第9話
イーストエンドにある大きな不動産屋の向かいのカフェに、アンジェラは携帯電話片手にコーヒーを飲んでいた。
「あ、スミルさん? ちょっと気になる人物を見つけまして……」
あれからアンジェラは自分の診察を放り出し、病院から出て行くクォートを尾行していた。着いたところがここ、イーストエンドのフリン不動産だ。
「アホか! 気がするだけじゃダメなんだよ!」
やはりスミルの怒号が受話器の向こうから聞こえた。アンジェラはすぐに耳から電話を離し、それを避ける。
今朝殺されたパイントの出入りしていた事務所もイーストエンドにある。もしもここなら新たな被害者が出る可能性もある。
「おい、早まるなよ? くれぐれも一人で乗り込むなんてことするんじゃないぞ!」
その時、昼間見た男が不動産屋の中から出て来た。間違いない、病院で見たクォートという男だ。
「聞いているのか? シャーリー……」
「ごめんなさい、またかけなおします」
そういうや否やアンジェラはスミルの電話を切った。この辺で見るからにブラックな会社がここフリン不動産。アンジェラのコレは刑事の感ではなくて、この会社の見た目からくるものだった。
クォートを追いかけようとアンジェラは立ち上がった。が、その足は前に動くことはなかった。なんて言えば良いのだろうか? あなたの仲間が殺されたのご存じでしたか? いや、いくらなんでもそれはない。
こんな時、母ならどうしていただろう?
アンジェラの母は潜入捜査官だった。それが十四年前、捜査中何者かに殺害された。アンジェラが九歳の時だ。心臓の悪いアンジェラによく自分の仕事の話をしてくれた。
移植が成功したら自分も母のような警察官になりたい。
それがアンジェラの幼い頃からの夢だった。幸いにも母が亡くなった二年後に幸運にもドナーが見つかり、心臓移植が可能になった。
自分は誰かを犠牲にして、生きながらえる事が出来た。それからアンジェラは今までの遅れを取り戻すかのように勉強をし、子供の頃からの夢を叶えた。
しかし実際は、ただ慣れただけで何もできていない。いつも上司であるスミルに怒られ、自分の不甲斐なさに負けそうになっていた。
いつまでも迷ってても仕方ない。アンジェラはグイッと冷めたコーヒーを飲み干し、カップを戻しカフェを出た。
(さて、どうしよう)
場違いのきらびやかなライトが夜のイーストエンドを灯している。どこか成金のそれにも見える下卑たネオンはこの街には似合わない。しかし、この人も守るべく市民。アンジェラの喉がゴクリと鳴った。腹に冷たくて重い鉛のようなものが落ちて来たが、それを振り払うように頬を叩いた。
「よし!」
一度ガッツポーズをしてドアノブに手をかけようとしたその時。
「おい、そこでなにをしている」
恐る恐るアンジェラが振りかえるとそこにはエコバッグを持ったクォートが立っていた。
セントソルテホスピタルの地下に着いた夜雨たちは乗れる車を物色していた。昨日パイントを連れて来た車もここの車だったので、てっきりそれがあるものだと思って来たのだが。
「ないな」
誰かが巡回にでも使ったのだろうか。今ここにあるのは、さっきまで乗っていた棗の車とグレンの車、残りは数台の緊急車両。
「借りるか」
口角を上げた夜雨はものすごく悪い顔をしていた。いかにも何か企んでいる少年のような顔にこいつは止められないな。と、棗はグレンを思い合掌した。
グレンの愛車は超高級車、ロールスロイスのゴースト。これがしらぬ間に無くなったらグレンはどんな顔をするだろうか? 考えただけでもゾッとする。
「俺は本元を狙う。ここで一気に攻め立てれば今夜中に片付くやろ?」
両手を腰に回した夜雨は一見するとモデルのような風貌だ。
「まぁな」
