第3話

 午前三時十五分前、夜雨はグレンに言われた通り、ハイゲイト墓地の側に車を止め待機していた。ターゲットはパイントという名の身長の小さい男。もしかしなくても一般市民ではない。戸籍もあるのか怪しいくらいだ。

 深夜のハイゲイト墓地には人っ子一人歩いていない。それよりも街灯すら立っていなく、明かりといえば月の光のみ。その月も集まって来た雲により時折隠れてしまう。

「雨が降るかもな」

 夜雨は両腕をクロスさせハンドルの上に置き顔を埋めた。時刻は三時五分前、一人の男が墓地の中に入って行った。

 シートベルトを外し荷物を持ち、夜雨は音も無く車から降りた。服装は昼間の街に溶けるようなものとは打って変わり、今は闇に溶けるように真っ黒だった。手には大きな袋を持って夜雨は墓地の中に少し遅れて入って行った。

 グレンに言われた場所に一足先に入って行った男が腕にアタッシュケースを抱えて挙動不審な様子で立っていた。

「パイントっていうのはあんた?」

 パキッと言う枝が踏まれた音を頼りに男が振り向いた。

「そ、そうだ……Yは……Yはどこだ?」

 Yとはグレンのことだろう。グレン・ワイリーのY。ここはWではないのか? と、そんな場違いなことを夜雨は思ったが、今は置いておこう。

「そのYからの使いだ」

 月明かりだけの薄暗い中、パイントという男を観察した。グレンの言う通り背の低い中肉中背の男だ。短めの足は小刻みに震えている。こいつは何をしでかしたのか? グレンに恐怖を持っているのは一目瞭然だった。まぁ、どんなことがあろうと仕事は仕事。遂行するのみだ。

「ワ、Yでなければこれは、渡せない……!」

 パイントは夜雨を見つめたまま一歩後ずりし、さらに強くアタッシュケースを抱き抱えた。

「そんなもんはいらん」

「は?」

 思ってもいない言葉に驚き動きを止めたパイントの背後に夜雨は素早く回り、首に腕を回した。

「しいて言えば欲しいのは、この中……かな?」

 耳元で怪しく囁き、パイントの腹の辺りを指差す。中と言われアタッシュケースだと思ったパイントは同じことを言わせるなと言うように暴れ出した。

「だからYを連れてこいと言っているだろう! 第一お前こそYの使いだと言うが、本当なんだろうな? 礼儀がなっていない。先に名を名乗れ!」

 自分より細身の夜雨ならば簡単に抜け出せるとでも思ったのか必死に逃れようともがくパイントはそう捲し上げ叫んだ。

 余計なことをすると後でグレンに何を言われるかわからないが、このままでは任務が滞りそうだ。夜雨は軽く膨れた後、仕方ないとばかりにため息をついた。

 いつの間にか月が隠れ雲行きが怪しくなっていた。夜雨の頬にポツリと雨が当たる。パイントを後ろから羽交い締めにしたまま首に回していた腕を少し緩め夜雨はささやいた。

「名乗る名はないが……香港ではダークレインと呼ばれてた」

 その言葉を聞いたパイントは身体をビクリと震わせた後、ゆっくりと首を後ろに回した。冷や汗が背を伝っていく。

 ダークレイン。その名は彼が任務をこなす夜、決まって音もない雨が降るからだ。

「まさか……」

 首に衝撃が走り、パイントは言葉をそれ以上続けることができなかった。夜雨は持っていた袋をパイントに頭からかぶせ、その身体を細い肩に担いだ。

 宋夜雨は医者兼殺し屋だ。

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