可能性も捨てきれません。夜雨さん、ガロンは近いうちに必ず動きます。もし今日のような事態になったら……』
その続きはスクロは言わなかった。今日のような事態になったら、きっと一般人も巻き込むことになる。
「安心しろ、思い通りには動かしてやらんよ」
張っていた緊張が解ける瞬間だった。『まぁた、優しいんだから』と、笑ってくるスクロに夜雨は心底嫌そうに誰のこと言ってんだ? と呆れた返事を返した。
『それと、頼まれていた品ですが、病院に届けておきましたから後で確認しといてください』
「助かる」
電話の向こう側でため息が聞こえて来た。
『今後は勝手に人を窓口にしないでくださいよ?』
知らない人から電話が来て驚いたとスクロはぼやいて見せた。その年下とは思えない、言い聞かせるような口ぶりに夜雨は宥めるように言った。
「まぁ、そういうなって。さすがにアルバートのところだと遠すぎてな」
『報酬、期待していますよ、夜雨さん』
ハートマークを語尾にでもつけそうな、先ほどとは打って変わった子供のような声でスクロは言うと電話を切った。
「あいつ、容赦ねぇな……」
外国人と言う事はイギリス人ではないと言う事になる。まったく雲を掴むような話だ。
そのホロウとかいう人物からおそらくガロンは何か情報を得たのだろう。こちらに探りを入れる理由はなんだ? 標的は?
暗くなったスマホの画面に自分が映りこむ。それは亡霊のようにも見えた。脳裏に蘇るガロンが言ったと言う言葉。
“十二年前とある倉庫で起こった事件。”
スマホを強く握りしめた時、こちらに走ってくる足音に近づき顔を上げた。聴き慣れた足音の人物は血相を変えている。息を切らし現れたのは、もちろん棗だ。夜雨に握られている自分のスマホを見るなり息も絶え絶えに言った。
「お、おっま……! スリやがったな!」
夜雨の手からスマホを取り上げると中身を確認し始めた。パスワードかけてたのに……と、つぶやきが聞こえてくるのを口笛を吹いて無視をした。
「で、なんかわかったんか?」
スマホを白衣のポケットにしまい棗がまだ少しふてくされながら言った。
「なぁ、ホロウって聞いたことあるか?」
ないと言うように首を左右に振るのを見て、だよなぁと、考え込むように下を向いた。
「そいつが昼間の爆弾事件の仕立て役だったかもしれない」
ガロン一人ではグレンの正体に気づけるとは思えない。きっと主犯がいる、そいつがホロウと名乗る人物だとすると納得がいく。
「あいつは動くか?」
夜雨はポケットに両手を突っ込み壁に後頭部を預けると、棗を横目で見た。その立ち姿だけ見るとモデルと勘違いしそうになる。殺し屋にしとくのはもったいない。
「だろうなぁ」
どこか間延びしている言い方に、まるで猫のようだと思う。
「いつや?」
自分のスマホの画面を見る。液晶画面には日付と時間が表示されている。
「今日、何日か知ってるか?」
記念日か? と、つぶやきながら棗は夜雨と同じように液晶画面を見た。
十一月十三日。今日はガロンがイーストエンドにフリン不動産をオープンさせた記念すべき日でもあると同時に不吉な日。夜雨のニヤッと笑う顔はいやに妖艶だった。
「今夜だ」
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