アルバートから貸してもらった一式を丁寧に検査し終わるとトランクをバタンと音を立て閉め鍵をかけた。
医局へ向かうべくエレベーターのボタンを押す。機械音が響き下に箱が降りてこようとしている。
「しかし、久々やな。夜と仕事すんの」
隣に立つ棗をチラリと夜雨は見た。棗は血の気は荒いがもともとが優しい奴で、しばしば公私混同して暴走する。今回もそうだ、きっと怒りの炎は表には見えないが内では燃焼していることだろう。
「突っ走るなよ?」
だからこそ、冷静でいなくてはならない。怪我なく無事に任務を遂行する。まぁ、これが意外と難しかったりするのだが。
「グレン、貸してくれっかなぁ?」
時刻は零時を過ぎている。もう病院はとっくに終わり院長のグレンもここにはいない。車を置いて帰ったということは、まだ別件が残っているということになる。
「貸してくれるというより、借りるんやろ?」
無理矢理という言葉はこの際、棗は飲み込んだ。なにしろ成功させれば良い話だ。
チンというエレベーターの到着音に少し遅れて扉が開く。それに乗り込み、夜雨と棗は医局にキーを取りに向かった。
「なぁ、夜」
医局に入りキーを見つけた夜雨に棗はふいに真剣に話し出した。
「あんだよ」
乱雑にポケットの中にキーを突っ込み再び医局を去る。
「お前が心臓だけ取らないのはただ単に主義ってだけじゃないんやろ?」
エレベーターを呼ぶ夜雨の指が止まる。
「エマが関係しているからやないのか?」
「約束、覚えてる……? 私の心臓……」
夜雨の切れ長の目が大きく揺れた後、唐突に消えた。
「違う。そんなんじゃない」
ボタンを押すとすぐにチンと来た時と同じように音の後に少し遅れてエレベーターの扉が開いた。二人は中へ乗り込み地下へ着くまでなにも話さなかった。
ただ否応なしに自分が生きてるとわかる証拠の鼓動がやけに大きく耳に響いた。
「えっと……その……」
半ば無理矢理アンジェラは店の中へと連れてこられた。拉致されたと言っても過言ではない。スミルになにもするなと言われたにもかかわらずコレだ。バレたらなにをいわれたもんかわからない。ここは少しだけお話をして帰ろう。
「刑事さんだったんですね」
対面に座る細身だが背の高い男はタバコを持ち、「火をつけても?」と、一度断ってから、数度うなずくアンジェラの反応を見てマッチに火をつけた。
「しかし、その刑事さんがなにをしにここへ? しかもお一人で」
アンジェラは先程渡された名刺をチラリと見やる。男の名はガロン・フリン、ここの社長だ。クォートは扉の前でアンジェラを睨みつけるように立っていた。
「あの、パイントさんという方はここの従業員ですよね?」
ガロンは一度タバコをふかして、その煙を吐いた。
「いいえ。そのような者はウチには。どこかの店とお間違いではありませんか?」
「そ、そうなんですか……」
パイントはここの従業員ではないようだ。でも、それを隠しているだけかもしれない。アンジェラは大きく息を吐き、もう一度ガロンを見つめた。
「ここにその方がいてもいなくてもいいです。とにかく、その方は今朝何者かに殺害されました。もし心当たりがあるようでしたら、くれぐれもお気をつけください。なにかあればこちらに」
そう言い自分の名刺を差し出した。ガロンはじっとそれを見てからタバコの灰を灰皿へと捨てた。
「わかりました。肝に銘じておきますよ」
わかってくれてよかったと、アンジェラは肩の力を抜いた。すると長い沈黙が部屋に流れる。
「あの、まだなにか?」
ガロンは一向に帰らないアンジェラに先を促させた。
「これから大事な用事があるので」
つまり、さっさと帰れということだ。アンジェラは出された紅茶をグッと飲み干した。本当なら刑事は出された物は口にしない。教科書通りのアンジェラはそんな簡単な事さえ吹っ飛んでしまうくらいこの状況に緊張していた。
