第123話 ナルバチア大公

 その後、王太子ゲラルドとも別れて、あたしたちは王宮から屋敷へと戻る。


 王宮内を歩いても、行きとは周囲の反応が全く違った。

 あたしたちが歩いていても、陰口は全く聞こえない。


 それどころか、皆足を止めて丁寧に礼をする。

 とはいえ話しかけてくる者はほとんどいない。


 よほど親しくないと目下から目上には語りかけるのは無作法とされているからだ。


「大公殿下。お久しぶりでございます」

「おお。侯爵。息災そうでなにより。奥方はお元気か?」


 父と親しいらしい大貴族がたまに声をかけてくる程度だ。


「ええ、おかげさまで……、ご息女にご挨拶させていただいても?」


 そんな大貴族たちは、父に断ってから、膝をついて、あたしとサラに挨拶してくれる。


「姫君。どうかお見知りおきを」

「ん。よろしくです」

「ディディエ男爵、このたびは叙爵おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 謁見の間での出来事が、噂話として拡がっているに違いなかった。


  ◇◇◇◇


 ルリアが王に謁見したという情報は瞬く間にオリヴィニス王国の貴族社会に拡がった。

 大貴族ほど、王宮に情報提供者がいるので、情報を得るのが早い。


 その中でも、ナルバチア大公は、謁見の様子を知るのが早かった。


「王は、ことのほかヴァロア大公の末娘を可愛がっている様子だったとか」


 側近の呪術師からの報告を受けて、ナルバチア大公の顔がみるみるうちに険しくなった。

 その呪術師は四大呪術死集団の一つ『北の荒れ地の魔女』の所属だ。


「ガストネは、ヴァロア大公の末娘を人質にとるのではなかったのか?」

「そのような気配は全くなく」

「なぜだ? ガストネは不穏な動きをしていたはずだな?」


 王の叔父でもあるナルバチア大公は、裏では王のことを呼び捨てにしていた。


「はい、急に謁見の日取りを早め、ヴァロア大公夫妻ともども呼び出していました」

「それは娘を人質にするか、グラーフを暗殺する流れであろうが!」


 ナルバチア大公は苛立ちのあまり声を荒げた。


「どうすればいい? どうすればいい?」 


 ナルバチア大公は再三、参内するようにと命令されていたが、病気を理由に断り続けていた。

 もちろん、病気ではない。


 ナルバチア大公は違法薬物を密輸入していたことが王にばれたと考えていた。

 その違法薬物は「北の沼地の魔女」を利用して、北方の隣国から運ばせているものだ。


「もう少し時間を稼げば……精霊石作製技術が完成するというのに……」


「北の沼地の魔女」は、数百年前に失われた精霊を結晶化する技術を復活させようと動いていた。

 そう、ルリアの前世であるルイサが命を懸けて、滅ぼした技術である。


「精霊石の量産ができれば……王を倒すなど造作も無い。それどころか……」

 世界を征服できるだろう。


「世界の王となるべき儂が、……このようなところで」

「大公閣下。このままでは……」

「わかっておる!」


 参内に応じれば、そのまま糾弾され、牢に入れられ爵位を褫奪されるだろう。

 いや、それだけならまだいい。極刑もあり得る。


「くそが……儂の完璧な計画が……」


 王がグラーフの娘ルリアを人質にすれば、グラーフと手を組む余地が生まれる。

 二つの大公家が手を組めば、王にも対抗できるはずだった。


 ルリアを助けだし、そのまま王と王太子を弑逆し、グラーフを王位に就ける。

 そうすれば、ナルバチア大公は、新王即位の最大の功労者にして、新王の大叔父だ。


 新王の御世では、誰も、たとえ新王でも、自分になにも言えなくなるはずだった。

 そうなれば、時間などいくらでも稼げる。


 時間を稼いで、精霊石を量産できれば、後はどうとでも好きにできる。


「人質に取らぬのならば、せめて王がヴァロア大公を暗殺してくれれば……」


 自分が参内しない正当性を主張できる。

 それに、貴族達も次は自分の番だと怯えるだろう。


 そうなれば、王への反逆に賛成する貴族も増えるはずだった。


「……王を暗殺するしか、ありませぬな」


 側近は声を潜めて呟いた。


「それは失敗しただろうが!」


 先日、王が襲われた事件の黒幕はナルバチア大公だった。

 ナルバチア大公が「北の沼地の魔女」に大金を払って依頼したのだ。


 暗殺の失敗もナルバチア大公を焦らせる要因の一つでもある。

 王の「影」は無能ではない。近いうちに自分までたどり着く可能性が高い。


 もし、暗殺がばれたら、確実に殺される。それも、考えられる限り残酷な方法でだ。


「……閣下。あの失敗は復讐を優先したゆえでございます」

「なに?」

「閣下は、みすぼらしく惨めに、苦しませて殺せと命じましたな?」

「それがどうした」

「速やかに殺せと命じていれば、成功していました」

「…………」


「北の荒れ地の魔女」は、王に呪いをかけ、助からない状態にした。

 魔法で探せないように、念入りに魔法をかけることまでしたのだ。


「どうして助かったのか、未だにわかりませぬが……ただ殺すだけならば……」

「方法は?」

「呪者を使います」

「呪者?」

「呪われし強力な魔物のようなものと考えていただければ」

「なるほど。まかせる」

「御意」

「…………グラーフも同時に殺せぬか?」


 王太子は,心優しいと言われているが、それはふぬけの別の言い方に過ぎない。

 王の死後、最も厄介なのはヴァロア大公であるグラーフだ。


「閣下。欲張っては両方し損じますぞ?」

「そうか。ならば、できれば……王太子を……」

「可能であれば」

「うむ」


 そして、王の暗殺計画が再び動き始めた。


  ◇◇◇◇

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