第109話 帰宅
馬車がゆっくり進んだので、湖畔の別邸から本邸まで三時間ほどかかった。
本邸の周囲には森があり、その森の中を馬車が進む。
「……すごくなつかしい気がする」
「まだ、一週間も経ってないわよ?」
そういって、母は笑った。
「サラちゃん、ルリアが屋敷を案内するな?」
「ありがと!」
サラは本邸に入るのは初めてなのだ。
森の中をしばらく進み、本邸の入り口が見えてくる。
「おお? とりたちがもういる!」
別邸に着いてきてくれていた鳥の守護獣たちも本邸に戻ってきてくれたようだ。
守護獣の鳥たちが屋根にびっしりとまっている。
「ルリアちゃん! あのこたちもいる!」
「おお、はやい」
先ほどクロを通じて本邸に戻ることを教えたばかりだというのに、ヤギたちはもういた。
森の中を少し離れて、馬車に並走していた。
あたしは窓を開けて、ヤギたちに手を振る。
「ヤギ、猪、牛、来てくれてありがとなー」
「めえ~~」「ぶぼぼ」「もぉ」
その鳴き声で母はやっとヤギたちに気づいた。
「え? ヤギ? 猪と牛まで。あれってあのときの子たちよね」
「そう、岩をどけるのを、てつだってくれた子たち」
「昨日、急病人が倒れているのを教えてくれたのもあの子たちだったわね?」
「そう!」
「ルリアは、大きな獣に慕われているわね」
「そかな? へへ」
母が褒めてくれたので、あたしは照れてしまった。
馬車が本邸の入り口に近づくにつれ、サラが緊張し始めた。
父と兄と姉、それに使用人達が出迎えてくれているのが見えているからだろう。
「サラちゃん。緊張してる?」
「してる」
「とうさまも、にいさまも、ねえさまも優しいからだいじょうぶだ」
「うん」
「サラ。失礼の無いように、しっかりご挨拶しなさいね」
マリオンが心配そうに声をかけながら、サラの頭を撫でた。
「わかった」
真剣な表情で頷くと、サラはぎゅっと棒人形のミアを抱きしめる。
「その人形は母が預かっておきますね」
「え?」
「大公殿下の前に出るのに、人形を持ったままだとおかしいでしょう?」
困った表情を浮かべるサラを見て、母が笑顔で言う。
「気にしなくて良いわ。陛下の前に持っていくことは出来ないけれど」
「ありがとうございます」「ありがとう」
マリオンは頭を下げ、サラもほっとしたようだった。
馬車が止まるとあたしは扉を開けて、飛び出した。
「とうさま! ただいま!」
「おお、ルリア! 寂しかったよ」
父はあたしのことを抱き上げてくれる。
「えへへー」
「ルリア、少しみない間におおきくなったかい?」
兄が優しく頭を撫でてくれる。
「なった!」
「大きくはなってないわね? でも、元気そうで良かったわ」
姉があたしの頬を撫でる。
「ルリア、その服って僕の?」
「そう、にいさまの! これうごきやすいのなー」
「うん、ルリアが着ると兄上の服も可愛いわね」
そんなことを話していると、ダーウがやってきて兄と姉の手をベロベロなめる。
「ダーウも元気にしてたかい?」
「わふ~」
ダーウは大喜びで地面に仰向けでひっくり返って、お腹をなでろとアピールする。
そこに胸を張ったスイが、馬車から降りてきた。
「む! そなたがたヴァロア大公グラーフであるな!」
「はい。お初にお目にかかります。グラーフ・ヴァロア・ファルネーゼにございます」
父が威儀を正して、頭を下げる。
王族でも大貴族でも、竜には敬意を払わねばなければならないのだ。
兄と姉も父にならって頭を下げる。
「うむうむ」
「スイちゃん、そんなに緊張しなくていい」
「き、きんちょうなんて、してないのである」
スイは母と対峙したときも偉そうにしていた。きっとスイは人見知りをするほうなのだ。
そして人見知りすると、必要以上に偉そうにしてしまうのだろう。
「スイちゃん、こっちきて」
「ん」
「この子はすいりゅうこうのスイ。竜だけど、いいこだから、みんな。よろしくな?」
あたしは、使用人を含めたみんなに紹介した。
「スイちゃんもほら」
「……スイである。……よろしくであるぞ」
スイはあたしの後ろから、そう小さな声で言った。
虚勢を張っていないスイは、大人しい。
あたしは体の前で抱っこしていたロアを父に向かって押しだして、よく見えるようにした。
「りゃむ?」
「この子はロア! 保護した竜の子だ!」
「はじめまして、私はヴァロア大公――」
ロアにも父と兄と姉は丁寧に挨拶していた。
それが終わった後、マリオンとサラが母と一緒に降りてくる。
きっと、母は礼儀上、もっとも格上である竜と父の挨拶を優先させたのだろう。
「あなた、心配かけたわね」
「本当に。だが、無事でよかった」
父は母を抱きしめる。
「とうさま、にいさま、ねえさま、この可愛い子がサラちゃんだ!」
「サラです。不束者ですがよろしくおねがいします」
緊張した様子のサラは、ぎゅっとお腹の前で手を握って、頭を下げる。
「サラ。
父は優しくそういって、サラの頭を撫でる。
「サラちゃん。兄のギルベルトです。よろしくね」
「リディアです。私は姉だから、どんどん頼ってね」
そういうと、姉はサラをぎゅっと抱きしめた。
それからマリオンが父に挨拶とお礼を言い、色々なことを話しはじめた。
「サラちゃん、それは?」
姉がサラが抱きしめているミアに気づいた。
「あの、ミア……です」
「サラちゃんの大事なお友達のミアだよ!」
「そうなのね? よろしく、ミア」
そういって、姉はミアに話しかけるように挨拶した。
「よろしくです」
サラはミアを抱きしめたまま、頭を下げる。
一方、兄はあたしを、いやあたしが抱っこしているロアを見てうずうずしている。
「……あの、ルリア。そのロア様を撫でてもいいかな?」
「いいよ! それに様ってつけなくていい。な、ロア」
「りゃむ~?」
尻尾をゆっくり振るロアを兄は撫でる。
「ロア、かわいいねぇ」
「りゃむりゃむ」
「あ、私も撫でたい。いいかしら?」
「いいよ」「りゃむ~」
姉もロアを撫でる。
「あったかいわね。それに柔らかいわ」
「りゃむむ」
兄と姉に撫でられたロアが尻尾を振っていると、
「…………」
あたしの後ろからスイが無言で頭を前に出す。
「スイちゃん?」
「ん?」
「いいこいいこ」
あたしは右手でスイの頭を撫でた。
「にいさまとねえさまもスイちゃんを撫でてあげて」
兄と姉は一瞬驚いた様子だったが、
「しかたないのであるなー? 撫でさせてあげるのである!」
とスイに言われて、撫で始めた。
「スイ様を撫でさせて貰えるなんて光栄です」
「ありがとうございます」
「えへ、へへへ」
兄と姉に撫でられたスイはとても嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
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