第116話 王との謁見
謁見までに父も母もマリオンも間に合わなかった。
仕方がない。とはいえ、あたしは大丈夫だと思う。
だが、サラは心配だ。
「サラちゃんは?」
「時間が来ましたら、また、呼びに参ります」
あたしの謁見とサラの謁見は別々に行なわれるようだ。
「サラちゃん。謁見がおわったら、すぐ戻ってくるからな?」
「うん。一人でもサラはだいじょうぶだよ?」
「うん。サラちゃんはだいじょうぶだ。ルリアがほしょうする」
「ルリアちゃん、がんばってね」
「まかせるといい。侍従の人。サラを頼むな。さっきみたいな変な奴が来ないように」
「畏まりました」
そして、あたしは侍従の後ろについて部屋を出る。
堂々と廊下を歩いて行く。
「こいつが例の不吉な……」
「修道院にいれるべきでしょうな? ヴァロア大公殿下は一体何を考えているのか」
そんな悪意の言葉が聞こえてくる。
父母と一緒に歩いていたときより遠慮がない。五歳児だと思って舐めているのだろう。
あたしは気にせず、背筋を伸ばして、胸を張って堂々と歩く。
窓の外を見ると、守護獣の鳥たちが飛んでいた。
そして、あたしの周りにはぽわぽわ光る精霊の赤ちゃんたちが浮かんでいる。
あたしは一人ではない。だから、なにも怖いとは思わなかった。
五分ほど歩いて、謁見の間の前までやってくる。
あたしが到着して三分ぐらい経って、名前が呼ばれ、扉が開かれる。
あたしは、母に教えて貰ったとおりに、堂々と歩いて中へと入った。
王のことは直接見てはいけないらしいので、視線を少し下げる。
だからといって、背中を丸めてはいけない。胸を張る。
そうすると、左右に並ぶ貴族達が目に入る。
きっと大臣などの要職についている大貴族なのだろう。
左右に並ぶ大貴族の更に奥、つまり王と大貴族の間には左右に十人ずつ近衛騎士が並んでいた。
「なんと、本当に髪が血のように赤い。厄災の魔女のようだ」
「……不吉な」
「……陛下は修道院に入れるつもりでしょうな」
好き勝手なことを囁いている。
謁見の間で私語をしていいとは知らなかった。
「先ほど、嫡孫殿下に暴力を振るったとか」
なんと少し前に起こったばかりのことをもう知っている。
彼らは一体どんな情報網を持っているのか。
「なんと、やはり厄災の魔女の生まれ変わりか? 凶暴すぎる」
「嫡孫殿下が抵抗しないのをいいことに、殴り蹴り、いたぶり続けたとか」
「やはり性根が腐っている」
「その点、嫡孫殿下の心根の美しいことよ」
多少、むかついたが反論してもどうにもなるまい。
あたしは気にせずに歩いて行く。
そして、母の教え通り、近衛騎士の立っている場所で止まって、カーテシーをした。
我ながら、上手に出来たと思う。
王に離れた場所で止まるのは、王の暗殺を防ぐためだ。
もし謁見する者が暗殺を企てても、距離があれば近衛騎士が防ぐことができるようにだ。
「……立ち居振る舞いはそれなりに出来ているようですな」
「形だけですよ。真に求められるのは性根ですからな」
色々言っているが、カーテシー自体は合格点だったらしい。
どや顔したいのを、我慢した。
「もっと近くへ」
王の横から声が聞こえたので、あたしは一歩前に出る。そう言ったのは侍従長だ。
「もっと近くへ」
あたしは更に前に出る。
「もっと近くへ」
侍従長が三回繰り返したところで、周囲がざわめいた。
王に近づくことを許されることは非常に名誉のことだと母が言っていたのを思い出す。
母は「ルリアは孫だから、慣習通りなら二回言われるわ」と教えてくれた。
普通は近くへと言われない。余程の大功をあげた者の場合や王族は一度言われる。
王の子供や孫は二度言われる。そういうものらしい。
近くに来いと三回言われるのは想定外だが、言われたら近づかないわけには行かない。
あたしはさらに一歩前に出る。
「もっと近くへ――陛下?」
さらに近くへと言った、侍従長が慌てたように声をあげた。
同時に、周囲の重臣達も一斉にざわめいた。
きっと四回も近くに来いと言われたことに驚いているのだ。
想定外のことが起きすぎている。
(かあさまにおしえてもらってないが?)
さすがのあたしも、ちょっと慌てる。
とはいえ、近くに来いと言われたのだから、行くしかない。
あたしが、一歩前に出ると、目の前に人がやってきたのが見えた。
王の姿を見ないよう、最初のカーテシーの後、あたしは少し視線を下に向けていた。
だから、顔は見えない。
誰だろうと思った瞬間、抱き上げられた。
「ルリア、よく来た!」
「……おお、あのときの」
それは、つい先日、うんちまみれで倒れていたおじいさんだった。
「だいじょうぶだったか? しんぱいしてたんだ」
「ああ、ルリアのお陰でもう元気だ!」
おじいさんの声がでかい。
ふと、周囲を見ると重臣達が混乱して、目を白黒させている。
「それはよかった……む? えっと?」
あたしがこのおじいさん、何者だと疑問に思っていることが伝わったようだ。
おじいさんは笑顔で言った。
「余はルリアの祖父だ」
「おお! そうだったのか。あ、まずい。ソウデシタカ。ヘイカ、オアイデキテ」
お祖父ちゃんということは、国王陛下だ。
今こそ母に教えて貰った作法の出番である。そう張り切って口調を改めたのだが、
「ルリア、口調はそのままでいい。余のこともじいちゃんと呼んでくれ」
「そっかー。たすかる。じいちゃん」
それを聞いて、重臣達が一層ざわめいた。
「え? 陛下以外の呼び方を王太子殿下にも許しておられないのに……」
「なんということだ」
そういえば、父も王のことを陛下と呼んでいた。
ざわめきの中、王はあたしを右腕に抱えたまま、玉座に戻って座った。
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