第121話 悪ガキ再び

 王の私室の外には、綺麗に整えられた庭があった。

 きっと、王がゆっくりする為の庭に違いない。


「サラちゃん、狐仮面、白と黒どっちが好きだった? 選んでいいよ?」


 仮面をくれた王の前で、どっちが良くないとか喧嘩になったら困るので選ばなかったのだ。


「うーん。白いやつかなー?」

「わかる。黒もかっこいいけど、白もいいよね」


 一瞬、名前を呼ばれた思ったのか地面からクロが生えてきて、また戻っていった。


「じゃあ、白仮面はサラちゃんのね!」

「ありがと!」


 仮面の所有権が決まったところで、探索を始める。


「池がある! 泳いだらダメだよ?」

「泳がないよ?」

「あさいものなー?」


 水深はあたしの膝ぐらいまでしかない。


「ふかくても泳がないよ?」


 湖畔の別邸に初めて訪れたとき、サラは泳いだことがないと言っていた。

 きっと泳ぎに苦手意識があるのだろう。


 池の畔に座って、魚を探す。


「わかってる。だが、ルリアは泳げるからなー?」

「でも、ルリアちゃんも泳いだことないんでしょ?」

「うん。でもお風呂でするルリアのバタ足は大したものだ。ダーウにいつもほめられる」

「そうなんだ」

「……あ、魚だ! うまそうだな?」

「たべないよ?」


 サラは魚が好きではないのかもしれなかった。

 だから、あたしたちは木を見てまわる。


「この木、かっこいい形だな?」

「かっこいい形というのが、何かサラにはわからないけど……」


 木の枝には鳥が三羽止まっていた。

 それだけでなく、他の木にも数羽ずつ止まっている。全て守護獣の鳥達だ。


「登りやすそうだ。よいしょよいしょ」

「あ、危ないよ?」


 あたしはするすると木に登る。

 父の身長の二倍ぐらいの高さまで登った。


「すごい、ルリアちゃん! でも危ないよ?」

「大丈夫だ。鳥もいるしな?」

「ほっほぅ」


 枝に止まっていた鳥の守護獣達が、あたしに体を押しつけてくれる。


「よーしよしよし」


 鳥をなで回しながら、応接室の方を見ると、

「あれは、コンラート?」

 糞ガキコンラートが、泣きながらやってくるのが見えた。


「ふむ?」


 父と王のいる応接室から出てきたということは、きっと叱られたのだろう。

 つまり、謝りに来たに違いない。


 あたしは木の上でコンラートを待つ。

 上から見られていることにも気づいていないコンラートは、立ち止まって袖で涙を拭う。

 泣いていることを誤魔化しているのだ。


 そして、サラの近くまでやってきた。


「うわっ」


 コンラートに気づいたサラが警戒して身構える。

 コンラートはきょろきょろしながら、更に尋ねた。


「おまえ、あいつはどこだ?」

「おまえ? なにがおまえだ。口のきき方にきをつけたほうがいい」


 あたしは木の枝の上に立ち上がり、コンラートを見下ろして言った。


「ひぅ、そんなところでなにを……」


 コンラートは、木の上のあたしを見て、なぜかうろたえていた。


「おまえ――」

「あ? 誰がおまえだ? 口の利き方に……」

「ル、ルリア。あの――」

「まず、名をなのれ!」

「…………アゲート子爵コンラート・オリヴィニス・ファルネーゼ」

「ふむ。それでコンラートとやら。何のようだ?」


 あたしはまだ、コンラートのサラに対する暴挙を許していないのだ。

 だから、高圧的な態度で臨む。


「さっきはすまなかった」

「あやまる相手がちがうな? コンラート」


 あたしが睨み付けると、コンラートはビクッとした。


「あ、すまなかった。サラ」


 サラの名前も知っているらしい。


「あの……」


 サラは困惑してあたしの方を見上げた。

 あたしは、サラを助けるために、するすると木から下りる。


「コンラート! ディディエ男爵閣下。であろ?」

「ディ、ディディエ男爵閣下、申し訳なかった」

「なにがわるかった?」

「王宮から出て行けと言ったこと」

「そうだな。それはコンラートが悪かった。で?」

「けだものって言ったこと」

「そうだな。それも悪いな。けだものじゃないものな?」

「はい」


 あたしはサラを見る。


「どうする? このバカを許しても許さなくてもどっちでもいいよ?」

「……ん。許してあげる」


 サラがそういうと、コンラートは笑顔になった。


「よかったな? コンラート。サラちゃんの海よりふかいじひぶかさに感謝しろ!」

「ありがと……本当にごめんね?」

「いいよ。えへへ」


 コンラートも反省したようで、良かった。


「コンラート、叱られたか?」

「しかられた……父上と……陛下に……めちゃくちゃ……しかられた」

「そっかー」


 思い出したのか、コンラートは涙目になっていた。


「いいこいいこ」


 そんなコンラートに同情したのか、サラは頭を撫でてあげている。

 サラの優しさにあたしは驚いた。


「……コンラートはおこさまだものなー?」

「ルリアの方がちいさいくせに……」

「あ?」

「すみません」

「ルリアは五歳だが、コンラートよりは良識と常識がある」

「じょう……しき?」

「初対面の子に出て行けとか、けがらわしいとかいわないという良識をな?」

「ぐっ」


 あたしは、少し考える。

 コンラートはきっとこのままだと良くないと思う。


「コンラートはしょうらい、王様になるのだろ?」

「……うん」

「なら、王様に言って、周りのおとなをえらんでもらったほうがいい」


 じいちゃんといっても、誰のことかわからないかもしれないので、王様と言っておく。


「おとなを選ぶの?」

「うむ。あいつはよくない。控え室であたしに叱られて泣いているときに入ってきた奴とか」


 あたしからの、せめてものアドバイスだ。

 あとで、王にも言っておいた方が良いかもしれない。


「それじゃあな? 悔いあらためていきろ? サラちゃん行こっか」

「うん。またね」


 優しいサラはコンラートに手を振ってあげていた。


「あっルリア」


 コンラートは慌てたようにあたしを呼び止める。


「どした?」

「あのっ、ルリア……は、リディアの妹なのか?」

「そうだが? ルリアはねえさまにそっくりだからな?」


 きっとコンラートは姉に会ったことがあるのだろう。

 それならば、姉にそっくりなあたしが妹だと気づいても何の不思議もないことだった。


「……全然似てないけど」

「あっ?」

「ご、ごめん、な、なんでもない」


 コンラートはびびり散らかしていた。

 まるで、はしゃぎまくった結果、母のお気に入りの服をビリビリにしたダーウのようだ。

 あのとき、ダーウは尻尾を股に挟んで、母の足元で仰向けになってプルプルしていたものだ。


「で、ねえさまがどした?」

「あの……その……リディアに……今回のこと……あの、いわないで……」


 コンラートは顔を真っ赤にして、もじもじしていた。

 そんなコンラートの表情を見て、鋭いあたしはピンときた。

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