第11話
昨夜の爆弾騒ぎから雑用係のクォートと連絡がつかない。昨日も確認のため電話をしたが奴は出なかった。
「捕まったな」
ガロンは持っていた携帯の通話記録から履歴を全て削除した。クォート一人いなくなったからといって何も困ることはない。が、いれば便利だ。欲しいのは自分に逆らわないロボットのような忠実な人間だ。
「また探せばいい」
しかしその間の雑用は誰にやらせようか? そんな時、携帯が震えた。表示画面は非通知、誰だかは一人しかいない。
「ハイ」
肉声とまざる機械音、声を変えている。
『順調ですか?』
機械音の混じる声の主は電話の向こうで笑っていた。
「順調だったのですが、手駒が一人消えました」
『そうですか、それは残念です』
昨日の出来事を思い出したガロンは一目もはばからず歯軋りをした。
『でも気をつけて下さい。身元がバレた以上、次に狙われるのはあなたかもしれない』
ガロンが目を見開き、しどろもどろになる。
「私が狙われる? まさか」
この私が? 思わずガロンは吐き捨てるようにつぶやいた。
『そうです。用心に越したことないと思いますよ? 強い味方をつけるんですよ。それさえいれば怖いことはない』
とても信じられない。自分が狙われるなど、どうして思うものか?
『あなたにはまだまだ私を楽しませて貰わないと困るんですよ』
しかし、せっかくの忠告を無下にすることもできない。
「わかりました」
そう言いガロンは電話を切った。
(強い者を味方につけろ、か)
自分が狙われるという事は考えたことがなかった。だが、昨夜の一件がある。ガロンは考えた。ことを起こす前に自分が殺されては元も子もない。ここは先手打っておいた方が良い。しかし、強い者とは一体? 自分の言うことをなんでも聞き、なおかつ強い者……
「ん?」
ガロンは懐から昨夜の貰った名刺を取り出した。一人いるじゃないか。言うことを聞き、なおかつ強い権力を持つ人物が。
「どうして一人で動いた!」
髪の毛はボサボサのまま昨日と同じ服装のアンジェラはスミルの前で憮然とした表情のまま目を明後日の方向へ向けて立っていた。
そんなアンジェラに腹を立てたスミルは自分のデスクを思いっきり叩いた。びくりと肩を震わせたアンジェラは角口をしたままスミルを見つめた。
「ですが……確証がなかったんですよ? でもなんとなくそんな気がし……」
「感だけで行動するな!」
再度スミルがデスクを叩き、アンジェラは背筋を伸ばし気を付けをした。
「はい!」
「いいか? 刑事なら証拠を持ってから相手に会いに行け! 後、一人では行くな! 単独行動は慎め! 以上」
少し膨れたまま何度か頷き、適当に頭を下げた。
「後、最低限の身だしなみは整えてこい」
「ふぁい……」
明らかに拗ねた子供だ。
「シャキッとしろ!」
大きな音を立てスミルが立ち上がったのを見たアンジェラは再び警察学校の生徒さながらに気をつけをし条件反射で敬礼までした。
「ハイィ!」
「ったく……こっちはただでさえ昨日の爆弾騒ぎで電話がうるさいってのに」
ニュースで報道されていた、深夜の公園での爆弾騒ぎ。幸にも怪我人はいなかった。別の部署ではひっきりなしに電話は鳴っている。しかしアンジェラ達の部署だけ電話はなっていない。
「あのスミルさん。なんでうちの部署だけ電話鳴ってないんです?」
しまったという顔をした上司は次の瞬間にはふんぞりかえり、
「うるさいから引っこ抜いた」
と、自慢げに抜き取った電話線を見せびらかした。
「ダメですって!」
急いでスミルから電話線を奪い取り、それを電話に接続した。途端、鳴り止まない着信音にアンジェラは黙ってゆっくりと上司に習い電話線を抜いた。
「これでお前も共犯な」
ニシシと人の悪そうな笑顔をしたスミルに、少々負けた気分で悔しいアンジェラは電話を新聞の下に隠した。その時、ジャケットのポケットに入れていたスマホが震えた。
「え?」
画面を見るとそこには知らない電話番号が表示されていた。
「もしもし?」
とりあえず電話に出ると聞こえて来たのは昨日聞いたものだった。
『昨日はどうも』
「あ……」
受話器に手を当て、アンジェラは叫んだ。
「スミルさん……!」
声の持ち主は昨夜アンジェラが一人で訪ねたフリン不動産のガロンだった。アンジェラはスマホをスピーカーに切り替えた。
『あれから一悶着ありまして、少し相談したいのですが…… もしお会いできるのならば明日など?』
アンジェラはスミルを見た。昨日の今日でガロンになにがあったと言うのか? スミルは無言でうなずいた。何はともあれ、向こうからのお呼び出しだ。事件の事を聞くチャンスだ。
「あの……具体的にはどう言ったご要件で?」
電話の向こうのガロンにフッと含んだ笑いをされた。まさかからかおうとでもいうのか?