「では」
そう言い残すと、アンジェラは店を出た。角を曲がる振りをし、すぐさま窓に聞き耳を立てた。
「社長! やはり……」
クォートの声だろう、かなり焦っている。
「うろたえるな。だからYと手を組んだのだろう」
「しかし……ダークレインはYとつながっているかもしれません!」
ガロンは持っていたタバコをまだ半分以上残っているのにもかかわらず消した。
「ダークレイン?」
聞き慣れない単語にアンジェラはより聞き耳を立てた。
「だからもしもの時ようにアレを用意したんじゃないか。それにYにしてもコレで話をつけられるだろう。パイントは詰めが悪かった。遅かれ早かれこうなる運命だっただろうよ」
パイント……やはり繋がっていたのだ。アンジェラが外で聞き耳を立てていると、すっかり人通りの少なくなった道に一台の高級車が止まった。乗っていたのは宋夜雨だった。アンジェラに気付くと耳につけていたイヤモニのマイクに呟いた。
「警察関係者がいる。突入はもう少し待ったほうがいい」
『はぁ? なんで警察が!』
大きすぎる棗の声に夜雨はキーンとなる前にイヤモニを耳から外した。
「うっさい」
胸につけているマイクに文句を返す。関係者とは言ったが警察とは言っていない。おかしなことに警察ならば一人では行動しないはずだ。それがなぜ?
双眼鏡でフリン不動産の中を覗く。二人分の影が見え隠れする部屋の隅に大きな金庫が置かれていた。年式からするとかなり古いものだ。うさんくさい、知られなくない物の匂いがぷんぷんと漂っている。
『でも、どうするんや? 閉店まで待つか?』
彼女がどういうつもりでここに一人でいるかは分からないが、こちらとしては転機が訪れるのを待つだけだ。元より予定も時間も指定もしていない。
「そうだな」
彼女は間違いなく図書館であったあの子だろう。持っていた本から推測するにまだ半人前だと予想できる。ここに来たのは自分たちよりも前、誰かに自分の居場所を言っている可能性もある。
(まぁ、ここで見てればなんのこともない)
たとえ向こうが何かしでかしても出ていくことはできると、棗が聞いたら卒倒するようなことを夜雨は思った。
シティ・オブ・ロンドンからイーストエンドまで徒歩でも三十分足らず。夜雨はシートを下げて寝転がり、目を閉じた。きっとそろそろ……
「おい、なにをやっている!」
「ぎゃーー!」
フリン不動産近くの角で女性の悲鳴が上がった。近隣の建物は皆閉店し、辺りは静まり返っていたせいもあり、いやに大きく夜の静かな街に反響する。
夜雨はようやくかというようにゆっくりと身体を起こす。棗は思わず望遠鏡で声のした方を覗き見た。そこには目つきの悪い男にさっきまで店を覗いていた女性が車の中へと連れ込まれるのが見えた。
「ちょっと、スミルさん! 痛いです、痛いです!」
「帰るぞ!」
二人分の足音と遅れて車のドアを閉める音が響いた。剣呑な目と取り巻く雰囲気に見た目からさっきの男が刑事だとわかる。やはり彼女も刑事だということになる。
「やっぱり警察関係かぁ」
まだ自分の感は鈍っていないようだ。フッと笑い先程と同じようにシートに寝転び、車が走り去る音が遠ざかるまで黙って待った。やがて、フリン不動産の電気が消える。
『行くか?』
イヤモニから聞こえる棗の声に夜雨は起き上がり辺りを見回した。街はすっかり眠りについていて人っ子一人歩いていない。
「了ぉ解」
間延びした夜雨の返事に張っていた棗の力が抜けた。二人はそれぞれ車から降りると、街灯のない暗い路地に入りフリン不動産の裏口に回った。その時、ガチャリと、扉が開いた。
そこから出てきたのはクォートだった。二人を見るなり懐から拳銃を出しなんの前ぶりもなくその引き金を引いた。
