第122話 コンラートの初恋
「…………ほう?」
「……ルリアちゃん。これって」
サラがあたしの袖を引っ張る。サラも気づいたらしい。
「そうだな?」
このコンラートは畏れ多くも、あたしの姉リディアが好きなのだろう。
なにも驚くべきことではない。
なぜなら、姉は優しくて、綺麗で可愛いので、惚れない男の方が珍しいぐらいだと思うから。
「ふむ? コンラート。お主……」
「ひゃい」
姉を好きになるとは趣味はこのうえなくいい。
だが、コンラートは明らかに姉にふさわしい男ではない。
「百年はやいぞ?」
「え?」
「十年じゃなくて、百年な?」
「いったいなにを……」
「わからんか? はぁーっ。これだから、コンラートはだめだ」
「え、なんでため息……」
とはいえ、コンラートはまだ幼い。
これからの成長次第では、姉にふさわしい男になるかもしれない。
情けで、せめてものアドバイスをしてやることにした。
「たしかに、コンラートのサラに対する発言、ルリアに対するふるまいはひどかった」
「うん、ごめん」
「もしねえさまがしったら、どんびきするな?」
「だ、だから言わないで?」
「サラちゃんは、どうする?」
そういうと、コンラートは緊張の面持ちでサラを見つめた。
「ん、いわないよ?」
とたんにコンラートはほっとする。
「サラちゃんに感謝しろ、コンラート。普通はいうからな?」
「うん。ありがとう、ディディエ男爵閣下」
「もちろん、サラちゃんが言わないなら、ルリアも言わない」
「あ、ありがとうございます」
だんだん、コンラートが礼儀正しくなってきた気がする。
「だがな? コンラートや」
「はい」
「もっとりっぱにならないと、ねえさまにすかれないよ?」
「立派って、どうすれば……」
「獣人をばかにしないとか。人の髪をひっぱらないとか?」
「あと、人の髪色をばかにしないとか。あれも最低だよ?」
サラが真剣な表情で、コンラートを諭す。
「うっ」
コンラート自身も最低なふるまいだと思ったのだろう。恥ずかしそうにしている。
わかれば良い。
「それにぼくの父上は誰だとおもってるんだとか言わないとか?」
「うっうぅ……」
「まあ、がんばれ」「がんばってね?」
「はい」
しょんぼりしているコンラートに言わなければいけないことがあった。
「ルリアもサラちゃんも言わないが、どこからねえさまの耳に入るかわからないよ?」
「えっ?」
「人はうわさばなしがすきだからなぁ?」
「ぼ、ぼくはどうすれば……」
「コンラート、今までも同じようなことしてたな?」
「うっ」
どうやら、してたっぽい。
「もう、ねえさまは知ってるんじゃないか? コンラートはダサいバカな子供だって」
「うぅっ」
コンラートは涙目になった。
すぐ泣くな情けないとも言いたいが、コンラートはお子様なので仕方がない。
「ひとはうわさばなしがすきなのだから、立派になれば、その評判も届くんじゃないかな?」
「そっか。うん。がんばる」
コンラートは単純なようだ。もう表情が明るくなっている。
「ん。がんばれ」
あたしとサラと一緒に応接室へと戻ることにした。
サラは優しいので、コンラートに柔らかい笑顔で手を振ってあげている。
本当に可愛らしいし、上品で貴族のご令嬢っぽい。
「なるほど? こうか?」
「ルリアちゃん、なんで誰もいない方に手をふってるの?」
「なんとなく?」
そんなことを話ながら、応接室に戻ると、知らないおっさんが一人増えていた。
「ルリア。サラ。そなたたちの伯父のゲラルドだ」
ゲラルドはあたしとサラの前に膝をついた。
「おお、コンラートのお父さん。ルリアだよ」
「サラです」
「愚息が本当に失礼なことをした。申し訳ない」
ゲラルドはすぐに頭を下げた。
「いい。コンラートに謝ってもらったから」
「はい。もう謝られました」
「愚息にはきつく言っておいた。どうか、これからも仲良くしてやって欲しい」
「うん」
「はい。よろしくおねがいします」
するとゲラルドはほっとした表情を浮かべていた。
「でも、コンラートの周りの大人はえらんだほうがいいな?」
「ルリアの言うとおりだ。ゲラルド、コンラートの教育係を替えよ」
王にも言われて、ゲラルドは恐縮する。
「お恥ずかしい。すぐに対応します」
「うむ。忙しいというのは言い訳にならんぞ? 世話係の言動をまとめた物を送っておこう」
「ありがとうございます。陛下」
その後、王は大切な仕事があるとかで先に退室し、あたしたちも帰ることになった。
帰り際、ゲラルドが言う。
「……陛下のあれほど優しそうな顔を見るのは初めてだ」
「そうですね。兄上のおっしゃるとおりかと」
「最近の陛下は、特に近づきがたかったのだが……。グラーフもそうだろう」
「そんなことはありませんよ?」
「嘘をつくな、明らかに参内の頻度が下がっていた」
そういってゲラルドは笑う。
「ルリア、陛下を、いや、父上を笑顔にしてくれてありがとう」
「ん? ルリアはなにもしてないけどな?」
「それでもありがとう」
そしてゲラルドはしばらく黙った後、
「サラ、ルリア。コンラートの件、本当にすまなかった」
「もういいよって、さっきも言ったよ? コンラートも謝ってくれたし」
「はい」
サラも真剣な表情で頷いている。
「それでも、コンラートが幼い子供である以上、親としての責任がある」
そういうと、深々と頭を下げた。
「サラ。ルリア。これからもコンラートを見捨てないで欲しい」
「うん」「はい」
「これからも迷惑をかけるかもしれないが……すまない」
「いいよ?」「はい」
コンラートは従兄だからこれからも交流があるだろう。
立派な人物になると決心したようだが、所詮は六歳児。そううまくもいくまい。
迷惑もかけられるに違いなかった。
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