『いえ、可能であれば私を警護してほしいのです』
アンジェラたちには誰かを警護するという仕事はないが、今は特に急いで解決しなければならない事件はない。いや、なくなったというべきか。本当なら民間の警護を紹介するところだが、彼には聞きたいことがある。ならば、引き受けないという選択肢はない。
「わかりました。明日どこへいけばよろしいでしょうか?」
薄暗い室内に青白い光。若い男の話声が聞こえる。
「お目覚めかい?」
「よぉ寝とったな」
クォートが目を開けるとそこにいたのは白衣の男二人だった。一人は昨夜自分とやり合った奴だ。
「お前……!」
飛び起きようとしたが、ジャラッという音に手を阻まれて起き上がる事が出来なかった。見ると両手、両足が手錠で拘束されていた。
「なんだこれは! 誰だ、お前たちは!」
暴れるクォートを無視して夜雨は書類に目を通した。
「肝臓と肺以外は規定内だな。お前、酒とタバコやりすぎ」
見ていた書類はカルテのようで記入が終わるとパタンと閉じた。どいつもこいつも肝臓悪い奴ばっかだなと、ブツブツとボヤいた。
「なんの話をしている……」
なにを言っているのか検討のつかないクォートは自由な首だけを必死に動かした。
「よし」と、棗が手袋の上にさらに手袋をつけた。
「なにをするつもりだ……!」
マスクをつけながら夜雨は言った。
「二、三聞きたいんだが、あんたのボスはなんのためにあんな物騒な物作ってんだ?」
物騒な物とは言わずとも爆弾のことだろう。
「知らない! そんなことより俺になにをするつもりだ!」
「しらばっくれるつもりか?」
棗は準備されていたメスを取り出し、クォートの目に焼き付けるように見せつけた。
「そ、れは……」
「知らないのか? メスだよ、手術に使う。今は内視鏡でやるんだがな。あんたにはこっちで充分だ」
そんなことは見ればわかる。ただそれがなぜ今ここにあるのかだ。それに今こいつらは手術としっかり言った。
「誰を、手術するんだ? まさか……」
鎖の音がやけに大きく聞こえてくる。気付けばいつの間にか着替えさせられていたようで服も手術着になっていた。自覚した途端、冷や汗が流れゾクリと背中が泡立つ。
「そのまさかや」
まるで死刑宣告のような言葉にクォートは暴れ出した。
「やめろ、やめろやめろやめろ!」
大きな声が手術室に反響する。叫びは虚しくも外へは届かない。密室に溶け込んで虚しく消えてなくなるだけだった。ここは使わなくなった旧病棟の手術室、人など誰も来ないよう閉鎖されていた。クォートの目から涙が溢れ出た。
「じゃあさ、質問に答えようぜ? なんでガロンは爆弾を作ってる」
はくはくと恐怖で口を動かすがそれは声にならない。一度ゴクリと喉を鳴らしてからゆっくり話し出した。
「ガロンさんは……騙されたんだ。出ないとあんな物を作ろうとは思わなかったはずだ……あんなすぐに足がつくもの……!」
嗚咽まみれに質問に答えたクォートは鼻をすすった。
「誰に騙されたんや」
それでも尋問は続く。
「しらない! ただ面白い物の図面とだけ言われていた……それ以上の話は聞いていない!」
もういいだろうと首を左右に振り自分を見下ろす二人を交互に見た。
「じゃぁ、グレース親子の件はどうだ? そのほか過去数十件に及ぶ暴行行為はどう説明付けてくれる?」
クォートが寝かされている手術台に夜雨が腰をかける。一人増えた事により台は音を立て少し下がった。
「あれは……命令だった! 金を返さなければ次はそうしろというガロンさんからの命令だ! 俺の意思じゃ……」
「でも実際に手を下したのはお前やろ?」
それでもクォートの言葉を棗は遮った。誰が計画していてもそれに手を染めた者が悪い。結局、二人で責任の押し付け合いになるのはわかっているのだ。
「何人殺した?」
その声は周りの空気が一気に冷えるようだった。
「わかってるよ? 命令だったんだよな? でも……残ってるだろ?」