「あっぶね、いきなり撃つなよな!」
一般人ならどうしようと思ったのだろうか? とっさに二手に分かれて物陰に隠れた夜雨と棗だが、クォートは拳銃をこちらに向けたまま走り出した。
「こんな街中で撃つなんて正気か?」
ゴミ箱の影から顔を出した棗の頭の上を銃弾が飛び、それを首を引っ込めて回避した。
「こっちは任せろ」
そういうや否や夜雨は走り出す。
「相変わらず早!」
闇夜に紛れ疾風のごとく走り出した夜雨に棗が感嘆の声を上げた。だが、感心している暇はない。自分ももう一人捕まえなければ。棗は背を壁にくっつけて電気のついていない暗い室内へと入って行った。
何発かクォートが拳銃を放つ。その標準を的確に見抜き夜雨は銃弾を避けながら走りクォートとの距離を詰める。
「くそ!」
悪態をつくクォートに反して夜雨はだんだんと頭が冴えてくる。しばらくのんびりと仕事をしていたせいか、この感覚は久しぶりだ。相手が強くなればなるほど、五感が研ぎ澄まされていく。目を細め大きな的へと標準を定めると、足音、服の擦れる音、息遣いを脳に刻む。
夜雨は敵に見えないように狭い路地を曲がり姿を消した。後ろを振り返ったクォートが夜雨がいないことが分かると走るのをやめた。肩で息をするクォートは数分しても現れない夜雨に逃げ切れたと思い、ほくそ笑んだ。
その時、手に鋭い痛みが走った。持っていた拳銃が弾き飛ばされたのだと気付いたのはその後だ。
「なに!」
状況についていけないクォートが振り返ると、真後ろに夜雨が立っていた。武器を無くしたクォートは次に来るであろう攻撃に身を構えた。それを合図に夜雨がクォートの横腹に蹴りを入れる。大柄なクォートはそれをやすやすと防御し、夜雨の顔面めがけ拳を突き出してくる。夜雨はクォートの重たい拳を首を捻り回避し、そのまま後ろへ飛びのき距離を詰めた。
「やるね」
ポキポキと指を鳴らし、舌舐めずりをするクォートはいやらしく笑うと、夜雨目掛けて走り出した。逃げ道のない一方通行の狭い路地で真っ正面から突入してくるクォートの思考は手に取るようにわかる。
夜雨は壁に向かって飛び上がり右足で壁を蹴り上げ突進してきたクォートの背後に一瞬にして回ると、そのまま後ろから腕で首を絞める。
「忍者か、よ!」
途切れ途切れ苦し紛れにクォートは声を絞り出した。
「あいにくだが、俺は日本人じゃないんでね」
そう言うと夜雨はクォートの身体がえびぞりになるほど腕に力を込めた。が、ただでは倒れてやらないつもりだろうクォートは、後ろの夜雨から逃げようと身体を丸めて、その大柄な身体を左右に振り始めた。
重心を不安定にされた夜雨は今度はクォートの背に乗ると再び腕に力を込め、思いっきり上へと引き上げた。
「っ……!」
「く、そ……や……」
クォートは言葉を最後まで言う事なく地面にばったりと倒れた。体格差など戦闘には問題ない。夜雨はクォートの手を後ろ手に結き、口はガムテープで塞ぎ、懐から取り出した麻袋の中に詰め込んだ。
「捕獲成功」
インカムのマイクにボソリと呟いて棗に知らせる。遅れて了解と帰ってきた。
左手を腰に置き、右手を顎を当て夜雨は思案する。こいつは少々担ぐのは困難だなと肩の力をそっと抜く。大人しくそのまま車まで引きずっていくことに決めた。
「重……!」
夜雨の呟きは暗い闇に溶けるように消えた。しかしクォートのポケットに入っていた携帯が音もなく震えていたのに、夜雨は気づかなかった。
夜雨からの連絡が来た時、棗はフリン不動産の中へ侵入していた。店内は至って普通の不動産屋でとくに持って帰れそうな情報は転がっていなかった。
さっきのクォートの騒ぎで気づかれたかもしれない。慎重に二階へ上がると一部屋、扉が開いていた。
(罠か?)
