第115話 小さな闖入者
控え室にはあたしとサラだけが残された。
「まさか、こんなことになるとは……」
予定では父と母と一緒にいって、母の真似をすれば良いという話だった。
一応、一人で謁見する際の作法なども聞いてはいたが、それは今後のためだ。
「……きんちょうする」
「だいじょうぶだ。たぶんな」
さすがのあたしも少し緊張してきた。
だが、あたしが緊張していては、サラはもっと緊張するので、平気なふりをする。
あたしはサラの手をぎゅっと握る。サラは手に汗をかいていた。
「だいじょうぶだよ」
「うん」
そのとき、突然、部屋に男の子が入ってきた。
扉にノックモせず、入った後に扉を閉めもせず、ずかずかと入ってくる。
まったく作法がなっていない。あたしみたいに母に習えば良いのだ。
その男の子は身なりはよく、年の頃はあたしと同じか、少し下ぐらいだろうか。
「小さいからしかたないな?」
無作法でも許容してあげるのが年長者としての務めかもしれない。
そんなことを思っていると、男の子はあたしに人差指を突きつける。
「おまえ! 血みたいな髪だな! ふきつだ! 厄災の魔女とおなじだ!」
「はあ? おまえなんだ? いきなり失礼なやつだな!」
あたしは立ち上がる。あたしに喧嘩を売るとは良い度胸だ。
喧嘩ならいくらでも買ってやろうではないか。
「なっ」
あたしに言い返されるとは思わなかったのか、男の子は少しひるむ。
だが、すぐに立ち直って、次はサラを見て、ずかずかと近づいてきた。
「おまえ、じゅうじんか? 王宮からでてけよ! けだものがよー」
そういって、サラのかわいい耳を右手で乱暴に掴んだ。
「いたい!」
サラが悲鳴を上げ、怯えて泣きそうになった。
このような暴言と暴力行為はとてもではないが、看過できない。
「たーっ」
あたしは跳んで、男の子の右手をはたいて、サラから離す。
「な、なんだお前」
「だまれ! いらんこというのはこの口か?」
男の子の頬を右手で挟んで、ぶるぶると左右に振った。
「や、やめめめめめ。僕の父上をだれだとおもってるんだ!」
男の子は泣きそうになりながら、あたしの右手をはずそうと両手で掴む。
「しるか! こんな可愛い女の子に暴力をふるったのはこの手か? ゆるさんぞ!」
あたしは、先ほどサラの耳を掴んだ男の子の右の腕を、左手で握る。
「こんならんぼうな手はいらないな?」
あたしは左手で力一杯握りしめた。
「いた、いたいいたいよぉ、ふええええ」
男の子は泣き始めた。
「泣いたからって許されるわけがない」
「うえええええ」
「泣いてないであやまれ!」
男の子の泣き声を聞いて、貴族の一人が入ってきた。
無作法な男の子が扉を閉めなかったせいで、外まで泣き声が響いたのだろう。
「なっ! おやめください!」
「やめない。こいつがあやまるまでやめない」
「ふえええええ」
やめるつもりは無かったが、大人の力にはかなわない。無理矢理離された。
「おい、お前。反省しろ。そしてあやまれ」
「ふえええええ」
男の子は泣いていて、話にならない。
「女の子が暴力など。はしたないですぞ」
何も見ていなかったくせに、貴族はそんなことを偉そうに言う。
「そんなことはしらない。わるいのはこいつだ」
男の子が何をしでかしたのか、説明しようとしのだが、
「殿下!」
別の身なりの良い男が部屋に駆け込んでくると、
「ふええええ! こいつが僕のことをつねって……」
男の子はその男に抱きついた。
「貴様! 嫡孫殿下に対しての暴力! 許されることではないぞ」
嫡孫殿下ということは、王の嫡子の嫡子ということだろう。
つまり、あたしの従弟ということだ。
こんなやつが従弟とは嘆かわしい限りである。
「はあ? 先に暴力をふるったのはそっちだ!」
「話にならんな。おい。お前の親はだれだ?」
「これはあたしと、こいつの問題だ!」
あたしは父や母に言いつけるのもどうかと思ったのだ。
「女の癖に生意気な」
その男はあたしをにらみ付けてきたので、にらみ返した。
あたしの眼光が鋭かったからか、男は目をそらし、遅れてやってきた侍従に尋ねた。
「このガキの親は?」
「ヴァロア大公殿下です」
「…………こいつが例の不吉な厄災の魔女か! けがらわしい!」
そういって鼻で笑う。
「やはり性根が腐っているな! 後悔するが良い!」
捨て台詞を吐いて、男は従弟を抱っこして出て行った。
最初に入ってきた貴族の男も一緒に出て行き、従弟を慰めている。
「酷い目に遭いましたな。殿下」
「……うん」
外に沢山の貴族が集まって来ていた。きっと従弟の泣き声を聞いて野次馬しに来たようだ。
「一体何が?」
「ああ。ヴァロア大公の赤髪の娘が殿下に暴力を振るって」
「なんと! やはり赤髪は気性が……」
「嫡孫殿下は、たとえ厄災の魔女とは言え、女だからと我慢されて……」
「おお、なんと素晴らしい人格者だ。将来が楽しみですな」
「立派でしたぞ」
そんな適当なことを話している。
「なんだ、あいつは。ゆるせんな? あ、あいつってのはあの大人のほうな?」
従弟はまだ幼いのだ。きっと四歳だ。
だから、大人が言ったことをそのまま繰り返しているだけだろう。
だが、あんな大人に囲まれていてはろくな大人になるまい。
そういう意味では、従弟も被害者なのかもしれない。
「サラちゃん、いたくないか? あの子供、らんぼうだったなぁ」
うちにはあんな乱暴な奴はいないので驚いた。
「サラは、だいじょうぶ」
あたしはサラの耳を見る。
「血はでてないな? ほねとか、なんこつとか、いたくない?」
「ん、だいじょうぶ」
「ならよかった。ひどいことをいうやつもいたもんだね? よしよし」
あたしがサラの頭を撫でて元気づけていると、
「ルリアちゃんもひどいこといわれてた」
「そうか?」
「うん。ゆるせない。いいこいいこ」
サラはあたしのことを撫でてくれた。
そこに別の侍従がやってくる。
「ルリア様。謁見の間にお越しください」
そういって、恭しく頭を下げた。
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