ザワザワとする感覚にクォートは涙で顔をグシャグシャにした。まるで肯定してくれるような優しさだが違う。そこにはなんの感情もこもっていない冷徹と残忍さが見え隠れしている。
こいつはヤバイ
身体に警笛が鳴り響いているが拘束されている今どうすることも出来ない。逃げ場がない耳元で囁く声が妙に頭に響いてくる感触と悲鳴……
瞬時にクォートの脳裏にあの時の光景が蘇る。何人もの客を文字通り完膚なきまで殴り倒した。性別など関係ない、金を返さない奴が悪い。言われた通りのやり方で客を追い詰めて行った。逃げ出す者を捕まえて、泣いて許しをこう人間を監獄とも言える店に押し込む。男は休みなく働かされ、女は娼婦になるほかない。安い賃金に上がる利子。ガロンから金を借りた人間は一生を、人生を持っていかれる。やがてあちらこちらで上がる悲鳴と、柔らかいものが地面に叩きつけられる嫌な音、車に激突する衝撃音、手に残る生暖かい液体……目の前が真っ赤になる。
ガロンに逆らうと今度は自分が彼らと同じ目に合っていた。使えない人間はそうやって切られていく。
あのパイントも金を返さない人間を追い詰め事故に合わせていた。それをあろうことか一般市民に見られるというミスをした。事故にあった人間はすぐさま病院に運ばれたが死んだという知らせは受けていない。それなのに何故かYの耳に入り脅されたのだ。結果ガロンは金で片付たが、パイントは戻ってこなかった。
ガロンは知っていたのだ、Yがパイントを許すはずがない事を。そんなミスをする人間は手元に置いておく必要はない、好都合だったのだ。
ガロンが欲しいのは簡単に切り捨てられる忠実な部下だ。煽てられ、神のような錯覚さえ覚えさせられ殺戮を繰り返していた自分が急激にバカらくしなった。
ツギハ ジブンノ バンダ。
そう認識した途端身体中の血の気が引くようだった。向けられた無影灯に目が眩み、それがやけにクリアに脳に刻まれていく。
「悲しい事に悪い事をしているとわかっててもそれを肯定させて手を染めてく。自分が正義だとでも錯覚したか? だけどな、気づいた時には血塗れさ」
確かに正義だと思った。貸したら返す、それが通りだ。ただそれだけならよかったのだ。それ以上の事をしなければ……
「これからお前には身を持って自分が手をかけて来た人間を助けてもらう。安心せい、守秘義務があるからお前の名前は一切出ん。今更後悔して遅い」
マスクをつけ、ゴーグルをはめた棗がメス持つと、クォートの腹部に手を添えた。まずは腎臓からいくのだろう。
「やめろ……やめてくれ……俺が悪かったんだ……もう、二度としない!」
ガチャガチャ響く鳴り止まない鎖の音に嫌気がさしたのか、棗がゆっくりとメスを引いた。途端上がるクォートの断末魔とボタボタと落ちる真っ赤な血痕。
「二度ってゆうてもな、死んだ人間に二度目はないんやで? もう帰ってきいひん」
言い表せない痛みと急速に抜けていく血にクォートはショックで気絶しそうになっていたのを夜雨が阻止する。
「ほらほら、寝るのはまだ早いぞ?」
ペチペチと可笑しそうに頬を叩く手は優しさのカケラもない。
「あ、ああ……」
恐怖で呂律すら回らなくなっているクォートに夜雨が美しいほど冷ややかに微笑んだ。
「あの世で懺悔しな」
残酷な悪夢のような言葉に天使のような微笑み……それがクォートが見た最後の景色だった。力なく腕を動かした事により鎖の音がジャラリと鳴った。それからさらに深く抉られる感覚。焦点の合わない目に、断続的に聞こえる嫌な水音。もうこれが痛みなのかなんなのかわからなく、ただ手が奥に進むにつれて反射的に身体がエビのように跳ね、鎖の音が絶え間なく室内をこだまする。
やがて手術室からランプが消える。その頃にはうるさく鳴り響いていた鎖の音が完全に止んでいた。
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