そう思ったが、入らない事には始まらない。棗は背を壁につけたままドアノブを突いた。惰性により扉が数センチ開いたが中からは物音一つしてこなかった。目を細めて暗い中を覗くが、誰もいなかった。
ふぅ……と、一つ息を吐き、再び背を壁につけ肩の力を抜いた。その時、嗅ぎ慣れた臭いに驚き急いで扉を開けた。
中に入るとそこには似合わない作業台が何台か置かれていて、その上には広げられた新聞紙以外なにも置かれていなかったが、部屋に入ったことにより一層強くなった臭いに棗は確信した。
ここで作り出されていたのは他のなんでもない、爆弾だ。なぜ、そんなものを作っていたのだろうか? そんなことは今はいい。ガロンを捕まえればもれなく解決する。棗が部屋を出ようとした時、ドアがギィと音を立てた。驚いた棗が見たのは銃口をこちらに向けたガロンだった。
バンと、いう発砲音にクォートを車に乗せていた夜雨がフリン不動産の二階を反射的に見あげてからすぐにインカムのマイクに話しかけた。
「おい、棗! 聞こえるか? なにがあった!」
ジジッと音がし棗が応答した時、扉を閉める音がして夜雨は耳に手を当てたまま後ろを振り返った。
『あいつここで爆弾作ってたんや! 拳銃まで持ってるぞ!』
その時、夜雨の背後に白い車が走り去って行った。去り際に見たのはスクロが見せてくれた写真と同じ人物、ガロンだった。
「夜!」
棗の声に振り向くと、黒い服の上からでも分かるくらい血で濡れていた。
「なにやってんだ、止血しろ」
「それよりも早くあいつを追わな!」
腕を押さえ棗は走り去って行った車の方角を顎で示した。夜雨は顔を一瞬しかめたが、了解と、言うと車に飛び乗りエンジンをかけた。
「はよはよ! 急げ!」
「だーーもう、うっさい! 舌噛むなよ」
助手席に乗った棗を確認し、ギアをチェンジした夜雨はアクセルを思いっきり踏み込んだ。車はそのまま勢いよく発進し、乗っていた人間は重力のせいで背もたれに押さえつけられる。
「いくらなんでもスピード上げすぎや!」
止血できんと棗が悪態をつくが夜雨は動じず先を走るガロンの車を追う。深夜の一般道、さすがに車は通っていない。夜雨はさらにアクセルを踏み込んだ。スピードは九十キロ以上、法定速度を超えている。それでも追いつけないと言うことはガロンも同じくらいスピードを上げているということだ。すると、前方に赤信号を無視する車が見えた。
「見つけた! いたぞ夜!」
「了ぉ解!」
夜雨はギアをチェンジし、もう一度アクセルを踏み込んだ。先程よりスピードが上がった車は青になった交差点を猛スピードで駆け抜けていく。
ガロンの車を捉えた夜雨はクラクションを鳴らしこちらに気づかせる。わざと左側に並んで走行するとガロンがこちらに気づき、苦虫をかみしめたような顔をしさらにスピードを上げた。
「逃げきれると思ってんのか?」
スイッチの入った夜雨はガロンの車に幅寄せを始めた。スピードに慣れ、追いついたことに安堵したのか次に備えて棗が腕の手当てを手短に済ませていた。後部座席下に乗せていた麻袋に入れられたクォートが左右に揺れていたがこの際無視をする。
「諦めろ!」
夜雨がぶつからない程度に幅寄せをした時、ガロンがニヤリと笑った。それから車を右に傾けてそのまま角を曲がって行った。運転席から手をふる姿に夜雨と棗は呆気にとられていた。
「嘘やろ?」
「まずい!」
吐き捨てるように夜雨がボヤき、急いでハンドルを右に切り大幅に車線変更をしガロンを追いかけた。赤信号を無視して国道を走り抜けるとこちらに気づいたようでガロンがスピードを上げるのがわかった。
