第6話

 イーストエンドはロンドン一の貧民街だ。言わずと知れたジャック・ザ・リッパーの出現の地。近年では再開発が行われ、昔ほど治安は悪くないがそこに住むものにはなにも変わらない。

 この場所には不釣り合いな建物がここ、フリン不動産だった。殺風景な周りに反し、ラスベガスかというほどのきらびやかなネオン管。夜は年中クリスマスなのかもしれない。

「そうかそうか、もうすぐ堕ちるか?」

 長身の老人は白いスラックスの長い足を組み、満足そうにソファに沈んだ。彼こそフリン不動産の店主、ガロン・フリンだ。

「しかし君もひどいことをするね。子供を襲うなんて」

 ガロンは大きい身体を今は小さく丸めている男、クォートにいやらしい笑みを浮かべ言った。

「……」

 何を隠そう、そう指示したのは他でもない目の前の男なのだが、クォートは頭を下げたまま微動だにしなかった。自分とて小さな子供に手を出したくはなかった。それもこれも未だに帰ってこない子分、パイントのせいでもある。こういう駆け引きは奴の方が上手い。

「なにを恐れているんだね? 褒めているんだよ」

 そう言うガロンは残酷なほど機嫌がよかった。

「今彼女達、病院にいるそうだ。今度は逃さずに金を持ってこい。まだ逃げるなら次は乗り込むと釘を刺してこい」

「わかりました」

 クォートは黙って頭を下げた。パイントが帰ってくるまでだ。汚れ仕事は自分がやる他ない。第一、借りた金を返さないあいつらが悪いのだ、これは仕事だ。

 クォートは病院に向かうべく、ガロンの部屋を後にした。その直後、ガロンの携帯の着信音が響き足を止めた。

『どうも、本日こちらにつきました』

 聞き慣れた機械音に混じる声にガロンは薄く笑う。

「二週間ぶりでしょうか? こちらもようやく例のものが完成しました」

 ドアの向こうで聞き耳を立てていたクォートはガロンの反応でそれが例の人物だと想像がついた。立ち聞きもどうかと思い車のキーをポケットから取り出した。

『いよいよあなたの願いが叶うんですね。よかったではありませんか』

「全てあなた様のおかげですよ」

 電話の向こうでかすかだが、笑ったような声がした。

『楽しませてくださいよ? では健闘を祈ってます』

 そう言うと電話が切られた。ガロンがこの男と知り合ったのはつい半年前のこと。行きつけのバーで取り引きを終えた時に声をかけられた。話をするうちにいろいろなことを教えてくれた。なぜかと問うと、男は楽しければ良いのだと言った。

 随分と英語の達者なアジア人だ。男……いや、本当はそれすらも偽りなのかもしれない。ガロンはこの人物を名前でしか知らなかった。自分より二十は若いであろうその人物の名はホロウと言う。

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