「よっし! この先は行き止まりや!」
袋のネズミや! と、喜ぶ棗だったがガロンがハンドルをさらに右に切ったの見て慌てたように指をさし、運転している夜雨を揺さぶった。
「あかんあかん! クイーンパークに入ってまう!」
「チッ!」
棗に揺さぶられハンドルを取られながら夜雨は舌打ちし、車で入るのは禁止されているパークの中にガロン同様に入って行く。するとすぐにガンッと言う大きな音がした。
「なんだ?」
スピードを下げ、パークの中をまっすぐ進むとガロンの車が噴水に突っ込んでいた。どうやらパーク内のど真ん中に設置されていた噴水に激突したようだ。
よろよろと倒れるように車の中からガロンがアタッシュケース片手に降りてきた。それを見た夜雨も車を街路樹の脇に止め中から降りた。
後ろから近づいてくる夜雨と棗を睨みつけるとガロンは左手を広げて見せた。一見すると拳銃は持っていないようだが、油断はできない。
ゆっくりと近づいてくる二人にガロンはアタッシュケースを棗に投げつけた。投げつけられたアタッシュケースをキャッチしたところでガロンは背を向けパーク内へと走り出した。
「待て! 逃がすか!」
ガロンを追うべく走り出そうとする棗にアタッシュケースから不穏の音を聞きつけた夜雨が叫んだ。
「棗、ちょっと待て」
棗から取り上げたアタッシュケースに耳を当てると、時計のようなチクタクという音が聞こえてきた。不穏に思った夜雨がアタッシュケースを開ける。
「なっ!」
ガロンは二階で爆弾を作っていたと言っていた。物は部屋にはなかったというがそれもそのはずだ、爆弾はアタッシュケースに入れられていたのだから。
爆弾は液晶画面に残り一分とカウントされていた。
「ど、どないする! コレ! もう爆発するで!」
液晶のカウントダウンは残り五十秒。
「走れ!」
夜雨の声を合図に棗は乗ってきた車の方へ走り出した。素早くアタッシュケースの蓋を閉めると夜雨はそれを力の限り噴水の方へ投げつけ、棗の元へ走り抜けた。車の影に身を隠した時、一瞬の強い光の後、いっそう大きな音を立てて噴水が吹き飛んだ。
爆風が巻き上がりいろんなものの破片を吹き飛ばしていく。二人は身を小さくしてそれが去るのを待った。
やがてコロコロと小石が転がり爆風が止む。二人がゆっくりと立ち上がるとそこにはあったはずの噴水は吹き飛び瓦礫の山の隙間から水がチョロチョロと流れ出て、近くの緑地では小さい炎をあげていた。
「あーー派手にやったな」
いててと、撃たれた腕を押さえつつ棗が肩の力を抜いた。
「コレ、治るか?」
噴水のことだろうか? 夜雨が真剣な声で言うものだから棗は、
「俺らのせいやない」
と、転がっていた噴水の小石と化したカケラを蹴飛ばし振り返ると、噴水に背を向けた夜雨がいた。
「いや、まぁ……そうなんだけどさ」
夜雨が言っているのは噴水ではなくグレンの車だ。形こそ保っているが鏡のように磨き上げられたボディーは爆風による土煙でくすみ、爆発によって砕け散った破片であちらこちら傷とへこみにより塗装が剥げてしまっていた。
あのほとんど新品に近い状態を知っているだけあり、かわいそうな事態になっていた。
そこへ川の向こう側からサイレンが聞こえ始めた。爆発の音で誰かが通報したのだろう、消防車や救急車の青いランプが遠くに見える。
「逃げるぞ」
彼らが到着する前にこの場を離れなければ。
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